ちょっと離れていたら前書きにしていたルビの試し入力に残骸に気付けず……><
矢野と鈴。
二人が出会ってから20日ほど経ち――。
その間二人の河川敷での練習はほぼ毎日行われていた。
そして、そんな4月の終わり頃。
放課後のグラウンドの片隅で、風切り音が
恋恋高校野球同好会のメンバー達が素振りをしていたのだ。
「いやぁ、雪乃ちゃん大分スイングが良くなってきたねっ」
「そ、そうでしょうか……まだ、あまり自信がありません」
やはり剣道はバッティングと何か相通ずるものがあるのか……。
雪乃のバッティングのキレは同好会の中で台頭してきていた。
しかし、自然体で謙遜する辺りが実に雪乃らしい。
「ほんと、ほんとっ、もうボクなんかよりバッティングいいんじゃない? って思うもの」
矢野とあおい、二人に絶賛された雪乃。
その雪のように白い頬を赤らめて、その場で固まってしまった。
「いえいえ、村沢さん本当に上達してますよ。僕よりもちゃんとバット振れてますし」
おそらく同好会一非力な宮間も、雪乃の稀に見せる鋭い一閃を評価し、一方で憧れてもいた。
「雪乃もそうだけどさ、ボク達の野球も1つのチームとして様になってきたと思わない? 矢野君」
「うん、確かにっ」
あおいがそう思うのももっともだろう。
実際、山田達三人が加わり本格的な練習も出来るようになったのが大きかった。
だか、一番の要因はお互いに教え合い、お互いに学び合うことだったに違いない。
雪乃がこの短期間であれだけの成長を見せた理由。
あおいが打撃投手として雪乃に打ちやすいように投げていたこと――。
余程気になったのか山田もバッティングについてレクチャーしていたこと――。
いずれにせよ、野球未経験者の雪乃と宮間の現在があるのは、他ならぬ全員の温かい協力があったからこそ。
全体での素振り練習が終わりに差し掛かり、軽く何気ない会話を交えながら流していた。
矢野とあおいも隣同士とあってか言葉を交わしていたのだが――。
話していくうちにその内容が段々と世知辛い方向へとシフトしていく。
「それよりもさ、一つ切実な問題が……」
「あぁ、アレのことかぁ。ボクが一番困ってる……」
二人はお互いの顔を見合わせて――。
「「キャッチャーっ!」」
発せられた二人の切実なる願いはハーモニーを奏でるが如くタイミングが同時だった。
「まさか、来年まで校舎の壁相手に投球練習ってことはない、よね」
ふとっ、あおいは“いつもの女房役”の壁にやるせない視線を移す。
この同好会には決定的な存在が欠けていて。
そう、それはチームにとっての扇の要。
キャッチャーという存在が……。
「それにしても、はるかちゃん遅くない?」
「そうだね、もう結構時間経ってるし、体弱いんだから無理しないでって言っておいたのになぁ」
はるか――というのは、あおいの中学からの親友である”七瀬はるか”のことである。
はるかは山田達が加わってから数日の後、あおいの薦めでマネージャーとして入会した。
だが、二人が心配するようにはるかは生まれつき病弱な体質で、少し無理をすると倒れてしまうこともあるのだが……。
「あおいはみんなと少しでも多く練習しなくちゃ! 会員の勧誘は私が代わりにやったげるから! それと、マネージャーいないなら私がやってあげるっ」
と、持ち前の責任感の強さと面倒見の良い性格もあって、今は野球同好会のマネージャーとして頑張ってくれている。
そして、今日も部員勧誘に奔走している。
そのはずなのだが――帰ってこない。
あおいと矢野の心配がそろそろピークに達しそうになった。
その矢先――。
「あっ! 来たじゃん、はるか」
「みたい、だね……って、誰かと一緒みたいだよ?」
あおいの視線の先を矢野も追ってみると、確かにはるかがこちらへと向かって来るのが見えた。
はるかの隣をスタイリッシュな眼鏡を掛けた見知らぬ男子が、しかもやたらと爽やかそうな男子が歩いていた。
「あっ、あおい、矢野さんもいいところに」
「どうかしたの? はるかちゃん」
はるかはそのセリフを待っていましたとばかりに、普段から絶えない笑顔がより一層深まっていく。
「実は……この方が野球同好会に入ってくれるそうです」
そう言って隣の赤毛の男子に自己紹介を促したのが、まずかったのかもしれない。
「只今この麗しいお嬢さんからご紹介賜りました、津村庸二というものです」
津村と名乗った長身の男子は爽やかに笑みをこぼし、その口元から覗く白い歯は光っていた。
「よろしく頼むぜっ!」
あまりに歯の浮くような台詞と態度を連発され、そういうのに慣れていないはるかは恥ずかしさを周りに悟られまいと俯いてしまう。
それとは対照的に、親友にちょっかいだしたりしないだろうか――。
そんな思いからあおいは白けた視線を津村に送っていた。
「まっ、こんなオレでよければ一緒に野球やらせてくれ!」
最初こそ紳士的に見えた津村、だが、中々どうしてその内面は随分と気さくそうであった。
「あ、ちなみに、オレ中学までキャッチャーやってたから、そこんとこヨロシクぅ!」
「「き、キャッチャーキタアァァぁー!!!!」」
二人の心の叫びがまたしても、そして今度は学校中に響き渡る。
「なに? もしかして、オレむっちゃ歓迎されてる??」
あおいと矢野の切実なる願いが、叶った瞬間だった――。
キャッチャーを切望していたところにキャッチャー経験者現る。
あまりのタイミングの良さににあおい達は絶叫のあと言葉を失った。
興奮冷めやらぬ頭で辛うじて理性を保ち、念願叶ったその先の、悲願に矢野は思いを巡らせてみる。
「ってことはだよ? 夏の大会に出れるんじゃない!?」
「そ、そう言われればっ!あと二人いたら――」
半ば諦めかけていた大会出場、それが叶うかもしれない。
そんな二人の期待する気持ちがヒートアップ――!
が、しかし、あおいと矢野の期待とは裏腹にはるかは何故か気落ちしているようだった。
「二人共、残念ですけど……今年は無理、かもしれません」
「「えぇっ!??」」
二人は耳を疑った。
周囲からは他の運動部の掛け声が聞こえてくる中、この空間だけが無音。
「この津村さんで、校内の男子……最後なんです…」
目の前で潤んでいくはるかの悲しそうな瞳を目の当たりにしても、その言葉を信じれないでいた。
はるかの申し訳なさそうな表情に、津村を含め、二人はこれが現実なのかと思う他なかった……。
それでも何とか立ち直った矢野達。
他のメンバーにも津村を紹介し、そのまま津村が加わった七人で練習を再開した。
しかし、一難去ってまた一難、野球同好会に再び“嵐”が舞い降りる――――。
「さてと、これから下々の者達がいるところに行って何をしようかしら」
“金色の嵐”が――!
「あら? あれは………っ!!」
目標に狙いを定めて速度を上げた。
進行方向には、野球同好会が使っているプレハブ小屋。
その陰でボール磨きをしているはるかがいた。
「ふぅ、私って駄目だなぁ」
ふと、ブラシを持った右手を止め、半分汚れが残っているボールと、自分の白く華奢な手をじっと見つめる。
硬球の外皮は土や泥が付きやすい上に、水分を含んだ時は重くなったりもする。
赤い縫い糸周辺の汚れを取るのも一苦労。
「たったこれだけの作業で疲れるなんて、あおい達の方がもっともっと大変なのに……うんっ」
自身を奮い立たせようと、背中まである少し明るめの栗色の髪を左右に振り乱し――。
あおい達の努力の汗と、夢の欠片が詰まったボールを握る左手に力を込め、作業を再開した。
そして、“金色の嵐”は献身的に作業するはるかの後ろで停滞し、ほくそ笑む。
「ふふふ、お似合いですわね、七瀬さん?」
「はい? どうして私の名前を知って――」
はるかは突然声をかけられたことよりも、面識のない人が自分の名前を知っていたことの方に驚いて後ろを振り返る。
「な、なんですって!? このわたくしが貴女のことを知っているというのに、肝心の貴女がわたくしのことを知らない?? きいぃぃーっ!」
「いったい何のことです?」
“嵐”は狙った標的へと絡み付く
「この際、貴女が覚えていようがいまいが関係ありませんわっ!」
握りこぶしを作り、“嵐”は更に続けた。
「入学早々の学力テスト! 貴女は何位だったか覚えてますの!?」
「え?」
予期せぬ質問に、はるかは困惑して言葉の続きが出てこない。
その様子が気に障ったのか、“嵐”の勢力が一気に強まっていく。
「貴女が一位! そして、わたくしがまさかの二位ですわっ! ……二位!ああ、なんて嫌な響きっ!!」
「あなたは――もしかしたら、倉橋彩乃、さん?」
荒れ狂う“嵐”を余所に、やっとの思いで疑問の答えを導き出せたはるか。
「そうですわ! わたくしがその倉橋彩乃ですわ!!」
“金色の嵐”こと倉橋彩乃は、フンっ! と、ふんぞり返り、高圧的な態度のまま言い放った。
ああでもない.。こうでもないと、はるかへの一方的な怒りを次々と吐き出していく。
親友が今大変な事態に陥っている。
そうとも知らず、休憩時間になったあおいが――。
「はぁ~、喉渇いちゃった」
はるかがボール磨きをしているであろうプレハブ小屋へと向かっていた。
「…………ですわっ!」
「…………うぅ」
誰がどう見ても彩乃のワンサイドにしか見えない二人のやり取りは、未だ継続中。
丁度そんな現場に、幸か不幸か、あおいは出くわしてしまった。
「はる――って! キミ、何はるか泣かせてるの!?」
長年の付き合いから、はるかの後姿を一目見ただけで親友の心境を察知し、傍へと駆け寄るあおい。
「ちょっと! はるかが嫌がってるじゃない!」
「あおいぃ~……」
ビクビクと震えているはるかの前にあおいは、庇うような形で彩乃との間に割って入った。
しかし、怒りに身を任せている彩乃を止めること敵わず――。
「貴女には関係ないことですわ、そこをおどきなさいっ!」
「だ、誰がっ、だいたい! はるかがキミに何かしたの!?」
後ろに隠れているはるかに手を出させまい。
内心ではビビっていたあおいも、その一心で彩乃の高圧的な態度に正面から食らいついていく。
「これは二人の問題、貴女に話しても無駄で……あら?」
何かに気付いたのか、彩乃の勢いは急に弱まった。
――かのように見えたが、その一瞬後、いやらしく高笑い。
「思い出しましたわ♪ 貴女、女子なのに男子と一緒になって野球をやっている早川あおいさん、ですわね?」
「そ、そう…だけど??」
笑顔をこそ纏っていたが、彩乃の高圧的な態度は変わらず。
寧ろ強まっているようにも見えた。
「なら、わたくしをあまり馬鹿にしないほうがいいですわよ? こんな同好会、すぐにでも潰せるんですから」
「はぁ!? キミにそんな権限あんの??」
言ってはいけないことを一言を――。
微塵も悪びれることなく口にした彩乃に、あおいは少しキレ気味に聞き返した。
「あら、それができるんですのよ? 理事長に可愛い孫娘がお願いすれば、あっという間ですわ。おーほほほっ!」
「「ま、ご…娘ぇ!??」」
はるかとあおいは息ぴったりに驚き、目を見開いて目の前の事実を認識しようと必死だった。
あの優しい理事長の孫娘が、よもや目の前にいる“超わがまま娘”だったのかと……。
彩乃の高笑いは遠くまで聞こえそうな音量で発せられていた。
事実、その笑い声は離れた場所で練習していた矢野や矢部の耳にまで届くほどだった。
「おかしいでやんすね、あおいちゃんやはるかちゃんって、あんな趣味の悪い笑い方しないでやんすよねぇ」
「確かに、何かあったのかな……とりあえず俺達も行ってみよう!」
二人は練習の手を止めてプレハブ小屋へ急行した。
「くぅ、ほとんど言いがかりに近いのに、何も言い返せないなんて――っ」
「あおい、ここは我慢しよ? 本当に同好会潰されたら何にもならないよ……」
今すぐにでも噛みつきそうなあおい。
それをはるかが小声で必死になだめていた。
「あっ、二人とも! さっきの笑い声、向こうまで聞こえてきたけど、何かあった?」
「矢野君いいところにっ、ちょっとこっち来てよーー!」
救世主現る。もう限界! と、ばかりにあおいは両手を激しく振りながら助けを求める。
まるで状況が掴めていない矢野と矢部に、あおいは今までのことをかいつまんで説明した。
「えぇ~っ!?? 同好会を潰すだって??」
こうしちゃいられないと、息を荒げながら彩乃へ駆け寄る矢野。
「えっと、倉橋さん? いきなりそれはないんじゃないかな!?」
「え…あの、その……」
(ど、どうしてっ)
今までの高圧的な彩乃はどこにいったのか――。
矢野が詰め寄った途端に急に大人しくなってしまう。
「あ、え、ここれはっ………っ」
(何故、貴方がっ)
言葉に詰まった彩乃は、火照る顔を両手で覆い隠しながら、凄い勢いでどこかへ走り去っていった。
「あれ? 俺、何か悪いこと言っちゃったのかなぁ」
突然の幕引きに困惑した矢野は帽子越しに頭を掻き。
「もぅ! 何なのぉー!?」
あおいも頬を子供のように膨らませて、やり場のない怒りを爆発させていた。
――そして、あてもなく逃げていた彩乃の足はようやく止まる。
「はぁ、はぁ……」
無我夢中で走っていたからだろう、肩で息をするしかできなくなっていた。
「どうして、あのお方がっ……矢野様がっ! あのような同好会に……あれでは、あの同好会を迂闊には潰せませんわ」
(ああ、矢野様……わたくし、一体どうしたら)
何かとんでもない勘違いをしている彩乃。
その胸には、ただ悶々とした想いだけが膨らんでいた。
倉橋彩乃――。
出来たばかりの野球同好会は、学園一わがままな相手に目を付けられてしまった。
一難も二難、三難も乗り越え、あの彩乃からも一先ず解放されたあおい達は、その後も練習を少し続けていた。
そして矢野はその練習が終わってから、鈴に会うため“いつも”の河川敷へと急ぐ。
矢野が到着すると既に鈴は待っていて、二人はすぐにこの日の合同自主トレを始めた。
今日の自主トレも終わり――。
休憩がてらいつものベンチに腰をかけて少し雑談をしていた。
「えぇ~っ!? じゃあ、矢野さんのいる高校は来年の新入生が来るまで試合できないんですか?」
「うん、男子はもういないなし……女子に当たってみても誰もやりたいっては言ってくれないし」
そう言い終えると、矢野はがっくりと肩を落としてしまう。
「そうだったんですか……」
矢野の沈んだ気持ちが伝わったのか、掛ける言葉も見つけられないでいた鈴もしゅんする。
「でもまぁ、なんとか練習できるだけの人数が揃っただけでもよかったよ」
そんな唯一の希望に支えられ、何より自分のことのように話を聞いてくれる鈴に元気を貰い、矢野の気持ちも上向いていく。
その後も取り止めのない話に花を咲かせていた二人。
「ところで鈴ちゃん?」
「はい?」
そしてこの話題も、そのうちの一つだった……。
「鈴ちゃんの中学最後の大会っていつからだっけ」
「えっと、たぶん二ヶ月以上先……七月の中旬頃だったと思いますけど、どうしてです?」
鈴は何故自分の中学校最後の大会のことを? そんな風に思った。
“最後”というだけであって、“特に何かあるわけでもない”のにと……。
この一瞬ではそう思った。
「あ、いやね、俺の方は大会ないでしょ? 時間もあることだしさ、俺でよかったら鈴ちゃんの応援に行こうかなって」
しかし、矢野の声に耳を傾けているうちに、“あること”を思い出す。
特に今まで意識したことなどなかった、“あること”を。
「お、応援に? 矢野さんが、私のために?」
応援に――。
その言葉の意味を理解した瞬間、天まで昇りそうな気持ちを抑えて鈴は言葉を紡ぐ。
「き、来てくれるんですか!? 私の応援に??」
「もちろん! 鈴ちゃんと一緒に練習出来て、俺も入学時に比べたら随分上手く野球できるようになったから、そのお礼も兼ねて、ね?」
あまりの嬉しさに、鈴はベンチに座ったままで横滑りするように矢野へと無意識のうちに近づいていた。
「本当に……来てくれるんですよね!?」
(もし…もし、そうだったら…)
出会ってから今まで二人の間に空いていた一人分のスペース。
だが、今この時は、この瞬間だけはそのスペースは埋まっていた。
「おう! 漢に二言はないぜっ!」
勇気を与えてくれそうな矢野の満面な笑顔と。
「よ~~しっ、じゃあ、私頑張りますね!? 三年間全打席ヒット――必ず!」
見る者が元気になるような鈴の屈託のない笑顔が。
「絶対に、達成してみせます! 見ていてくださいね!!?」
隣り合っていた。
(矢野さんが見てて、応援してくれたら……きっと!)
そう宣言した鈴の瞳はまっすぐに――。
ただ、まっすぐに矢野を見つめていた。
「それじゃ、俺と鈴ちゃんとの約束だっ!」
「ハイっ!!」
出された小指と小指が、優しく、そして力強く絡まっていく。
暮れなずむ空の下。
二人の小指は、そっと、それでいて力強く結ばれた。
切れることのない、二人の運命という名の絆のように。
倉橋彩乃とはるかちゃん、どちらも好きなキャラなので”二人らしさ”が出せていたら嬉しいなと。
さて、津村も加わり大会出場!!
とは流石に行かず、やはり1年目からは大会無理でしたっ(汗)
そして暫く更新ない中お気に入りにして下さった方々、評価して下さった方々。
本当にありがとうございます!
お話はまだまだ続く、寧ろかなり長いので温かく見守ってもらえたら幸いです。