女体化して女子大に飛ばされたら初恋の人に会えたけど、面倒な運動にも巻き込まれた。 作:斎藤 新未
「ねえ」
千鶴の大きくなった声に反応したのは、椿だった。
「何話してるの」
隣で、千鶴の体が硬直するのがわかる。
俺は必死で頭を回転させ
「俺が眠っている間にあったことを、少し聞いてました」
と言う。
椿は少しの間千鶴の顔を見ていたが、
「千鶴、ちゃんとトーコのこと見ててね」
とだけ言い、目をそらした。
カレンは、俺のことを見ていた。
何か言いたげにも見えたが、椿が目をそらすと、すぐにカレンも俺から目をそらしてしまった。
俺たちは、アキたちの様子をうかがいながら、警察に降伏する方法を相談し始めた。
千鶴が言うには、千鶴は幼い頃から売春組織に出入りしていたといい、警察の人間とは特に長い付き合いになるという。
橋野井とも顔見知りだし、ほとんどの人間と会ったことがあるため、千鶴がヘルメットとタオルをはずし、降伏する意思を示しながら屋上に出れば絶対に攻撃されることはない。
それに俺もついてくことで、一緒に救い出されると。
千鶴は信じているが、俺はそうはいかなかった。
千鶴が助かる可能性は、ゼロではないだろう。
俺はゼロだ。絶対に屋上に出た瞬間殺される。
しかし、この手足を縛りつけている縄をどうにかするためにも、ここは千鶴に合わせなければならなかった。
「わかった。それでいこう」
全くわかっていないのに、うなづいてみる。
「良かった。トーコさんがいてくれたら、絶対安心です」
千鶴は心底安心したのだろう。
先ほどまでの硬い表情とはうってかわって、心からの笑顔になっていた。
思えば、千鶴の笑顔を見たのはこれが初めてだった。
あんな気持ち悪い笑い方していたやつが、こんなにも優しく笑えるんじゃないか。
そんな千鶴を利用しているような気がして心が痛んだが、それでも自分の身を守るためには千鶴にこの縄をほどいてもらうしかない。
「とりあえず、この縄をほどいてくれないかな」
千鶴は素直にうなづき、ポケットからカッターナイフを取り出した。
アキたちが熱心に話しあっているのを確認しながら、ゆっくりと縄を切っていく。
手足の縄が切れ、俺の体はラクになったが、アキたちに気づかれないように身動きはとれなかった。
「せーので、走りますか?」
計画を急ぐ千鶴を制止する。
「ちょっと待って、もう少し計画練ろう」
すぐに走り出すわけにはいかない。それじゃ俺は死に急いでいるようなものだ。
その時、アキたち四人が立ちあがった。
手足の縄が切れているのがバレないよう、俺は正座をし、両手をうしろ側で組む。
「どこに行くんですか」
俺が聞くと、カレンが答えた。
「武器を集めるの」
「まだ残ってるの?」
「わからない。でも、Cに行ってみる」
「Cって」
Cは、ニトロの大爆発を受けた講義室だ。
何人もの仲間たちが肉片になったあの場所に、武器など残っているはずがなかった。
「あんなところに」
俺の言葉を、アキが遮る。
「トーコにみたいに拳銃を隠し持っているやつがいたかもしれないからな」
アキが俺を一瞥し、そして四人は講義室Bを出て行った。
作戦を実行する、絶好のタイミングだ。
「トーコさん、今ですよ、今」
みんなでCに行くのだとしたら、Aの横にある階段から屋上まで誰にも見つからずに行くことができる。
「早く」
俺たちは立ちあがり、音をたてないよう、静かに歩き出した。
講義室Bの入り口から廊下を覗きこみ、四人の後ろ姿に目をやる。
四人とも、外から狙撃されないよう、かがんで歩いてた。
夜の間は表側にしか見張りはいなかったようだが、今は裏手でもスナイパーが今か今かと待ち構えているかもしれないのだ。
「早く行きましょうよ」
「ダメだよ。今出たら見つかる」
気持ちばかりが先走ってしまっている千鶴を片手でなんとか制し、息を殺して四人の様子をうかがった。
四人は講義室Cを覗きこみ、そしてゆっくりと足を踏み入れて行く。
「もう大丈夫でしょ?ねえ」
千鶴の腕をつかみ、講義室Bを抜け出した。
スナイパーに狙撃されることなく、そしてアキたちに見つかることもなく、無事屋上への扉に辿りつくことができた。
千鶴は無我夢中でヘルメットやタオルを外していく。
そしてようやく、ただ突っ立っている俺に気づく。
「どうしたんですか、トーコさんも早く」
千鶴にせかされ、俺は決めていたことを告げた。
「俺は行かない。一人で、無事に帰ってくれ」
逃げたがっている千鶴を屋上まで無事に送り届け、その後は何事もなかったようにまたあの場所で縛られているかのように座っていようと思っていた。
やはり、カレンを置いてはいけない。マツリにもそう誓ったのだ。
しかし、一歩踏み出した瞬間、首根っこを掴まれた。
「うぐっ」
またもや不意打ちをくらい、ヒキガエルのような声が漏れる。
「ダメですよ何言ってるんですか!一緒に逃げようって約束したじゃないですか!」
千鶴は我を失っているようで、俺の上着をつかんだまま思い切り振りたくってくる。
「ちょっと、離して、苦しい」
「お願いですから一緒に逃げてください。お願いします!」
その声を聞きつけてか、誰かがこちらに走ってくる足音が聞こえる。
もう、見つかってしまった。
このまま何事もなかったように戻る俺の計画は、もろくも崩れ去ってしまったのだ。
また、どうするべきかすぐに考えなければならなかった。
ただひとつ言えることは、
「屋上には絶対に出ない!」
ということだった。
しかし、千鶴は我を失い尋常じゃないほどの力を発揮してしまっている。
上着の首周りをつかむ手にはさらに力が入り、俺の首をしめていた。
やめろ。
そう言いたいのに、声が出ない。
頭に血がのぼり、意識を失いかけた時、視界に飛び込んできたのは、カレンだった。