ワープした先は森の中だった。ここからさらに学園の穴へと行かねばならない。幸い、流架のアリスによって、学園へつながる穴を難なく見つけ出すことができた。
高等部の穴の前には殿内がいた。ずっと待っていたらしい彼は、突然現れた未完達に酷く驚愕した。座っていた椅子からけたたましい音を立て、床に尻餅をつくくらいに。
「なんだよその、幽霊を視るような目は」
「・・・・・・心配かけさせやがって!」
どれだけ心配したと思っていやがる!
半ばやけくそのような言葉に、蜜柑は縮みこまるしかない。きっとろくに寝ていないのだろう、と殿内の目の隈をみて思う。
「殿先輩。時間は?」
「平気平気。そらみろ、夜明けってとこかね」
窓の向こうの空が白みはじめている。2日以内に戻ってくることができたと知り、ほっと息を吐いた。しかし休んでいる時間はない。蜜柑達は病院へと向かった。ずっと蛍の病室にいる昴も、やはり寝てはいないのだろう。
「確かに受け取った」
そう言われ蜜柑は力が抜けたように笑った。病室の椅子にもたれかかり、まぶたを閉じたかと思えば、すぐに穏やかな寝息が聞こえ始めた。
「あんなことしてきた後だからなぁ、疲れてたんだろ。そらそら、お前らもさっさと戻れ」
皆が退室して、残ったのは昴と蜜柑のみとなった。
昴は蜜柑を見下ろし、溜息を吐いた。時に大胆な行動をする少女が、今は年相応に見えた。とうてい、学園にとらわれていると思えぬほどに。
蜜柑がふと目を覚ましたのは、扉の音、それと、昴が息をのむ音がしたからに他ならない。眠っていたのは数十分程度だった。
後ろで人の気配がする。棗達が引き返してきたわけではない、医者でもない。蜜柑がよく知る、人生の中で最も長く付き合ってきたであろう男。
「初校長・・・・・・」
振り返ると、いびつな笑みを浮かべる顔がそこにある。彼の背後には黒服の護衛たちが数人立っている。
「思った以上に早い帰りだったな。お前の友人達が手伝ってくれたからか」
「もともとは一人で行くつもりやった」
蜜柑の声は強張っている。こうなることは予想していた。覚悟の上だった。だけど、初校長がどう出るかが分からなかった。棗達が同行してきた時点で、計画は狂っていたから。
「蛍を危ない目に遭わせてもうたのは、ウチの責任や」
「実に友人思いで結構なことだ」
淡々と言葉を発しながら、初校長が一歩一歩近づいてくる。誰も動くことができない。空気に飲まれてしまっている。あっという間に蜜柑に触れられる距離まで近づき、少女の頬をなでた。ぞっとするほど冷たい手だった。
「決して私の元を離れてはならない――私はそう言ったね? 蜜柑」
「覚えとるよ」
「私はお前を離すつもりはない。お前はずっと、あの地下の部屋にいればいいんだ。そこでずっと、私の庇護下にいればいい。――分かっているね、蜜柑?」
初校長が背後へ目配せをすると、黒服達がいっせいに動いた。あっという間に周囲を囲まれ、2人の男に片腕をそれぞれ掴まれる。まるで犯人が連行されるような感じだ。部屋に連れて行きなさい、という初校長の指示で動き出す。
「佐倉――」
昴の声がして、振り向く。
「蛍のこと、よろしくな。先輩」
そう笑ったのに、昴は呆然としてしまっている。もう言葉を交わす時間はない。初校長達は待ってくれなかった。
この病院を抜け、本部へと連れて行かれる。また二年前の暮らしへ戻る。外に出れず、行き来できるのは自分の部屋だけ、会える人はほんの僅か、一日のほとんどを任務へと費やす日々へ。過去経験した暮らしは、灰色だった。2年間の日だまりのような日々と比べれば、それは闇に等しかった。
蜜柑は俯く。分かっておるよ、とは誰に向けたつぶやきであったか。
日だまりは、仮初めでしかなかったのだ。それでも、愛しいものだった。
とりあえずz編はこれで終わりです。ここからオリジナル要素が多くなってきましたね。
この次から最終章へ入ります。原作展開全く無視のオリジナル展開になります。
飽き性の自分がここまで書けたことにびっくりですが、ここまで来たからにはしっかり完結させます(無謀宣言)。頑張ります。
ともあれ、ここまで読んでくださった皆さんにこれからもお付き合いいただけると嬉しいです。