学園アリス If   作:榧師

10 / 39
蛍の転入②

 転入から一週間後のことである。

 

「蜜柑、ちょっといいかしら」

 

 その一言で、北の森に連れ出された。わざわざここまで来るなんて、よほど聞かれたくない話なのだろうか。来てすぐ話し始める訳ではなく、何かブンブン飛び回るものを取り出した。

 

「なんや、それ?」

「盗聴および盗撮防止。半径20メートル以内に人を見つけたら、その場を離れるまで追い立ててくれます」

「一体今からなんの話をするんや」

 

 思わず首をきょろきょろさせてしまう。そうして前に向き直ったとき、差し出されていたのは何かの手紙だった。

 

「読んでみなさい」

 

 開けて、文面を見て驚いた。筆で書かれた字。見覚えのある。じーちゃんの字だ。慌てて署名を見ると、確かにじーちゃんの名前。なんで、なんでこれが。蛍が?

 

「私、あなたと同じ村から来たの。数年前、あなたが去ってから引っ越してきたのだけどね」

 

 おじいさんに頼まれたのよ。

 蛍の言葉はろくに耳に入らなかった。じーちゃんの文面。内容は近況やら、健康を気遣う文やら、他愛ないもの。ああだけど、確かに、じーちゃんの気持ちや。じーちゃんの声が、聞こえてくるかのようだ。

 涙が溢れてくる。乱暴にぬぐって、顔を上げた。

 

「・・・・・・・・・・・・なんで? なんでなん? こんなこと、学園にばれたら・・・・・・」

「おじいさんが必死だったから。もう五年、会ってないそうね」

「・・・・・・そうや。もう、顔も、声もおぼろげなんや。本当は」

 

 幼い頃の記憶だからしょうがない。そういえばそうなのだろう。それでもその事実は哀しかった。じーちゃんの記憶が薄れる代わりに、初校長の、ペルソナの、危力生徒達との記憶が濃くなっていく。

 

「おじいさんは、あなたのことを忘れていないわ。いつも、心配していた。あなたのことをよろしくとも、私に言ったわ」

「やめてや。そないなこと、言われたら」

 

 泣いてしまう。

 

「泣けばいいじゃない。ここにも誰もいないわ」

「あんたが、おるやないか」

「誰にも言わないわよ」

 

 淡々としているのに、どうして言葉の裏に温かさを感じてしまうのだろう。

 溜まらずしゃがみ込んだ。やっぱり顔を見られたくなくて、膝の中にうずめこんだ。涙がポタポタ垂れる、スカートを濡らす。じーちゃん。じーちゃんじーちゃんじーちゃん・・・・・・!

 落ち着いた頃顔を上げると、蛍も隣にしゃがみ込んでいた。その時初めて、背中をさすられていたことに気づく。

 

「もう、授業始まってるで?」

「平気よ。私賢いから。一回くらい休んでも平気」

「どっから涌いてくるんや、その自信」

 

 くすりと笑う。気恥ずかしくてありがとう、とは小さくしか言えなかった。それでも届いたらしく、蛍が僅かに笑った。初めて笑みを見た気がする。笑うと可愛い。

 

「・・・・・・蛍。火ぃつける奴持ってへん? それと瓶を」

 

 ライターと小瓶を渡された。手紙をかざして、火をつけた。紙はみるみるうちに焦げて灰となり、スカートの上へ舞い積もった。全てが灰となったとき、蜜柑はそれらを大事に大事に、一粒も漏らさぬように瓶に入れた。ちょうど中は一杯になった。

 手紙にあった内容を反芻する。頭に刻み込む。じーちゃんが覚えていてくれた。心配してくれていた。確かな証拠。それだけでがんばれる。ここでやっていける。

 

「また涙でてるわよ」

 

 笑いなさいよ、と彼女は言う。

 

「おじいさんは何て言っていた? 書いてあった?」

 

 蜜柑は笑った。唇をにぃっと上げて、目尻を下げて。きっと酷い表情だろう。涙の跡がいっぱいついていて、鼻水が出ていて。それでも、蛍は満足そうだった。

 

 

 

 ――笑っていなさい。蜜柑が笑っておることを祈っています。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。