東方穿孔羊   作:ほりごたつ

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第十話 新たな依頼

 黒いスコップ携えてザクザクと土をかける女性。

 自身で殺めた者達を弔うような感覚で埋めているわけではなく、ただ己が自己満足するために土を掘り遺体を埋めている。

 埋まっているのは名もないような半端者の妖怪達。

 異国から不意に訪れた、種族も力も知られていない黒い羊の妖怪を狙って、返り討ちにあった者達が土の下へと埋められていった。

 埋められていく者たちの中にはまだ息のある者もいて、朗らかに笑んでスコップを動かすアイギスもそれに気がついてはいるが、他者からの恐怖心を糧にしているアイギスからすれば、四肢を飛ばされて生きたまま埋められる恐怖というのも中々に美味のようだ。

 

 漢字やこの国の事を教えてくれた寺から出た彼女。

 今は日本のやや東寄り、江戸という、この国の中心からほんの少し離れた辺りの山中にテントのようなものを組んでそこで暮らしているらしい。

 他者の心を糧として生きるため人間の住まう地域からは離れられず、それでも町の中心にはいられないアイギス。

 喧騒や他者が苦手というわけではなく、この国では褐色の肌も赤黒い瞳も珍しく見られるため、無駄に絡まれる事が多く、あまり食べ過ぎては体型が気になると少し距離を取っているらしい。

 体型など大昔から変わっておらず、どれほど喰っても肥えてみたり顎が二の腕の振り袖がつくような事がないのは、汗を掻いて掘り返しては埋めているからかもしれない。

 

「知られていないというのは良いものですね、お陰で食事に困らない」

 

 地面の下から聞こえていた呻き声が聞こえなくなった頃に独り言を呟く彼女。

 うっすらと汗を掻いた額を手の甲で拭い、やりきったという達成感に満ちた顔をしている。

 目の前は綺麗に、まっ平らにならされてしまった本来傾斜のついている山の地面、広さで言えば3×3×3メートルくらいでそれほど広い面積ではないが、途中から山が切り取られて地層が見えている部分もある。

 他者から見れば整地されたような風合いを見せる山肌に向かい、スコップを地に突き刺して己の整えた平らな山を見ているアイギス。

 フゥと一息ついて、着ていた上着とベストを脱ぐと、Yシャツの肌が触れていた部分や背中、脇といった辺りの色合いが変わっていることに気がついて、少しさっぱりするかとおもむろに脱ぎ始めていた。

 

 仮住まいの近くにある川でとりあえず汗を流し始める彼女。

 年齢の割には肌も水を弾くほどで、パッと見だけなら健康的に日焼けした二十歳前後の女性といった感じに見えるのだろうか。

 そんな女性があられもない姿で川遊びをしていると、アイギスの仮住まいの少し奥辺り、着ていた衣服を誂えた簡易のハンガーに掛けた奥から、いつか感じた紫の妖気を感じ取っていた。

 

「覗きとは趣味が悪いですね、それともそういった妖怪さんだったのでしょうか?」

 

 趣味が悪いと言いながらも特に体を隠したりせず、毛量は多いが柔らかい黒い髪や象牙色の角、浅黒い肌の中で先端だけが薄いピンクの胸辺りから雫を垂らして、覗いている誰かに言葉を述べるアイギス。

 言葉を受けて現れたのは、以前に出島で出会い、軽い世間話をしながらなにかあれば申し付けろと言っていた相手。

 何もない空間にピンク色のリボンが浮いており、その間に開いたナニカから上半身だけを出している妖怪の賢者、八雲紫であった。

 

「覗きだなんて心外です、偶々探しに来てみたら水浴びの最中だったのですわ」

 

 右手に携えた扇子を開いて瞳から下を隠しそう述べる紫。

 不意に訪れたのならそういう事もあるだろうと、返答をそのまま受けて川から上がりタオルで水気を取っていくアイギス。

 季節は梅雨の終わりが近い頃合いで寒いという時期ではないが、それでも川遊びには少し早い季節。

 けれどあまり気にしてはいないようだ、元々が北国の生まれで慣れているというのもあるが、それ以前に生き物というのは少し歪な在り方の悪魔なのである。

 寒い暑いとは感じて着込んでみたり汗を掻いたりはするが、それが原因で体調を崩すような事はないらしい。

 

「裸のままでは失礼ですし、とりあえず着替えますので、しばしお待ちを」

 

 全身を綺麗に拭きあげて、出立時に持ちだした替えの下着やYシャツに袖を通していく。

 Yシャツのボタンをとめて次はスーツの下をと手を伸ばすと、妖怪の賢者の左腕だけが、その体と同じように瞳の多くある空間から伸ばされてアイギスに手渡された。

 

「お気遣い感謝致します、八雲様」

 

 伸ばされた左腕に向けて謝辞を述べそのままパンツに足を通し、ベルトをシルバーのバックルへと通していく。

 とりあえず服は着たアイギスが、八雲と呼んだ者と向かい合い立ち話をし始めた。

 

「私の名をどちらで?」

「私を喰らおうとしてきた者達から少し、神隠しの妖怪なんて言い遺して逝かれましたね」

 

 先ほどまで整地していた辺りを眺めるように、少し遠くを見つめる黒ずんだ紅の瞳。

 言葉から返り討ちにあったのだとわかる物言いだが、紫もアイギスもそれについてはさほど気にしていないようだ。

 糧を得ようとすれば逆に襲われることもある、ただそれだけの事で互いに気にしておらず、この場では何処で八雲紫の名を知ったのか、それだけが重要であった。

 

「神隠しも嗜みますが、それだけではないですわ」

「でしょうね、貴女様からは強い御力が感じられる。言い残していった者も、消え入る寸前に不意に漏らしただけのようですし、広く知られている方のようで些か緊張致します」

 

 瀟洒な笑みを浮かべたまま紫に緊張感を覚えると言っているアイギスだが、空気や雰囲気からはピリピリとしたものは感じられない。

 上半身だけを異空間から出してみたり、また別の異空間から左腕だけを出すなど、自然豊かな山間の中では浮いてしまうほどの不自然な光景を目にしているが、それでも焦りの色は見せなかった。

 目にしている事象は兎も角、不自然と呼べる力を自然に操り好きに扱えるくらいの妖怪、この国での大物なのだろうなと考えるだけのアイギスだった。

 

「さて、本日はどのような?」

「先日の名刺に書かれていた文言、あれをお願いしに伺いましたわ。アイギス=シーカー殿」

 

 名乗っていない真名を呼ばれ、一瞬だけ目を細めるアイギス。

 細められた目を同じく笑むために細めた瞳で見つめ返す紫、紫の能力を持ってすればアイギスの記憶の境界を弄び名を知り彼女の事を知る事も出来る…のだが、全てを覗き見て知る事はやめたようだ。

 仮にアイギスを自身の手元に置く、もしくは目障りだと葬るような事があれば全てを覗き見て知ったほうが手が出しやすい。

 けれど、紫の力を垣間見ても表情も態度も変えない異国の者。

 それなりに力があるとわかるアイギスと敵対するつもりはなく、紫の考える後の事の為に出来れば縁を繋いでおきたい、だからこそ名前程度で留めておいたようだ。

 

「お仕事でしょうか? 聞き入れる前に少し内容を伺っても?」

「場合によっては、そう書き記してありますものね。単純な事ですわ、私の庭を荒らす者達をどうにかして頂きたい、それだけの事です」

 

 紫からの説明を受けて、薄めの唇を僅かに歪ませて見せるアイギス。

 瀟洒な笑みから外法者らしい邪な笑みを浮かべると、そのまま扇子越しに嗤う者へと、真意の読みにくい横の瞳孔が見える瞳で紫を見つめた。

 

「物言いから荒事、と受け取って宜しいのですね? 何か決め事などはございますか?」

「引き受けて下さるのなら特には…いえ、一つだけ」

 

 扇子は下げずに空いた左手の人差し指を立てる紫。

 仕事をする上で後々からこうしてほしい、この場合にはこういった対応を頼むと言われる事もあり、後出しで追加される事は面倒な事が多いと体感しているアイギス。

 今回もいつもの様に先んじて条件を聞き出していた。

 

「人間達が住まう地域があるのですが、その地域内では荒事は避けて頂きたいのです」

「襲われた場合も手を出してはいけないのでしょうか?」

 

「相手が人間であるなら、出来れば引いて頂きたい、そう考えております」

 

 穢れを纏う者が人間を気にするなど、少しだけ訝しがるアイギスだったがその部分を考えることはやめたようだ。

 依頼とあれば引き受けるつもりであるし、引き受ける以上の事をするつもりも考えるつもりもない。今回の話であれば八雲紫の庭を荒らす者達をどうにかすればいいだけで、その手段までは縛られていない。

 人を襲う制限は課されたが地域限定のモノだというし、この地の妖怪から得られる恐怖心も中々に珍味だと感じているアイギス。

 

「畏まりました。そのお話、お引き受け致しましょう」

「ありがとうございます、報酬は何をご用意すればよろしいので? 大概の物であればご用意出来ますが」

 

 パタンと扇子を閉じて、軽く会釈する紫。

 少ない情報で依頼を引き受けたアイギスに対して、話が早くて楽だと感じる反面、内容を詳しく聞かずに荒事を引き受けるアイギスをほんの少し警戒し始めていた。

 その警戒から考えて依頼に対する報酬も大きく、大概のものであれば用意すると述べていた。 

 

「特には、私の場合報酬は仕事中にお会いした方から頂く事が多いのですよ。言うなれば手段が目的になっておりますので、鉄火場さえあればそれ以上は望みません」 

 

 アイギスが荒事に向かう理由は単純で、己の腹を満たす為の糧を得る為だ。

 棺桶職人というという仕事はあくまでも暇つぶしであり、そういった仕事で知り合えた魔の者達から頼まれる荒事で生計、もとい食事を済ませていた。

 食い足りなかったりした場合には趣味であるエンバーミングを施して他者に見せつけ、こうはなるまいという恐怖や畏怖をデザート代わりとしていた。

 その為今回もこれといった報酬は必要としていなかった…目的の為に手段を選ばない相手は多いが、手段を目的とする者はあまりいないかもしれない。

 

「手段が目的とは、難儀な事ですわ…ですが私としては依頼人としての形をきちんと成したいのです、宜しければ何かご用意させて頂きますわ」

 

 望みはないというアイギスに向けて、押し付けるように何かを用意するという紫。

 話を聞く姿勢を見る限り仕事に対する真摯さは伺える、けれどアイギスのような真摯に仕事をする者は依頼者が誰であれ同じ様に仕事をこなすだろう…場合によっては庭を荒らす側にされる、そう考える紫。

 まともに殺しあいしてやられるとは微塵も考えていないが、手の内がわからない、ましてや紫の知る悪魔とは違い、異国の文献から得られた悪魔の概念からは少しズレた位置にいるアイギス。

 万一殺しあうのであれば情報を引き出してから、その為にはなんでもいい、仕事面以外のアイギスの姿を見ておきたいと考えていた。

 

「見れば仮住まいのご様子、宜しければ仕事中は私の元で過ごされませんか? 手狭ですが不便はない別荘がありますの」

 

 アイギスの返答を待たずに異空間が口を開く。

 異空間の中には全身を現した紫が佇んでおり、以前に見た紫のロングドレスを優雅に纏って一人大量の瞳に見られていた。

 ギョロギョロと不規則に動いては時偶紫とアイギスを見比べている瞳の群れの中、社交界にそのまま現れても不思議ではない悠然さを見せる妖怪の賢者。

 振り返り2歩ほど歩みを進めてアイギスを待つように首だけを横に向ける、右半分だけ見えるその顔は怪しく笑んでいて挑発しているようにも見て取れた。

 だが、そんな挑発は気にせずに、仮住まいとしていたテントの中から荷物を取り出して、迷い無く異空間、スキマの中へとヒールの踵を差し入れるアイギス。

 地面とは呼べず聞き慣れた音もしないヒールが少し気味悪いが、庭を守るのであれば紫の近くにいるのが手っ取り早いと、引き受けた仕事の為に躊躇なく紫の後に続いたアイギスであった。

 

~少女移動中~

 

 先を進む紫の後を追いスキマを抜けると、アイギスの目の前には雄大な自然が広がっていた。

 スキマを抜けた先は空。

 先に出たはずの紫は先程まで歩んでいた入り口を薄く、横方向に平らに伸ばしてそれに腰掛け足を組んでいた。

 繋がる鎖のないブランコのような姿勢で中に浮かぶ紫だったが、怪しく笑んでいたのは最初だけで、すぐに動きを見せることになった。

 

「出た先が空だったとは、困りましたね」

 

 アイギスは飛べない。

 正確に言えば今までは飛ばなかった、種族悪魔だとはいっても紅魔館の姉妹のように翼があるわけでもなく、魔法使いのように空を駆ける魔法を覚えているわけではない。

 無論扱えるだけの魔力は十分にあるが、アイギスの場合は少し違う。

 飛ばないのは魔力云々よりも、元が羊で空を飛ばなくとも地を歩くか奔る事に慣れていてそれを当たり前と考えていたためで、飛ぶという事を考えた事がなかっただけである。

 歩を進めたままの形で落下し始めて、そのまま足元の地図のように見える大地へと自由落下していく古い悪魔…激突しても死にはしないが汚れるだろうなと、心配する先を間違えた心配事を考えていると不意に浮遊感に囚われていた。

 

「失礼しました、まさか飛べないとは思わず…迂闊でしたわ、私の庭をご紹介しようとよく見える場所に出たのですが」

 

 アイギスの細い腰に両手が回されて、紫に抱きかかえられる体制でいる飛べない、いや、飛ばない悪魔。

 珍しく他者に身を委ねる黒羊に、足元に広がる大自然を見ながら、これが私の庭だと述べる紫。

 広いのだろうと予想していたアイギスであったが、ここまで広いとは思っておらず、この地の端から端まで見るのならば飛べないままでは少し手間だと、直ぐに自身で浮き始めた。

 

「あら、本当は飛べましたの? 内緒にされるなんてつれない御方ですわ」

「お仕事で必要、そう感じましたので飛んだだけですよ。出来れば地に足ついた状態が好ましいですね」

 

 飛翔する魔法を唐突に覚えた、そんな都合のいいものではないが実情はもっと都合がいいのかもしれない。

 魔法使い達は自身の魔力を呪文に乗せて形と成す、その為にはそれを司る神や悪魔等から力を引き出して利用する、いわば魔力を使用料として払いそれを借りて行使する形が多い。

 黒ミサやサバト等で力を授けてくれと願う者が破滅するのは、身に余る力を授けられて内から身を滅ぼすからだ、契約とまではいかないが引き出して借り扱う程度のほうが使い勝手がいいはずであった。

 話が逸れたので戻すが、アイギスは魔法使いに授ける側の悪魔である。

 貸し与える者達は呪文等を利用し飛ぶが、貸す側からすれば、貸すほどに余り溢れて仕方がない魔力を飛ぶという行動に回すだけ、言うなれば歩くなどの日常行動に宛てがうだけだ。歩いたり走ったりする事と何ら変わらず呪文等は必要としないらしい。

 

「浮足立った事でわかったのですが、期間を訪ねておりませんでしたね。言語のように弄られたのでしょうか?」

 

 地面から足を離し、文字通り浮足立った事で仕事の期間を聞いていないと思い出すアイギス。

 落ち着きはそのままだが飛行することに慣れず、気持ちの整理をしようと考えた事で何かがすっぽりと抜け落ちている事に気がついたようだ。

 抜け落ちているなら埋めればいいと考えて素直に紫に問掛けた。  

 

「弄られたと理解した上で聞かれるのですね、騙されたとはお考えにならないのかしら?」

「依頼は既に受けましたので、今のやり口にも文句はございません…ですが一つ、報酬代わりに私と約束して頂きたいですね」

 

 空中で対峙する二人。

 片方は足を組みスキマに腰掛けて、もう一人は両の腕を緩く組んで真っ直ぐに背を伸ばしている。

 悪魔と取り交わす約束、言うなれば契約に近いそれに対して一瞬真面目な顔を見せた紫だったが、既に依頼を持ちかけて雇用の契約を結んでいると気が付く。

 特に理由も聞かず、笑んだままあっさりと依頼を受けたのは、逃げられない、破れない悪魔の契約だったのかと今更に気がつくが既に遅かった。

 

「お約束? どのような?」

 

「裏切らない、これだけで宜しいかと」

「依頼主としてお約束いたしますわ…それで、期間の方ですがまずは300年ほどお願い致します、その間に成すべきことを成したく思っておりますので」

 

 悪魔との約束に即答し違えることが出来なくなっても、特に焦りの色を見せない紫。

 何を? 誰を? どれを? 

 という色々な言葉を省き、その全ての意味合いに宛てがう事が可能な、アイギスの真正面からの悪魔らしい物言い少しだけ感心するだけであった。

 面倒になれば境界を弄り、なかった事にすればいい。

 そのように考えての即答であったが、アイギスを長く生きただけの、商売をしている力ある悪魔として捉えるならそれで良かったのだが…

 いじった境界が穿たれる、そんな事があるかもしれないとは考えつかなかったようだ。

 

「まずは、などと申されなくとも、場合によっては延長も対応いたしますよ?」

「悪魔との契約なのです、『まずは』と付け加えておけば後々の完遂時でも違える事なく延長せざるを得ない…貴女、アイギス殿はそういった者なのでしょう?」

 

 はい、と淑やかに笑んで述べるアイギス。

 それに対して美しく怪しい、胡散臭い笑みで応える紫。

 互いに言葉を交わしただけで両者の事を縛っていく、長く生きる妖怪と悪魔。

 どちらも癖の強い者だと感じ、同時に面白い相手だとも感じた空の一幕であった。


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