初校長室の扉は開いていた。志貴は銃を構えながら足音を忍ばせ、扉の影に身を預ける。じりじりと油断なく、時間をかけて部屋の中へと入った。
闇と同化したような部屋がどのようになっているのか分からなかった。しかし数秒後、部屋の片隅で影がもぞりと動いた。気配を感じた蜜柑がゆっくりと入り口へ近づいていく。照らしだされた姿に、志貴は息を飲んだ。
返り血を浴びた蜜柑は、蒼白な顔で笑い、告げた。終わったよ、と。
初校長の死去は、アリス学園にある種の変革をもたらした。彼は学園の暗部と深く関わりがあった。彼の死によって、暗部は明るみとなり、裏で行われていた所業はことごとく一掃された。
世間の目やら警察の追求やら――数ヶ月の間、騒ぎは治まることを知らなかった。そんな中学園の方針を定めることを主導したのは高校長、中校長である。彼らは早急に新たな初校長を決め、また制度の見直しを行った。これからどんどん、学園は変わっていくだろう。それはきっと良い方向に違いない、と蜜柑は願った。
「新しい初校長誰か聞いた? 神野先生よ」
「じんじん? めっさ厳しそうないややなぁ」
「初校長になってから胃痛持ちになったそうよ。あああと眉間に皺ばっかり寄せてるわね」
「眉間に皺なんていつものことやん」
蛍の手が器用に林檎の皮を剥いている。つい先程柚香が見舞いに来た時のものだ。幸い彼女の傷は致命傷になることはなく、今現在はZなどの組織の摘発に協力しているという。
「あんたも無茶ばっかりして。肝が冷えたわよ、数ヶ月間なかなか居場所がつかめないし」
蜜柑は苦笑いするしかなかった。数日前、棗と流架を引き連れ病室を突き止めて乗り込んできた彼女を思い出す。彼らに心配をかけた、とは分かるから反論できなかった。
何があったのか、と誰も聞かない。どうしてずっと病院にいるのかも。薄々感づいているかもしれないのに、そっとしておいてくれている彼らに、蜜柑は心底感謝した。初校長室の出来事は到底誰かに話すという気になれなかった。
「――佐倉、これからどうするの」
思い切ったように問うてきた流架の碧眼は、不安で微かに曇っていた。Z事件以降B組から消えたように、また消えてしまうのではないか、と。
「……どうなるんやろうなぁ」
答えをまだ、蜜柑は持たなかった。ただはっきりと分かるのは、自分はずっと学園の中で生きていくのだろう、ということだ。初校長を殺した自分が今ここにいるのは、高校長が守ってくれているからだ。寿命が残り少ない姪を、気遣った故だろう。
「無理して考えなくてもいいだろ」
答えられない蜜柑の代わりのように口を出したのは、棗だった。妹を無事父の元へ返すことができて、彼の雰囲気は以前より柔らかくなったように思える。そっけない口調にかすかな心配を伺えて、蜜柑は照れくさげに笑った。
「――海に行きたいな。外に出ることもできるようになったし。夏休みとかにみんなで行くんよ」
今までは夢物語に過ぎなかったこと。しかしこれからは、少しずつ変わっていくのだ。
それは、とてもとても素晴らしいことに思えた。
終わりです。
正直消化不良に終わってしまったところなどが数々ありますが、一応完結といえるところまで書けてほっとしています。原作では死んでしまった人の生死にも悩みましたが、結果はこのようになりました。
学アリ二次を書いたのはほんの些細な思いつきからでした。投稿しようと考えたのも、思いつきからです。それがいろんな人に読んでもらえたのは、とても新鮮な体験でした。
ここまで読んでいただきありがとうございました。