女体化して女子大に飛ばされたら初恋の人に会えたけど、面倒な運動にも巻き込まれた。   作:斎藤 新未

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嘘みたいな死

 誰かの走ってくる足音が近づく。

 俺たちは身構え、いざとなったら屋上へ飛び出す体勢をとった。

 しかし、ひょっこりと顔を出したのはカレンだった。

「良かった、トーコ」

 カレンは心底安心した様子で、俺に駆けよってくる。

 カレンに触れられ、俺が少しだけ後ずさると、カレンは俺の手を握り締めて言った。

「ごめんね、ああするしかなかったの。あとで助けようと思ってたの。ごめん、だから私を置いていかないで」

 どうやら、マツリの言う通りのようだ。

 カレンは、涙を浮かべたキラキラとした目で俺を見て、必死に訴えてくる。

「ほらね、言ったでしょ、トーコ」

「…うん」

「カレン、ロッカさんたちは?」

 マツリが、俺も気になっていたことを聞いてくれた。

「ロッカさんは…」

 カレンが首を横に振る。

「てことは、アキさんは?」

 マツリの声が一層不安に染まる。

「…園子さんが、寸でのところで助けた」

 あのタイミングで助けるとは、園子の信念は尊敬に値する。

 自分がどうなろうと、アキを救おうとする園子に対し、少し美しさすら感じてしまった。

「じゃあ、戻っても同じことだね…」

 マツリがうつむき、俺も必死に頭を働かせてみる。

 

 たしかに、アキがいるのなら先ほどと状況は何も変わっていない。

 アキと、話しあうことはできないだろうか。

 警察がこれほどまでに俺たちのことを狙っているのだ。

 ここは、力を合わせないと全滅してしまう。

 

「早くどうにかしないと、アキさんが来ちゃう!」

 カレンの声に、マツリは心を決めたように顔をあげる。

 そこに、複数人の走っている足音が聞こえる。

「どうするの、ねえ」

 俺が口を開きかけた時、突然マツリに背中を押され、俺はカレンを巻き込む形で階段を転げ落ちていた。

 骨折しているかもしれない腕と肩に激痛が走る。

 階段を見上げると、マツリは俺を見降ろし、そして顔を真っ赤にしながら必死に口を開いた。

「必ずここから出られるようにしてあげる!私はトーコを守るって決めたんだから!何かあったら、ポケットに入ってる武器を使って!」

 そう言って、マツリは屋上へと出て行ってしまった。

 

「マツリ、マツリ!」

 マツリは、何をする気なのだろう。

 少しだけ違和感のあったケツポケットに触れてみると、太めのろうそくのようなものが入っているようだった。

「これ、ろうそく?」

 俺がつぶやくと、ポケットに触れたカレンが言った。

「違う、これは」

 

「おい」

 カレンの声は、アキの声に打ち消された。

 寝そべったまま顔をあげると、そこにはアキと園子と椿と千鶴が立っていた。

 冷静な先輩3人と、相変わらずぶるぶる震えている千鶴。

 千鶴も椿も、手足に全く傷を負っていないところを見ると、やはりさきほどの乱闘には参加していなかったのだろう。

 椿は一人、講義室で待機している様子がうかがえるが、千鶴はどこかに隠れて身体を震わせていたのかもしれない。

 

「マツリは?」

 椿の声に、カレンが

「屋上に」

 と答える。

「アキ、どうする?屋上に出るのは危険すぎる」

「そうだね、戻るよ」

 アキの一声に、4人は踵を返した。

 俺はカレンの肩を借り、なんとか立ちあがる。

「カレン、ありがとう、助けてもらって」

 アキたちに聞こえないように小声で言ったつもりだったが、カレンの表情は全く晴れず、そして突き放すように言った。

「私は、あなたを助けようと思ったわけじゃない」

「え?」

「トーコにそっくりなあなたを死なせることがどうしてもできなかった」

 

 カレンは、もう確信してしまったのだ。

 俺が、トーコではないことを。

 幾度となく葛藤を繰り返した結果、俺を助けることがトーコを助けることでもあるのだと思ったのだろう。

「そうだよね、ごめん」

 もう、弁解の余地はない。

 これから何をどうカレンに説明したらいいか、考えながら俺たちは講義室Bに入っていった。

 

 講義室Bは乱闘の会場にはならなかったため、比較的整頓された状態だった。

 武器はまだいくつか残っている。

「カレン、トーコの手足縛っといて」

 アキの命令に、カレンは少しも抗うことなく従う。

「ちょっと待って、アキさん、話し合おう。このままだと、全滅するだけだ」

 俺の声に、アキは全く聞き耳を持たない。

 無言のまま、教壇周りに身を寄せ、腰をおろした。

 カレンに手足を縛られながら痛みに顔をゆがめている俺を見て、カレンは悲しそうな顔をする。そして耳元で囁いた。

「本物のトーコはどこにいるの」

 あばらも折れているのだろうか。

 俺は痛みをこらえながら、なんとか首を横に振ってみる。

「知らない」

 手足を縛るカレンの手に力が入る。

「いてっ」

「あんたは誰なの」

「…それは、言えない」

 男だなんて言ったら、俺はどうなることだろう。

 まず体が女であることを指摘され、余計にカレンを混乱させてしまうだけだ。

 

 カレンが乱暴に俺を縛り終えたとき、屋上から拡声器を使って喋る、マツリの声が聞こえた。

「私、ダリア連合軍1年のマツリといいます」

 マツリの声は、まだ薄暗いキャンパスにこだました。

 アキが、窓の外から見えないよう、慎重に窓際へと走る。

「あいつ、何をする気だ」

 マツリの行動は、全く予想だにしないことだった。

 マツリは俺を守ると言っていたけど、一体何をするつもりなのだろう。

 俺も、耳だけは窓側を向けるよう、痛む身体をなんとかずらしてみる。

 

 しかしマツリは、さらに予想だにしないことを言いだした。

「私は、子どもの頃から、この国の犬として働いてきました」

 アキや園子たちが一斉に俺を見る。

 俺は、その視線から逃れるように目をそらした。

「お母さんに言われたんです。犬になっておけば、いざ戦争が起きたときに国家に助けてもらえると。だから、月に1度か2度くる命令に従って、武器の密造をしたり、売春組織に参加させられたりしていたました」

 外で、銃声がこだまする。

 しかし、マツリの声は、震えながらもまだ続いている。

「私の体は、国によって汚されました!私のような生徒が、この学校には何人かいると聞いています!」

 また、銃声がこだまする。

今度は、1発ではなかった。何発かが明らかにマツリの体をとらえている。

「私は」

 マツリがかすれた声を絞り出す。

「この国を恨んでいます」

 それだけ言うと、声はやんだ。

 一瞬外がざわつき、アキが慌ててカーテンを開ける。

 その瞬間、窓の向こうを何かが落ちていくのが見えた。

 

 拡声器と。

 そして、マツリだった。

 マツリの顔は少しほほ笑んでいて、逆さになりながらも俺をまっすぐ見つめているようだった。

 

 閃光が走る。

 爆音と、爆風が窓の外で巻き起こる。

 すさまじい爆風に窓が割れ、アキたちは全員しゃがみこんだ。

 俺は、まばたきもせずその光景を見つめた。

 マツリは、ダイナマイトを身体に巻いていたのだろう。

 閃光は一瞬にしてダイナマイトを燃やす。

 マツリの体は、俺たちの目の前で八つ裂きにされ、木端微塵になった。

 ただの肉の塊だ。

 挽肉のようにあのマツリが、こんなに簡単にもバラバラになってしまった。

 赤い液体が窓やその周りにべったりとこびりつき、マツリが着ていた服と、ダイナマイトらしきものの破片が俺の鼻先に転がった。

 マツリ…。

 声を出そうにも、声の出し方を忘れてしまったように、何も出ては来なかった。

 外は静まり返り、何の物音もしない。

 焦げくさいような、生臭いような臭いが部屋中に充満している。

 

 マツリは、警察を巻き込んで心中を図った。

 しかし、警察側に辿りつく前に銃撃に合い、空中でダイナマイトが爆発しきってしまったのだ。

 あまりにも、無念な最期だった。

 鼻先に飛んできた、マツリの服の一部を見つめながら、俺は泣いていた。

 つい数分前まで、顔を真っ赤にさせて、手足をバタバタさせながら、トーコを想っていた子。

 そんな子が、今はこんな姿になってしまった。

 俺の心の奥底から、今まで感じたことのないドロドロとした熱いものが込み上がってくるのを感じた。

 このままではいられない。

 なんとしてでも、マツリの遺志を晴らさないと。

 

 皆はただ茫然と、個々でこの状況を理解しようとしていた。

 窓側でしゃがみこみ、俺をじっと見つめていたアキと目が合う。

 直に浴びたのだろう。顔から服にかけて、赤いものが飛び散っていた。

 アキは、笑っていた。

「やっぱり、あいつは犬だった。犬だったんだ。裏切り者は死んで当然だ」

 背中を伝う寒気を感じながら、アキが静かに狂っていく様子を、俺はただ見つめていた。


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