学園アリス If   作:榧師

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何もできない

 蜜柑は緊急治療室の前で立っていた。手が白くなるほど強く拳を握り締めている。蜜柑は気づいていない。呆然とする彼女の脳裏には、先ほどの光景がリフレインしている。

 Zのやつら。自分に向けられた銃。かばって、撃たれた蛍。その肩が赤く染まっていて、蛍はぐったりと意識も朦朧として――

 今、治療している。

 蛍はどうなってしまうのだろう。赤い血ばかりが頭から離れない。たった数十分前まで普通にしていたのに、苦しそうな顔しか浮かべられない。彼女は一人で戦っていて、自分は何もできなくて、ただ祈ることしかできなくて。

 病院で誰かを待つことは、今までなかった。待たせるのはいつも自分だったから。蛍に心配をかけていたのは自分だったから。

 

「――蜜柑ちゃん!」

 

 蜜柑はのろのろと顔を上げた。委員長やパーマといったクラスの面々がどっと駆け寄ってくる。

 

「蛍ちゃんは」

「・・・・・・まだ治療中や」

 

 しおれた様子で答える蜜柑に、みんなの顔も硬く強張る。彼女の顔つきから、蛍の状態が決して安全ではないと察せられた。

 それから無言で、祈るように待ち続けた。

 どれくらい待っただろう。

 扉が開く音に弾かれたように顔を上げた。

 

「蛍ッ!」

「邪魔です、下がって」

 

 誰よりも早く駆け寄った蜜柑だったが、蛍を運ぶ担架は無情に去っていく。見送るしかできなかった。一瞬だけ見れた蛍は意識もなく、蜜柑の呼びかけにも答えなかった。

 

「・・・・・・今井代表!」

 

 不意に聞こえたのその声に蜜柑達は振り返った。治療室から高等部の青年が出てくるところだった。今井昴。

 

「蛍の、お兄さん――?」

 

――兄に会ったわ。

 少し前、アリス祭で蛍が言っていた。会ったことがなく、両親の言葉でしか存在を知らなかった兄。そのときの蛍は、やや複雑気な顔つきをしていた。

 

「患者は今麻酔で眠っています。1、2分の面会なら大丈夫でしょう」

 

 医師の指示で、昴が子供たちを連れていく。その場に残ったのは、神野、鳴海、岬、3人の教師だった。

 

「学年主任、担任、能力別クラス担任の先生方ですね。少しお話が」

 

 そう言う医師の顔は、深刻だった。そしてそれは内容に関しても同様だった。

 

「――ウイルス?」

 

 幸い怪我は致命傷ではなく、弾も無事に取り出すことができた。問題は、その弾に混入されていた新種のウイルスだった。傷がふさがっても、ウイルスの治療法はなく増殖は進行するままで、蛍は予断を許さない状況になっていた。ウイルスの増殖を、なんとか治癒のアリスを持つ昴によって抑えている状況だ。

 黙りこくるしかない3人の教師へ、医師は重々しく告げた。

 

「一刻も早くウイルスの正体を特定し治療法を見つけないことには、この先、命の保証はできかねます」

 

 

 

 同じことを、蜜柑達も昴の口から聞かされていた。

 

「そんな・・・・・・」

 

 命の保証はない、その宣告に蜜柑は顔を青ざめさせた。同時に、自責の念に駆られた。蛍はウチを庇って撃たれた。ウチのせいで、こんな目に・・・・・・。

 

「もう行きなさい。特効薬がない限り、君たちがここにいても、この状況は変わらない」

 

 正論だった。けれどそれが蜜柑に酷く堪えた。

 

 

 

 特効薬がなければ、治らない。

 その宣告は佐倉にどれほどの衝撃を与えたのか、流架には察しがつかなかった。佐倉の顔は白いと言って良いほどに青ざめ、心あらずといった様子で頼りなく歩いている。

 まるで、どこかへ消えてしまうかのように儚く感じ、たまらなくなって流架は呼び止めていた

「佐倉」

「なあに、ルカぴょん」

 

 いつもより数倍強張った笑顔で応じる。痛々しくて、目を背けたくなるのを堪えた。

 すでに病院から退出していた。棗は危力系招集に呼び出され、他のみんなもすでに教室へ戻っているだろう。2人だけが、未だ教室への道のりを歩いていた。

 今の佐倉を一人にできない。親友が間近で撃たれ、みんな以上に動揺が激しいはずだ。そう思っているのに、呼びかけたのに、流架は次の言葉を出せなかった。何を言うべきか分からなかった。確証のない慰めは余計に苦しめるだけだ。

 佐倉がごしごしと目をこすった。赤くなった眼で、大丈夫と笑う。

 

「心配してくれてありがとう。ウチは大丈夫や。蛍が、笑えっていっとったし・・・・・・」

 

 今井が目を覚ましたのは病室から出る直前のことだった。心読みを通して2人は会話した。

 

「泣くんじゃないわよ、蜜柑」

 

 彼女は、そう言った。

 

「――蛍は、一人で頑張ってるんや。だからウチも、しっかりせな・・・・・・」

 

 もしできるならば蛍の苦しみも痛みも全部代わりたい、受け止めてあげたい。泣きそうな、いや目尻が潤んでいるまま笑う顔は、そう訴えていた。

 

「・・・・・・佐倉も、一人で背負わないで」

 

 流架はそうとしか言えなかった。その言葉だけで、はいそうですかと重荷を分け合えるわけがないのに。こぶしを背中の後ろでぎゅっと握りしめた。強く強く、血が出るんじゃないかというほどに。

 ――ただ祈るしかない佐倉を見守ることしか、できない。

 




流架視点になるとなぜかタイトルが独白系になる不思議。

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