目が覚めたときは病室のベッドだった。
「――蜜柑!」
蛍の声だろうか、すぐに彼女の顔が目に飛び込んでくる。順繰りに、流架や鳴海、委員長たちの顔が見えた。
「ここは――」状況に戸惑っていたが、すぐに思い出しはっとなる。「な、棗とパーマは!? ウチら、誘拐されて――」
「落ち着け」
びたん、と額に衝撃。何かを貼られた。目を白黒する蜜柑に「ただの精神安定湿布よ」と声が掛かる。その効果なのかなんなのか、一気に焦りが引いていく。
「事件は無事解決。棗君の怒りの爆発のおかげで、君たち2人の居場所もはっきり特定できたんだ。レオ達には、間一髪で逃げられてしまったけどね」
鳴海の説明を聞きながら病室内を見回す。
「棗とパーマは・・・・・・」
「私も棗君も無事よ」
「パーマ!」
「パーマって呼ばないでよ」
嫌そうに顔をしかめてみせるパーマは見たところ元気だった。あれから学園に発見され保護されたという。むしろ眉をひそめて心配された。
「むしろ、重傷なのはあなたの方じゃないの」
「そうね。丸2日目を覚まさないでいたんだから」
パーマに続き頷く蛍の目には、気遣わしげな者が浮かんでいた。心配をかけさせた、と分かって蜜柑は曖昧な笑みを浮かべた。
「棗は? おらんけど」
「棗は大丈夫」と答えたのは流架だった。
「絶対安静って言われているけど、心配はいらないって」
さもありなん。誘拐前から体調が悪かったのだ。流架の落ち着いた声音で心配は入らない、と言われとりあえずはほっとした。
その後流架からはお礼を言われた。今回傍観者になっていた彼は心苦しかったのだろう。いたわりのこもったお礼に、パーマはひどく感激して飛びかかろうとしていた。
みんなが帰ってしばらくのころだ。
「ペルソナ・・・・・・初校長はおらへんのね」
黒衣に仮面の男が一人病室へ入ってくる。まるで死神が現れたかのような不気味な見舞いを、蜜柑は平然と受け入れる。いつもの見舞いなら、たいてい初校長もついていたのだけれど。
「多忙な方だ、いつもお前一人にかまけていられるわけあるまい」
「怒ってた?」
「軽率だったと、お前にも」
そんなこと言われても、と蜜柑としては言いたい。蜜柑もとばっちりで誘拐されてしまったようなものなのだから。あるいは運が悪かったというべきか。
――そのおかげで、気になることの手がかりを得たけれども。
「何を考えている?」
「はやく退院したい。ただでさえ一週間延びとったんに」
「もっと延びるだろうな」
げんなりする蜜柑への視線が、不意に鋭くなった。
「行動に気をつけることだ。お前が誰のところにいるか、忘れずに」
「――わかっとるよ」
ああそうか、これが一番の目的か。
入学の言い出しっぺは蜜柑だ。蜜柑が望んで、高校長とペルソナが掛け合ってくれたから、あの部屋から出ることができた。それでも結局は、籠の中の鳥であることに代わりはない。蜜柑が多くの人と接することを、笑い合うことを、初校長は望まない。
「わかっとる」
初校長から離れてはならない。
それは戒めにも近いものだった。
「そうか」
軽く頷いたペルソナは、誰の味方なのだろうか。蜜柑には分からなかった。初対面時よりはうち解け、蜜柑の肩を持ってくれているように感じるときもある。かと思えば、初校長の忠実な犬とも感じる。あるいは彼自身も惑っているのかもしれない。
話は終えたとばかりにペルソナがきびすを返した。部屋を出る直前、蜜柑の声がその背中にとんだ。
「あの子のところにいくん?」
誘拐編は後1話です。