女体化して女子大に飛ばされたら初恋の人に会えたけど、面倒な運動にも巻き込まれた。   作:斎藤 新未

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内輪揉めが始まった

 講義室は、静寂に包まれた。

 ヘリコプターが去っていく音を聞き、それから長い間すすり泣く音だけが室内に溢れている。

 ロッカはあれからアイリを抱きしめたまま動かない。

 ブツブツと何かをアイリに囁き続けているのは聞こえるが、アキや椿の声にも耳を傾けず、その場を動こうとはしなかった。

 皆もまた、この部屋から出られずにいる。

 後ろの方にかたまってしゃがみこみ、泣き崩れている人もいる。

 カレンは、俺の横で震えていた。

 そんなカレンにかける言葉を探し、なるべく動揺を隠すように強い口調で言った。

「早く、ここを出よう」

 しかしカレンは、

「今出たらあいつらの思うツボだよ。ダメだよ、今さら逃げるなんて」

 と息荒くまくしたてた。

 その言葉に、俺はなすすべなく黙りこむ。

 カレンはやはり、誰よりも野心の強い人だった。

 俺は今すぐにでもここを逃げだしたい。

 トーコがハルに言っていた通り、やっぱりこんな少人数でのバリケード封鎖では戦えなかったのだ。

 

 テレビを見ていた誰かが言う。

「もう、花巻女子大学のことどこも報道してないよ」

 その一言に、何人かがテレビの前に集まる。

 そして口ぐちに「本当だ」「なんで」と悲鳴のような声をあげた。

「報道規制だ」

 椿が言う。

「警察側が、私達を排除することを決めたんだ。私達は、もうここから逃げられない」

 椿の発言は、的を射ていると思う。

 警視庁長官である橋野井が、拳銃で殺人を犯したのだ。

 きっとあの時、俺たちを見限ったのだろう。

 そしてその事実は同時に、俺たちをここから出さないという意志表示となった。

 

「逃げるなら今だと思う。まだ攻撃は開始されていない。外も暗いから逃げられる可能性は高い。どうする?」

 椿からの投げかけに、一同は顔を見合わせそれぞれ相談をしているようだった。

 カレンを見ると、カレンは真っすぐ椿を睨んでいる。

 さっき言った通り、カレンはまるで逃げる気はないのだろう。

 しかし結論が出る前に、教壇の方で奇声が上がった。

 ロッカだった。

 ロッカが、アキにつかみかかっているのだ。

「なんでアイリが殺されなければならないの。あんたがこんな計画たてたからだ、なんでアイリがこんな目に」

 ロッカは、涙でぐしゃぐしゃになりながらアキを床に押し倒す。

 しかし心身ともに弱っているロッカはすぐにアキと園子によって取り押さえられてしまった。

 

 アキがロッカの胸倉をつかみ、そして拳が顔面を直撃する。

 血を吐き出し、床に強く叩きつけられた。

 女子たちの小さな悲鳴が聞こえたが、アキはおかまいなしに何度もロッカの顔面を殴る。

 ロッカの顔はすでに腫れあがり、鈍い音とともに、頬の骨が歪んだ。

 明らかに戦意喪失状態のロッカだが、アキはまだ許してはいない。

 自分の手に付着した血をぬぐい、園子に続けるよう指示を出した。

 園子は言われるがままロッカに近づき、そして思い切り腹を蹴りあげる。

 ロッカの重たい体が一瞬浮くほどの威力だった。

 ロッカはさらに吐血したが、すでに意識を失っているようだ。

 しかし園子は、その近くに座りこんでいた子の手を引っ張り立たせ、ロッカを殴るよう指示を出した。

 そして、

「みんなもロッカに制裁を加えて。アキに殴りかかるなんて裏切り者もいいところでしょ」

 と信じられないことを訴えだした。

 そしてさらに信じられないことに、大勢の人が立ちあがったのだ。

 俺は巻き込まれたくなく、机の下に顔をうずめた。

 そんな俺に、涙を浮かべたハルが駆けよってきた。

「ねえ、トーコ、どうにかしてよ。なんとか言ってよあいつらに」

 俺は、首を横に振る。無理だ。俺に何ができるというんだ。

 カレンも同じように、ただただ床を睨んでいる。

 すぐに、折れた骨の上からさらに殴る音が生々しく響き、そして誰かがブロックを投げつけたのか、「ボコッ」とコンクリートが崩れる鈍い音が響く。

 俺は、ハルの手をつかみ、見つからないように机の下に引っ張り込んだ。

 ハルも危険を感じたのか、その場でうずくまり、ただただ涙を流しているだけだった。

 ロッカを殴り蹴るその音は、アキが

「もういい」

 と言うまで続けられた。

 

 顔をあげると、血だらけのロッカが横たわっていた。

 園子たちがロッカを持ちあげ、アイリの横に並べて寝かせる。

 指先がまだ動いているのでかろうじて息はしているのだろう。

 しかし、もうロッカの顔は原型をとどめていなかった。

 アキが、血だまりの横に立つ。

 そしてじっくりと講義室内を見渡し、言い放つ。

「この中に、裏切り者がいる」

 今日何度目のどよめきだろう。

 ため息や悲鳴が入り混じり、皆混乱しているようだった。

「橋野井は、この中に我々の犬がいる、と言っていた。推測するに、そいつが研究室内の国家機密を持ち出したあと、警察側は一斉に私達を攻撃するのだと思う。そんなことにならないよう、まずは裏切り者をあぶりださなけらばならない」

 アキはそう言いながら、俺たちの方に歩いてくる。

 そして俺の横でピタッと止まり、言った。

「裏切り者は、トーコだ」

 え?俺?

 皆も、「信じられない」という顔をしている。

 カレンも、ハルもだ。

 ハルがアキの体にも怒りにも触れないよう言葉を選び、でも噛みつくように言う。

「トーコは裏切り者ではないと思います。何でそう思うんですか。聞かせてください」

 ハルの言葉に、アキは大きくも冷たい目を俺に向けた。

「こいつは、銃を隠し持っていた」

 そして、昨日の夜アキに取り上げられた銃を、アキが俺の前に掲げる。

「そうだろ、トーコ」

 徐々に強くなる皆の疑いの目に、俺はうなづくことも、否定することもできなかった。


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