東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第十一話 新たな出会い

 依頼を受けてはみたものの、特に荒事らしい荒事に関われる事はなさそうな羊。

 誰かを仕留めたり追いかけたりするよりも、住まいとして充てがわれた八雲紫の別荘地、頂きが望めないほど高くそびえる山のどこかにあるという、道に迷った者だけがたどり着ける建物で過ごす事が多くなっていた。

 今日も今日とて、他者に向けるべきスコップの刃先を、庭先の花壇や後々生け垣として立派になりそうな木々達の根本に向かって突き刺しては、首から下げたタオルで汗を拭っていた。

 草花を食む側である羊が植物を育てるなど、矛盾しているように思われてしまいそうだが、全てを穿つ力を持ちながら絶対の盾の名を冠する彼女からすれば、矛盾した在り方というのも案外似合うのかもしれない。

 

「こう、なにもないと手入れが捗り悪くないのですが、暇ですね」

 

 うっすらと腹筋の見える白い服、褐色の肌に映える白いタンクトップ姿で、植えた生け垣を眺み見るアイギス。

 八雲紫の御庭の番をするという依頼を受けたはずが、荒事は予想以上に少なく、すっかりと別荘地であるココ、マヨヒガの手入れをする事が多くなっていた。

 紫がくれた作業着代わりのタンクトップ、その内側、縦に伸びた臍辺りから音がしてしまうようなことはないようだが、それでも期待していたような荒々しい事は少なく、暇を埋める為に依頼内容にはなかった庭の手入れをする墓守。

 

「契約期間中ずっとこれでは、そのうち退屈にやられてしまいそうです」

 

 生け垣の内側、マヨヒガの縁側に腰掛けると丁度眺められる辺りに、八雲紫の式だという妖獣から預かった花の球根を植え付けていく元草食動物。

 左右の縁が切られて、テンガロン・ハットのような形にされた麦わら帽子を地面に傾けながら、いそいそと指先で土をならしては球根を植え付けていた。

 来年の5月頃には紫色の花を咲かせるという、ナントカといった花らしいが花の名前は忘れたようだ、ただ此度の依頼人が好む色合いの花で、それを式から預けられて手入れついでに植えているだけらしい。

 

「花壇の手入れまでなさるとは、仕事熱心なのですね」

 

 花壇の前で膝を折り、慣れない庭仕事に精を出すアイギスの横に大きな影が差した。

 大きいといっても本体はアイギスよりも頭半分くらい背が低くて、真っ直ぐに立てば見下ろす形になるのだが、この者は本体よりも付属品のほうが大きく見える。

 夏場の陽の光を浴びて燦爛と輝く金色の毛色、キラキラと光る毛を生やした尾が九本もあり、時にはその尾を自在に操って見せる、金毛九尾の狐と呼ばれる妖獣達の最頂点。

 

「本来の御庭番としては意味合いが違う気がしますが、荒れた庭先を整えるのも良いものです…血ではなく土で手を汚すのも悪くないと感じておりますよ、藍様」

 

 植え付けている球根を眺めつつ影の本体、八雲紫の式である八雲藍に向けて返答するアイギス。

 依頼人の従者から話しかけられたというのに顔も見ず、隣に映る影を見ながら話していて失礼な態度のように思えるが、今は着慣れたスーツもシャツも脱いだ状態で仕事をする姿勢ではないアイギス。

 むしろ余計な庭仕事に精を出すという、仕事外の仕事中でそちらに集中しているため、藍を相手にするよりも仕事に集中したいという雰囲気を醸し出していた。

 

「手が空きましたら少し出かけませぬか? 主がアイギス様にお話したい事がある、そう申しております」

 

 花壇に向かうへんてこな麦わら帽子に向かい話しかける九尾。

 白と青の二色を配した道士服を纏い、ゆったりとした袖口に両手を隠すように入れて組んでいる。

 手の内を晒さないといった意味合いがある姿勢、ではなくこれが彼女の立ち姿であり特に意味を含んだりはしていないようだ。

 アイギスがこの地、後に幻想郷と呼ばれるようになる八雲紫の箱庭に訪れた際には、姿勢の通りの意味を持たせていたが、訪れて30年近く経った今では警戒も何もないように見える。

 

「紫様が私に話ですか? 藍様に言伝を申し付けなくとも、直接いらっしゃるか私を呼びつければいいものを」

「何分お忙しい方ですので、それに、こういった事の為に私がいます」

 

 八雲紫の事を紫様、八雲藍の事を藍様とそれぞれ敬い呼んでいるアイギス。

 召し抱えられたり式として使われたりしているわけではなく、ただ依頼人である八雲の者を呼ぶのに呼び分けているだけである。

 八雲の性が二人いて、二人とも一緒にいる事が多いから、間違いのないように名前で呼んでいるだけのようだ。

 吸血鬼の姉妹に対しては別の感情もあり名で呼んでいたが、八雲の二人に対しては力ある依頼人とその従者としか捉えておらず、仮に藍が八雲の性でなければ紫様ではなく八雲様と呼んでいただろう。

 

「これを植え付ければ終いです、着替えますのでしばしお待ちを」

 

 最後の球根を植え付けて軽く土をかける庭師見習い。

 全て終えてスッと立ち上がると、見下ろしていた藍の視線が上がり、少し見上げるような形になる。

 今は愛用のハイヒールではなく、白のタンクトップに紺色のもんぺ、頭には歪な麦わらで足元は長靴姿と、まるで片田舎のお年寄りのようなスタイルだが、郷に入っては郷に従えという言葉を教わり、そう過ごすのがこの国だと依頼人から言われた為特に気にせず着ていたアイギス。

 

「何年経っても似合わない格好ですね、背が高いからでしょうか? 私もこの国の者達よりは高めですが」

「さぁ? 私としては似合うに合わないよりも過ごしやすいので気に入っております、この国は湿度が高いのでいつもの服では暑い日も多いのですよ」

 

 会話しながら縁側へと向かい上がり込んで、建屋中でタンクトップも下のもんぺも脱ぎ始めた、見た目だけは若い女。

 藍に見られているが気にすることなく脱いで下着姿で汗を拭っていると、時間はあるので汗を流してからのほうが良いのでは? と提案されていた。

 呼びに来た従者にそう言われ、依頼人に呼ばれているのに汗臭いままでは失礼かと考えついたアイギスが藍に少しの時間を貰い、その場で脱いだ衣服を携えて奥の風呂場へと歩み消えていった。

 気軽に脱ぐくせに着ていた服は脱ぎ散らかさない、他者の前で下着姿になるなど羞恥心が抜け落ちているように見えるが、服は畳んで忘れずに持ち消えていった彼女を見ていた藍が、相変わらずよくわからない方だと考えていた。

 

~少女入浴中~

 

 頭から足先までさっぱりと汗を流し、急ぎ目に水分をとった水風呂上がりの黒羊。

 着替えて藍と二人、庭先で待っていると二人の視線の先にピンク色のリボンが二つほど浮かび上がる。

 藍と並んで開かれたスキマの中へと歩みを進めるアイギスだったが、スキマを抜けた先で思わず足を止めてしまっていた。

 スキマの中からも見えていた、細かな砂利を利用して描かれた絵のようなモノ。

 とある屋敷の庭園を色なく彩る枯山水に目を奪われているわけではなく、この屋敷のある地から感じられる、現世とは違う空気感が気になり歩みを止めていた。

 

「ここは…また別の国でしょうか?」

「冥界の白玉楼、貴女の国で言うとハデスの治める冥府に近い所かしらね」

 

 歩みを止めている間に藍の姿は消えていて、代わりに隣に現れてたのは藍の主である八雲紫。

 結界の構築作業に忙しいはずの彼女が何故冥界という場所、白玉楼と言った屋敷の中でまったりとしているのか?

 生きながら冥府に来るなど考えられず、スキマ内で気付かぬ内に殺されたのか?

 それにしては何も変化がない、と手や髪、角などを不思議そうに撫でているアイギスだったが、紫に手を取られて他者の感触も変わらないと認識した頃、紫以外の者から声をかけられていた。

 

「八雲殿、そちらの麗人は?」

 

 落ち着きの感じられる嗄れた声色がアイギスの耳に届く。

 紫に手を取られ屋敷の中へと進もうとした矢先、不意に声をかけてきた者。

 明るいが落ち着いた緑に見える萌黄(もえぎ)色の着物に袖を通し、枯れ葉のような色合いの(ひわ)色をした袴を履いた男、隣に半透明な魂を漂わせている男から声をかけられていた。

 

「お初にお目にかかります、紫様の下で少し働かせて頂いております、一介の墓守にございます。麗人などと、ありがたいお言葉です」

 

 いかにも年経た風合いの白髪、それと同じ色合いの撫で付け髭を立派に生やした御仁へと、少しの紹介を述べてから静々と頭を垂れるアイギス。

 紫に仕えるバトラーかのように右手を胸に当てて頭を垂れる羊に対して、シャンと伸ばしている背を綺麗に曲げて礼をする御仁。

 立ち振る舞いや綺麗に伸びた背中からは厳格さが見て取れた。

 

「ご謙遜召されるな、凛とした姿勢といい言葉遣いといい出来た御仁のようで…八雲殿が幽々子様に話されていた通りの御仁ですな」

「私などただの雇われ者にございますよ」

 

 厳格さを残しながらも緩く破顔して、顔の皺を増やしていくご老体。

 紫がここで何を話していたのかまでは把握できないが、この厳格な男がユユコ様という誰かに仕える者だとわかり、やはり屋敷の者かと丁寧な態度を崩さずに会話を続ける雇われ悪魔。

 下手に出るという雰囲気ではなく、悪魔らしく嘘のない言い様で立場を述べただけだったのだが、この男には謙遜したままだと捉えられたようだ。

 

「そう己を下げる事もありますまいよ、覚えのある御方が続けると鼻につきますれば」

「下げたつもりはございません、何処であろうと私は変わらず、私のままで不変にございますれば」

 

 厳格な剣客の売り言葉に、買い言葉らしい文言を返すアイギス。

 口振りや表情は互いに穏やかな様子で、冗談の延長といった風合いだが、ココ暫く荒事に関われていないアイギスは少しだけ乾いているようだ。

 雇い主に呼びつけられて訪れた先、そんな所で事を構えるつもりなどなかったのだが、自身が思ってもいなかった事を気に留められて売り言葉を放たれたのだ…相手の名前も宿す力もわからないが、腰に挿した二刀と佇まいから手練だと認識した墓守。

 両者ともに目を合わせてから逸らさずにいて、放っておけば荒事へと流れそうな空気が周囲に広がっていく。

 

「なぁに? 妖忌はもう仲良くなったの? 私より先に仲良くなるなんて狡いわぁ」

 

 チリチリと緊張感が走り始めた場の空気、それを殺すようなゆったりとした雰囲気の少女がフワリと現れる。

 着ている召し物も少女の話す雰囲気と同じくゆったりとしたもので、太く柔らかそうな帯をリボンのように結び前で重ねただけの、するりと解けば開いてしまうそうなゆったり具合に見える。

 だがアイギスの気になるものは彼女の見た目よりも、その在り方のようだ。

 

「お屋敷の御嬢様でしょうか? 回りのそれは魂? ご本人も生きておられるようには見えませんが?」

「あらあら、紫ったら…連れてくるだけで何もお話していないのねぇ」

 

 死人が笑い会話をする、アイギスの生まれた地でもよくある事でそれほど不思議なことではない。

 ゴースト、ファントム、レブナントにスペクターといった種族の魔の者達も暮らしていたしそういった顧客も少なかったがいるにはいた…霊体が棺桶を求めるなど冗談にしかならないが、彼らが依頼してきたのは墓荒しの討伐などだ。

 職人としての仕事ではなく掃除やさんとして仕事の依頼をしてくる事が多かった。

 

「この国では確か、ユウレイと言うのでしたか?」

「正確には亡霊ね、私は西行寺幽々子、この冥界の管理人といった事をしているの、どうぞよしなに、ね。アイギス=シーカーさん」

 

「これは、大変失礼致しました。紫様より聞かれている通りの者、アイギスにございます。いきなりの訪問なれど主様自ら迎えて下さり、感謝の極み」

 

 明るい言い回しをする亡霊の姫に対して、妖忌に見せたように粛々と頭を垂れていくアイギス。

 幽々子の漂わせる雰囲気がすっかりと場を満たしていて、もはや荒事といった空気ではなくなった白玉楼の庭先。

 妖忌が枯山水を気にせずに歩いていることからアイギスも気にせずに地に降りるが、ヒールが砂利を抜けてしまい、真っ直ぐには立てなかった。

 両足の踵を地に下ろすと両方のヒールが沈み背中側へと傾いていく男装の麗人、飛べばいいと浮き始める前に両肩を誰かに支えられていた。

 

「その靴はココを歩くのには不向きのようですな」 

「助かりました、ミスター」

 

 両肩を支えているゴツゴツとした手に自身の手を重ねるアイギス。

 人間にしては白く冷たい肌をした妖忌の手に触れながら、素直に感謝を述べると、失礼、とすぐに肩から手を離されていた。

 少し冷たい手が気になり触れてみたのだが、体に触れられた事を気にしたとでも思われたようだ、先程から考えの外の対応をされてばかりでほんの少し表情がイタズラな物になるアイギス。

 飛べばいいものをそうはせず、わざと踵に重心を置いて歩きはじめ、妖忌の前で砂利に足を取られる仕草を見せていた。

 

「宜しければお手を」

 

 バランス悪く歩くアイギスに向かい、先ほどのゴツゴツとした手が伸ばされる。

 老紳士のような対応を見せてくれる妖忌の手を迷い無く取り、少しだけ体重を預けて白玉楼の庭先から屋敷の中へと歩んでいった。

 

 よく手入れされた日本屋敷の一部屋。

 広く磨かれた床板が光り、開け広げられた障子の先の庭を写している、壁に鞘に収まった刀や達筆の書がかけられている部屋でアイギスと妖忌は再度対峙していた。

 アイギスは見慣れた黒いスコップを肩に担いで、妖忌は腰に挿した二刀ではなく何処からか出してきた、鈍く輝く刀を一振り携えて静かに見つめ合っていた。

 

 屋敷に上がってすぐ、張り替えられたばかりの、新しい畳の匂いが広がる和室でお茶を啜りながら会話をした後でこうなる流れになってしまったようだ。

 幽々子が紫から聞いていた、庭荒らし対策に雇ったという異国の悪魔。

 アイギスに母国では何をしていたのかと幽々子が問掛けた事で、吸血鬼の住まう屋敷の盾になったり、偶に人間を殺めて食事していたと正直に話した事で、我が家の剣術指南役と手合わせ願えないかという話になったようだ。

 同席していた、アイギスを呼びつけたはずの紫からも妖忌相手にどこまでやれるのか見てみたいという言葉もあり、主と依頼人の二人に見られながら少し手合わせをする事になった。

 

「獲物は(すき)なのですか、刀剣は苦手でしたかな?」

 

 手合わせ前の少しの会話、アイギスに使ってくだされと渡そうと断られた刀を見ながら話す妖忌。

 ナマクラではなく妖忌が今握る刀と対になるような、美しい刀身の刀ではあったが自前がありますと言いながらスコップを顕現させたアイギス。

 

「使い慣れているだけで得手不得手を考えた事はあまり…強いて述べるのならば、切れないコレで切られた時の相手の顔が好きでコレを使っている、とでも言っておきましょう」

 

 右肩に担いだスコップを左手で撫でて返答するアイギス。

 愛用している三本目の角だから、というのもあるが、アイギスが刀剣よりもスコップを好むのには述べた通りの理由からだ。

 刀や剣が切れるのは当たり前で、それで切られてもそれ以上の痛みや恐怖はない。

 本来切ったり突いたりするのに使わない、農機具であるスコップで切ったり突いたり叩いたりすると、意外性とそれ以上のモノがアイギスに向けられてそれが心地良いようだ。

 

「手合わせ前に冗談とは、その余裕崩してみせましょう…いざ」

 

 言葉を吐いて息も吐く妖忌。

 吐いた息と共に一瞬だけ瞳を瞑り気を入れ替えるが、瞳を開いた時には正面にいたはずのアイギスが消えていた。

 素早く左右と下を一度ずつ見る妖忌だが何処にもアイギスの姿はなく、残った部分、妖忌の頭上にある天井部分にアイギスの姿があった。

 剣道場の天井を走る格子状の梁を左手で掴み、片手の指だけで自身の全体重を支えているアイギスの姿が妖忌の視界に入ると、アイギスが天井を蹴り勢いを付けて迫ってくる。

 右手だけで握りしめたスコップが振り下ろされるが、同じく妖忌が右手だけで振るう刀で受け、力の方向を軽く流された。

 流されて少し体制が崩れるアイギスだったが、二手目の剣閃が奔る前に両者ともその場で動きを止める…手合わせだというのに隙を突かない妖忌を訝しむアイギス、見られている妖忌の方は少しだけ眉尻を下げていた。

 

「不思議そうな顔をされて、どうかされましたか? 魂魄様?」

「いやいや、流暢に日本語を話されるので、異国の方だという事を忘れておりました」

 

「? なにか思う所が?」

「いざ、と言って尋常に、と返ってこないと道場内での手合わせらしくないと感じただけです、お気になさらず」

 

 小さく苦笑して見せる妖忌手。

 手合わせの相手からなにかこの国での決まり事、手合わせのマナーのような物が聞けたことでアイギスの表情が少し緩む。

 本番であれば言葉などどうでも良く気にも留めないが、今は命のやりとりではなく互いの実力を図る手合わせ、いわば遊びに近いもの。

 それならばと、スコップを肩に担ぎ直したアイギスが最初に対峙していた場所まで戻る。

 一手目が奔る前まで戻るとアイギスからいざ、と聞こえ、妖忌の方から、尋常に、と互いに言葉をかわして再度の手合わせとなった。

 

 次なる一手目は妖忌から。

 片手で刀身を少し下げて一瞬でアイギスに迫り、そのまま刀を振り上げる、空気どころか空間も断つような鋭い切り上げを難なくスコップで受けるアイギス。

 軽快で耳に痛い金属音が道場内に響いて、眺めていた幽々子が思わず耳に手を当てていた。

 

 そんな衝突音を気にせずに二人の攻防は続く。

 二手目も妖忌から始まり、受けられた刀をスコップの柄に宛てがいそのまま滑らせる、アイギスの握る辺りまで剣先が走ると不意にスコップから手を離すアイギス。

 妖忌の刀の勢いから豪快に回り始めるスコップを蹴り妖忌目掛けて飛ばすが、一手目と同様に刀で受け流されて剣道場の壁目掛けて飛んでいった…このままでは壁に突き刺さるか、突き抜ける、だれもがそう考えるだろうがそうなる前に開いたスキマに回収されるのでご安心を。

 

 獲物を自ら蹴り飛ばしたアイギス目掛けて、妖忌の三手目が振るわれるが再度金属音を響かせて受けられた。

 蹴り飛ばしながらも本日三本目のスコップを顕現させていたアイギスが、力任せに妖忌の剣戟を受けただけであった。

 余談だが、一本目はマヨヒガの庭先に刺さったままだ、何処へ行っても帰りに迷わず辿れるようにと一本は必ずマヨヒガの何処かに残されていた。

 

「自由自在とは、際限くらいはお在りかな?」

「私の終わりが際限でしょうか? 未だ感じた事はございませんが」

 

 互いに押し合いながら少しの軽口を叩き合う。

 会話の終わりに四手目を振るったのはアイギス。

 スコップの柄を少しずつ持ち上げていきだんだんと刃先、足のかけられる辺りへと促し流していく。以前レミリアの槍を取り回したように足掛けの部分を使い刀を捻ろうとするが、捻られる前に鍔競り合う形は崩れ、妖忌が一歩下がり刀も下げられた。

 

「小手先は通じませぬ、伊達に爺ではないのです、レディアイギス」

「レディと呼んでもらえるほど私も若くはないのですが、紳士に呼ばれる分には悪い気はしませんね」

 

 小手先の技は通じない老獪さを見せる妖忌。

 レディなどと言ってきたのはお茶を啜りながらの会話中に、妖忌のような老紳士をミスター等と言って敬う事、幽々子のような聡明さも明るさもある淑女の事をレディなどと称すると話したからだろうか。

 私は? と紫も聞いてきたが今の立場からするとマスターだと述べたアイギスが気に喰わないらしく、レディと呼ばれなかった事で少しばかり腹を立てて、今回の手合わせでは妖忌の事を応援していた。

 

「では少しばかりやる気でいきましょう、後で戻しますのでご心配なく、ミスター妖忌」

 

 一歩引いた事で間合いが開いている両者。

 お陰でアイギスが指を鳴らす時間的余裕がある、肩にスコップを担ぎ直して空いている左手を妖忌に向けてかざし始めた。

 魔力や妖気といったモノが漂うわけではなく、ただ親指と中指がくっつけられて妖忌に向けられているだけで、アイギスの能力を知らない三人が一瞬眉間を潜めるが…潜めた眉を笑うかのように口角を上げたアイギスが、小さく指を鳴らした。

 音に気が付いた妖忌が刀の切っ先をアイギスに向けて放たれる何かを断つ姿勢を見せるが、妖忌の考える魔力の力は発現しなかった。

 音が響くとポトリと落ちる携えていた刀と肩から先の妖忌の右腕、常識の範囲内で考えれば断たれたと認識し穿たれた部分から血が吹き出すのだが、剣道場の床は綺麗なままで穿たれた妖忌も静かなままだ。

 痛みもなく唐突に落ちた右腕を見ても、妖忌は冷静で荒れる事などはなかった。

 

「これは驚きました、落ちた腕を見ても痛みを連想しないとは、半分ユウレイだからでしょうか?」

「後で戻していただけるのでしょう? 貴女の力を知るのに片腕で済むなら安い」

 

 なるほど、と小さく呟いているアイギス。

 妖忌の気概を知り、久しく会えなかった豪の者だと知ると、肩に担いでいたスコップを自身の魔力へと戻し、両手を空けた。

 そのまま右腕は背に隠し、左手だけを妖忌に見せつけるアイギス。

 そんなアイギスに対して力を知る為と言った妖忌だったが、実際のところは掴み切れないでいた。

 指が鳴ったら腕が落ちて気にしなければ痛みもない、問答無用で断つというのにそれに伴う痛みがないとはどんな業だ?

 長く血溜まりの中に身を沈めていた事もあるはずの妖忌の経験内にもこういったモノはなく、対抗策と呼べるものがすぐには思いつかないようだ。

 

 勝敗の見えない手合わせに心躍り始めた妖忌。

 冷たい笑みを見せ思考を研いでいる中、数度なるアイギスの指。

 道場内を奔り、留まらずに動く妖忌がいた辺り、妖忌が足を離す側から足元が穿たれて、その度に床板が薄く削れたり、段差二段分くらい下がったりしている。

 それでも動きを止めず、アイギスに向けて左で握った刀を振るい剣閃を走らせるが、アイギスの体に触れても切った感触が伝わらず、更におかしいと感じ始める妖忌。

 確実に獲物がおかしいと気づいている妖忌を見て、楽しそうに笑み小さく低めの笑い声を漏らすアイギス。

 切れ味を穿ちナマクラにしたわけではなく、アイギスに振るわれた斬撃の勢いだけを穿ったようだ、持つ妖忌からすれば勢いも切れ味もあるけれど、切った感触も何もない感覚が手に届くはず。

 受けるアイギスからすれば刀で撫でられているような物…歪な穿ち方ではあるが、在る物は何でも穿てるというのだからこういった小手先の事も可能なのだろう。

 

 2度切りつけて感触がおかしいと確信を得た妖忌が、腰に携えた刀の長い方へと手を伸ばす。

 刀身が少しだけ見えて、先ほどまでの緩い手合わせの空気が消えていく、殺伐とした緊張感が場を支配する中、まだまだ楽しめる、殺り甲斐のある相手と出会えたと、アイギスが笑みを強くし始めていた。

 そんなアイギスの笑みを、冷ややかな視線で見つめている者がいた、八雲紫である。

 雇い入れて数十年、何度も仕事風景を見ていたが指を鳴らしてナニかをする事はなく、ただただスコップを振るい相手を葬り埋めていく姿しか見た事がなかったようだ。

 妖忌と同じく、アイギスの力はどのようなものなのか?

 境界を弄られても焦る素振りを見せないのは、自身の持ち得る力故なのか、幽々子と妖忌に少し願いこの場で見定めるつもりだったらしいが…理解は出来たのだろうか?

 

「二人とも、楽しそうな顔になった所で申し訳ないけど、そこまでにしてくれない? 屋敷がボコボコになってしまうわ」

 

「む」

「良い所ですが、西行寺様がそう仰るのならば従いましょう」

 

 主の声を聞き入れて刀を鞘へと戻す妖忌と、合わせていた指を解きスコップを顕現させるアイギス。

 スコップを担ぎあげて妖忌へと歩み寄ると一瞬警戒されていたが、左手で持った妖忌の腕を本来ある辺りで支えて持つように伝え手渡していた。

 腕が生える辺りで妖忌が支え、穿たれ断たれた際に出来た穴を埋めるようにアイギスの魔力がスコップでかけられていく。

 三度ほど掬いかけると完全に元に戻る妖忌のゴツゴツした右手、数度握り確認していた妖忌だったが、確かに元通りだと確信すると言葉通りだと好々爺のような笑みを見せた。

 腕を千切られた相手に見せるような顔ではないはずだが何故か笑む妖忌。

 どうやら妖忌の方も良い相手が見つかったとそれなりに気を良くしたようだ、戻された右手をアイギスに差し出して、また後日に次回は思惑なしで、と主の友人から頼まれていた事をバラしていた。

 そうですねと、差し出された右手を受け取り握り返すアイギス。

 互いに気に入り手を取り合う二人を変わらない冷ややかな目で見つめていた紫だったが、思惑をバラされた事で少しだけご立腹のようだ。

 そんなご立腹の紫に歩み寄り、問われてもいないのに自身の力のヒントを話し始めたアイギス。

 

「仕事柄掘ることには慣れておりまして、身に宿すモノもそれらしいものですよ、紫様」

「掘る…そう、そんな事を話されても良いのかしら? 手の内を見せるなんてアイギスらしくないわ」

 

「良い縁を結んでくれたお礼といったところです、それに、バレたところで困る事もありませんので」

 

 言葉を発しながら紫に向けて手を差し出し指を弾くアイギス。

 音が鳴るだけで紫が穿たれるようなことはない、ただ単に指を鳴らしただけで能力の行使はしなかったようだ。

 音だけに気をつければいいとアタリをつけた妖忌も、指を鳴らす行為自体に行使するための何かがあると踏んだ紫も少しだけ悩ましい顔色を見せる。

 足先や指先で触れた部分も穿つ事が出来るが、それは見せずに能力のヒントを話したアイギス。

 言わないほうが思い込まれて対策されそうだが、選択肢を増やした事で、荒事で対峙する相手の思考時間を伸ばす事も出来ると示し、悪戯に笑んでいた。

 胡散臭い友人と、口煩い従者がアイギスの動作に悩む姿を見て、幽々子も似たように悪戯に笑んでいた。




鋤ですが、スコップ・シャベルのような二本の農機具です。

だんだんと貯めていた中二病成分が足りなくなってきました、なにか補充するのに良いものはないでしょうか?

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