女体化して女子大に飛ばされたら初恋の人に会えたけど、面倒な運動にも巻き込まれた。 作:斎藤 新未
しばらくして、マツリが張りつめた空気を壊した。
「思い出しちゃったんだけど、
ハル、トーコはアキさんにはめられたって言ってなかったっけ」
ハルは苦々しい表情を浮かべながら口を開いた。
「いや、私も確信はあったわけじゃない。トーコも記憶が抜け落ちてるから…正直なところはわからない」
みんなも小さくではあるが、うなづいている。
「でも、最近のトーコに対するアキさんの態度を見ていると、やりかねないと思ったのは確かなの。トーコはアキさんに代わって、ダリア連合軍を引っ張ってくれる人だと私は思う。でも、私たちみたいな、心では密かにトーコがトップだと思っているような、そんな奴らが多いこともアキさんは気づいてる。だからおもしろくないんだと思う」
今度はみんな、大きくうなづいた。
「ロッカさんにあんなことする人だもん…」
カレンのつぶやきに、さらに沈黙が深まる。
「ここを、出たい」
誰かがぽつりとつぶやく。
それを皮きりに、みんなの本音が一気に溢れだした。
「アイリはなぜ殺されたの?」
「ロッカさんも、死にかけてる」
「アキさん、絶対おかしいよ」
「なんでみんなも手を貸したの?」
「私はやってない」
「でも、やらなきゃ自分もやられる」
そして
「ここにいたら、どっちにしろ死ぬ」
マツリの一言に、室内は静まり返った。
「トーコ」
ハルの呼びかけに、再び注目は俺に集まった。
「私たちに指示を出してくれない?」
「そうだよ、武器の準備しているときは、あんなにてきぱき指示出してたじゃない。私はこうなったら、ここを逃げだしてもいいと思ってる。トーコはどう思うの?」
カレンがすがりつくように、俺に問いただしてくる。
「えっと…」
口を開いてみたものの、どうすればいいのだ。
本当にここから逃げられるのか?
アキと戦う?
それとも警察側に降参する?
何が正しいんだ。
そしてこんなときトーコだったら、なんて言うべきなのだろう。
俺はみんなの視線に耐えきれず、そして下を向いてしまった。
「残念だよ」
カレンの声はむしろ、残念というよりも、軽蔑の色を含んでいた。
カレンの中でも、葛藤しているのだろう。
トーコがもしも本物のトーコじゃないとしたら、じゃあ一体こいつは誰なのか、と。
「脱出しよう」
ハッキリと口にしたのは、ハルだった。
「橋野井を見たでしょ?警察があんなことするなんて、不祥事もいいところだよ。だからあいつらはもう、私たちを出さないつもりなんだと思う。そして、アキさんも私たちを出さないつもりでいる。マツリとカレンが言う通り、なんとか脱出するしかない」
「でも、どうやって?」
誰かの疑問にハルは俺を見たが、すぐに目をそらした。
「よし、カーテンを伝って4階に降りよう。全部はずすと外の警察にバレるから、静かに静かに、一枚だけね」
ハルに指示された子たちは、机の上に乗り、肩車をして少しずつカーテンを外していく。
その間に、いざという時のため、俺たちは武器の準備をした。
廊下の外側で待っているであろうアキたちに脱出がバレる前に、なんとか下の階に出なければならない。
もちろん警察に見つからないよう、静かに計画は実行される。
講義室Bにも、昼間の残りの武器が少し残っているはずだが、ここに比べたらだいぶ少ないはずだ。
そしてなんといってもここには、ニトロがある。
横から視線を感じて目をやると、マツリが俺のことを見つめていた。
目が合うと、ニコニコしながら俺に近づいてきた。
「トーコ、体調まだ悪いみたいだね」
「あ、ああ」
「脱出できればいいね」
「そうだね」
「トーコにもしものことがあったら、私がトーコを助けるから」
「……」
「私にも、最強の武器がある」
マツリはまた愛嬌たっぷりの笑顔を振りまき、そして武器作りに戻っていった。
マツリは、いい子なのには間違いないのだが、どことなく怖いところがある。
少しばかり得体が知れず、何かが俺を不安にさせる。
一枚が取り外されたカーテンの隙間から、月の光が煌々と室内を照らし、みんなの不安気な顔を映しだしていた。
これからの動きについて、ハルが小さな声でみんなに指示を出している。
カーテンを窓枠にしっかりとくくりつけてまず一人が下に降り、4階の窓を蹴破ったら、順番に下へと移動していくという作戦だ。
恐らく蹴破った瞬間にアキ派にも警察側にもバレるだろうから、そうなったら残りの者で応戦する。
すっかりハルはこの場を取り仕切り、俺はみんなの一番後ろでぼーっと突っ立って、その光景を見ていた。
カレンも先頭を切り、武器の準備をしている。
昨日までは、中学生の頃の花梨の印象ばかりが先行して、かよわくただ可愛らしい女の子だと思っていたが、芯がしっかりとしていて、俺なんかと比べ物にならないほどの強さを感じる。
カレンをじっと見つめていると、目が合った。
が、すぐに視線をはずし、黙々と作業を続けている。
もう、俺は愛想をつかされてしまったのだろう。
わかっていたけど気づかないふりをしていたこと。
今までカレンが俺に優しくしてくれていたのは、俺がトーコだったからというのを痛いほどに実感してしまった。
今ここから脱出することができたとしても、俺はこの先どうやって生きて行ったらいいのだろうか。
昨日からの出来ごとがまるで夢だったかのように、突然漠然とした不安が俺を襲った。
「トーコ!」
ハルの呼びかけに、ハッとする。
気づくと、全員が俺を見ていた。
「え、なに?」
「なんでこんな時にぼーっとしていられるんだよ。作戦実行だ、わかってんのか?」
「あ、うん!」
「これ持って」
ハルに手渡された火炎瓶を、ギュッと握りしめる。
「みんな、準備はいいね」
全員がうなづき、窓が開かれた。
カーテンから4階に降りるのは、身軽ながら力が強い、1年生の光という子だった。
ショートカットで運動神経の良さそうな、いかにもスポーツ少女タイプである。
脚力に自信があるらしく、「一発で窓を破る」と鼻息荒くカーテンに手をかけた。
その時、廊下側からドアを蹴破ろうとしている音が聞こえてきた。
ドアはガンガンと音を立てて揺れ、周りに積み上げた机とイスが少しずつ崩れて行く。
「気づかれたか。光、お願い」
ハルの一声に、光は窓の外へと消えていく。
後ろでは、何人もがドアに体当たりしているらしく、机がすっかりと崩されてしまい、あとは鍵を破るだけの状態になってしまっていた。
ドアを抑えようとしている子たちも立ってはいられないほどに、ドアはすでにガタついていた。
「みんな、応戦の準備」
ハルの声に、それぞれ火炎瓶を手にする。
カレンも、ドアのすぐそばにたち、火炎瓶とブロックを抱えていた。
俺はというと、そんなカレンの側に行くこともできず、火炎瓶を握り閉めながら窓際に立ちつくしていた。
「光、まだ!?」
マツリが窓を覗く。しかし、
「光…?」
すぐに表情が凍る。
「どうした?」
ハルの不安気な声に、マツリは反応せずただ窓の外を見降ろしている。
嫌な予感に襲われ、俺も恐る恐る外を見てみる。
「いない…」
窓の外では、ただカーテンがぷらぷらと風に揺らされているだけだった。
そして、そのずっと下では、目を見開いたままの光が横たわっていた。
手足は不自然に折れ曲がり、頭から、みるみる真っ赤な水たまりが広がっていく。
「なんで、どうして」
そう言って皆が窓際に近づいていき、俺は思わず叫んだ。
「伏せて!」
と同時に、窓際に立った子の額から、赤い血しぶきが弧を描くようにして舞い上がった。
悲鳴をあげながら、皆は崩れ落ちるようにしてその場に伏せていく。
「警察が、こっちを狙ってる!」
俺の声に、マツリが遺体をどうにか押しのけながら、隙間のないようにカーテンをしめなおした。
廊下側でも異変を察したようで、少しだけ静寂が訪れる。
しかしすぐに、ドンドンとドアへの体当たりが再開された。