学園アリス If   作:榧師

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転入初日②

 初めての授業は数学だった。とてもいかめしい顔つきの、いかにも頭が硬そうな教師だ。チャイムが鳴った途端、いっせいにみんなが席に着き、教室が静まりかえった。神野先生とやらはえらく恐れられているらしい。

 

「・・・・・・新入生、転入早々にして良い度胸だな」

 

 鬼教師は小さな事で起こることが生き甲斐らしい。ちょっとあくびしたくらいがなんだというのか。だって、今やっているところは教わらずとも分かるのに。あの部屋でやれることいえば勉強やら読書やらしかないのだ。おかげでもう中学生くらいまでの勉強が頭に入ってしまっている。

 

「すみません」

「新入生、黒板の問題を解いてみなさい」

 

 みんなの視線が蜜柑へと向いている。蜜柑は動じることもなく席を立ち、黒板の前に立つ。方程式の問題だ。さらっと読んで内容を把握、頭の中でぱっぱと解答への道筋を浮かべる。カツカツと、チョークの音が響いた。

 

「ほな、できました」

 

 どよっとしたこの空気はいったい何だ。嘘だろ、マジでとか、あんたらウチをどう思ってはるんですか。馬鹿だと思っていたんですか。そりゃまあ、顔つきはクールビューティーなんて口が裂けても言えないけれども。さすがに失礼ちゃいます?

 むすっとしながら席に戻る。途中、スカートのポケットに手を突っ込み、それを握る。己の中に入っている瞬間移動のアリスを、こっそり働かせた。

 蜜柑の答えはもちろん合っていた。次の犠牲者を神野が探すのを上の空に、ちらと彼の後ろ姿を見る。彼の手には確かに、メモがあった。

 

 

 

『放課後、北の森。二人で』

 

 

 

「――どういうつもりだ? わざわざ呼び出して」

「つれないやっちゃなぁ。ええやろ、友達やんけ」

「なった覚えはない」

「裏庭で話した仲やろ? もう教室じゃないんやし。あんたらが関わるなオーラだしとったから、わざわざここで話そ思たねん」

 

 北の森の出入り口、木の枝の上に座って少女は待っていた。前と立場が逆になったかのようだ、とうっかり思ってしまう。二ヶ月前は彼が木の上にいた。

 

「話?」

「あんたら気になっとるやろ。いろいろ」

 

 ある。おおいにある。まあだからメモに従って来たわけだ。流架を一瞥すれば、彼の碧眼も困惑を露わにしている。流架がおずおずと口を開いた。

 

「佐倉は・・・・・・学園の生徒だったの?」

「今日正式になりましたー佐倉蜜柑です」

「誤魔化すなよ、ふざけんなら帰るぞ」

「ちょっとした冗談やて」

 

 アリス学園は非アリスを決して内部に招き入れない。ここにいる以上、蜜柑もアリスなのだ。そう、病院にいた二ヶ月前にはすでに。なのに彼女は今日、入学した。それまで何をしていたのか。どこにいたのか。

 

「他のみんなは今日初めて会うたからな。けどあんたらはもう会ってもうたからな、訳を話そうと思たんよ」

「なぜ学園に」

「ウチなー、かなり前からアリスって分かってたんよ。もう三年前からかな」

「三年前・・・・・・5才で?」流架が目を見開く。

「ただなぁ、ちーっと病気しとって、ずっと入退院繰り返しとったんや。いまじゃもう落ち着いておるし、一人じゃつまらんおもてたしで、お願いしたんや。いれさせてくれーってな。てなわけで、遅ればせながら晴れてあこがれの学園生活に。わーぱちぱち」

 

 病院。嫌な言葉だ。妹のあの事件を、そして任務を連想してしまう。自分のアリスの形をも。アリス学園の病院は、危力生徒を長く働かせるための装置に過ぎないのだ。薬を飲ませ、怪我を治し、動けるまで絞り尽くす。その後は知らない。ポイだ。

――いずれ、自分もそうなるかも知れない。

 この脳天気な少女は分かっているのか。いや、そもそも本当に脳天気なのか、ただの振りなのか。

 今の話もどこまで真実か。一見本当に見える、流架も納得している。しかしどうも、彼女の笑顔は底が見えない。誤魔化すのが得意な少女だった。嘘と本当を限りなく同じに見せてしまう。嘘を本当に。本当を嘘に。

 

「・・・・・・アリスは。お前瞬間移動使っていただろう」

「いわなだめ?」

「無効化だと、言ってただろ。おかしい」

 

 まあ普通はそう思うやろうなぁ、と蜜柑は苦笑する。いやだってまさか、初対面の時には入学する気なかったし。アリス見せて話しちゃった後にその気になったんやし。

 流架はこのままだと誤魔化せるだろう。押しに弱そうなタイプだ、にっこり笑い続けていればそれ以上深入りしてこない。だが棗は無理そうだった。冗談なんて通じなさそうなきつい赤目。もっとやわらかーくなればええのに。

 仕方ない。ちょっとだけなら。

 

「瞬間移動はアリス石身体に入れとるだけや。ウチいろんなアリス石と体質が良くてなぁ。これも一種の才能やのかもしれんな」

 

 棗は明らかに納得していなさそうだ。はぐらかしたのだからしょうがない。盗み入れるのアリスを他人にあっさりバラす気はない。巻き込んではならないのだから。深入りなんてさせない。

 

「ま、今の話は内緒にしといてな。みんなには教室で話したことで通すつもりやから」

 

 ちょうどチャイムが鳴った。

 

「ほな早くいこか」

 

 ひょいと木から飛び降り教室へと走っていった。

 


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