女体化して女子大に飛ばされたら初恋の人に会えたけど、面倒な運動にも巻き込まれた。   作:斎藤 新未

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演説って楽しいかも

 カレンに手を引かれ、アキ、園子、椿に続き屋上に向かっていた。

 俺は、屋上で演説をするメンバーの一人なのだという。

「無理、絶対無理。俺は何もできないボンクラです。生まれてきてごめんなさい」

 口の中で何度も何度も見えない誰かへの謝罪を繰り返す。

 屋上に上る階段の前で、アキたちは首から下げているタオルでしっかりと口元を隠す。

 これは俺も知っている、典型的な学生運動のスタイルである。

 俺もそれに従いタオルで顔を覆った。

 

 カレンはもう、俺には目を向けていなかった。

 呆れることも疑うことも忘れ、ただ真っすぐ前を向いている。

 しかし俺はというと、腰が引けてしまいどうしても屋上へ登る階段に一歩踏み出せない。

 だって、俺が何をどう訴えるんだ?拡声器?あれ避難訓練でしか見たことがないよ。

 カレンはそんな俺の手を無理矢理引っ張り、そして振り返り言った。

「絶対にこの世の中に勝とうね」

 可愛らしい外見とは裏腹の、力強く、野心に満ちた目だった。

 俺は引っ張られるがまま、屋上への階段を上っていく。

 屋上は、カーテンで閉ざされた校舎内とは打って変わって、太陽の光を受け輝いていた。

 眩しい朝の日差しが、容赦なく俺をあぶり出す。

 拡声器を手にし、そのまま屋上のヘリへとアキが歩いている。

 残りの俺たちは、入口周辺で待機していた。

「我々は、ダリア連合軍である」

 アキの声が、広いキャンパスに響き渡った。

 さきほどカーテンの隙間から見た光景を思い出す。

 あの時ザワついていた大勢の学生と大人たちは今、一斉にアキに注目しているのだろう。

「戦争を好む国家に異議を申し立てるべく、我々はストライキを起こす」

 一呼吸置いたあと、

「この大学には、世界を破滅させるための国家機密が眠っている」

 という声には、大勢のどよめきが俺の元にも届いた。

「この国家機密を我々はすべて破壊する。交渉には応じたいと思っている」

 そしてアキは、下に集まっている人たちに向かって「戦争反対」と「女性の人権」について切に訴えていた。

 強風と爆音が聞こえ空を見上げると、上空をヘリコプターが飛んでいる。

 

 こんな状態で、何を話せばいいんだ。

 俺には訴えることなんて何もないし、今叫びたいのは、美少女戦士カラキダヨーコの新刊を読んでからせめてトーコになりたかったということだ。

 そうだ、あのとき安本についていかなかったら、俺は今頃新刊を3度は読んでいることだろう。

 今頃、美少女戦士になった夢をみて気持ちのいい朝を迎えられていたはずなのに!

 そうか、これはきっと夢だ。

 トーコだって、いわば美少女戦士のようなものではないか。

 もう朝。もうすぐ目覚める。

 俺はまた透になって、平平凡凡と生きて行くんだ。

 

 しかし、アキに渡された拡声器の重みはあまりにもリアルで、屋上に立たされた俺の頭の中は真っ白になってしまった。

 ヘリコプターのバタバタという爆音も、俺の脳みそに突き刺さるというのに、一向に目は覚めない。

 いつの間にかキャンパスいっぱいに集まっている人たちを目の当たりにして、これは間違いなく現実なのだということを実感せざるを得なかった。

 訴える言葉を一言も描けないまま、俺は拡声器のスイッチを入れる。

 長い沈黙のあと、

「マイクテスト」

 とだけ呟いてみたが、俺の情けない一言はキャンパス中に響いてしまった。

「トーコ!大丈夫?」

 後ろで、カレンが叫ぶ。

 大丈夫、俺に任せて。

 そう背中で語ってみたい。と涙目で思った。

 

 もう一度ノープランで口を開きかけたとき、俺の丁度下の窓が開き、垂れ幕のようなものが放たれた。

 そして、

「戦争反対!」

 というハルらしい女子の声があがった。

 俺はとっさに叫ぶ。

「戦争反対!」

 声が裏返ってしまった。

 すると、今度は大勢の女子たちの声があがった。

「戦争反対!」

 俺はもう一度叫ぶ。

「戦争反対!」

 今度も声は裏返ったが、さっきよりもさらに多くの女子たちの声がこの床の下から聞こえてきた。

 女子たちの「戦争反対」コールが、大学中にこだまする。

 俺はただ、無我夢中で「戦争反対」を繰り返し叫んでいた。

 何度叫んだことだろう。

 声を出しながらも緊張のあまり意識が遠のき始めたとき、誰かに拡声器を取り上げられた。カレンだった。

 俺は、助かった、とばかりに屋上の入り口に戻っていく。

 足には力が入らず、転びそうになりながらなんとか歩いていった。

 背後で、カレンが細い声を張り上げる。

「みなさんも、イメージしてみてください。大切な、家族や友だちや恋人が、戦火で焼け死ぬ姿を。私達日本人は、20年前の戦争で、政府の自己満足によるむごい仕打ちを食らったのではありませんか。もう一度、同じ過ちを繰り返すのですか」

 カレンの表情は見えないけど、なんだか泣きそうな声だった。

 もしかしたら、泣いているのかもしれない。

 隣りを見ると、アキもまた沈痛な表情を浮かべていた。

 園子も、椿もそうだった。

 この国では、いや、同じ日本なんだけど、共成5年だというこの国では、俺が生まれる頃に戦争が始まり、そしてまだ幼いうちに終戦したらしい。

 ここにいるみんなは、そのとき失った大切な誰かについて、大人になるにつれて真剣に考えるようになったのだろう。

 もしかしたら、トーコも親を亡くしているのかもしれなかった。

 俺はというと、戦争で亡くした親戚は確か一人くらいはいたはず。

 ただ、もちろん会ったことはない。

 しかも生まれてこのかた、身内が亡くなったことがない。

 両親はおろか、おじいちゃんおばあちゃんは4人とも健在である。

 唯一高校のときに、先輩の誰かが自殺したことがあったが、顔を見たことがあるだけだったから悲しみはなく、この前までいたあの人がこの世から消えた、ということについてただ不思議な感覚を味わっただけだった。

 俺って幸せだったんだなぁ。

 と、こんなところで思い知らされたのである。

 カレンの演説には、学校の下からのパラパラと拍手が起こっていた。

 バリケード封鎖には参加していない学生も、カレンと同じ想いを抱いているのだろう。 

 

 演説を終えた俺とカレンは、アキたちよりも一足先に講義室Aに戻った。

 講義室Aでは、全員がただ静かに上から聞こえてくる椿の声に耳を傾けていた。

 俺とカレンに気づいた女子たちは、何も言わず、肩や頭をポンっと叩いてくる。

 中には、涙を浮かべている人もいるし、すでに号泣している人もいる。

 教壇に置かれたテレビは消音になってはいるが、朝のワイドショーが、リアルタイムで花巻女子大学を放映しているのがわかる。

 テレビには、屋上で演説をする椿の姿と、それを見上げている大勢の人たちが写しだされていた。

 俺は窓からじっと外を見つめているハルを見つけ、声をかけた。

「ハル、ありがとう」

 ハルは、熱心に椿の声に耳を傾けていたことで少しばかりビクッと体を弾ませたが、俺に気づくとすぐに口の両端をあげる。

「困っていたらお互いさま。それより、体もう大丈夫なの?」

「うん、もう大丈夫」

 そしてハルはまた、窓にしがみつきカーテンの隙間から外の様子をうかがいながら、椿の声に耳をすませた。

 その様子を見ていて、なんとなくわかった。

 この子は、とにかくガムシャラなのだと。ガムシャラすぎて、時々独りよがりになっては憤慨して。

 全く、こんな性格はさぞかし疲れるだろう。

 でも、こんなハルのことを嫌いではない、と思う自分がいた。

 

 椿の演説は、俺にとって「?」でしかなかった。

 量子化学による分子構造から見た世界がどうかとか、重水素と三重水素の異次元的活用法だとか、資源から無限なエネルギーを製造することで訪れる平和だとか、なんとなく平和を訴えているんだろうなとは思うものの、全くもって聞きやすい話ではない。

 この人、ものすごく恐ろしい人だと思っていたけど、小難しいことを並び立てながらもあまり現実味のないことばかりを口にしている気がする。

 もしかしたら、いやまさかとは思うけど、戦後世界を生きながらも非現実的な空想を愛するいわゆる中二病なのだろうか。

 マスクも黒かったし。

 透の世界では、というかこの言い方もおかしいが、とにかくつい最近黒いマスクが流行り始めたが、まだまだ俺は黒いマスクをつける人は中二病かギャング的な何かと思っている。だから目を合わせることに気が引けたりもしていた。

 周りを見てみると、みんな熱心には聞いているものの、やはり全ては理解しきれていないようだ。

 目を泳がせている女子もいる。

 ハルに、

「椿さんの言ってることわかる?」

 と恐る恐る聞くと

「わかるわけないじゃん」

 と潔い返事が帰ってきた。

 そうか、椿は方向性は違えども、同士なのかもしれない。

 きっと仲良くはなれないけど…。

 

 あくびをかみ殺したときに、プツっと椿の声が途絶えた。

 カーテンの隙間から窓の外を見ていた女子たちと、教壇のまわりでテレビを見ていた女子たちが口ぐちに「来た」と声をあげている。

 俺も、ハルの横から外を覗き見る。

 正門から校舎の入り口にかけて、整列した機動隊がこちらに向かって来ているところだった。

 ヘルメットをかぶり、大きな鉄板のような盾を持っている。

 きっと、あの制服の下には防弾チョッキなどを身にまとっているのだろう。

 機動隊が出動するにはやけに早いと思ったのだが、それがこの大学に国家機密が眠っているという疑いに拍車をかけた形となった。

 室内が興奮で満たされたときに、園子が講義室に駆けこんできた。

「全員戦闘配置に!」

「はい!」

 全員の返事が響き渡った瞬間、俺はカレンに手を引っ張られていた。

 俺の記憶が曖昧だから導いてくれているのかもしれないし、俺が逃げないようにつかまえているだけかもしれない。

 どちらかはわからないが、とりあえず俺が行き先に迷うことはなかった。


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