というわけで、佐倉蜜柑、危険能力系になりました。
「棗、それと蜜柑。来い」
ペルソナが教室まで迎えに来た。棗が呼ばれるのはいつものことだったんだろう。しかし今日はそれに蜜柑も含まれている。教室がどよどよとしている。あいつも? あいつのアリスって無効化だろ? アリスもシングルなのに・・・・・・。佐倉蜜柑、一見すると無害。実は危険(かもしれない)。
「佐倉・・・・・・」
とりわけ流架の案ずるような視線が目に付いた。棗のことはもちろん、蜜柑も気にかけてくれているのだろう。本当に心優しい子だ。棗がうらやましい。ええ親友やないか。
「大丈夫やよー! ほなみんなまた会おーな!」
実際みんなほど動揺していないし心配もこれっぽちもしていない。ペルソナは学園で最も付き合いが長い一人だし、初校長も同様だ。任務も与えられないだろう――というより、あの仕事が蜜柑にとっての任務だろうし。生活は今までと変わらないのだった。
それよか、棗さんの視線がめっさ痛いんですか。ウチなんかしました?
「あんたとはずいぶんと腐れ縁になりそうやな・・・・・・」
「お前分かってんのか? 危力のこと」
「まあ大丈夫やろ。ペルソナやし、初校長も近いし」
「お前・・・・・・」
蜜柑は首をかしげた。こいつなんも聞いとらんのか? 危力なら知っていると思ったのに。ペルソナを見やる。彼は正確に疑問を察してくれた。
「棗は今年入ったばかりだからな。無理もない」
「へぇ」
そうと言われれば、棗とは初校長室で顔を合わせたことはなかった。
「まあ着けば分かるやん」
危力教室にたどり着く。二人以外はみんな集まっていたようだ。10人そこらの人数。教室が閑散として見える。そのほとんどの顔と名前を、蜜柑は知っていた。
「おかま、かまいたち、包帯、氷姫・・・・・・」
「あっれぇー? ペルソナ、その子は?」
おかま――ルイが真っ先に蜜柑に気づく。驚いた表情は仰々しくて、わざとっぽい。彼の目は面白げであったし。
「初校長のチビ! お前なんでいんの?」とかまいたち。名前は確か颯。
「B組の佐倉蜜柑だ。先日入学してきて、危力に入ることになった。まあ、知っている奴もいるだろうが」
「みんなよろしゅうー。えーとアリスは・・・・・・」ペルソナを見る。頷かれた。「無効化と、あと盗みと入れるアリスです。後ろ二つは秘密にしてるのでどうかご内密にー」
それから授業。まあ授業といっても、任務関係が主だった。チーム編成やら、集合時間、訓練など。この時間で氷姫、茨木のばらと仲良くなった。綺麗な美少女で、よろしゅうに、というと控えめな微笑を返してくれた。少ない女の子同士、仲良くなれそうだった。
今日の任務は一人だった。ある組織の拠点の壊滅。建物内部にあった爆弾を外から燃やして爆発させてやった。燃えさかる炎。「戻るぞ」ペルソナに促され車に乗り込んだ頃、サイレンの音が響き始めた・・・・・・。
「ごくろう、棗」
そして今は初校長室。顔は滅多に見たことはない。なぜだかカーテン越しで話すのだから。部屋も暗く、逆光の効果か初校長の姿は不気味に見える。演出を兼ねているのだとしたらとんだ茶番だ。そんな恐ろしく見せようとしてもしなくても、逆らえりゃしないのだから。
「ここ数日任務続きだったから疲れただろう。しばらくはしっかり休んでおきなさい。任務になったらまたペルソナが伝える」
「はい」
「退室しなさい」
初校長と棗は滅多に話さない。必要最低限の意思疎通しかしない。発言をしていたら抑えが効かなそうになるから。反抗的な態度でもするとどうなるか。自分の身体ひとつならまだいい。それがいつ人質に飛び火するか・・・・・・まだいまは、堪えるしかない。いつか、いつか絶対に。
「――っ・・・・・・」
北の森を通って寮に戻っていたが、歩くたびに目がかすむ。身体が疲労の極限に達しているのだ。今日は怪我をしなかったが、先日の傷はまだふさがっていない。肩の傷はまだ膿んでいるし、打撲は熱を孕んでじんじんとしている。
さらに、なぜだか、胸のあたりがむかむかしている――
「棗やんか」
「――!?」
「ああ、ここやここ。上」
蜜柑だった。制服ではない、ワンピースの形をとった寝間着姿をしている。肩に着くかくらいの長さの髪もおろしており、いつもと印象が違った。気づかなかった。気配を悟れないほど、疲労していたのか。
硬直する彼を意に介さず飛び降り、よってくる。満身創痍の姿をみて眉をひそめた。
「任務かいな。初校長も人遣いが荒いわなあ」
「お前、なんでここに」
「散歩。ちっと待ってぇな」
蜜柑は自分の胸に手をあてアリスを使う。程なくして、掌には青いアリス石をのせていた。それを、棗の胸に押しつける。「なんもせえへん、入れるだけや」すぅ、と何かが入ってくる感覚。それはすぐに消えた、と同時に、身体がふっと軽くなった。
「あんた・・・・・・」蜜柑が眉をひそめていた。しかしすぐに表情をひっこめる。
「治癒のアリスや。楽になったやろ? アリス石は直接身体に取り込んだ方が効果もよくでるんよ。傷もだんだん治ってくるやろ」
「・・・・・・・盗みと入れる、か」
「うん。まああんたにも秘密のつもりやったんやけど。あんときも誤魔化したしなぁ」頭をぽりぽりと搔き眉尻を下げる。「まさか、危力とは思わなくて」
「お前も任務、するのか」
「う――――――ん? まあ、あんたとは違うやつやろうなぁ。ここ来てから外出たことないし」
――あの子は特別なのよ、棗君。
棗は昼の会話を思い出していた。颯とルイの、騒がしいコンビが勝手に棗に話して聞かせた。
――珍しいアリス。初校長のお気に入り。彼の姫君。あの子がいつから学園にいるのかは知らない。アタシが初等部の時にはもういたの。任務の報告の時、初校長室にたまに居合わせることがあるわ。彼女の任務のときに。
入学前からこの学園にどこかにいたのだ。初校長に執心され、ペルソナと対等に会話し、任務のことをよく知っている。きっと学園の闇の多くを知っている。信用してはならない、こんな初校長の近くにいるやつを。そうは思うのに、突き放す気にならないのはなぜだろう。
「・・・・・・・あんた、気をつけたほうがいいで」
蜜柑のやけに真面目な声に我に返った。
「何を」
「あんまり無理せんといて。大丈夫。あんたはまだ間に合うから」
ほなな! と笑って蜜柑は姿を消した。呼び止める間もなかった。逃げ足だけはやけに速い。そして誤魔化すのがうまい。あいつの笑顔は逃げる道具か。
きっと嘘で塗り固めているだろう笑顔。それなのに、初校長のような不気味さは感じなかった。
8歳編終了。次から10歳に飛びます。