女体化して女子大に飛ばされたら初恋の人に会えたけど、面倒な運動にも巻き込まれた。 作:斎藤 新未
花梨ちゃんとは、中学の二年間同じクラスだった。
たしか、風紀委員会が一緒になったのが仲良くなったきっかけだったっけ。
よく笑う、可愛い子だなぁって思っていて、気づいたらいつもいつも目で追いかけていた。
これが、俗に言う、恋なのか。
そう気づいたときには、花梨ちゃんはすでに、転校してしまっていた。
転校する前日、花梨ちゃんに呼び出されて、砂場と鉄棒だけがある近所の公園に行った。
そこで「好き」だって。あの花梨ちゃんが俺のことを、「好き」だって言ったんだ。
何のことかわからなかった。
俺の周りでは女子に「好き」だと言われることは都市伝説のようなものになっていたから、調子にのって「俺も」と言った瞬間に、クラスのリア充グループが爆笑しながら陰から出てくるんだろうな。そう思っていた。
だから俺は、この時も、右から左へ受け流してしまった。
口を真一文字に結んで、周囲をうかがっていたけど特に何も起きなくて、花梨ちゃんが走り去ったときに、ようやく何かとんでもないことをしでかしたような気がしていた。
明日、話しかけてみよう。
そう思っていたのに、次の日は目すら合わせることができなくて、花梨ちゃんはいなくなってしまった。
ああ、俺にもそんな時があったんだなぁ。
甘い。実に甘い。
いや、苦い。
「苦い!」
俺は口いっぱいに広がる苦みに耐えきれず、勢いよく起き上がった。
口元からは粉がこぼれていた。
寝ている俺に、誰かが薬を飲ませてくれたようだった。
すると突然、ふわふわの体が俺を包みこんだ。
華奢な体は力いっぱい俺を抱きしめ、ふんわりと漂うシャンプーの香りが鼻孔をくすぐる。
俺はなすすべなく、体は無意識に万歳状態になっている。
満員電車の中みたいに。
思考回路はもちろん停止状態だ。
万歳したままゆっくりと周りを見回すと、安本に連れてこられたアパートの一室のようだった。
四畳半ほどのこの部屋は、敷き詰められた布団でほぼ埋まっているが、部屋の隅には何人かの荷物がまとめて置かれ、本や、雑誌や、新聞などが無造作に畳の上に積み重ねられている。
恐る恐る俺を抱きしめている相手を見つめると、その人はぐしゅぐしゅと泣いているようだった。
「あの」
呼びかけると、その人は俺の胸に顔をうずめながら、涙にぬれた瞳で俺を見上げてくる。
「良かった、本当に良かった」
キラキラと光る瞳で見つめられ、また気を失うかと思った。
それは、まぎれもなくあの花梨ちゃんだった。
「か、花梨ちゃん。どうして」
「花梨ちゃん?やめてよ、私、カレンだよ」
カレン?
「トーコ、お願い、私にだけ教えて。なんで、死のうと思ったの」
トーコ?
「いや、死のうと思ったわけじゃ」
喋っていて気づいた。
自分の声が、鼻から抜けるように高く、気持ち悪い。
よく見ると、万歳している腕も細く、ひとまわりほど小さくなった手の平からは、白くて細い指がのびている。
まるで、女だった。
他人のような手をまじまじと見つめながら、つぶやく。
「なんか、俺、女みたい」
花梨ちゃんが、不安そうに俺の顔を覗きこむ。
「記憶喪失とかじゃないよね」
布団の横に転がっていたハンドバッグの中に手をつっこみ、シルバーの手鏡を俺に向けてくれる。
言葉を失うというのは、こういうことなのだろう。
鏡を見つめたまま何度か口をパクパクさせ、鏡の中の女が同じように口をパクパクさせているのをただぼんやりと見つめる。
たしかに、顔立ちは俺だ。ただ、明らかに男とは言いがたい丸みを帯びている。
親戚中に、「透は女だったら良い人生だったろうに」と同情のように言われたことで、何度も妄想してきた顔、そのままだった。
首からつづく鎖骨に、そして膨らみのある胸。
本当に、ふんわり膨らんでいるくらいだが、こんなふくらみさっきまでの俺にはなかったはずだ。
どうしてこんなものが、俺に付いているんだ?
俺は半ばパニックに陥り、ただただ自分の胸をわしづかみにしていた。
「トーコ?」
不安げな声で呼ばれ、慌てて手を離す。
反射的にまた万歳の体制になってしまった。
トーコ?
それは女の名前だろ?
混乱冷めやらぬうちに、ふすまが開き隣りの部屋から人がなだれこんできた。
男ばかりのむさくるしい室内だと思っていたのに、なだれこんできた人たちはなんと全員女だった。
「トーコ!」
「トーコ、死んだかと思った!」
「良かった、トーコ生きてる!」
「アキさん、トーコが目を覚ましました!」
誰かが叫ぶと、ドアの向こうからガタイの良い女が顔を覗かせた。
「もう大丈夫?」
アキと呼ばれた女はニコリともせず、ガラスのような瞳を俺に向ける。
「…うん」
うなづいた瞬間、何人かのツッコミがかぶる。
「『はい』でしょ!」
俺が「はい」と曖昧に言いなおすと、アキは静かに顔を引いた。
改めて、周りを見渡してみる。
間取りや室内の雰囲気を見るに、ここは気を失ったあのアパートのようだが、こんなキラキラした世界ではなかった。
もっと煙たくて淀んでいたはずなのに、ここはまるで、ハーレムじゃないか。
女たちは全員俺を「トーコ」と呼び、そして惜しげもなく上半身の膨らみを俺に押し付け、抱きしめてくれる。
こんな状態で、俺の下半身が大人しいはずがない。
誰にも気づかれぬよう、布団の下からそっと自分の下半身に手を這わせてみる。
そして
「なるほど」
と極めて冷静な一言が漏れた。
俺は、いつどこでどう間違ったか、本当に女になったらしい。