「佐倉蜜柑さん――これからあなたはアリス学園の保護下におかれます」
そんなんいやや。
じーちゃんと別れるなんて、村を離れるなんていやや。
蜜柑には両親がいなかった。お空のお星様になったのだとじーちゃんに言われた。それでも、生まれて五年間、幸せに穏やかに生きてきた。気心のしれた村のおばちゃんおじちゃんおばーちゃん。友達。家族のような温かさだった。それが今、奪われる。
突然やってきた黒い服の男たち。家にやってきて、冒頭の一言。じーちゃんは反発した。「あんたら何様じゃ、うちの孫にいったいなんの用じゃ!」
骨張った腕に蜜柑を抱えて、男たちを睨み付ける。大事な家族を渡すものかと、強い決意を持っていた。しかし黒服共は、じーちゃんの予想を超えていた。
かちゃり。不吉な音。黒光りする凶器。
バァン、と音がした。弾だ。じーちゃんの頬をかすってそれは壁へ激突した。振り返れば、めり込んだ銃弾。
「私たちも穏便に事を済ませたいのですよ」
銃口は狙い違わずじーちゃんを狙っている。
蜜柑が泣き出していた。見知らぬ男共、突然の銃声、じーちゃんの頬の傷から垂れる血。5歳の少女にとっては耐えられるものではなかった。なんなん、あんたらなんなんや。じーちゃんに何をするつもりや。
「待て」
つと、黒服をかき分けるように一人の男が進み出てきた。軍服のような、変わった服を着ている。黒服共の様子から、彼らの上に立つ者だと察せられる。また雰囲気も穏やかなものだった。
しゃがみこみ、蜜柑に目を合わせる。一瞬表情がゆがんだ。
「・・・・・・きみはおじいさんを助けたいか?」
「助け、る?」
「きみが私たちと来てくれればいい。おじいさんや村人に危害は加えない」
ボロボロと涙をこぼし鼻水をすする少女の顔はぐちゃぐちゃだった。混乱する頭で、必死に意味をかみ砕く。助ける。おじいさん。じーちゃんを。助けたい。そう、助けたい。私たちと来ればいい。きみ。つまりウチが。
「・・・・・・本当に? たすけてくれるん?」
「必ず。信じて欲しい」
男の人の手が蜜柑の頬に触れる。大きくて、温かい手だった。まるでじーちゃんみたいだ。恐くなかった。黒服を従えているのに。この人なら信じてもいいと、直感がささやいた。
「蜜柑・・・・・・蜜柑」
じーちゃんが名を呼ぶ。引き留めているように聞こえた。
蜜柑は小さく、けれど力強く頷いた。
アリス学園。
名前くらいならば蜜柑も聞いたことがある。よく分からないけれど、すごい人がいっぱいいるんだそうだ。
学園はとてもとても大きかった。蜜柑の身長の何倍もある門の鉄格子は、来ることも出ることも拒んでいるかのようだった。威圧的。
男の人に連れられて学園へはいる。微かに子供たちの声が聞こえて、それが村の友達と重なる。蜜柑はぎゅっと唇を挽き結んだ。
赤い絨毯の、格式張った部屋。そこに彼らはいた。10歳くらいの少年と仮面をつけた男の人。少年に見つめられた瞬間、蜜柑の背筋が凍った。なんだろう。恐い。この人は恐い。
パニックを起こしそうになったけれど、優しい男の人の手が背中をさすってくれて、なんとか静まった。
「行平校長。彼女が?」
ソファに腰掛ける。テーブルを挟んで少年と向き合う。
「佐倉蜜柑。アリス学園へようこそ――きみと会える日を待っていたよ」
少年――初校長の目はゆがんだ光を映していた。