女体化して女子大に飛ばされたら初恋の人に会えたけど、面倒な運動にも巻き込まれた。   作:斎藤 新未

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火炎瓶を作った

 バリケード封鎖決行日。

 まだ朝日も出ていない暗い道を、俺たちは歩いていた。

 カレンに渡されたヘルメットとタオルとゲバ棒一式を見ながら、俺は深い深いため息をつく。

 布団がカレンの横だったことと、アキとのやりとりが気になったことで、ほとんど眠れなかった。

 俺、いやトーコは自分のズボンの隠しポケットのような所に、小さな拳銃を隠していた。

 そしてそれをアキに没収されたのだ。

 このトーコという人物に、俺は恐怖を感じ始めたのだが、俺の前を歩いているカレンの小さな後ろ姿を見ると、ここから離れてはいけない気がした。

 そもそも、トーコに恐怖を感じて逃げだしたところで、トーコからは逃げられないのだ。

 だって今、トーコは俺自身なのだから。

 

 俺とカレンは、すでに大勢の女学生たちが集まっている「花巻女子大学」の5階へと上がっていく。

 1階の入り口と、5階の入り口にはすでにたくさんの机やイスが積み上げられており、崩れないように針金でグルグル巻きにしてあった。

 全員が揃ったら通路用に空けておいたスペースにイスや学校の備品を投げ入れ、仕上げに、防火戸を閉め、鍵もしっかり閉めて誰も入ってこられないようにするらしい。

思ったよりも本格的で、朝一から面喰ってしまった。

 やっと一人通れるような隙間をカレンとくぐり抜ける途中、服が何かに引っ掛かり天井まで積み重ねてある机がぐらつく。

 慌てて壁にへばりつき、揺れが安定してから引っかかった部分に目をやった。

 机を固定している針金は、よく見たら有刺鉄線だった。

 どうやらその刺に、ひっかかってしまったらしい。

 これ、かなり強力なバリケードだけど、俺たちも危ないんじゃないか?

 よく見たらカレンの前を歩く女の子も壁にへばりつきながら歩いているようで、仲間内ですら危険な状態だった。

 これじゃあ逃げるのも一苦労だ…

 と俺は性懲りもなく、逃げるときのことを考えていた。

 

 俺とカレンが向かったのは、「武器製造室」の手書きの板が置かれている、講義室Cだった。

 5階には、講義室がAからCまであり、講義室Cの隣りには、マキナエが出入りしていたあの研究室がある。

 講義室は、俺が通っていた大学と全く同じ作りだった。

 AからCまでの全ての講義室が、100人程度が座れる、大学としては中規模な作りになっている。

 武器製造室の教壇周辺には、すでにロッカとマツリを始めとした10人ほどの女の子たちが俺たちを待っていた。

 待っていた、というよりも何やら瓶を手にもち黙々と何かを作っているようだ。

 テーブルには瓶とガソリンが入ったポリタンクが置かれ、講義室の壁際にはコンクリートブロックが無造作に積まれている。

「遅いよ~二人とも」

 マツリが俺に駆けよってくる。

「ごめんごめん」

「トーコがなかなかトイレから出てこなくて」

「まだお腹、治ってなかったの?」

「まあ」

 実はアパートを出る前、みんなが出払ったあとにお腹が痛いふりをしてしばらくトイレにこもっていた。

 どうにか逃げだそうとありとあらゆる方法を考えてみたのだが、カレンがずっとドアの外にいて、逃げるに逃げられなかったのだ。

「じゃあ二人もきたから、どんどん火炎瓶作っていこう」

「火炎瓶?」

 思わず声が漏れ、あわてて口をふさいだ。

 そういえば、この武器はトーコからの提案だった。

 機動隊が入ってこられないよう、武力をもって臨むのだと、トーコは声高らかに言っていたらしい。

 まったく、ジャンヌ・ダルク気どりかよ。

 俺がトーコとなった今、ただただ過去のトーコは恐怖と鬱陶しさの固まりである。

「トーコ、みんなに指示出してくれない?」

 マツリが俺の顔を覗きこむ。

「指示?」

「一応材料はトーコに言われた通り準備したんだけど、みんな火炎瓶の作り方がわからなくて手探りでやってるの」

 思わず、「わからないって何がわからないの?」と口に出してしまうところだった。

 火炎瓶とは、瓶にガソリンを入れ、さしこんだ布に火を着けて投げる簡易的な武器のことだ。

 簡単すぎる武器のはずなのに、女子たちを見渡すと、ガソリンを瓶に入れてみてはこぼしたり、瓶ごと落として割ってしまいパニックになったりしている。

 俺は、心の中でガッツポーズした。

 そうだ、女子たちは武器づくりなんて今までしたことないだろう。

 俺は子どもの頃、水とペットボトルで火炎瓶の真似ごとをしてよく母親に怒られたことがある。

 今まで散々劣等感を感じてきたが、俺が見る限り今ここにいる子たちは間違いなく、俺よりも武器作りに劣っている!

 

 ようやく挽回できる兆しが見えてきた。

 テーブルに布を敷き、その上で瓶にガソリンをポリタンクから注ぎ入れようとしている女子に話しかけた。

「それじゃあ効率が悪いよ。みんなで一斉に作るんじゃなくて、ガソリンを運ぶ人、瓶に入れる人、布をつっこむ人、並べて保管する人、あとはコンクリートブロックを持ちやすい大きさに砕く人に分かれて」

 俺の一声に、女子たちは声を掛け合いながら担当に分かれていく。

 今まで、俺の一声に女子が動くことなんてなかった。

 俺がどんなに的確なことを言おうが、女子たちはなぜか「そんなの無理」と呆れていた。

 それからはもう女子にアドバイスすることなんてやめようと思っていたのだが、ようやく、俺の言うことを聞いてくれるときが来たのだ!

 見たかあのときの女子!俺は間違っていないぞ!

「ガソリンは外にあるの?どんどん詰めていくから、どんどん持ってきて。で、ガソリンを入れるポンプはないの?じょうごもないの?ないなら、下の階の研究室から魔法瓶とか急須とかを拝借してそこから注ぎ入れないと、これじゃ周りにドボドボこぼすだけでしょ。並べる人。瓶の周りのガソリンはしっかり拭きとってね。じゃないと布に火をつけた瞬間持っている人にも燃え移っちゃう。あ、コンクリートを割る時は布を乗せた方が飛び散らなくて良いよ」

 俺は次々に指示をした。

 気づくと、女子たちは忙しいほどに動きまわり、そしてあっという間に100以上の火炎瓶が出来上がっていく。

 隅の方では、コンクリートブロックは両手で簡単に持ちあげられるほどの大きさに砕かれている。

 ガソリンを運んでいたカレンが、

「トーコ、やっと調子戻ってきたね」

 と笑顔で言って通り過ぎて行った。

 正直、武器作りでしか活躍できそうにないことはわかっているからこそ、複雑な気分である。

 自分がこんなにも適応能力が高いことに密かに驚いているが、トーコになってから1日で俺は、花田透だったあの頃が逆に夢だったのではないかと思い始めていた。

 大学や、大学の周りの道や公園、安本に連れて行かれたボロアパートなど、見ている風景は透だったあの頃とほとんど変わらないのに、そこに俺が知っている安本やクラスメイトたちがいないことを当たり前だと思えるようになってきた。

 カレンがこんなにも近くにいる今、漠然と「透に戻らなくてもいいや」なんて思い始めている俺がいる。

 

「トーコ、ちょっといい?」

 現場監督気どりの俺に、ロッカが心配そうな顔を向けてきた。

「どうしたんですか?」

「ニトロ。どこに置く?」

「ああ…」

 そうだった。

 ニトログリセリンという、ダイナマイトの原料となるとんでもなく危ないやつがこの校内にすでにあるのだ。

 トーコは、何を考えてそんな危険なものを用意しようと思ったのだろう。

 機動隊と戦うだけなら、ガソリンを使った火炎瓶やコンクリートのブロックとか、そのくらいで十分なのに。

「それ、誰も触れないように隅の方に置いて、『危険』とか書いておいてくれます?ニトロって触れるだけでも危ないですから」

「そうね。わかった」

 ロッカはニコッと笑顔をつくると、窓際へと歩いていく。

 ロッカの進行方向に視線を向けると、窓際の一番隅に、ひっそりと段ボールが一箱置いてあった。

 あそこに、この部屋ひとつはふっとばしてしまうニトロが置いてあるのだろう。

 

 午前8時。

 アキから召集がかかり、俺たちは講義室Aに集まった。

 教壇にはあのアパートから持ってきたであろうテレビが置かれている。

 窓にカーテンが敷かれていることで室内は薄暗いが、すでにロッカが学校の電気を全て止めたようで、学校全体にうす暗さが漂っている。

 昨日、あのアパートに集まっていた見知った顔の女子たちばかりだったが、その友だちなのか、新しい顔もチラホラ集まり、全員で50人ほどが講義室に集まっている。

 大勢の人達の中から、ハルが俺だけを見つめて真っすぐとこちらに向かって来た。

「おはよう」

「おはようじゃないよ」

「え、なにかな」

 昨日から何度も思い知らされているが、本当に、苦手だ。

 トーコは本当にこの子と仲が良かったのだろうか。

「トーコがアキさんに何も言ってくれないから何人かはボイコットしたよ」

「こんなに集まっているのに?」

「本当は、100人は集まる予定だった」

 それは言いすぎだろう。

「ほとんどの人がトーコに期待していたのに。トーコがそんなんだからこんなに人数減ったんだよ」

 申し訳ないが、知ったこっちゃない。

「全てをトーコ頼りにしていいの?」

 ハルの前に立ちはだかったのは、カレンだった。

「トーコは、私達の前に現れてくれた救世主だった。ほんの1ヶ月前までは、ダリア連合軍は決裂寸前だったんだよ?それをトーコが、アキさんに代わって1年の私たちを説得して、だから今私達はここにいる。今この人数が集まってるのも、トーコのおかげなんだよ?」

 図星だったようで、ハルは固く口を結んだ。

 そうだったのか。

 全員が全員アキを信頼して集まってきたということではないのか。

 トーコ、お前やっぱりすごいやつだったんだな…。

 ますます、俺はトーコでありながら、トーコという存在を遠くに感じていた。

 

 教壇にはアキが立ち、そしてその両脇では園子と椿が俺たちに睨みをきかせていた。

 アキが静かに口を開く。

「すでに、多くの教員と学生が外に集まっている」

 カーテンを少しだけ開けてみると、教員と、学生、そして近所の住民だろうか。

 校舎の下に集まっている人たちが皆、5階を見上げていた。

「きっと警察側にももう情報がわたっているはずだ。顔を見られないように、顔を隠すこと。屋上はどこから狙われているかわからないから、むやみに出ないこと。武器は各講義室に配置すること。昨日伝えた定位置を極力守ること。非常時には私から声をかける」

 アキの一言一言に、女子たちが強くうなづいている。

 アキを見つめる目は、真剣そのものだった。

 トーコが大勢の人たちに慕われていたとはいえ、アキの信頼は確固たるものなのだろう。

 アキの話をぼんやりと聞きながら、俺はただただ、トーコがどんなヤツだったのか、ということを思い描いていた。

「では、全員配置に!」

 アキが声を張り上げ、女子たちは一斉に動き始めた。


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