東方穿孔羊   作:ほりごたつ

13 / 77
第十二話 それぞれの一幕

 すっかりと切り揃えられた生け垣が並ぶ庭。

 整えられた緑の壁とも言えるその生け垣の下では紫色の花が咲き誇り、目に優しい緑と目に留まる紫が良い具合のコントラストとなっている。

 そんなコントラストを縁側に腰掛けて眺めるアイギス、その隣には同じような、背筋を伸ばした姿勢で座る見慣れない者がいた。

 アイギスが八雲紫から依頼を受けて180年程が過ぎて、慣れなかった庭仕事も随分と慣れたようで、生け垣を切り揃える事も球根を植え付ける事にも手間取るような事はなくなっていた。

 生け垣の方は八雲の箱庭。

 今は二重の結界に覆われて幻想郷という名に変わっているが、その幻想郷で知り合い互いに気に入った一人の庭師、魂魄妖忌に師事して剪定鋏等で剪定するようになったようだ。

 師事する前はスコップで雑に切り揃えたり能力で穿ってみたりしていたようだが、刀を置いて剪定鋏で庭木を弄る庭師の師匠が、手間と時間を掛けて切り揃え育てれば愛着も湧くものだ、などと伝えたらしく、事実そのように手入れをしてみれば意外と愛着も湧いたようだ。

 

「次回はもう少し減らしても大丈夫よ、この花は繁殖力旺盛だから」

 

 アイギスの隣で姿勢よく座る者が、花を眺めながら来年の植え付けの話をし始めた。

 こちらの者は妖忌と知り合った翌年の夏場、始めて植えた球根が花をつけた頃に唐突にマヨヒガへと現れた者だ。

 新緑のような緑の髪と黒いチェック柄の入ったロングスカートを夏風に揺らし、薄いピンク色の日傘を差して現れた花の妖怪 風見幽香。

 いきなりアイギスの目の前に現れて、深く埋めすぎだとか、密集して植え過ぎだとか、土いじりに慣れていないアイギスに向かいあれもダメこれもダメと、激しくダメ出しをしていたのが二人の出会いである。

 

「もう少し、と仰られますが実際どれくらいがいいのか、判断しかねますね」

 

 曖昧な物言いをする花の妖怪に返答をする黒羊。

 出会いの時から主語のない物言いをする幽香、付き合い始めて長くなった今でもあやふやな物言いが多く、そういった物言いに対してはっきりと言うようにと言い返すようになっていた。

 幻想郷で悪名轟く花の大妖に向けて曖昧にせずはっきり言えと言い返すなど、幽香の事を知る者からすれば自殺行為に近い気もするが、彼女たちの場合はこれが日常での一幕である。

 

「新しい球根はいらないわ、株分けして植えるだけでいい」

「なるほど、理解しました。そういえば、幽香のひまわりはいつ頃頂けるのでしょうか、先に話して頂けないと耕すことも出来ませぬ」

 

 珍しく他者の事を呼び捨てにするアイギス。

 依頼人や懇意の者が相手でも大概は苗字呼び、ついでに様や殿など敬称が何かしら付くのだが、今のところ幽香だけは何の敬称も付けずに性ではなく名で呼ぶようになっていた。

 これには少し理由があるが、その理由も数個ほどある。

 一つは花の扱いを師事し始める条件にそれがあったという単純なもの。

 二つ目はどことなく共通点が多い事、自分は自分他者は他者という考え方も似ているし、瞳の色も同系色、身に纏う衣服もアイギスのYシャツと幽香のベストは、チェックの柄こそ違うが同系色で似ていた為、その辺りから少しだけ親近感が湧いたらしい。

 そうして3つ目だが、何度か争い、互いに血塗れになりながらも生存しているというのが気に入った大きな理由である。

 

「いつでもいいじゃない、気が向いたら分けてあげるわ。掘るのが得意なのだからそれほど手間もないでしょう? 」

「私が穿ったのでは残土が出ませんので、耕すのであれば能力ではなくスコップで…その方が愛着も湧きます」

 

 事象でも概念でも、何でも穿つ事が出来るアイギスの能力を知る幽香。

 60年周期で訪れる花の異変が始まると互いに動き始め、誰も住まないような幻想郷の端へと移動し、その度に花見をしては手合わせをする中でアイギスの能力を知ったようだ。

 地でも花でも気にせずに穿つ彼女を最初は気に入らなかったようだが、傘とスコップを打合せていく内に両者とも互いを認め気に入り、偶に会っては花やら草木やらを眺め語り合う事が増えていった。

 掘り返しては地ならしする事が好きな羊と、耕して花を植え愛でる花の大妖、意味合いの違う土いじりではあったが行為自体は似ているため、なんとなく通ずるモノがあったのかもしれない。

 

 ちなみに花の異変と名が付いているが風見幽香が起こす異変ではなく、単に外の世界で忘れられた霊達が幻想郷で溢れてしまい、集まりすぎた霊達の力に寄って自然が乱れるといった異変なのだそうだ。

 放っておけば霊の管理者、地獄の閻魔や配下の死神達がどうにかして収めるため、幻想郷住まいの者達は咲き乱れる花達を愛で楽しむだけとする事が多いようだ。

 少し話が逸れたので本題へと戻る。

 

「かける土がないのではあの子達が困るわ、不便な力ね」

 

 そんな花の化身である風見幽香からすれば花が一番で、その花に対して役に立たないのであれば、どれほど力があろうがどれほど万能であろうが、不便で利便性のないモノとしか感じられないようだ。

 そんな幽香からの軽口もいつもの事ですっかり慣れたアイギス、特に気にせず、気安い友人に向けるような笑みを浮かべて二人並んで庭を見ていた。

 二人とも態度も顔つきも穏やかで笑んでいて、後の、とある九代目が書く幻想郷に住まう妖怪を纏めた辞典に載る予定の文言通りだと感じられた。

 

「使い勝手は良いのですが、幽香から見ればそう見えますか。隣の芝生は気にならないのですね」

 

 この地に二百年近く住み着いて、八雲の二人や白玉楼の主従、風見幽香等、知恵も力も備えた者達と関わり過ごしてきた事でこの国の諺も理解し、それを使った軽口も叩けるようになった欧州人。花の大妖である風見幽香に向かって植物を取り入れたジョークを言えるまでになり、上手く言えたかもしれないと少しだけ機嫌が良いような、頬を緩ませている顔をしている。

 

「芝生の穂が咲くのは春と秋よ、今時期ではないから気にならないわね」

 

 上手く言えたかもと笑んでいる異国人に対して、ジョークは取り合わないとでも言うように芝生の穂について話す幽香。

 冗談が嫌いな堅物というわけではなく、ただ単にアイギスのジョークよりも芝生そのものへの関心の方が強いだけである。

 

「上手に言えるにようなってきたと思うのですが、自身がそう思っていても相手には認めてもらえない、思うようにならず少し歯痒いですね」 

 

 苦笑し花壇や生け垣から視線を上げるアイギス。

 見つめる先は幻想郷の囲われた青い空、結界で閉ざされた空を見つめながら謙遜もせずに自身の冗談を思い返している。

 

「あら? 自画自賛するの? そういうのを、問うに落ちず語るに落ちる、と言うのよ」

 

 アイギスとしては自画自賛というよりも素直に述べただけ、妖忌との初顔合わせの際にもそうだったが、アイギスはあくまでも異国の者だ。

 謙遜や己を下げる事を美徳に感じるこの国の者達とは感覚が少し違う、日本生まれだという幽香からすれば言った冗談に対して反応がない事が不満だと、上手く言えたのに面白くないと駄々をこねているように見えたらしい。

 自画自賛などと言い、語るに落ちると貶したのも口悪く窘めただけのようだ。

 

「口を滑らせたわけではなく本心なのですが…あれですね、こういった上手くいかない時に使える言葉を幽香から教わった気がしますが、何と言いましたかね?」

「月に叢雲花に風、と言いたいの? 少し違うけれど、天気も陰ってきたし及第点にしてあげるわ」

 

 アイギスの見つめる先、幻想郷の青々とした空にどんよりとした雲が集まり始めた。

 群れるようにまとまり始める雲。

 この分であればもうすぐに雨も降り出して、夏場の強い日差しに照らされ輝いていた生け垣の緑や紫の花も濡れ、雨の勢い次第では花弁が散る事になるだろう。

 風見幽香に褒められた花壇の花が散ってしまう、上手に咲かせる事が出来た花なのにすぐに散ってしまっては面白くない、出来れば八雲の二人にも見てもらいたかったが中々上手くいかないものだ。

 ポツポツと降り始めた雨空を見上げ、そんな事を考えるアイギスであった。

 

〆〆〆

 

 場所は変わって、同じく雨空の中に建つお屋敷。

 いつもの雨ならばすぐに止み、雲がかかる空が見えるようになるのだが、このお屋敷の周囲だけ長く降り続いているように見られた。

 血のような色合いのお屋敷を洗い流すように、轟々と降り続く強い雨。

 屋敷の門を守る門番が頭の先まで水に浸かり、すぐに出てきたような状態と見えてしまうような、外に出ることが馬鹿らしいと思えるほどの豪雨。

 少しだけ魔力の影響が感じられる雨が、紅魔館の周囲だけに降り続いていた。

 

 この雨の原因は二つ。

 一つは雨の中に感じられる魔力の元である屋敷の魔女パチュリー・ノーレッジ。

 紅魔館の主であり良き友人である吸血鬼レミリア・スカーレットの頼みを受けて、4大元素の内の一つ、水を操り屋敷の周囲だけを激しい雨模様としていた。

 

「三日間、昼夜通して降らせ続けるとは、私の友はやはり偉大なようだな」

 

 紅魔館の地下、どこまで続いているように見える、広大で暗い書庫の中心部で会話をする者達の姿があった。

 言葉を受けている者は前述した屋敷の魔女であり、この書庫『大図書館』の主を、お屋敷の主から任されているパチュリー・ノーレッジ。

 頑丈な机に向かい魔導書を開いている。

 三日もの間魔法を操り続けている割には、表情や態度には疲労といったモノが見えない、体が弱いはずである魔女殿。

 

「雨雲を作り、水分を集め続け降らせ続けているだけよ、難しい事ではないわ、レミィ」

 

 魔導書から視線を移さずに声をかけてきた者、レミィと呼んだ相手に返答をするパチュリー。

 レミィと呼ばれたのはパチュリーの座る椅子の手すりに腰を下ろす屋敷の主、レミリア・スカーレット。

 魔女が屋敷に住み始めた当初は少し固苦しい間柄だったが、住み始めた翌日から今回のように主の我儘に付き合うようになり、正しく友人として付き合い始めてから、レミリアの事をレミィ、パチュリーの事はパチェと、いつからか愛称で呼び合うようになっていた。 

 

「簡単な事でもなんでも構わないわ、パチェのお陰であの子が諦めてくれているもの」

 

 大図書館から通じる地下への階段。

 その一番奥にある、レミリアがあの子と呼んだ者がいるだろう部屋の方を見ながら、パチュリーに感謝を伝えていく姉。

 見つめる先の部屋にいるのはレミリアの妹であるフランドール・スカーレット。

 アイギスが出立してからつい最近までは引きこもり、レミリアやパチュリーの前に姿を見せることが殆ど無くなっていた…アイギスの背にいたあの時、背で立てた誓いは存外堅いものだったらしい。

 

「教えるのではなかったわね、話せば出てくるかと思っていたけど、まさか私も日本に行くと言い出すとは」

 

 とあるコーヒーカップを手に取り見つめながら話すレミリア。

 見つめているものはアイギスが出島で頼んだコーヒーが注がれたカップのようだ、何故コレが紅魔館にあるのか、単純に渡来品として帰ってきた物をレミリアが知り奪っただけであった。

 マズイコーヒーを味わった後に店内から外へと血の川を作った殺人者、顔色を変えずに人を殺め歩む、悪魔のような褐色肌の女が使ったコーヒーカップ。

 そんな曰く付きの物を店内に置いておきたくないあの店の主が、一旦の帰国時に持ち帰り、母国の教会にて清め祝福してもらおうと持ち帰った物だったのだが…その時の話が最近の新聞記事に載り、美鈴が犯人の見た目とやり口からもしかしたらと言い出してしまった。

 そんな美鈴の思いつきに乗っかりレミリアが話半分で奪い、フランドールに見せ話したのが、妹が日本に行くと騒ぎ出す発端となり、結果雨を降らさなければならない原因のもう一つとなっていた。

 

「戻る気配も便りもないけれど、相変わらず周囲を気にしない御方なのね」

 

 レミリアの持つカップを見ながら、机の端に置かれた英字新聞へと視線を映すパチュリー。

 アイギスとの出会いで見た惨状を思い出し、他の国へ行ってもあんな風に過ごしているのかと考えているようだ、その考えは正しいが今はもう少し穏やかに過ごしている。

 アイギスの願う過ごし方ではないが、幻想郷が結界に閉ざされてから外からの信仰も届かなくなり、それと共に心境にも変化があったようだ…が、その辺りの事は後々彼女の暮らしを眺める時にでもまた。

 

「出立前に残した言葉通り、アイギスも異国で元気に研鑽していると知れば私も頑張る、なんて事にならないかと考えたが、少し元気になり過ぎたわ」

 

 カップを机に置くとコトリという音がなる。

 その音を消すようにレミリアが、鋭い爪の生えそろった指を合わせパチンと鳴らした。

 広い広い大図書館の中を指の音が響くと、何も起こらずに反響し消えていった。  

 

「元気の一言で済まさないでほしいわ、今はまだ自室で抑えてくれているけれど、その気になれば私を殺して出て行く事も出来るのでしょう?」

 

 自身の死を他人事のように話しながら、魔導書を閉じて軽く指を動かすパチュリー。

 指の動きの通りに魔導書が宙で踊り、収まるべき棚へと一人でに戻っていった。

 彼女が棚の場所を記憶し、読み解いた後の魔導書であればこのように魔法で戻せるようだが、膨大な蔵書量を誇るこの大図書館。

 全てを今のように管理出来るわけではないため、出来ればパチュリー以外にもここを管理する、パチュリーの言う事をなんでも聞くような小間使いが欲しいと考え始めていた。

 

「それはしないさ、フランは父を殺めた記憶を取り戻した。気が昂ぶり力を振るったとしても怪我程度で済むはず…身内を殺める事はないわ、傷付く痛みと失う怖さを思い出したはずだからね」

「身内ね、確かに外部の者と私達を見る目が違うとは感じるわ。それでも今のままでは姉妹揃って叱られるわよ? 主とは、淑女とは、なんてね」

 

「わかったような口ぶりだけど、そうね、確かに言われそうだわ。では、何か知恵はないかしら? あの子を内に留めつつ、興味も得られてあの子が研鑽出来そうな事でも思いつかない?」

 

 まるで当然の事のようにパチュリーに我儘を言い始めるレミリア。

 話す内容は無理難題といったもので、見た目通りの子供が考えるような都合の良い事としか思えない言葉ではあるが、態度だけは屋敷の主としてあり、翼を大きく開き不遜に友に願っていた。

 レミリアからの言葉を受けて少し考える仕草を見せるパチュリー。

 鼻先に右手の人差し指を掛け口元は手の平で隠している仕草、深く悩むような素振りを見せるがこうして口元を隠している時には、レミリアへ分かりやすい説明をしようと言葉を考えている時に見せるだけで、手段は思いついた後に見せる仕草であった。

 

「レミィの翼を少し貰える? 先の欠片程度でいいわ、千切るのが済んだら妹様を呼んできて。彼女(アイギス)と同じ種族と会える、とでも言えばきっと出てくるわよ」

 

 何も言わずに言葉通り、翼の先を爪で切り落としてパチュリーの机に置いたレミリア。

 先の欠片程度で良かったはずだが、片翼の半分近くを切り落として、そのままバランスの悪くなった翼を修復しながら地下の部屋へと向かい移動していった。

 魔女が蝙蝠の翼を求め、アイギスと同じ種族と会える事をするというのだから、これ以上は何も聞く必要はないだろう、そんな表情をレミリアもパチュリーも浮かべていた。

 

「さて、すぐに来るのだろうし手早く準備をしましょうか。レミィの翼が媒介ならそれなりの者が呼べるだろうし、妹様の遊び相手には丁度いいわ」

 

 魔導書を戻した時のように指を動かすパチュリー。

 指の動きに促されて一冊の魔導書がパチュリーの手元に届く、本の表紙には誰かの血で描かれた六芒星が見えていて、書の内容を表紙だけで表していた。

 そんな禍々しい雰囲気を纏う書を、幼子が絵本を開くかのように開いてペラペラと捲り始める屋敷の魔女。

 未熟な者であれば本を手に取った時点で飲まれ、そのまま生命を吸われてしまいそうなものだが、この図書館の魔導書を読み続けて100年以上も経つ魔女からすれば、然程危険な物ではなくなっていた。

 

「早かったわね、もう少しかかるから待っていなさい」

 

 背から感じる二つの赤い魔力に向かい言葉を吐くパチュリー。

 左手で魔導書を開き、そのページに書いてある方陣を大図書館の床に魔法で描いていく。

 床部分に書いては文字が指1つ分ほど浮かび上がり、ほんの少しだけ揺らめくような、生き物のように蠢いているように見えた。

 もう少しと言いながらも吸血鬼の姉妹がパチュリーの元へとついた時には、ほぼ完成されていた悪魔召喚の為の魔法陣。

 陣の中心にレミリアから譲り受けた翼を丁寧に置いて、そのすぐ近くにパチュリーが静かに佇んだ。

 

「準備は整った、後は呼び出すだけなのだけれど、私がいいと言うまでは二人とも静かにしていなさいよ」

 

 パチュリーの背中に向けてコクンと頷いてみせる、見た目10才前後の、実質380才くらいの姉妹。

 二人とも両手を胸の前にして、瞳は期待に満ちているように輝かせている。

 これで本当に畏怖される吸血鬼の姉妹なのか、と背に感じる期待とワクワクから小さくため息をつく当主の友人。

 息を吐きながら指先を少しだけ傷つけて、床に置かれたレミリアの翼に数滴ほど少し赤みの薄い血液を垂らした。

 

「我が囁きに耳を傾けよ、我が祈りに応えよ、我が詠唱を聞き入れよ、我念ずる、ここに彼の者を呼び姿を顕現させよ」

 

 両の目を瞑り、血を垂らす右手を高々と上げながら召喚の呪を紡ぐパチュリー。

 咒を唱え切ると赤黒い光と瘴気を放ちながら、少しの音を立てて魔法陣が回り始め、レミリアの翼だったモノが少しずつ形を変化させていった。

 黒い少しだけヒールのついたパンプスから形を成し、人間に近い色合いの肌色の足がスラリと生えていく。その足を隠すように膝丈まである黒いスカートと、それと揃いになるような黒のベストに白の長袖ブラウスが形取られた。

 胸元で結ばれた赤いネクタイが形となると、それを見ていた三人がそのまま視線を上げていく。

 浮きながら顕現する悪魔を見上げていると、うっすらと茶色がかった赤の瞳と、明るめの、肩くらいまでの長さの赤い髪が伸び、最後に頭と腰の辺りから蝙蝠のような翼が生え揃い、バサリと音を立てて広がった。

 全身が現れて表情までもわかるくらい完全に顕現すると、魔法陣が消え、現れた悪魔が床に降りコトンと低いヒールから音を立てた。

 

「我を呼び、願い求めるのは誰ぞ?」

 

「とりあえず成功よ」

「なんか違う、これじゃないわ、小さいもの」

「背も低いしおっぱいもペッタンコだよ? 本当に成功なの? パチュリー?」

 

 仰々しい物言いで現れた悪魔を他所に会話を進める三人。

 呼び出した張本人であるパチュリーも、イメージしていた者よりも随分と小さい、パチュリーより頭半分背が高いだけの悪魔に違和感を覚えていた。

 だが召喚したのは紛れも無く悪魔で、宿す力自体はそれなりにありそうな者だと感じられた。

 だというのに、期待に胸弾ませていた吸血鬼の姉妹はお気に召さないようだ。

 それもそのはず、姉妹の見知った悪魔であるアイギスに比べれば背も低く、体も華奢で力も弱く感じられるのだ、期待はずれとは言わないがもう少し見知った者に近ければと考える姉妹であった。

 

「確実に成功してはいるわ、体の凹凸が少ないのは媒介が幼いからでしょうね」

「お姉様の羽を使ったからちっちゃくてペッタンコなのか、アイギスの角でも削れば似たのかな?」

「ちょっと、私が悪いの? 寄越せというからくれてやったのに」

 

 身長は兎も角、胸や尻等、魔導書には女性らしいラインがある姿で描かれているのだが、顕現したのは出ているはずの部分が出ていない体躯の悪魔。

 レミリアの体を依代に呼び出したためか、見た目も依代に沿った形で顕現したようだ、仮にアイギスか美鈴の何処かを依代としていたなら、書物に在るような艶かしい体つきで現れたのかもしれない。

 

「アイギス…アイギスというのはあのアモン角の悪魔の事だろうか?」

「なんだ、お前も知っているのか、その羊の悪魔の事だが何か?」

 

 不遜な態度のままではあるが、ほんの少しだけ焦るような姿勢を見せる悪魔。

 頭と腰から生やした翼を小さく折りたたみ、畳んだ頭の翼の横を指でグルグルとしている。その仕草と畳んでしまった翼のせいで更に小さく見える体躯、低めのヒールを脱げば下手をするとパチュリーと同じくらいに見える背しかないだろう。

 そんな悪魔の発したアイギスの名に反応したのはレミリア。

 だからなんだという態度で悪魔に詰め寄っていた。

 

「いや、同族の名を聞けたのが久しぶりでな、少しばかり驚いただけだ。この場の者は皆知り合い、か…『なによ、あいつのお手つきじゃ手が出せないじゃない』」

 

 不遜さに困惑を混ぜた表情の悪魔。

 同族の名に驚いただけというが、後半部分は声にはせず小さく唇を動かしただけのようだ。

 吸血鬼の姉妹にも召喚した魔女にも聞き取れる物ではなかった声、その部分をわかりやすく述べるならば、この悪魔の言う物は悪魔の契約についてであって、レミリアは既に戻ってきたら手厚くもてなすという契約をアイギスと結んでいた。

 フランドールとパチュリーは今現在は約束などしていなかったが、過去に記憶を返すという約束と、屋敷までの護衛という約束を一度交わしアイギスのお手つきとなっていた。

 今現在は未契約の状態であるから何の問題もないが、同族で格上の相手が一度手を付けた獲物を横から取るなど、無駄な争い以外の何物でもないと考えているこの悪魔からすれば、この場の三人は手出しの出来ない相手としか見れなかったようだ。 

 

「まぁいいわ、折角来てもらったのだし、とりあえず契約しましょう。契約内容は私の小間使いとなる事と妹様のお相手となる事、妹様に消されても書がある限り死にはしないのでしょう?」

「魔女の述べる通り、呼び出された手前断れんが、お相手とは? 壊してしまっても構わんのか?」

 

 急に悪魔らしい表情を見せる有翼の悪魔。

 実際に壊せるのかはわからないが、純粋な悪魔らしい力強さは感じられて、本気で力を表せば気の触れていないフランドールなら殺めることも可能かもしれない。

 そのような事を思わせる悪魔の笑顔であった、それに対して一つの策を弄するパチュリー。

 

「壊せるのならどうぞ、逆に壊されないといいわね、小悪魔」

「こあ…なんですか、それ?」

 

「貴女の名よ、力はあれど文献に名を残せていない悪魔、それが貴女なのでしょう? だから私が真名をつけてあげたのよ、名無しのままでは不便だし、見た目に似合って悪くないと思うんだけど」

 

 小悪魔を呼び出すのに用いた魔導書を手にそう述べるパチュリー。

 携えているのは小悪魔の事が書かれている魔導書ではあるのだが、この本には彼女を個として括るための、決まった呼び名は記されていなかった。

 

「ふぇ、せめてもう少しマシな名を頂けないでしょうか?」

 

 古い悪魔であるアイギスの事をあいつと呼べるくらいには彼女も古い悪魔だったようだが、パチュリーが彼女の真名をつけた今、この小悪魔の運命は決まってしまったようなものだろう。 

 悪魔の真名を知れば操れる、そこを逆手に取り名無しだった状態から小悪魔という真名をつけられた彼女…名は体を表すという東洋の言葉に習えば、彼女は今まさに小悪魔として生まれたようなものだ。

 名がついた瞬間から態度も小さな物に代わり、不遜さは何処かへと消え去っていた、まさに生まれたてホヤホヤの小さな悪魔といった態度を取るようになっていた。

 

「小悪魔も壊れないの? やっぱりアイギスみたいに壊れにくいの?」

「アレと同じだと思われると困りますが確かに壊れはしませんね、ですが、小悪魔などと付けられた今となっては大した力も出せず…それでも知識はありますよ! 異性を虜にしたりとか魅了したりだとか! 後はそう、死霊術なんかも得意ですよ!」

 

 凹凸のない体で科を作り、夜の処世術なら豊富だと述べる小悪魔。

 実際彼女の得意としていた物はそういった物が多いようで、種族悪魔だとはいっても淫魔であるサキュバスに近い事ばかりをしていたようだ。

 だからこそ文献に残ってこなかったのだろう、悪魔のくせに淫魔のまね事ばかりをしていては残る物も残らない。

 

「パチェ、私は内に篭っても興味の惹けるモノって言わなかった? あの子の何を磨かせたいのよ」

「他者を堕とし死者を弄ぶ悪魔と記されていたから荒事も、と思ったんだけど快楽に堕とす感じだったのね、こいつは」

 

 腰に手を当て体をくねらせてみたり、互いに首に腕を回して吐息を浴びせてみたりしているフランドールと小悪魔。

 そんな二人を見つめるパチュリーとレミリアの瞳は細く、宿す後悔の念を隠すような風合いとなっていた。

 小悪魔からすればまじめに誘惑する術を仕込んでいるようだが、そういった事の予備知識がないフランドールには面白い動きをしながら遊んでいるようにしか見えていない。

 色気のある体つきであったならまた別の見方も出来たのだろうが、今となってはそれも無理な話だ。

 

「今日は兎も角、飽きたらまた外に出ると言い出すんでしょうね…それならいいわ、フランの求める相手が海の向こうで帰ってこないというのなら、こちらから行ってあげようじゃない」

 

 細められている瞳の赤い方、このお屋敷の主がまず行けない国名を言葉として述べる。

 もう一人目を細めている魔女、パチュリーが目を細めたままレミリアを見つめると、小悪魔を呼び出す前に見せていた期待の表情を浮かべ、パチュリーを見つめていた。

 行ってあげると言い切ったのだが、その実はパチュリーにほとんどを任せて向かうつもりのようだ…この友人からの我儘等今に始まった事ではないが、さすがにそれはと言い返すパチュリーであった。

 

「行けない、とは言わないけれど、帰れる、とは言い切らないわよ?」

「片道切符で構わないさ、この辺りも周辺にも夜に生きる者達は私達しか残っていない、先に消えていった者達のようにいずれ消えるというのなら、妹を想い人の元へと連れていってやりたい」

 

 薄目でレミリアを見つめるパチュリーに向かい、先ほどまでとは別の意味で目を細めたレミリア。

 レミリア達を襲い返り討ちにあった者達が収めていた地、その地を足がかりにして人間たちの数が爆発的に増え始めて、同時に生活の様相も一気に変わってしまったようだ。

 深夜でも明かりが灯る町、以前であれば寝静まった人間達しかいなかったはずが、いつからか人間達は夜にも眠らなくなり、事件も起こすようになった。

 夜の殺人や人攫いは同じ人間達の仕業だと思われるようになり、夜を統べ徘徊していたレミリア達の存在は人間達の記憶から薄れ、力ない者達から順に消え始めていた。

 

「はぁ、付き合わされる方の身にもなってよね」

「不満なの? そんな風には見えないけれど」

 

「不満、とは言わないわ。東洋の魔法には興味があるし、現地であればそれも容易く得られそう」

「なら決まりね、どれくらいかかりそう?」

 

「場所の手がかりもない、地名もわからない場所へ飛ぶのよ? 50年は必要…と並の者なら言うのでしょうけど、私ならその半分で貴女達を飛ばしてみせるわ」

 

 パチュリーのため息から始まった仲の良い友人同士の会話。

 レミリアの我儘に振り回されて、というスタンスから始まったガールズトークだったが、パチュリーの方にもそれなりに思惑と呼べるものがあるようだ。

 パチュリーが得意とするのは今日も操っているような、世界を構成する精霊魔法と呼ばれるもの、西洋では『火』『水』『風』『地』の四大元素が主流で今のパチュリーもこの4種が得意であった。

 けれど、数十年前から新たな研究をしているようで、その研究内容が丁度東洋魔法の5大元素、西洋のモノに『金』が増えたものと新たな元素である『日』と『月』を足した七種のようだ。

 

「そう、頼りになる友人がいて私は幸せ者だわ…期待しているよ? 七曜の魔女殿」

 

 未だ四種しか操れない魔女に向かい七曜と、未来への期待を込めて言い切るレミリア。

 先に言っておけばそうならざるを得ない、フランドールが生まれた日にレミリアがアイギスに言われたように、そうなってほしいという願いを込めて言い放った。

 

「期待するのは構わないけれど、見知らぬ地へと赴くのよ? 荒事や面倒事となった時にはお任せするわよ、偉大なる主様」

 

 言葉を受けた七曜の魔女から帰ってきたのは、同じ様にレミリアの先を期待する言葉。

 アイギスの言い草など知る由もないパチュリーだったが、今の返答はレミリアの言い様を真似てそれらしく返しただけであろう。

 それでもレミリアは気に入り、言われた通りにそうあろうと、翼を開いて書庫の宙へと浮き、魔の者らしい笑みを浮かべ始めた。

 

「それも面白い、行くついでだ、彼の地を新しい領地としよう…どんな者達がいるのか、今から楽しみでならないな」

 

 浮いた宙で一人呟いたレミリア。

 小悪魔とフランドールがいる床面を視界の端に捉えながらポツリと呟き、そのままの位置で右手を高々と掲げて、掌に運命の輪が回る天球儀を顕現させる。

 少し前までは強大な力を宿したまま消えいく運命が見えていたが、今のレミリアの手にある天球儀は新たな運命を導き出すようにグルグルと回り始めていた。

 少し回っては止まりかけ、また動き出しては回転が緩む天球儀。

 レミリアの能力を行使しても、この先がどうなるのかわからないという暗示かのように止まらない天球儀を、小さな手の平で握りつぶすレミリア。

 先が見えないのなら切り開く。

 例え邪魔が入っても今のように全て握り潰す。

 新たな領地を得ようと動き出した主が決心した、紅魔館での一幕であった。 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。