学園アリス If   作:榧師

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潜入

睡眠を取る間に、夜が明けたらしい。蜜柑が起きると、昇り始めた日がじりじりと光を森へと差し込ませ、それを背にした翼が腰掛けていた。

 

「起きたか、蜜柑」

「翼先輩、ずっと起きてたん?」

「こんな中で全員眠るわけいかねぇだろ。熊とかきたらどうすんだ」

 

 翼が笑ってみせるが、蜜柑の顔は曇っている。言い分は理解できても、心の中が納得しないのだ。休憩をするための時間なのに、ろくに休まないなど。

 

「お前はチビのくせにあれこれ考えすぎなんだって」

 

 くしゃり、と翼が蜜柑の頭をなでた。

 

「俺だって少しは眠ったしな。棗がまあ、その間は起きててくれたし」

「棗も」

「俺とあいつは危力だぜ? お前とルカぴょんよりかは慣れてるんだって。むしろ、お前らの方が心配なんだけど」

 

 ぐしゃぐしゃとなでる力がどんどん強まって、髪がほぐれてくる。やめてや、と抗議しても翼は笑ったまま余計に強く髪をかき回す。ぐしゃぐしゃになった髪をむくれてなおしながらも、翼の気遣いに素直に感謝していた。

 少ししたら棗と流架が姿を見せた。そういえばいなかったと思えば、棗は泉へ、流架は動物たちに頼み果物やら木の実を持ってきてくれたらしい。蜜柑だけ、起きていなかったというわけだ。

 このような状況下で、流架のアリスは万能に等しかった。皆が野生の林檎や木の実を食べる中で、棗だけはその様子を見せない。ただ何か考え込むように微動だにしない。

 

「棗、どうしたの」

 

 流架が声を掛けると、ちらと視線を向ける。それが手にした林檎へと移った。

 

「流架。この森に林檎の木はあったか?」

「――え?」

 

 何を言っているのかすぐには理解できなかった。棗の言葉に、蜜柑と翼も視線を向ける。無言の問いかけに答えるように、棗は低く続けた。

 

「さっき周辺を歩いてきたが、林檎の木なんてどこにもなかった。なのに、動物は林檎を持ってきた。この森じゃないどこかから」

「それって」

「たぶん、穴だ。今まで通ってきた道にはあちこちにあった。それらが、俺たちが通ってきた穴と同じようなものだとしたら。Zもそれを利用しているとしたら」

 

 沈黙が場に満ちた。皆が皆、理解してしまった。

 

「・・・・・・こりゃあ、闇雲に歩いても見つからねぇわけだ」

 

 翼が苛立たしげに頭を掻いた。この森にアジトがない可能性が高いのだ。どこか、Zが使う穴を見つけなければならない。昨夜からの努力は一体なんだったのか。またふりだしかよ、と毒づくのを、また棗が首を振った。

 

「手がかりならある。――流架、動物たちに聞いてくれ。最近、人間が使った形跡のアル穴はないか」 

「わ、わかった」

「それに、火薬や」

 

 あっと思い出したように蜜柑もつぶやいた。

 

「Zの奴ら、蛍を銃で撃った。それを持って穴を通ったはずや」

 

 流架がアリスを使う。それを見守る中、蜜柑は自分の拳を堅く握りしめた。

 期限はあと2日。

 ――蛍。

 決心を固めるように、心の中で親友の名をつぶやく。

 

 

 

 流架の力によって、それらしき穴が見つかった。あの鍵穴に入ったときのように勢いよく飛び込む形でくぐり抜けた先は、

 

「火山口・・・・・・?」

 

 あちこちに湯気が立ち上っている。蜜柑は口元を抑えた。目が、視界が急にぼやけだしたのだ。物体の輪郭が不自然に溶け合っていたり、あるはずのないおかしなものが見えたりし――

 

「――あだっ!?」

 

 突如それが弾けた。棗が手加減も何もなく蜜柑に鉄拳を下したからだ。

 

「きっと幻覚香みたいなやつだ」

 

 吸うなよ、と皆に注意してから、じろりと蜜柑を睨む。夢から覚めたような、不にゃ桁顔をする彼女の頬をはたく。それでも未だ猫耳やら着ぐるみやら、ふざけたことをつぶやいているので容赦なく拳骨をやったら、ようやく意識がはっきりしたらしかった。

 幻覚香の湯気が出ているところを避け、進んだ先にそれはあった。

 大人一人がようやくくぐれるほどの、小さな扉。それが蓋をしているのは、ただ馬鹿でかい岩に見える。洞窟を利用してこれは作られたのか。

 

「どうみてもここだよな・・・・・・」

 

 翼が扉に恐る恐る触れる。何が待ち受けているのか分からないが、進まなければ始まらない。期限は刻一刻と迫っているのだから。

 開けた先には、灯りひとつなく、差し込んだ日光により薄暗く中が見えるだけだ。通路が一本道続いているだけで、何があるのかやはり分からない。翼を先頭に、四人は中へ進んだ。皆表情は硬い。ここがアジトならば、Zの構成員がいる。いつどこでばったりでくわすか。

 一番後ろを歩く蜜柑も、口を引き結び、歩を進めている。ようやく、ここから当初の目的が始まるのだ。蛍のために、特効薬を見つけなければならない。いいや、意地でも見つけてみせる。

 ――地面が揺れ出したのは、そんなときだった。皆が足を止める。地震か、と思ったとき、蜜柑のかかとの部分が不意に崩れた。え、と思うまもない。がらがらと足下が消えた。身体が後ろへ傾ぐ。

 

「佐倉!?」

 

3人が気づいて走り寄る。伸ばしてくる手を掴む。蜜柑を引っ張り上げようとしてくれるのに、動かない。

 後ろをみて、驚愕した。

 

「骸骨――!?」

 

 蜜柑の髪の一房を掴み、引っ張っている。冗談としか思えないような白い骨の手は、しかし馬鹿みたいに力強く、決して髪を離そうとしなかった。蜜柑は必死に手にしがみついていたが、とうとう、再度引っ張られて手と手が離れた。

 

「蜜柑・・・・・・!」

 

 棗のせっぱ詰まった顔が最後に見えたが、どんどん遠くなっていく。蜜柑は闇の中を堕ちていった。

 


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