学園アリス If   作:榧師

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侵入者①

 その後委員長は教師達に連れて行かれてしまった。アリスが出ない理由はまだ不鮮明で、ひょっとすればウイルスの可能性もあるから、とのことだった。

 教室は未だに沈黙が続いている。

 

「委員長、どうなっちゃうんだろう」

 

 誰かがそうつぶやいた。このままアリスがないと判断されれば、学園を去らなければならない。会えなくなる。突然仲間がいなくなるのだ。

 子供のころしか発現しないアリスの形の子は、今まで何人かいた。けれど委員長はそれとは異なり、だからなのかみんな戸惑いを隠しきれない。外野である自分たちでさえこうなのに、本人は大丈夫なのか。

 みんなの前に委員長が戻ってきたのは翌日のことだった。

 

「アリスは戻らなかったんだけど、とりあえずウイルスの可能性は少ないって言われたんだ。だからとりあえず、普通に生活できるって」

 

 委員長の顔つきはそこまで暗くなく、普通に見える。よかったと堂々と手を挙げて言えるわけではないが、とりあえずはとほっとできる。

 

「それに、戻るかも知れないって」

「アリスが?」

「学園に戻ってくる間のことを聞かれたんだけど・・・・・・僕、途中で女の人に会ったんだけど、その人のアリスで、僕のアリスがなくなったんじゃないかって」

 

 蜜柑の動きが止まった。

 

「なんだよ、そのアリス」

「聞いたことないぞ」

「盗みのアリス――だったかな。先生達がそう言ってた」

 

 蜜柑、と蛍が背中にささやいてきた。気遣うような声に、大丈夫、と小声で言うのが精一杯だった。できるだけ平静を装ったつもりだけど、彼女にはきっと見抜かれている。

 盗みのアリス。蜜柑も持っているそれ。それをくれたのは母親。

 つながってしまった。

 そのときの感情は、何と言っていいのか分からなかった。むず痒いあまりかきむしりたくなるようなぐちゃぐちゃした感情は、はたしてうれしさ懐かしさからかはたまた失望、嘆きからくるのか。

 バクバク鼓動する心臓に応ずるように、耳障りなサイレンが耳を突き抜けた。

 

 突然鳴り響き始めたサイレンにみんなの動きが止まる。

 

「何や・・・・・・?」

 

 戸惑い突っ立っていると、教師が教室へ顔を出した。外出禁止令が出たので皆固まって待機しておくこと。

 いったい何でか、ざわざわと不安な声が教室中で交わされた。蛍やパーマがまとめなければ、いつまでもそんな状態だったろう。

 

「侵入者が出たらしいわね」

 

 この中でも蛍は通常運転だった。盗聴器からさっそく情報を集めようとしている。ふと、その眉が寄せられた。彼女にしては珍しく、周りをはばかるような小声で言った。

 

「・・・・・・Zの人らしいわ」

 

 ――Z。

 その単語に流架や棗がぴくりと反応した。反アリス組織Z、その一員である毛利レオによる誘拐事件があったことは記憶に新しい。まだ数ヶ月しか経っていない。

 そのZがなぜ?

 

「棗!」

 

 走り出し、教室を飛び出す棗を蜜柑達も追った。後ろから教師の怒鳴る声が聞こえてきたが、次第に遠のいていく。

 外に出たとき、棗の眼前を何かが通り過ぎた。ぎょっとしてその軌跡を目で追い顔を上げる。白鳥の形をした乗り物、それに乗って蛍がふよふよと浮いている。

 蛍が蜜柑を真っ直ぐに見て言った。

 

「今から委員長のアリス盗った奴らの顔、見に行くつもりだけど」

 

 あんたも行く?

 軽くも聞こえる誘いにいちにもなく蜜柑は飛びついた。思い切りスワンめがけて跳び上がると蛍が手を引き寄せて蜜柑を後ろへと乗せた。捕まって、と促され彼女の腰にぎゅっと捕まる。

 

「蛍ちゃん!? 外出禁止令が・・・・・・!」

 

 委員長の制止する声が聞こえる。心配の滲む声に蜜柑は心の中で謝った。委員長から呆然としている流架、棗を順繰りに見下ろすと、赤い眼が何か言いたげな光を浮かべているのに気づいた。実際に何か言いかけようとしたのだろう。しかしそれは追いついてきた教師の怒声にかき消されてしまった。

 

「2人とも! 戻りなさい!」

 

 教師達が少女2人を掴まえることは叶わなかった。ウイィィン、とスワンが空を飛んでいく滑稽な姿が見えるだけだった。

 


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