女体化して女子大に飛ばされたら初恋の人に会えたけど、面倒な運動にも巻き込まれた。   作:斎藤 新未

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女子大学の運動に巻き込まれたらしい

「しばらく安静にしてた方がいいよ。さっきまで死にかけてたんだから」

 部屋やアパートの外をウロウロしていた俺に、カレンが優しい一言をかけてくれる。

 俺は素直にうなづき、もう一度誰もいない四畳半の部屋に戻った。

 そしてふと、開けられた窓から外を見て、息をのんだ。

 そこには、俺が通っている大学がいつものようにそびえ立っている。

 しかし、校舎には「花巻女子大学」という立派なプレートが掲げられていたのだ。

 俺は座ったまま、首と目線だけをゆっくりと動かす。

 さっきは気づかなかったが、部屋の隅には荷物と一緒にヘルメットが置かれ、ゲバ棒も添えられている。

 枕元の壁には、赤い文字で「ダリア連合軍」と書かれた大きな旗が砂壁いっぱいに張られていた。

 どうやらここは、女子大に通う女子たちの、学生運動のアジトらしい。

 しかも、俺がさっきまでいたアパートにそっくりだ。

 というよりも、置かれている物や人が違うだけで、記憶に新しい壁のシミまで一致する。

 それが丸々女の世界になっているのだ。

 

 すぐに、混乱はトキメキに変わった。

 だって、ずっと縁がないと思っていたこんなに大勢の女の子たちに、囲まれているんだから。

 しかもみんな、俺の目を見てくれる。

 目を見て話してくれる。

 名前を呼んで、抱きついたりもしてくれるのだ。

 こんな幸せ、今まであっただろうか。

 妄想のしすぎて頭がおかしくなってしまったのか?

 それとも、俺の本当の姿はこっちだったのか?

 冴えない大学生、花田透という人物は、トーコという乙女が妄想した夢だったのか?

 そうであってほしい。

 だって、こっちの方が断然楽しい。

 なにはともあれ、どうあがいてもこの状況は変わらないようなので、この世界をとことん楽しむことにした。

 何よりも、ここには花梨ちゃんにそっくりなカレンがいる。

 

 しかし、自分のことを知るためにももっとデータは必要だ。

 胸ポケット、ケツポケットをさすっている俺を、隣にちょこんと座ったカレンが訝しげに見つめる。

 衣服には上着とズボンにいくつもポケットが付いていて、ジッポやハサミやペンなどがありとあらゆるところに入っている。

 トーコはどうやら、整理整頓が苦手なようだ。

 それは俺によく似ている。

 そのとき、ズボンの内側についているポケットの中で、何か硬いものが指先に当たるのを感じた。

 太ももの裏側についた深いポケットは、膝あたりまで続いている。

 ズボンの内側についているなんて珍しい、と思いながら、ズボンの中に手をつっこみズルズルと手を伸ばしていく。

 その奥に潜んでいるものは、ひんやりと冷たく、何かの金属のようだった。手のひらで包みこんでみて、思わず

「これって…」

 と声が漏れた。

 漫画や映画でしか見たことがないけど、俺の記憶が正しければ、これはたぶん拳銃だ。

 しかもこんなところにしまっているあたり、あやしすぎるだろう。

 俺はしばらくその拳銃らしきものをポケットの中で握ったまま、動けずにいた。

 

「何探してるの?」

 慌ててその硬いものをポケットの奥深くに押し込む。

「スマホとかあるかなって」

「スマホってなに?」

「携帯電話」

「携帯…電話…?」

 うそだろ。携帯電話もないというのか。

「トーコ、変なの」

 カレンが俺のおでこに、コツンとおでこを軽くぶつけた。

 心臓が口から飛び出るかと思った。俺は出もしない心臓を一生懸命飲み込む。

「熱はないみたいだね」

「うん、びっくりするくらい元気だよ俺」

 ひきつりながら笑顔をつくる俺に、カレンは優しくほほ笑む。

「そう、なら良かった。でも記憶が曖昧だね。それが心配」

 俺がずっと夢にみてきた笑顔だ。

 この笑顔にはもう永遠に出会えないだろうと、何年も前に諦めたというのに。

 

 そういえば、俺を「俺」と呼んでも何も指摘されないことにふと気づいた。

「俺って、いつも自分のこと俺って言ってたっけ」

「言ってるよ。男と比較されるのヤダからって」

 なるほど、トーコはそういうタイプの女ということか。

 正直、俺が苦手なタイプの女のようだ。

「トーコ、ちょっといい?」

 顔をあげると、部屋の入り口に、オカッパに鉢巻きをした女の子が立っていた。

 くりんとした目を俺に向けてから、カレンに向ける。

 カレンは、

「私、行くね」

 と言ってそそくさとその場をあとにしてしまった。

 あ、行かないで…

 と言う隙もなく、オカッパ女はカレンと入れ替わりに俺の隣りに座る。

「ねえ、どうするの」

 オカッパは慎重に周りをうかがいながら、俺に顔を近づけてくる。

「え、なにが、どうするって」

 オカッパ鉢巻きは、思い切り顔をしかめ、そしてため息混じりに言った。

「本当だ。トーコ、記憶が飛んでるんだ。かわいそうに」

 記憶が飛んでいると思ってもらえると本当に助かる。

 女の子に囲まれ笑いをかみころしているこの状況で、「俺はトーコじゃない。花田透だ」なんて言ったらどうなることか。

「そう、記憶飛んでて。えっと、君は…」

「嫌だ、それもわかんないの?ハルだよ。ハル」

「そうそう、ハル。違うんだ、ちょっとまだ意識がぼや~っとしててね」

「じゃああのこと覚えてないの?明日のバリ封を阻止しようっていう計画」

「バリ、封…」

「バリケード封鎖!大学の5階を封鎖して立てこもるの!ちょっと待って、そこまで記憶ないわけ?」

「…覚えてるよ」

 ボク、何もわからない。おうち、帰りたい。

 そんな言葉をぐっと飲み込んだ。

 まさか、こんな素晴らしい世界に来てまで、やっかいな学生運動に巻き込まれようとしているのか。

 しばらく花の園を堪能したら、恐らく同じ場所にあるだろう家に帰ってみようと思っていたのに。

 しかも、俺が阻止するだと?そんな大それたこと、できるはずないだろう。

「アキさんはもうやる気だよ。今やってどうするのって言ってたの、トーコだよ。こんな少人数でバリ封したところで、核兵器開発がストップするはずないって。日本の戦争は避けられないって!」

 ちょっと待て。ここは日本か?

 ハルとやらが言っていることは、どこか遠くの国のお話のようだ。

「ごめん、一回整理させて」

 俺は、記憶が錯乱していると思われているのをいいことに、全てを詳しく教えてもらうことに成功した。

 

 この国は、俺も知っている日本で間違いないようだ。

 タイムスリップなんてこともなく、2015年。

 でも、平成ではなく、共成5年だという。

 そしてここからが全く予想だにしなかったことだが、20年前にアメリカとの戦争が勃発し、3年かけて日本が勝利をおさめたらしい

 そして勢力を拡大しようと、日本は核兵器開発をすすめ、さらに他の国にも戦争をふっかけようとしているのだとハルは言う。

 

「こっち来て」

 ハルはダイニングに出て、テレビの前に俺を連れて行く。

 テレビの前にはいつの間にか女子たちが集まっていて、みんなで熱心に見入っていた。

 ドラマを見ている雰囲気ではない。

 ある者は仁王立ちで、ある者は腕を組み、ある者は涙を流しながら見入っている。

 「ピリピリ」という音が聞こえてきそうなほどに、空気が張りつめているのがわかる。

 テレビ画面には、どこかの大学の屋上で、拡声器を使って演説をしている学生が写しだされている。

 大学の下には大勢の学生や取材陣がつめかけており、下から消防車によって放水されていた。

 学生は、びしょびしょになりながらも必死に何かを叫び続けている。

「うわ、ひでー…」

 ぽつりとつぶやいた俺に、ハルがいきなりビンタをした。

「しっかりしてよ!明日は私達があそこにいるんだよ!」

 え、無理。

 声には出さないが、顔には出てしまったんだろう。

 女子たちが、不安気な顔で俺をじっと見つめていた。

 その視線に耐えられなくなり、俺はもう一度四畳半の部屋に逃げ込む。

 しかしハルは容赦なく俺を追いかけてきて、耳元で続けざまに囁いてくる。

「アキさんをあのままにしておいていいの。これじゃ犠牲者が出る。もう一度トーコの説得が必要なの。明日までに、なんとかしないと、誰かがアキさんに殺される」

 もうやめてくれ。

 頼むから、そんな物騒なこと言わないでくれ。

 俺はあぐらをかき、目を閉じ、座禅のポーズをする。

 困ったときは座禅に限る。

 これは、母さんから説教をくらっているときの親父の逃げポーズだった。

「ちょっと、ふざけないでよ」

 やっぱり、母さんと同じ反応である。

「でも、俺にはどうすることも」

 ハルに噛みつかれるほどの勢いでまくしたてられているときに、ドアの向こうからこちらをじっと見つめている視線とぶつかった。

 思わずぎょっとしてしまった。その女は漆黒のロングヘアをなびかせ、真っ黒なマスクをしていたのだ。

「椿さん」

 ハルに、椿と呼ばれたマスクの女は、俺を人差し指だけで手招きした。

 ハルにケツをバシッと叩かれ、俺は思わず駆けだした。

 どうやらここでは、アキと椿は絶対的存在らしい。

 なにはともあれ、椿にこの場を救われた。


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