学園アリス If   作:榧師

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メドゥーサ②

 御原がサングラスを外した。

 まず標的となったのは翼だった。幹部の露わになった目が翼の目とかち合う。一瞬、御原の目が光ったように感じ翼は身震いした。

何が起こったのか、彼には分からなかった。

 

「翼先輩!」

 

 蜜柑の声、棗と流架の驚いた視線。それらによって初めて、自分の状況を知る。己の右足が異様に重い。制服のズボンごと、灰色の石へと変じてしまっている。

 

「なんだ、これ・・・・・・」

 

 呆然とつぶやいた翼の脳裏に、森にあったアリスがよぎった。ごろごろと転がっていた石像。メドゥーサ、石化のアリス。

 アリスの攻撃はやまない。再度翼に襲いかかろうとしたそれを、流架が庇おうと走り寄った。翼の身体を突き飛ばす代わりに、彼の肩がアリスの標的となった。

 

「これは失礼」御原が意地悪く笑う。「肩とはきわどいところにやってしまった。このままでは心臓へ血液がうまく回らなくなってしまう」

 

 尻餅をついたまま動かない流架を見て、最も動揺したのは棗だった。彼の怒りに呼応するように、炎の壁が強くなる。だが不意に、棗は胸を押さえて苦しげに咳き込んだ。強くなっていた炎が、弱まり――ついには消えた。

 

「どうやらずいぶんと身体に負担をかけているようだ。このまま足掻こうが、何もかわらない。消耗した姿でZへ連れていかれるだけのこと――いや、待て・・・・・・」

 

 何かを思いついたようだった。柚香、と御原が呼ぶ。

 

「こやつらに付き合う必要などどこにもない。すぐにでもアリスを奪ってしまえばよい。ここにいる全員のものをね」

「・・・・・・4人分のアリスを一度に奪えるほど、私の力は強くはありません」

「いざというときに役立たずですね。ならば黒猫のだけでも盗んできなさい」

 

 柚香が棗のもとへ歩み寄る。攻撃されることなどまるで考えていないかのように、ためらいもなく。棗、と翼が叫ぶが、本人は動かない。動く体力がないのか。それとも。

 

「――お前のようなアリスは、ない方が身のためだ」

 

 するり、と柚香の腕が棗の方へ伸びていく。抵抗もせず、己の首に絡みつくのを、棗の赤い眼はただただ凝視する。視線は磁石のように引きつけられ、離れない。アリスを盗られる、そんなことが本当にあるのか、もしそうなれば自分はどうなるのか――

 ぐるぐると回る現実味のない思考を、高い声が打ち砕いた。

 

「棗!」

 

 蜜柑の声だった。志貴に拘束されていたはずの彼女は自由になっていた。なぜか。

 

「志貴、貴様、手を抜いたか!」

 

 御原が怒りの声を上げたが、志貴は手抜きなどしていなかった。彼の結界のアリスを、蜜柑の無効化が打ち砕いたまでのこと。殿のアリス石を握りしめながら、蜜柑は未だに無効化を働かせている。

 

「棗に手を出すな!」

 

 そう柚香に向けて叫ぶ。強い言葉の裏に懇願が見え隠れしていると、分かるものには分かっただろう。

 微動たにしない柚香の頬が不意に赤く照らされ、爆発音と振動が身体へ打ち付ける。隙を突いて棗が炎を放ったのだ。御原の方へ向けて。

 咄嗟に志貴の結界が御原を守ったが、炎はそのさらに奥の壁をも飲み込んだ。奥で爆発音が立て続けに起こる。黒服達は顔を青くした。そこには組織のコンピューターやこのアジトの制御装置がある。御原も緊迫した表情で部下を動かしたが、返ってきたのは悲鳴混じりの返答だった。

 

「駄目です幹部! このままでは自爆装置が・・・・・・!」

 

 じりじりと追い詰められ、御原の目は血走っていた。こうなったのも、学園のやつらが来たからだ。こいつらが来なければ――

 不意に、御原は痛みを感じた。何かが突き抜けたような感覚、その直後の激痛に、思わず叫んだ。何が起こったのか。ぼたぼたと、雫が落ちる音に視線を下げれば、鮮血が床へと待っているのを見た。己の、腹から。腹に突き刺さったナイフ。

 刺した人物はいつの間にか目の前に来ていた。

 

「柚香、貴様、なんのつもりだ!」

 

 すみません、と義務的に柚香の口が動いたように、蜜柑には見えた。

 

「すぐに手当をすれば助かるでしょう」

「貴様・・・・・・」

 

 御原の顔は憎悪で醜悪に曲がっていたが、状況の悪化を彼も悟っていた。今にも気絶してしまいそうなほどなのだ。苦虫をかみつぶした表情で部下へ瞬間移動を命じる。柚香や棗を睨み付けながら、彼らは消えた。

 部屋を見回し、自分たち以外誰もいないのを確認してから、柚香は蜜柑達を振り向いた。その手にはぽたぽたと血液を垂らすナイフがある。それを彼女は、流架へと突きつけた。

 

「舐めなさい。そうすれば石化が解けるから」

 

 流架は意識も混濁している状態だった。無事な蜜柑がナイフを口元にあてれば、肩が喪との色と質感を取り戻した。続いて翼と棗も、嫌そうな顔をしながらも舐め、石化を戻した。

 

「全員無事ね。ならすぐに廊下に逃げなさい。もうすぐここは自爆装置が起動するから」

「あなたはどうするんよ」

「瞬間移動できる。廊下に行けばすぐに・・・・・・」

「お母さん」

 

 柚香の肩がぴくりと揺れた。翼達が驚きの視線を蜜柑へ向けた。蜜柑もまさか、この状況でこの言葉が出るなんて自分でも想像しなかった。けれども、一度口にした言葉はとまらなかった。

 

「・・・・・・どうして、助けてくれたん? Z、なのに」

 

 一瞬だけ、柚香の顔に感情が表れた。怒りでも諦念でもなく、いわゆる哀しみに近しいものだった。痛みを堪えるように唇を噛みしめて、またすぐに無表情へ――無理矢理に、感傷をひっこめた。

 

「――廊下に行けばどうすればいいか分かるはずだ」

「お母さん」

「早く」

 

 翼が強引に引っ張ったので、蜜柑も走り出すしかなかった。振り向きざまに母を見て、すとんと理解が落ちた。蜜柑の母は、母と呼ばれることを拒んだのだ。

 

「・・・・・・あなたも行きなさい、黒猫」

 

 仲間の後を追おうとしない棗を柚香が促したが、少年が動く気配はなかった。柚香を見上げてくる赤い瞳は、強い感情に充ち満ちていた。

 

「助けなくて良いのかよ」

「・・・・・・誰を」

「あいつは初校長のものになってる」

 

 それだけ言って棗は出て行った。後には柚香と志貴のみが残される。自爆装置はあと数分にも動き出すだろう。

 

「――初校長の、もの・・・・・・?」

 

 

 

 廊下に出て目についたのは、壁に取り付けられた絵のようなものだった。風景画でも人物画でもない。これは地形図じゃないかと、気づいたのは棗だった。それを受けて翼が叫んだ。

 

「お前ら、何かキーワードを言うんだ! なんでもいいから! おそらくこれでワープするんだ!」

「――“ZERO”や!」

 

 叫んだのは蜜柑だった。手には柚香からもらったカプセル。

 

「Zの正式名称や!」

 

 ぐぉん、と空間がゆがんだ。高等部の穴の時のように、蜜柑達は絵へと吸い込まれた。

 


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