誘拐の一部始終を見ていたものがいた。スミレと流架だ。教室から病院にちょうど着いたところだったのだ。
「なんでレオが・・・・・・」
流架が呆然とつぶやいている。あまりにも非現実的すぎて、スミレの頭も働かない。だけどこれだけは分かる。ぼうっとしていてはいけない。助けなければ。
「――流架君は先生に伝えて! 私は追うから!」
返事も聞かないで走り出す。病院の廊下だ、静かにしなさい、と注意が聞こえたが構っていられない。誘拐されているのよのたのた歩いていられるか!
病院を出るとすぐにスミレはアリスを使う。犬猫体質により耳とヒゲが生えてくる。アリスを全開にして走る、走る。あっという間に門の近くまで来たが。
「ああもうっ、邪魔よ邪魔!」
そんなこと言っても人混みに文句はかき消されてしまう。終いには押して押されて、泊まるしかない。そうしている間にも、レオを乗せているであろう車は遠ざかっていくのに・・・・・・!
そのとき、B組の面子を見つけた。今井蛍もいる。一縷の望みをかけてスミレは叫んだ。
「今井さん! 棗君と佐倉さんがあの車に――」
ただごとではないと悟ったのだろう、蛍は一瞬だけ考え込んで、何かを取り出した。瞬間、ボンッ、という爆発音と煙幕。突然のことに、人混みが動揺し、煙幕が掛かった部分に空白ができる。
「行けっ」
そこに向かって蛍にけっ飛ばされる。すぐに体勢を立て直して走った。門が閉まろうとしている。
ぎりぎりのところで、スミレは門を通り抜けた。
スミレの脱走は教師達にすぐ知れることとなった。なぜ脱走したのか、彼女はそのような生徒ではないのに――事態に面食らいながらも、とりあえずにも彼女を連れ戻すことが先立った。
蛍と流架が入ってきたのは、行動が移されようとしていたときだった。
「――日向棗と佐倉蜜柑が誘拐!?」
2人の子供の情報は、職員室をさらに混乱に陥れた。
「誘拐される場面を、正田さんと流架君が実際に見たのよ。正田さんはレオの車を追いかけにいったんです。証拠がないと思うのなら、棗君の病室と蜜柑の星バッジの発信器を調べれば分かります。2人とも、もう学園にいないはずです」
淡々と述べる蛍の横で、流架は唇を引き結んで立っていた。親友やクラスメイトが誘拐され、さらに実際に目にして不安を隠しきれないのだ。一緒に見たスミレはそれを追いかけていってしまった。
「大丈夫よ」
ばたばたと慌ただしい職員室の中で、その声は小さくも確かに耳に届いた。流架の方を見もせず、蛍は言った。自身に言い聞かせもしているかのように。
「3人で戻ってくるわよ、絶対」
スミレは無我夢中で車を追っていた。街中、アリスを白昼堂々と使って。車は人気のない道を選んでいるのかあまり人は見かけないが、猫耳、ヒゲを生やし四つんばいで疾駆する少女を見た者は皆、驚いたように目を瞠った。
スミレはそれどころではなかった。やばい、と額に汗を掻きながら思った。アリスを使っていても、人力では機械になんて勝てない。どんどん車と引き離れていく。このままじゃ居場所が分からなくなってしまう。
息切れしながら走る、走る。車が角を曲がる。そこを一気に追い詰めようとするように速度を上げる。角を曲がった。
突然目の前に黒服が立ちはだかったとき、何が起こったのか分からなかった。待ち伏せしていた奴らがスミレを羽交い締めにする。
「やば――」
黒服は容赦なくスミレのうなじに手刀を落とした。