ペルソナと別れ、蜜柑が向かったのは棗の病室だった。棗は入ってきた蜜柑をみて僅かに目を開けた。
「何しにきた」
「たいしたことじゃないんよ。ただちょっとやり忘れとったこと」
ずんずんと棗に近寄りアリス石を取り出す。何をするつもりだ、という問いは途中で消えた。いつかのように、アリス石は棗の胸の中に吸い込まれ消えた。
「終了っと。あーこれでウチも安心や、これで身体もしばらくは大丈夫やろ」
「・・・・・・何入れた」
「そんなカリカリせんといてって。毒じゃあらへん、まあ身体が良くなる奴と考えればええんよ」
ほなまたな、あんたもはよ寝なあかんよ、そう言って蜜柑は身を翻した。できなかった。棗が彼女の腕を掴んだから。
「何やねん」
「お前なんか変だぞ」
「どこが」
「顔色悪い」
「そらあんなこと遭った後なんやから当たり前やん。ウチかて丸2日寝とったんよ? それよか、あんたの方がもっと悪そう」
急に喉の奥から何かがせり上がってきた。ごぼり、と出たのは言葉ではなく血だった。溜まらずその場にうずくまった。口を押さえる手の間から、赤い雫がぽたりぽたりと床に落ちた。
「お前・・・・・・っ」
ベッドから下りてこようとする棗を制して立ち上がった。大丈夫、発作はもう治まった。しばらくは、ほんの少しは我慢できる。
棗の目は見たこともないほど見開かれている。彼の中で今のことがぐるぐると頭を巡っているに違いない。そして、きっと彼を誤魔化せないんだろうな、と分かってしまう。こいつはどうも、自分がこれと決めつけると修正する気がさらさらないらしい。頑固にもほどがあるわ。
ようやく、棗が口を開いた。
「なんで、初校長に」
「あの方のそばにおるかって?」
「ずっといるんだろ。俺が来たときよりずっと前から。アリスも使い続けて。なのになんで」
「あの方を止めるためや」
蜜柑の表情は、まるで子供とは思えないものだった。薄暗い中、月に照らされてなお妖しげに浮かぶ。
「あの方を止めるって決めた。このまま進めば、この学園も、あの方自身も取り返しのつかないことになる。ウチはそれを止められる。ウチだけが」
事情を知らなすぎる彼には分かるまい。それでいい。彼は自分のことだけ考えていればいい。
「日向葵」
棗の目の色が変わった。
「あんたの妹。あんたがこの学園に来ることになったきっかけ。大事な大事な妹を、あんたはずっと捜しておる」
「お前何で、あいつのことを」
「ウチは初校長のお気に入りやもん。少なくとも、あんたが人質取られとることは知っていた。それ以外は知るつもりもなかったけれど」
ついさっきペルソナに全て聞いてきた。棗の町の火事は彼の妹が引き起こしたものだった。初校長たちの企みによって、アリスを暴走させられて。棗はそれを庇った。自ら汚名を浴びた。
「あいつはどこにいる」いつの間にか棗が近づいてきていた。胸ぐらを掴んで、ぎらぎらと睨み付けて、下手な答えを言えばきっと燃やされてしまう。そんな目で。「言え」
「ウチもよう知らん。けど、あの子は生きておるよ。きちんと。やからあんたは安心してちっと待てばええんや。機会を見つけて、あの子を自ら救いにいけばええ。無理ばっかした結果再会した兄ちゃんがボロボロだった、なんて葵ちゃんも嫌やろ」
棗が何か言う前に蜜柑は瞬間移動した。自分の病室に降り立った途端、床にへたり込んで咳き込んだ。ぎりぎりだった。あと少しでまた発作を見せてしまうところだった。
そのまま寝転がりたいのを我慢してなんとか薬を飲んだ。精根尽きたようにベッドにもたれかかる。蜜柑の足は床に落ちた血に触れている。
笑った。
「もうすぐや。もうすぐ終わるんや」
そうすればみんな楽になれる。
時間とストックがあったので本日二話目の投稿。これで誘拐編は終わり。次回はアリス祭――をすっとばしてz編に入ります。
今まではストックがあったのでほぼ毎日更新ができたんですが、これ以降はストックほとんどないので更新が遅くなるかも知れません。
力量不足ですが、なんとか完結できるように頑張りたいです。