女体化して女子大に飛ばされたら初恋の人に会えたけど、面倒な運動にも巻き込まれた。 作:斎藤 新未
目を開けると、アイリの向こう側のロッカとバチッと目が合った。
ロッカの目はどこか遠くを見ているわけでもなく、真っすぐ俺を見ていた。
「ロッカ…さん?」
俺の囁きに、ロッカはしっかりとうなづく。
「父親は、たぶんこの大学もろとも吹き飛ばすはず。警察の不祥事は、全力でつぶすような人だったから」
気づいたマツリが、声を一生懸命抑えながら興奮した様子で言う。
「ロッカさん、なんで、普通だ。どうしたんですか」
そしてロッカはゆっくりと座りなおした。
アキたちの様子をうかがいながら、俺の後ろ手に手をのばしてきた。
暴れながら、いつの間にか手の縄はほどいていたのだ。
隠し持っていたバタフライナイフで、俺のナイフを切る。
そのまま俺の手の中にバタフライナイフが落とされ、俺もアキたちから目を離さないようにしながら、マツリを縛っている両手の縄を切った。
「ロッカさん、これからどうするんですか」
俺の問いに、ロッカは早口で答える。
「もうすぐ朝日がのぼる。朝日がのぼったら、警察側は本格的な攻撃をしかけてくると思う。その前に、逃げだすのよ」
「ロッカさんは…」
俺の問いかけに、ロッカはただほほ笑んでみせた。
「私が合図をするから、逃げて」
ロッカは力強くそう言うと、またあの遠くを見る目つきに変わり、笑いながら叫ぶ。
「アイリ、あれ?いつの間にそこにいたの?そこ危ないからこっち来なさい」
ロッカは、真っすぐ窓を見つめていた。
「やめろ!気味が悪い!」
椿がロッカの視線から逃れようとするが、俺も無我夢中で一芝居うつ。
「あ、でも、本当に何かが窓の外にいるような…」
アキたちは顔を見合わせ、そして窓際へと恐る恐る近づいていく。
そして
「今よ」
ロッカの合図で、三人同時に立ちあがった。
俺とマツリは出入り口へ、ロッカはアキめがけて走っていく。
ロッカも出入り口に走るのではないかと少しの希望を持っていた俺だったが、ロッカは全く別の計画をたてていた。
「ロッカさん!」
ロッカは、重たい身体を揺らしながら、全速力でアキめがけて突進していく。
そしてそのまま窓ガラスを突き破る、派手な音が学校中に響いた。
俺は室内を出るときに、その姿を見届けた。
アキの手を引っ張り、ガラスを突き破って外へと走り出たロッカは、まるで天使のようにほほ笑みすら浮かべて、飛び立ったのだ。
俺とマツリは、とにかく走った。
講義室Bに逃げ込もうと思ったが、すぐに園子たちに見つかる気がして、屋上への階段をのぼっていく。
身体の痛みに耐えながら階段を上っていると、マツリが手を差し出してきた。
「大丈夫?」
「ありがとう」
俺はマツリの手を握りしめ、一歩一歩階段を駆け上がっていった。
屋上に出ると警察に見つかり、どうなるかわからない。屋上への扉を背もたれにし、そこに座りこんだ。
これからどうするべきか、すぐにでも話しあわなければならない気がしたが、ロッカが自らを犠牲にして、ダリア連合軍の独裁者であるアキを連れて行ってくれた。
しばらくこのままでも、園子やカレンは俺たちを見つけ出してどうこうすることはないだろう。
もしかしたら、一緒に脱出する方法を考えられるかもしれない。
しかし、カレンが俺に向けた背中が蘇り、俺の思考はストップしてしまった。
「カレンのこと?」
マツリは俺の心を見透かしているみたいに、少しだけ笑みを浮かべている。
「うん。カレン、どうしてあんなこと言ったんだろうと思って」
「のちのち、助けるつもりだったんじゃない?」
「そうなの?」
「え!違うの?」
マツリが素っ頓狂な声をあげる。
「いや、自分が言ったでしょ今」
この子やっぱりつかめないな~と思いながら苦笑すると、マツリは少しだけ寂しそうにほほ笑み、言った。
「だって、トーコとカレンはいつだって深い絆で繋がってるじゃん。中学からの幼馴染だっていうのはわかるけど、それよりもっと深い絆。見ててわかるもん」
そうだったのか。
じゃあ、あれはカレンの作戦だったのだろうか。
トーコだったら、あれはカレンの作戦として受け止められたのだろうか。
俺はあのせいで、身体だけじゃなく心もズタボロになってしまったというのに。
「なーんてね」
マツリは、舌をペロッと出してみせる。
「え?」
「ちょっと知ったかぶりかも」
マツリは人懐っこい笑顔で笑ってから、言った。
「カレンに、すごくヤキモチをやいてるの、私」
マツリの顔を覗きこむと、頬が真っ赤に染まっている。
そして、ようやく気づいてしまった。
「あのね、トーコ。ずっと言えなかったんだけど」
マツリは、ニコニコとしている顔をすっと真顔に戻し、息を吐くように言った。
「好き、なの。トーコのこと」
そして両手で顔を覆うと、足をバタバタさせてみせる。
トーコにとってはどうか知らないが、俺にとってはドストライクである。
こんな可愛い子、トーコはずっと放っておいたのだろうか。
いや、そもそもそういえばトーコは女だ。
マツリの想いを知る機会なんて、今こうして打ち明けられない限りは、ないだろう。
「だから、逃げよう、二人で」
マツリの真剣なまなざしが俺の心を大きく揺さぶった。
そうだ、今なら絶好のタイミングだ。
まだ朝日ものぼっていないからうまく逃げれば警察に見つかることもないだろう。
アキが落下したとはいえ、園子や椿がまだ俺たちを探しているかもしれない。
見つかる前に、やはりここから逃げ出した方がいいだろう。
でも、カレンを置いて?
逃げる方向に傾きかけていた俺の心は、見事にカレンの笑顔によってグイッと引き戻されていた。
カレンにあんな仕打ちをされたとはいえ、やっぱりカレンを置いていくなんてことはできなかった。
心に誓ったことを思い出した。
トーコになってカレンがこんなにもそばにいる今、絶対にカレンを離さないと。
「あの、俺、やっぱり」
あいまいな返事をしていると、全てを言う前にマツリがフッと笑った。
「わかってるよ、トーコはカレンを置いてはいけないよ」
マツリは、俺よりもトーコとカレンのことをわかっていた。
無理矢理笑顔をつくっているマツリが痛々しくて、顔を見ていられなかった。