女体化して女子大に飛ばされたら初恋の人に会えたけど、面倒な運動にも巻き込まれた。 作:斎藤 新未
しかし、エレベーターから出てきたのは、マキナエだった。
ごほごほむせながら、
「なんじゃこれ煙たい」
と情けない声をあげている。
俺たちはしばし状況をつかめず、目を丸くしてマキナエを見つめた。
マキナエは4人の視線に気づき、目を見開く。
「おー、生きてたか。もう全員死んでると聞いてたが」
と声をあげ、そして鉄の扉がむき出しであることに気づく。
「あー!何をしているんだ」
小さな身体でチョコマカと走り、園子の横に並ぶ。
唖然としていたアキだったが、なんとか口を開いた。
「マキナエ教授、こんなところで何してるんですか」
「何してるってそりゃあわしの研究を守るために来たんだよ。テレビを見てびっくりしたよ!こんなことしてくれちゃって、困るんだよ君たち」
そして園子が数字に手をかけているのを見て、慌てて言った。
「何回押した?」
「二回です」
園子の冷静な声に、マキナエは胸をなでおろす。
「よかった、三回間違えていたら腕がちょん切れてたところだった」
「腕が…?」
「ドアの上にギロチンを仕込んでいてね」
なんて恐ろしい仕掛けをしているんだこいつは。
恐る恐る上を見上げるが、確かに妙な隙間がドア上部に開いていた。
「念のため、扉から離れていなさい」
そしてマキナエは鍵に手をかける。
「私たちの前で開けていいんですか」
「まあ、もういいだろう。このままだとこの扉も燃えそうだからな」
「この中に国家機密が眠っているんですよね」
アキの挑戦的な態度に、マキナエは目を丸くする。
「国家機密?」
「政府は、人口削減計画を実行するために核戦争を起こす。そのための国家機密じゃないんですか?」
アキはかまをかけているようだが、マキナエは目を丸くしたままアキをみつめ、そして何がおかしいのか「ふぇふぇふぇふぇ」と笑い始めた。
「図星ですか?」
マキナエはひとしきり気持ち悪く笑った後に、鍵に手をかける。
「答えてくださいよ」
そしてマキナエはアキを振り返って言った。
「もっとすごいものを見せてやる」
もっとすごいもの?
核兵器に関わる国家機密以上にすごいものなんて、あるのだろうか。
「1、9、4、1」
ボタンを押しながら数字を読み上げるマキナエに、園子が納得したようにうなづいた。
1941。
マキナエが生まれた年だろうか?
俺が知っている歴史的にいえば、太平洋戦争で日本が宣戦布告した年だ。
こっちの世界ではその年に何があったのか知らないが、なんて嫌な数字をパスワードにしているのだろう。
考え込んでいる間に、マキナエが全身を使って重そうに扉を開けた。
扉は、ギギギギギと古い音をあげ、ゆっくりと開いていく。
「これが、わしの研究だ」
研究室内は、6畳ほどの小さなスペースしかなかった。
壁上部に取り付けられた小さな窓から光が降り注ぎ、かろうじて物が見える程度の明るさである。
壁中に色あせた本や資料が山積みにされていて、床にも書類が散らばっている。
部屋の真ん中には、部屋を埋めてしまうほどの大きなテーブルが置かれており、そこにも書類が積まれ、瓶や実験用具などが雑然と置かれていた。
「研究って、これは一体」
アキが、書類などをかき集め、必死に読みこんでいく。
「これ…」
園子が手にしていたのは、『次元間における意識の移動』という書類だった。
「これが、戦争に関係あるのか?」
アキが必死にマキナエにくらいつく。
「戦争?なんのことかな」
とぼけているマキナエの胸倉をアキがつかんだ。
「政府や警察が、国家機密をこの大学に隠していると聞いた。お前も関わっているんだろう?だからこれが、国家機密なんだろう?」
「何言ってんだ。この研究はわしが個人的に行っているものだ。国家機密って…ああ、核兵器のことか。たしかにそれにわしも関わっているが、その国家機密はたしか講義室Bにあったろ?ん?」
アキが、その場でふらつく。
「この研究はもっともっとすごいものなんだ」
「政府は、警察は、この研究室を守ろうとしているんじゃないのか」
「全く」
マキナエはあっけらかんと言う。
「だからわざわざこんな危険なところに飛び込んできたんだよ、機動隊が止めるのを無視してな。政府は、わしの研究なんか見向きもしないからな。こんなにすごいのに」
「じゃあこれは、戦争には関係ないと?」
「まあ、ないね」
「でも、椿の父親が言っていたらしい。マキナエが世界を変えてしまうって」
「そんなこと言ってくれてたの?嬉しいな~」
マキナエは歯のほとんどない顔でニタッと笑う。
「だから、それが核兵器のことかと」
「違うよ。わしが研究しているのは、『次元間における意識の移動』だ」
「……」
全員、ぽかんとしてしまう。
「脳というハードが人類皆同じ物質に何らかの特定のパターンを発生させると、それが意識となり、他次元を認識することで移動することができる。他次元で同じ脳を認識するとそこに留まり、先住脳は意識として追い出され自分と同じ脳を探し始める。そうすることによって他次元での脳内移動が可能になるんだ!」
アキが、マキナエの胸倉から手を離し、マキナエは床に転がった。
しかしすぐに立ち上がり、そこらへんに散らばっている書類や瓶類を必死に集め始める。
全員が戸惑っている中、テーブルの上に置かれた「劇薬」と書かれた瓶に目が留まった。
「やっぱり、あの劇薬」
つぶやいたのは、カレンだった。
カレンも同じように、劇薬の瓶を見つめ、そして俺を見つめた。
「あれを?」
「そう、トーコが飲んだ」
俺の質問に、カレンはゆっくりとうなづく。
もう一度、「劇薬」と書かれた瓶を見た。
小さな、よくある栄養剤のようなタイプの瓶だった。
よく見ると、同じ瓶は10本ほどテーブルの上や下に置かれている。
「なんでだよ!」
突然、アキが叫ぶ。テーブルを拳で殴り、ひざまずいてしまった。
「私は、こんなもののためにここに残っていたというのか」
「アキ」
園子が、アキの震える肩に手を置く。
「こんな、政府が見向きもしないような研究を、ただひたすらに私は信じて…あんなにも、血が流れた…」
アキは、泣いていた。
園子は何も言わず、アキの肩をさする。
アキは、ギロリと俺を見る。
「疑って、申し訳なかった」
「いや…」
目を真っ赤に染め、アキは俺に深く頭を下げた。
そしてまた、講義室Bで爆発音がする。
「まただ。そろそろ出ないと、本当にまずい」
研究室にも、煙が入ってきた。
研究室には煙が通りぬける窓がないため、煙がこもってしまったら大変なことになる。
「アキさん、行きましょう」
俺の言葉に、アキはきっぱりと答えた。
「私が奴らのおとりになる。お前たちはその間に逃げて、ダリア連合軍の事件を隠ぺいさせないよう、広く皆に伝えてほしい」
「アキ、何言ってるの」
園子が、アキの腕をつかんだ。
「これから屋上に向かう」
「ダメだよ、絶対ダメ。そんなことしたらすぐに殺される」
「誰かが血路を開かねば、全滅する」
「それは…」
アキの強い視線に、園子はうつむいてしまった。
「アキさん、何言ってるんですか!生きましょう!また生きて伝えていきましょうよ!」
俺はなんとか説得したが、アキはすでに腹をくくったようだ。
「私は、責任をとらなければならない。ダリア連合軍が内部で対立してしまったこと、私が罪のない者たちを疑ってしまったこと、人をあやめたこと、こんなにも大勢の人たちが死んでいったこと。全部全部、私の責任だ。私は、学校に残り、ダリア連合軍の最後を見届ける。大丈夫だ、もしかしたら生き残れるかもしれないしな」
アキは口の端をあげて笑ってみせたが、本人も生き残ることなんてできないことはわかっているはずだ。
研究室には、どんどん煙が入ってきている。
思わず、服の裾で口を抑えた。