学園アリス If   作:榧師

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救出②

 本部の廊下、窓からの光さえ望めぬ闇の澱に、蜜柑は身を潜めていた。息が切れている。息を整えようと、深呼吸を繰り返しているが、治まる気配はなく、わずかに声が外へと漏れる。

 あかん。声にならぬ声でつぶやく。アリスの使いすぎだろうか。幽閉されていた時点で、体内の瞬間移動のアリスの数は少なかった。あと仕えるのは、1,2回か。

 遠くで足音が聞こえたので、背中をもたれかかっていた壁から離す。まだだ。ここで立ち止まっていてはいけない。そっと手を懐へと忍び込ませ、冷たく硬い感触を確かめた時、突然肩に重みが加わった。

 

「――蜜柑」

 

 ささやかれた声に敵意は感じられない。さらに聞き覚えがあった。顔を強張らせながら振り向くと、同じく硬い表情の柚香がいた。やや離れて、志貴が影のようにひっそりと佇む。

 

「どうして、ここに」

「あなたを助けに来た。高校長から聞いたのよ。蜜柑、学園から逃げましょう。今ならできる」

 

 蜜柑の手を取り、柚香が歩き出そうとする。呆然としていた蜜柑がはっとなり、その手を振り払った。

 

「いやや、それはできへん」

「蜜柑……どうして」

「ウチが逃げてどうなる? 何も変わらへん。それに、あの人と決着をつけなあかん。もう、時間がない」

 

 柚香の顔が、苦しげに歪んだ。蜜柑、と語りかける口調には懇願が交じる。

 

「あなたまで初校長に囚われる必要はない。――そう、もっと早くに、あなたの存在を知っていたら、学園から出すよう動いていれば、こんなことにはならなかった」

 

 自分の娘は非アリスとして生きている――十数年前、老人に預けた日から、柚香はそう信じていた。棗に知らされるまで、平和に、幸せに育っていると安心していたのだ。一度も確かめようとせずに。近寄ったら危険だと恐れて。なぜ、狙われているのは自分一人だけと思っていたのだろう。初校長の執念深さを、誰よりも知っていたはずなのに。

 母親の表情に対し、娘のそれは全く変化しなかった。冷たく突き放すように、淡々と言葉を紡いだ。

 

「お母さんがずっと頑張っていたって、知っとるよ。それは、ウチ一人の幸せじゃなくて、アリスの子みんなの幸せにつながることだってっていうことも。――だからこそ、ここでそれを曲げるのはあかんやろ。そんな中途半端なこと、ウチはしてほしくあらへん」

 

 柚香が口を開いた。発されたであろう声は、それに被さるように響いた銃声によって誰の耳にも入らぬまま消えた。ふたりともハッとして身構える。志貴が銃を音の方向へ構えた。

 

「逃げて!」

 

 咄嗟に柚香は叫び蜜柑の背を押した。蜜柑の姿が消える。逃げてほしいと、心の底から願った。だがそれを、彼女は叶えてくれないだろうと不思議と悟っていた。

 再度の銃声。それは正確に、柚香の背へと命中した。弾が肉へとめり込む。激痛とともに肉が裂ける。そこから飛び出した血が一瞬宙で花を咲かせ、無残に散った。

 声がした。志貴の焦った声と、懐かしい女の声が。

 柚香、と彼女は呼んだ。はなはだ非友好的に。




更新遅れてごめんなさい。
あと2,3話で終わると思います。
夏休み中には終わらせたいです。頑張ります。

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