女体化して女子大に飛ばされたら初恋の人に会えたけど、面倒な運動にも巻き込まれた。 作:斎藤 新未
どれだけ眠っていただろうか。
しっかり暗くなってしまった室内で、ヘリコプターの音と、カレンの声で目が覚めた。
一瞬、カレンなのか花梨なのか、そして自分が透なのかトーコなのか混乱してしまったが、目の前にいるのはカレンで、そして俺はトーコだった。
「もう、なんでこんなところにいるのよ。早く行かないと」
寝ぼけ眼をこすりながら、講義室内の時計を見ると、もう夜の7時をまわっていた。
起き上がると、武器製造室はすっかり整えられていて、またしても女子の世界にいる素晴らしさを目の当たりにする。
男だけでバリケード封鎖をしたら、きっとこんなキレイにはいかないだろう。
カレンに連れられ、講義室Aに急いだ。
廊下に出た途端、2人の機動隊と、女子たちに囲まれたスーツの男が講義室Aに入っていくのが目に入る。
カレンが慌ててタオルで口にマスクをするのにならい、俺も慌ててタオルで顔を隠す。
「あれ、誰?」
校内には女子しかいないと思っていたため、俺はその男に釘づけになってしまった。
背が高く痩せ形、ちょび髭をたくわえ、めいっぱい胸を張って歩いている。
「警視庁長官だって」
さきほどのヘリコプターの音は、彼らが屋上に降り立った音なのだろう。
俺たちは、その警視庁長官のあとから室内に駆けこんだ。
教壇には、アキ、園子、椿、そしてロッカとアイリが立っている。
ダリア連合軍の皆も、タオルで顔を隠し、教壇を囲むようにして集まっている。
機動隊員たちを睨みつけ、今でもとびかかる勢いである。
俺は、なんてときに寝てしまっていたのだ。
あまりの間の悪さに、アキが警視庁長官と挨拶を交わしているのを横目に、隠れるように一番後ろにまわった。
「こちら、警視庁長官の橋野井さんだ」
アキの声に、何人かが中途半端におじぎをする。
「えー、みなさん、こんばんは」
橋野井は、笑みすら浮かべながら、俺たちをなめるように見まわした。
「女がこれだけ集まっているのは、素晴らしいですね、なかなか体験できません。ん~、いいニオイ」
そいつはジョークなのか本気なのか、一人一人の顔を品定めするように見ていく。
あまりにも屈辱的な対応に、一番前にいたハルが、怒りを抑え切れず橋野井に殴りかかろうとする。
しかし機動隊員に銃を向けられ、周りの女の子たちが慌ててそれを抑えた。
「中には、野蛮な子もいるんですねぇ」
と橋野井は嬉しそうに笑う。
「橋野井さん。要件ですが」
アキが冷静に口を開き、橋野井は
「おっと失礼」
とわざとらしくおでこをペチっと叩く。
昭和すぎるリアクションに、笑いをこらえなければならなかった。
カレンに「あの人コントみたいだね」と話しかけようとしたが、カレンは怒りに満ちた顔で橋野井を見つめている。
どうやら、この室内で笑いをこらえている不謹慎なヤツは俺だけだった。
「えー結論から言いますね」
橋野井の言葉に、一同はゴクリと息をのむ。
いよいよ、このバリケード封鎖の目的が果たされようとしているのだ。
バリケード封鎖が解かれたら、俺も早く家に帰りたい。
両親が透と同じなのか、そして健在なのか、猫を飼っているのか、美少女戦士カラキダヨーコの漫画があるのかは知らないが、とにかくすぐにでもここから出たいと思った。
まだまだ、確かめたいことが山ほどある。
しかし、橋野井が発したのは、予想外の一言だった。
「我々は、あなたたちの要求は一切聞き入れません。明日の朝までにここから出て行かないと、本格的に攻撃を開始します」
室内が、どよめきに揺れた。
そのどよめきに合わせるように、機動隊の銃が俺たちに向けられる。
俺も、カレンも、言葉を失っていた。
朝早く起きてあんなにも準備をしたのに。
機動隊と戦って、危険な思いもしたのに。
アイリだって、わざわざこの日のために辛い生活を送ってきたというのに。
アイリが、ロッカに後ろ手につかまれながら、一歩橋野井に近づく。
「私は、私はどうなるんでしょうか」
屋上で話していたときの、あの震える声である。
そうだ、人質がいるのに要求に応じないとは、どういうことだ。
見殺しにするというのか。
「解放されたら、そのままお帰りください」
橋野井の言葉はあまりにも人ごとで、あまりにも事務的なものだった。
「あの、お父さんにも伝わっていますでしょうか」
アイリは諦めず、橋野井に食い下がる。
しかし橋野井はあっけらかんと言った。
「伝わっていますよ。あなたのお父様は、見殺しにして構わない、と言っております」
「見殺し…?殺されてもいいって、そうお父さんが言ってるんですか?」
「ええ、その通りです」
ウソだろ。
あまりにも信じられない言葉に、愕然としてしまった。
「うそでしょ…」
隣りのカレンも、俺と全く同じ反応だ。
カレンだけじゃない。室内中が、戸惑いの声に包まれていた。
冷静に口を開いたのは、アキだった。
「この大学にある国家機密。あれがどうなってもいいのか」
すると、橋野井がダリア連合軍一同を見渡しながら言う。
「ええ。この中に、我々の犬がいますからね」
そして、楽しそうに笑い、踵を返した。
今、確かにハッキリと「犬」と言った。
「犬」とは、一体どういうことなのだろうか。
帰ろうとしている橋野井に食い下がったのは、アイリだ。
後ろ手に縛られながらも、体当たりで橋野井の進行方向をふさぐ。
「助けてください。お願いします。お父さんにもう一度連絡してください」
アイリらしい、迫真の演技だと思った。
女好きらしい橋野井のことだ。
あの涙に、もしかしたらコロっとやられるかもしれない。
しかし橋野井は首を振る。
「いいえ、お父様に絶対に見殺しにしてくれとお願いされています。恥さらしの娘二人などいらないと。息子だけで十分だと言っておられました」
「ウソです。もう一度、話をしてください。いいえ、私に話をさせてください」
アイリは、ひざまずいて橋野井に懇願する。
橋野井はしばらく、泣き叫ぶアイリを口元に笑みをたくわえながら見つめていた。
そしてスーツの内ポケットに手を入れる。
涙をふくハンカチでもさし出すのかと思いきや、橋野井が取り出したのは拳銃だった。
「黙りなさい」
パン。
乾いた音が響いて、アイリが不自然につんのめり、背中から倒れた。
学校中に響き渡るほどの、悲鳴があがる。
「アイリ!」
ロッカがアイリに駆けよる。
前の方から、大勢の女子たちがパニックに陥り後ろに向かって走ってくる。
その背中に向かって橋野井が大声を張り上げた。
「こうなりたくなければ、夜明けまでにここを出ることだ。そうでなければ、あなたたちはもうここから出られないでしょう」
橋野井は、まるで楽しんでいるようにスキップでアイリをまたぐと、足取り軽やかに講義室をあとにした。
機動隊が2、3発天井に威嚇発砲をし、そして背後を確認しながら、橋野井に続く。
講義室内は騒然とし、皆部屋の後ろの方にかたまっていた。
俺はというと、ただ茫然とロッカとアイリを見つめていた。
アイリは、真っ白な顔をして額から血を流している。
ロッカは顔のタオルをはぎ取り、そのタオルでアイリの血を拭く。
しかし血はどんどん溢れていき、タオルはすぐに真っ赤に染まってしまう。
なすすべなく、ロッカはアイリをただただ強く抱きしめる。
「アイリ、アイリ」と何度も叫ぶが、アイリはもう動くことはなかった。
カレンが、俺の腕をギュッとつかみ、俺は自然とその手を握り返していた。