女体化して女子大に飛ばされたら初恋の人に会えたけど、面倒な運動にも巻き込まれた。 作:斎藤 新未
「今のって…」
カレンの不安気な声に、俺は何も答えられなかった。
周囲は炎と煙に囲まれ、そして唯一の脱出口にも、敵があんなに待ち構えていたなんて。
炎による灼熱地獄の中、俺はただ静かに絶望を確信した。
どうにかカレンをここから連れ出さないと…
と回らない頭で必死に考えてみるが、良い案など何も出てこない。
恐る恐るカレンを見上げると、カレンは虚ろな目で横たわるアキを見降ろしていた。
「カレン?」
「この人もうアキさんじゃないんでしょ?」
「え?」
「トーコも、あの薬を飲んで別人になった。ってことは、この人も別人。だから別にアキさんを助ける必要なんてない」
そして
「でしょ?花田透さん」
と冷たい目で俺を見つめる。
「トーコはどこ?」
答えることなど、できなかった。
俺がトーコになっているのならトーコは俺になっているのかもしれないが、その世界がどこにあるかもわからないのだ。
しばらく目を伏せ言葉を探したが、
「わからない」
という言葉しか出てこなかった。
「私ね、気づいてたの、トーコが犬だってこと」
思わず、顔をあげた。
「もしかしたら、何か大きなことを任されているから記憶喪失のふりをしているのかな、とも思ったし、それとも本当に記憶喪失になったかもしれないし、でも犬だから、最後に国家機密を持ち出すのはトーコなんだろうと思った。だから、最後までトーコとここにいようって、そう思ったの。でも、花田透…?それ誰よ」
カレンは困惑しすぎて、笑みすら浮かべている。
講義室Aの方で、ドドドドドドと校舎が崩れ落ちる音がする。
「説明すると長くなるから、とりあえず、出る方法を考えよう」
「ねえ、これ飲んでよ」
カレンが俺の目の前に差し出しているのは、劇薬だった。
「トーコは、これを飲んでおかしくなった。これなの、トーコを奪った原因は」
そうだ、これだ。
トーコがこれを飲んだのがきっかけで、俺はこんな世界に迷いこんでしまったのだ。
そして、気づいてしまった。
もし今これを飲んだら、俺はもしかしたら花田透に戻れるかもしれない。
そして、こんなことなどなかったかのように、また元の生活に戻れるのかもしれないのだ。
俺は、カレンから渡された瓶を手にとった。
しかし、ふと手が止まる。
飲んだところでどうなる。
トーコはきっとこの身体に戻ってくるだろうが、このままでは生き延びることはできない。
俺は、自分は助かりトーコを殺すという道を選ぼうとしているのだ。
瓶のふたを開けるのをためらい、カレンを見上げる。
カレンは真顔でじっと俺を見つめていた。
そして俺が飲むのをためらっているのを見ると、俺のズボンのポケットから拳銃を奪い取った。
拳銃を俺に向けて言う。
「お願いだから飲んでよ。トーコを、私に返してよ」
「でも、トーコが戻ってきたとしても、このままだと死んでしまう」
「いいの。そうしたいの」
「でも」
「あなたと死ぬなんて絶対に嫌!」
思わず、苦笑が漏れた。
胸の奥がズキンと痛む。
カレンの言葉は俺にとって、何よりも鋭い凶器だった。
しかし、俺を花田透として扱うカレンを見ていると、花梨ちゃんとはまるで別人なのだということが身にしみてわかる。
花梨ちゃんは俺にこんなひどいことを言ったことなどないし、目を見て「透くん」と呼んでくれる。
そして、ようやくわかった。俺は、大きな思い違いをしていたのだ。
俺はカレンに瓜二つの花梨ちゃんを重ね、花梨ちゃんとして扱ってしまっていた。
俺はカレンを通して花梨ちゃんを見ているが、カレンにとって透は見ず知らずの男なのだ。
そりゃあ、こんな冷たい目をするわけだ。
思えば、トーコのことを信頼して武器のことを任せてくれたロッカ、
俺を最高の戦友として最後まで助けてくれたハル、
トーコのことを好きだと頬を赤らめながら言っていたマツリ、
トーコと友だちになりたかったと言った千鶴、
そして最後に大切な幼馴染を俺に託した園子。
全員が、俺ではなくトーコを見て、トーコに話しかけていたのに。
皆の顔、言葉、涙、笑顔が蘇る。
ごめん、みんな。
トーコに伝えなきゃいけない言葉、俺が全部もらってしまったよ。
アキのせいなんかではなく、俺のせいでこんな大事に至ったのかもしれないという後悔さえ湧き上がってきた。
フタに手をかけるが、回す勇気がない。
火が、ついに研究室のドアをのみ込んだ。
もう火は寸でのところまで迫っていて、身体中が燃えるように熱かった。
カレンも、むせながら汗を流している。
そして泣きながら言った。
「お願い、トーコと死なせて」
カレンの嗚咽に耐えられず、俺は瓶のフタを開け、そしてドロッとした液体を飲みこんだ。
すぐに胃の中から焼けるほどの熱さがこみ上げてくる。
身体が裂けるように痛く熱く、頭がジンジンと痛み、割れたような錯覚に陥った。
痛みや熱さを通り越し、もはや身体がなくなったかのような感覚に襲われたが、目だけはしっかりと開いている。
そして、炎がトーコの足に燃え移るのを見ていた。
みんなもきっと、命の炎が消える時、とんでもない恐怖と痛みを感じたことだろう。
透に戻ったら、みんなのこと、きちんと弔うから。
目の前が、真っ暗になっていく。
カレンが、俺の隣に座った気配がしたその時、
「カレン」
俺の意識とは関係なく、口が動く。
初めて聞く、トーコの、やさしい言葉だった。
「トーコ」
「ここは…」
カレンは俺を抱きしめ、目を手でふさいでいるようだ。
「目を開けなくていいよ。大丈夫だから」
「そうか、やっぱりあれは夢だったのか。カレン、ごめん」
「なにが?」
「夢の中で俺は、革命を起こそうとしていた。ここよりもずっときれいな世界で。何にも縛られていない、きれいな身体で」
「そっか」
「ごめん」
「いいよ」
カレンの囁く声が耳元でし、そして頬に柔らかい唇が触れる。
頭が真っ白になり、そのままシャットアウトしそうになった瞬間、
パンっ
と隣で発砲する音が聞こえた。