学園アリス If   作:榧師

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脱出①

 まず始めに感じたのは潮、鉄さびの匂い。それからいやに至近距離から、誰かの吐息がかかっている。

 目を開けた。そして驚愕した。誰かの顔が、黒い髪が、自分の顔に触れんばかりの距離である。そりゃもう、うっかりこのままキスできそうなくらい近く。

 

「――ッ!?」

 

 立ち上がろうとしたのにそれができなくてうっかりパニックに落ちかかる。落ちつけ、落ちつけ。深呼吸して心臓をなだめるうちに、直前の記憶が鮮明になってきた。状況も。

 

「ウチら、誘拐されたんや・・・・・・」

 

 あのレオはどうやら裏に関わるらしき人間で、棗を誘拐しようとして、それにウチも巻き込まれ――

 巻き込まれたのはウチだけじゃなかったやしい。

 パーマと目があった。パーマが何か喋ろうとしたが、そこで物音が聞こえてぴたりと口を閉じる。

 

「目覚ましたか」

「いいえまだ」

「起きたら嗅がせとけよ」

 

 とにかく寝たふりをするしかなかった。こいつらがいなくなったら、パーマと話して――

 

「いいかお前、『黒猫』だぞ? 俺以外の奴らでも同じ行動したに決まってるだろ」

 

 不吉な単語に、蜜柑の耳が過敏に反応した。レオが何か言おうとしている、何か、棗に関することを。

 

「その『黒猫』ってそんなにすごいんですか。ただのガキに見えますけど」

「お前少しは知っておけよ、いいか、こいつは――」

 

 二年前、八歳にして自分の町を燃やしたこと。それによって学園へと来たこと、学園は黒猫を、裏任務を行う工作員に仕立て上げたこと――。

 ぺらぺら語られるその羅列は、そんなに軽く語って良いものじゃないはずだ。だって違う、町を燃やすなんて、棗がそんなことをするはずがない。そんな奴じゃない。代わりに浮かんだのは初校長だった。何かしたんだ、彼が。

 

『あいつは私には逆らえないよ』

『彼には妹、それに親友がいる』

 

 頭のどこかでカチッ、と何かがはまった気がした。

 

「棗君はそんなことしないわよ」

 

 パーマの声ではっと我に返る。いつの間にかレオ達はどこかに行ったようだ。

 

「燃やすなんて、裏任務なんて、そんなことしないわ」

 

 小さいけれど力強い声だった。何も知らないだろうにどっから涌いてくるんだと聞きたくなるような確信に満ちた声に、勇気づけられるような気がした。

 

「棗君の口から聞いた訳じゃないもの。デタラメよ」

「・・・・・・そうやな。パーマ、ここから出よう。3人で」

 

 パーマの顔が少し怖じ気づいた。

 

「どうやって?」

 

 全員腕と足を縄で縛られ寝転がされている。さらに棗は入院中の不調状態。蜜柑もまあ、あと一週間入院といわれていた身だ。

 絶望的、とも言える。だがそれがどうした。

 

「とにかく、考えるねん。このままどっか連れて行かれるなんて、そんなんごめんや。なんとしても脱出せな!」

 

 とりあえず棗を起こした。起き抜けに悪いが簡単に事情を説明する。寝ていると油断してか、レオ達は結構な情報を蜜柑達に落としていった。

 

「ここは港に近い倉庫で、午後2時に船がくるらしいんや。それまでにここから出るんや」

「でも私たちだけじゃ無理よ。どうにかして、学園と連絡が取れれば・・・・・・」

「おい、水玉」

 

 少しむっとした。

 

「なんや、ここでもその呼び方」

「ごちゃごちゃうるせえ。その耳に付いてる奴なんだ」

「へ? ああこれ、蛍のイヤーマフ・・・・・・」

 

 あ。

 一方に馬鹿と言われもう一方に冷たい視線を向けられながらスイッチを入れる。ジジジ、という雑音が数秒続いた後、蜜柑、という親友の声。

『やっとスイッチ入れたわね』という言葉の合間合間にいろんな声が背後に聞こえた。

 

『外野がうるさいから変わるわ』

『蜜柑ちゃん? 大丈夫?』

「鳴海先生」

 

 とりあえず連絡が取れたことで心に余裕が生まれる。蜜柑とパーマは交互に今の状況を伝えた。

 まずは縄を切って、という鳴海の指示にボォッ、と炎が燃えた。棗が3人分の縄を焼いたのだ。

 

『切ったかい? そのまま縛られた振りを続けていて。学園でなんとしてでも居場所を特定するから。それと、みんな、レオの声はなんとしても聞いてはいけない。彼のアリスは――』

 

 乱暴にイヤーマフを取り上げられ、鳴海の声が遠ざかった。

 

「通信機だったんだ、これ」

 

 レオだった。

 


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