学園アリス If   作:榧師

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作戦開始

夜も深まったアリス学園。生徒達はそれぞれが寮の自室で眠り、時折虚しくフクロウの鳴き声が響くのみ。限られた人間以外、誰もが寝静まっていた。

 その中を蜜柑は歩いていた。寝間着ではなく制服姿でこそっと部屋を抜け出す。向かった先は高等部の近く。そこに、待ち人がいた。

 

「先輩達、来てくれはったんですね」

 

 相手にされないと思うとりました、と蜜柑は笑ったが、今井と櫻野――蜜柑に呼び出された2人の顔は複雑だった。

 

「そんなことがないように、あんなことを言ったんじゃないのかい?」

 

 昴が言うのは、昼間のことである。流架達と別れた後、昴を探し、蜜柑はこう言い、待ち合わせを指定した。

 ――穴の場所を教えてください。あなたとあの人の関係を知っています。

 

「やっぱり、穴はあるんやね?」

 

 昴が無言で頷く。

 高等部の穴――殿内が漏らしたそれは、学園に伝わる噂話だった。

 昔とある生徒が作り、時空の歪みから生まれた穴。それは結界に引っかからず外界との出入りができる。そのありかを記すノートが今もどこかで眠っている――・・・・・・。

 

「どうして、それを知った?」

「小さい頃、過去を見たんよ。タイムトリップのアリス石を使って。やから、ウチはある程度過去について把握しとる。ウチの両親のことも、あなたたちがその2人をとても慕っていたことも」

 

 蜜柑の母親は穴を通って学園を脱出した。関係が深かったこの2人ならば、彼女のことも、穴についても知っているのではないか。これはある意味、賭だった。だがどうやら、蜜柑は勝ったらしい。

 

「先輩達、知っておるんやろ?」

 

 お母さんの行方を。

 全部言わずとも2人には伝わった。ここで会うよりもずっと前から、彼らは蜜柑について知っていた。彼女が誰の娘であるかを。

 いいのか、と昴が聞いた。

 

「君はzへと侵入しようとしているんだぞ。今行けば、敵対することになる」

「ええんや。ここでじっとしとっても蛍は治らない。ならさっさと行って特効薬を取ってくる方がマシや――敵対するとしても」

 

 蜜柑は母の温もりを知らない。昔みた過去で彼女の思いを知っていても、それを間近に感じたわけではないのだ。それよりもずっと、蛍が、学園のみんなのほうが大事だ。もしどちらかを選ばねばならないならば、蜜柑はためらわず後者を選ぶことができる。

 

「佐倉・・・・・・」

 

 昴が何か言いかけて、やめた。ずっと無言の櫻井も、何かを堪えるように唇を引き結んでいる。

 

「何そないな顔しとんねん。別に、zを壊滅させたるってわけじゃああらへんのに。ウチ以上に深刻になられても」

 

 蜜柑は笑顔で言い切る。まったく気負いもなく。ちょっと行って戻ってくる、それだけのこと。友人を助けるために出かけるだけ。

 昴は溜息をついた。蜜柑を止めることはできないと悟ったから。弱音を吐き出すことも、きっとしてくれない。誰にも見せないと。

 ならせめて、一人で行かせないようにするだけのこと。

 

「話を聞いているんだろう。出てきなさい」

「へ?」

 

 蜜柑だけがぽかんとする。驚愕は、後ろから足音がしたことでもっと大きくなった。さらにその顔をみて、それは最高潮に達する。

 

「な、棗とルカぴょん・・・・・・?」

 

 闇の中から浮かび上がるように姿を現した棗は、睨み上げるように蜜柑に赤い眼を向けていた。威圧感が半端ない、俺は不機嫌です、と全身で訴えているような。彼の後ろには流架も何かを決めた表情で従っていた。

 

「なんで、ここに」

「てめぇがこそこそ怪しげに動いているから」

 

 どうせ一人で突っ走ろうとしやがるんだろ。間髪入れず答えられ、ただ何も言えず唾を飲み込むしかなかった。

 

「え、でも、一体いつばれたんやん?」

 

 考えてみればおかしい。棗は会議に招集されていたし、高等部も瞬間移動で抜け出してきたのだ。あれこれ思い出してみるけれど、感づかれるような失態はしていないはずだ。

 棗が振り返って何かをグイッと引いた。つんのめったのだろうか、慌てたような声には聞き覚えがあった。

 

「うわっちょ、おまっ、いきなり引くなっ」

「さっさと来いよカゲ、隠れてるてめえが悪い」

「・・・・・・翼先輩?」

 

 ばっちりと目があった。

 

「いや、お前が蛍兄と話しているのを偶然見かけてさ」

「で、頼ってきたこいつらを俺が連れてきたってわけで。感謝しろよーお前ら」

 

 と殿内も木陰から姿を現す。

 蜜柑は昴と櫻井を見た。どうして止めてくれなかったんですか、言ってくれなかったんですか。無言の抗議を、2人は涼しげに受け流した。

 

「一人で行かせると思うか?」

「え、でも、みんな関係ないやん」

「佐倉」とは流架の声だった。「関係なくなんかないよ。今井はクラスメイトだから。みんな心配しているんだよ」

「ルカぴょん」

「今何かができるのなら、今井を助ける手だてがあるのなら、俺も協力する」

「危険なんよ? 敵対組織にいくんよ?」

「分かってる」

「・・・・・・ありがとう」

 

 ふわりと優しげに笑う流架に、蜜柑は何も言えなくなった。嬉しかった。蛍をみんなが心配していると分かったことが。

 棗と翼を見ると、2人とも力強い表情を返してきた。

 

「大体、無効化と盗みのてめえ一人が行っても無茶なだけだろ」

「無茶をする奴には棗も入っているからな?」

 

 翼が棗の頭をこづいた。すぐに足を踏みつけられたが。

 

「いだっ・・・・・・まあ、チビ共が行くのに俺が行かないってのは面子が立たないっていうか、お前らだけ危険に遭わせるわけにはいかないっていうか」

 

 にやっと笑う翼に、蜜柑も微笑んだ。

 


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