学園アリス If   作:榧師

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レオ

 入院から一週間が経った。普段ならもう退院できる頃だ。今頃寮に戻って蛍にでも会いに行って「久しぶりー!!」と抱きついてみんなと会って――

 その予定はあと一週間先延ばしになった。

 

「暇や――――――・・・・・・」

 

 医者は頭が硬すぎる。ちょっと体調が崩れているからって。もうこっちは万全だ、すぐにでも運動したいくらいだ。蜜柑の文句は一刀両断に却下されてしまった。

 

「自分の身体を自覚してください。あなたのアリスの形も――」

 

 険しい表情で説教と大量の薬を賜った。学園に来て5年、薬の量と種類はじわじわと、確実に増えてきている。増やして増やして、誤魔化して、その誤魔化しが通用しなくなるのはいつのことだろう。5年後? 10年後? それとも――

 

「あ――――暇や暇暇暇。暇すぎる。暇すぎるのが悪い」

 

 ずっとベッドにいるから余計なことを考えてしまうんだ。

 早く蛍に会いたい、委員長やルカぴょんや野乃子ちゃんアンナちゃんパーマ、とにかくみんなと話したい。残念ながら今はまだ午前中、みんな授業を受けている時間だろう。あと5分、5分待てば休憩時間。話せる。

 そのとき、ノックの音が響いた。

 

「誰や? ――どうぞ」

 

 疑問符を浮かべていた蜜柑の顔が、来訪者をみてぱっと輝く。

 

「おじさん! お久しぶりやね!」

 

 高校長だった。

 身体は、と言われ不満をぶつけるかのように暇やと訴える。「今すぐ退院したい位や」と言うと頭をこづかれた。

 

「そこまで言う元気があるんだ、心配は要らないな」

 

 近況を少し話したらすぐに高校長は出て行った。本当に忙しいのだろう。仕事は山とあるだろうに、ちょくちょくと訊ねてきてくれる。心配をしてくれる。

 

「心配はいらんって言うとったくせに」

 

 お見舞い籠の果物に隠すように、小さな巾着があった。中を開けて出てきたアリス石に、蜜柑は苦笑した。不老不死のアリス石。

 ウチが使っても無駄や。そう言ってもなお渡してくる伯父の、なんとしても生きて欲しいという思いを見た気がした。その思いに答えられないだろう自分を、苦く思うしかなかった。

 

 

 

 放課後になって蛍の方から連絡が来た。蛍製イヤーマフから彼女の声が聞こえてくる。それとともに微かに聞こえる機械音。

 

「蛍、また何か作っとるんか?」

 

 何かを作っている最中の蛍の集中力は半端無く、また邪魔が入るのを酷く嫌う。静かにしてとピシャリと言われ、涙を浮かべながらそれでも後で来る約束を取り付け近況を聞き出した。その中で特筆すべきは、

 

「棗が入院?」

『過労だそうよ。あんた知らなかったの』

「初耳やよ。なんや、見舞いにも来ないと思ったら」

 

 いろいろと勘ぐってしまうのは仕方ないだろう。危力系、任務、アリスの形、人質、詳しく聞いてはいないものの複雑らしき過去。あいつはいろんな意味で危うすぎる。見ていられない。

 

『流架君とパーマが今さっきお見舞いに行ったわ。友人代表で』

「・・・・・・友人? パーマが」

 

 どうみても邪険にされている。まあいいか。後で自分もお見舞いに行こうか、と考えを巡らせていると、外野の声が入ってくる。パーマをののしる声と共に、耳慣れない言葉も飛び込んできた。 

 

『生レオみたいよー!!』

「・・・・・・生レオ?」

 

 どうやら学園出身のハリウッドスターが学園に来ているらしい。なんでもアリス祭のための下見だとかなんとか。

 

『みんな見たがってる訳よ、赤毛のレオをね』

「よーわからんわ、その心理」

 

 声フェロモンだかなんだか知らないが、無効化の蜜柑には全く効かないし、テレビにもろくに触れたことがないため興味も湧かなかった。曖昧な反応をする蜜柑と違い、蛍は彼の声と姿を見る気満々だった。

 

『ちょうどあんたの見舞いってことで堂々と病院にいけるしね、たまには役に立つじゃない』

「もしかして、今作ってる機械も・・・・・・」

『そういうわけだから、少し見舞いには遅れていくわ。いついなくなるか分かったもんじゃないもの。蜜柑も見かけたらよろしくね』

 

 一方的に通信を切られてしまった。最後に聞いたクラスに向けたであろう号令に、ああみんなもやるんだ、と察せられる。哀れ委員長その他みんな。相変わらず蛍はがめつい、そんなところも好きだけども。

 まあええか、と蜜柑はベッドから下りた。どうせ暇をしていたところなのだ。出歩くがてら探して見つけたら蛍の望み通りにしよう。そのまま出て行こうとして、果物籠に目をいった。ああそうだ、まずは棗の部屋行っておくか。

 適当に部屋を確認していけば見つかるだろうと、廊下を歩いていく。

 

「あ、あったあった」

 

 軽くノックをしてから入ったが、棗は寝ているようだった。そろそろとベッドに寄り、そばにあった椅子に腰掛ける。

 気配に敏そうな彼なのに、気づく様子はない。それほど熟睡していると言うことか。その割には、顔には汗を掻き眉間に皺を寄せて、とても穏やかな表情とはほど遠い。

 

「辛そうな顔やなー・・・・・・無理ばっかして」

 

 無理はさせんといて、といつか初校長に言った気はするが、蜜柑の言葉に強制力があるわけではない。任務をこなし続けた結果が入院なのだ。自分の不調に気づいていない訳ではないだろうに。困った奴や。

 ぶつくさ言いながら高校長から賜った巾着を開ける。二粒くらいでええか、と取り出す。せっかくのアリス石を他人にあげた、と知ったら怒るだろうか。伯父の好意を無下にしている、とは自覚しているけれど。

 

「五年間アリスを使い続けてるウチと、まだ二年目のこいつ。どっちがマシかっちゅうねん」

 

 どうせなら間に合う方にやった方が有益ではないか。

 アリスを使って石を棗の中に入れた。もう一粒、と思ったとき、ガラリと扉が開く音。

 

「――誰や?」

 

 流架とパーマだろうか。予想に反し、全く知らない成人男性2人がそこにいた。赤毛の派手な服装の奴と、サングラスに黒服のいかにも怪しい男。

 

「あれー、君、俺の名前知らない? みんな知ってると思っていたのに」

 

 ふっと思い出したのは蛍との会話。

 

「赤毛――あんた、毛利レオ?」

「せーかい」

「有名なハリウッドスターが一生徒になんの用や?」

 

 それは純粋な疑問であり、疑いでもあった。怪しい。後ろの男も怪しいけれどレオもだ。なんとなく、初校長やペルソナと同じ黒い感じがする。直感だった。

 そしてそれは当たった。

 

「偶然病院に来てみれば黒猫。こりゃあ見て見ぬふりする必要ないだろ?」

「――っ!?」

 

 なんでそれを。棗の通称は、一般人は知らない。

 裏に関わる人間だけ。

 不意に身体を後ろに引っ張られる。あっという間に蜜柑は男に羽交い締めにされていた。問答無用で湿った布を口元に押しつけられる。

 

「ま、見たからにはお前も道連れだな」

 

 意識が遠のく。ブラックアウトする直前に見たのは、窓の外にいた誰かだった。

 


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