ソードアート・オンライン~竜殺しの騎士~   作:nozomu7

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妖精の国にあるあの城で

 結局、あの後須郷は明日奈のいる病院にナイフを持って現れ、和人を殺そうとしたらしい。しかし、逆に和人に倒され、そのまま失禁して気絶。

 

 結局、病院の人の電話でかけつけた警察の手によって逮捕された。

 

 須郷はしばらくの間、自分の罪を茅場晶彦に擦り付けようと足掻いていたらしいが、計画に加担していた部下が全てをばらしたことにより、自ら罪を認めた。こうしてSAO事件に続くALO事件は終結した。

 

 だが、SAO事件に引き続いて大きな犯罪が発生したVRMMOというジャンルは、このまま終わりを告げるのではないかと言われていた……。

 

 そして、次の春……2025年5月16日。

 

「それでは、今日の授業はここまで。課題ファイル16と17を転送するから、来週までにアップロードしとくように。では、また来週」

 

 初老の教師が、ゆっくりとした動きで教室を出ていった。

 

「なあ、和人。昼飯、カフェテリアに行こうぜ」

「すまん、裕也。俺、明日奈と中庭で待ち合わせしているから……」

「はいはい、行って来い。彼女を待たせるなよ」

 

 和人が慌ただしそうに教室を出て行くのを見送ると、裕也は席から立ち上がって松葉杖をつきながら歩く。

 

 教室から廊下に出た時バランスが崩れるが、その右肩を掴んで支えた男子がいた。

 

「亮、サンキュ」

「無理するなよ、裕也」

 

 かつて、史上最悪のレッドギルド《笑う棺桶(ラフィンコフィン)》に所属していたレイン――雨宮亮は、今は同じクラスで頼りになる友人である。

 

 ここは、ゲーム開始当時小学生から高校生だったSAO生還者(サバイバー)が通うために作られた、高等専修学校だった。

 

「裕也さん、無理しないでください!」

 

 そんな声が聞こえると、後ろからやってきた少女が裕也を左側から抱き付くように支える。

 

「珪子、ありがとう。授業が終わって、すぐにこっちに来たのか?」

「クラスのみんなも事情を知っているので、『早く彼氏の所に行ってきな』って」

 

 一瞬、同学年の中で唯一《攻略組》にまで成長した中層アイドルは、同学年の人たちに距離を置かれているのだろうか、と裕也は心配したが、彼女の台詞に内心で安堵した。

 

「お前ら、ナチュラルにいちゃつくよな……廊下に出ている人多いのに」

 

 亮がボソリと呟くが、このカップルはそれをスルーしてカフェテリアに向かう。悪意のない冷やかしの言葉と視線が時折彼らに向けられるが、それも軽く対応して3人は移動した。亮だけが、唯一居心地悪そうにしている。

 

 一応、この学校ではSAO時代のことについて触れるのは、マナー違反ということになっている。しかし何しろ、SAOにおけるプレイヤーのアバターの顔は、現実世界のそれを高精度にスキャンして模したものであったので、有名人は即バレするのが当たり前だった。ユウだけでなく、キリトもアスナも、シリカもすぐにばれていた。

 

「珪子。すまないけど、カレーを頼む」

「はい。いつも通り、福神漬けとらっきょうですね?」

 

 この学食のカレーライスは、安くてボリュームもあるので人気メニューのひとつだ。裕也も気に入っている定番メニューで、付け合わせの漬物を自分で選ぶことができた。

 

 珪子と亮が行ってしまった後に、裕也は空いていた4人掛けのテーブル席に座る。そこでぼーっとしながら2人を待っていると、別の友人がやってきた。

 

「あら、今日も亮は、珪子と一緒に裕也の付き添い? ここ空いてる?」

「里香か。そっちの席なら、問題ないぞ」

「分かってるわよ。あんたの隣は、珪子でしょ?」

 

 このバカップル、と呟いた里香に、裕也は曖昧な笑みで返した。

 

「バカップルって言葉なら、あの中庭にいる夫婦に言ってやれ」

 

 窓の外に向けられた彼の視線の先には、和人と明日奈がいた。彼らは、中庭で愛妻弁当を2人で食べていたのだった。

 

 その2人を見て、戻ってきた亮もため息をつく。

 

「あの2人はもう、さんざん見たからな」

「俺らもそうだろ?」

「お前らの場合、見た目的に兄妹に見えなくもないからな。だからまだ、いじり甲斐がある」

 

 おい……と亮の台詞に、裕也は言葉を尖らせた。

 

「あまり、そのことを珪子に言うなよ。2歳も離れていること、珪子は結構気にしているんだから」

「そうなのか?」

「そう。あと、身長もな。俺はあの世界で妹、妹って言って来たから、実際会ったら自分よりも少し身長が高かったことに、衝撃を受けたらしい」

 

 SAO生還者の場合、同年代に比べて身長が低いからなあ……と彼は呟く。しかしその言葉に、亮も里香も「面白いことを聞いた」と言わんばかりだった。

 

「まあ、普通に考えたら、自分の妹とあまり変わらない年の女の子を彼女にする裕也って、もしかしてロリコ痛っ!?」

 

 余計な一言を言いそうになった亮の膝を、テーブルの下で蹴り飛ばす。

 

 さらに、裕也が彼を睨みつけて黙らせていると、そこにお盆を2つもった珪子がやってきた。

 

「あれ? 亮さんはどうしたんですか?」

「この馬鹿は、勝手に足をぶつけただけよ」

 

 里香の辛辣な言葉に、亮は恨めしそうに視線を向けながらも何も言わなかった。珪子に言ったら、もう一撃追加されるに決まっている。

 

 その代わりに、気を取り直すように別の話を振った。

 

「ところで、今日のオフ会は行くのか?」

「行くわよ」

「行くに決まっていますよ」

 

 

 

 

 

 放課後《ダイシー・カフェ》には多くの人が集まっていた。

 

 そして、キリト・アスナ・直葉の3人がやってくる。

 

「おいおい、俺たち遅刻はしてないぞ」

「主役は最後に登場するものですからね。あんた達にはちょっと遅い時間を伝えといたのよ」

 

 リズベットはキリトを店の奥に用意した小さな壇上に連れて行き、そこに立たせた。そして、全員に飲み物が行き渡ると、リズベッドが号令をかける。

 

「えー、それでは皆さん、ご唱和ください。……せーの!」

『キリト、SAOクリア、おめでとー!』

 

 店内にクラッカーの音が鳴り響いたあと、拍手と歓声が沸き起こる。それを見たキリトはポカンと口を開けていた。

 

『乾杯!』

 

 全員でグラスをぶつけ合うと、お互いに雑談に入った。

 

《はじまりの街》で知り合ったキリト、クライン。

 

 第1層ボス戦で知り合った、アスナ、エギル、アルゴ。

 

 キリトがかけがえのない思い出をつくったギルド《月夜の黒猫団》のみんな。

 

 オレンジギルド《タイタンズハンド》を追っているときに第35層で出会った、恋人のシリカ。

 

 ブラストプレート《ドラゴン・スカイ》と、ダガー《フェアリー・オーシャン》を打ってくれた、リズベット。

 

 かつて史上最悪のレッドギルド《笑う棺桶(ラフィンコフィン)》に所属していながらも、その後は《攻略組》として《アインクラッド》からの解放に尽くしたレイン。

 

 ALOでアスナ・ユウ及び300名の解放に協力してくれたリーファ、ラン、ユウキの妹組。

 

 さらに、ユイと第1層のダンジョンに行ったときに出会ったシンカーもいる。ユリエールは、都合が合わなかったのかいなかったが。

 

 その中で、キリト・エギル・クライン・シンカーの4人が、パソコンの画面に注目していた。そこに、ユウも加わる。

 

「エギル、《ザ・シード》状況はどんな感じなんだ?」

「今、ミラーサーバーがおよそ50、ダウンロードは10万、稼働している大規模サーバーは300ってことかな」

 

 あの時、キリトが茅場晶彦から託された《ザ・シード》。それは、フルダイブ型VRMMO環境を設計・運営するためのプログラムパッケージであった。そこそこ太い回線を用意すれば、《ザ・シード》を使用するだけで誰でもネット上に仮想世界を作ることができるものだ。

 

 このおかげで死に絶えるかと思われていたVRMMOは再び息を吹き返し、ALOも新しい運営先に移されたことでその存在が存続している。それだけでなく、今では1つのVRゲームで作ったキャラクターを、《ザ・シード》を用いた規格に沿っているならば、他のゲームの世界へとコンバートできるというシステムまで開発されつつある。

 

 このおかげで、これからも快適なVRライフを楽しめることに、全員が喜んでいるのだ。

 

「なあ、二次会に予定変更はないんだろうな?」

「ああ、今夜11時、イグドラシル・シティ集合だ」

 

 そのようにかつての仲間たちとのひと時を楽しむ彼らを、寂しげな表情で直葉は見つめていた。そんな彼女に、2つの影が近寄った。

 

「直葉、何つまらなそうな顔してるのさ?」

「えっ!? ……い、いや、そんなこと」

「ありますよ。顔に書いてあります」

 

 突然の木綿季の言葉に慌てて取り繕うとする直葉だったが、藍子にぴしゃりと言われ、直葉は体を縮こまらせた。

 

(2つも年下なのに……)

 

 残念ながら、彼女たちとは人生の密度と経験が違うのだろう。特に藍子は大人びたところがあるため、外見を抜けば自分よりも大人びているように感じてしまう。

 

「みんな、仲いいな……って思って。分かっていたことでは、あるんだけど」

 

 あの事件が起こる前は、和人は人づきあいが苦手であった。いや、今でも比較的苦手であることには変わりないのであるが、彼自身の意識がかなり変わっていた。

 

 そして何より、あの事件の前と比べて、彼の周囲は変わっていた。特別仲の良い友達なんていないあの時とは激変したと言って良いほど、彼の周囲には様々な人がいた。多くの人が、彼と共にいた。

 

 もちろん、人と距離を置きがちだった自分の兄(従兄)に、多くの親しい友人ができるのは良いことだ。喜ぶべきことなのだが……だが、そこには一抹の寂しさを覚えてしまう。

 

 兄に、自分の知らないところが増えてしまうようで……。

 

「そうだよねー。のけ者にするつもりはないんだろうけど、ちょっと寂しいかな」

 

 木綿季が、あっけらかんとした様子でそんな言葉を口にした。

 

「でも、ボクはお兄ちゃんが頼りにするような人ができたことが、すごく嬉しいんだ」

「そうだね……。私たちは、いつも頼ってばかりだったもの」

 

 藍子も妹の言葉に、感慨深げに同意した。そんな彼女の視線の先には、恋人と友人たちに囲まれて、心からの笑顔を浮かべている少年がいる。

 

「いいな……」

 

 そんなふうに、素直に喜ぶことができるなんて……という言葉は、直葉は口には出さなかった。

 

 

 

 

 

 夜のイグドラシル・シティの空を、1匹の妖精が飛んでいた。

 

 その風妖精族(シルフ)、リーファはまっすぐに空を目指し、そして……《WARNING 限界高度》という見慈悲な警告文にその道を遮られ、落下を始める。

 

 その空に手を伸ばしながら、決して空を掴むことはできずに、リーファは遠ざかっていき……そして、不意に誰かに抱き留められた。

 

「どこまで行っているんだ……心配したぞ」

 

 抱き留めてくれた兄――キリトが、そう言う。するとリーファは、キリトの姿を見て尋ねた。

 

「キリト君……そういえば、どうしてキリト君はSAOのデータを引き継がなかったの? シリカちゃんも、結局あの姿に戻したのに」

 

 ――この世界《アルヴヘイム・オンライン》は、新たな形となって存在している。

 

 かつてのALOとは異なり、この《新生ALO》とでも呼ぶべきこのゲームでは、運営再開と共に様々なアップデートが企画された。

 

 その中のひとつが、旧ALOプレイヤーが夢見ていた滞空制限の撤廃……すなわち飛行時間の無限化である。

 

 全てのALOプレイヤーが待ち望んだこのアップデートにより、ALOはさらに活気づいたのだった。

 

 そしてその他の要素の中で、SAOプレイヤーにとって重要なのがもうひとつ……デスゲームと化した世界初のVRMMORPG《ソードアート・オンライン》からのデータの引き継ぎである。

 

 SAOのプレイヤーに限っては、それが許されていた。

 

 SAO時代のスキル熟練度や、アバターの容姿をある程度引き継げるような設定がなされたのだ。また、新生ALOでは、SAOの最大の特徴であった《ソードスキル》も新たに使用が可能になった。SAOと異なるのは、《ユニークスキル》が廃止されたことと、ALOに合わせて一部の上位スキルに魔法属性が追加されたことだけだ。

 

 アスナも、シリカも、ユウも……いや、少なくとも知り合いのSAOプレイヤー全員は、SAOのデータを引き継いだはずだった。しかし、キリトはそれを拒否し、一から新たなアバターを作製した。

 

 彼女の質問に、キリトはうーん……と唸った後、こう言った。

 

「……あの世界のキリトの役目は、もう終わったんだよ」

 

 彼はそう言った。

 

 あの世界において、《二刀流使い》であり《黒の剣士》であった彼は、蔑まれる対象であると同時に、下層のプレイヤーや、彼の理解者にとって希望となり得る存在であった。結果的に彼が魔王であるヒースクリフを倒したことによって、『なり得る』ではなく希望そのものとなったのだが。

 

 しかし、ここではSAO生還者という過去はあるものの、ただ1人のゲーマーの少年である……ということだ。

 

「そっか……じゃあ、あの影妖精族(スプリガン)のキリト君と一緒に冒険したのは、私とあの3人だけなんだ」

 

 自分と、キリトと、シリカと、ランと、ユウキと。

 

 あの5人で旅をしたことが、非常に懐かしく感じられ、そして寂しかった。

 

「そうだ、キリト君。踊って見ない?」

 

 最近、リーファが新しく開発した高等テクニック。ホバリングしながらのダンスを、キリトは初めは戸惑っていたものの、見事にこなしてみせていた。リーファが音妖精族(プーカ)の音楽が流れるアイテムを使用しながら、その旋律に乗って2匹の妖精が踊る。

 

 しかし、その踊りが終わると、リーファは手を放してキリトの側を離れた。

 

「キリト君……私、もう帰るね」

「え、だって……」

 

 まだ誰も来ていないじゃないか、とキリトは思ったが、リーファは続けた。

 

「遠すぎるよ……お兄ちゃんの、キリト君のいる所は……」

 

 ランとユウキなら、違うのだろう。彼女たちならば、どんなに自分たちが劣っているように感じても、自分の兄にひたすらついて行くことができるのだろう。

 

 だが、自分にそれができる気がしなかった。

 

 年下のシリカでさえ、リーファにははるか遠くに及ばないように感じた。自分は諦めかけていたあの《グランドクエスト》に果敢に挑み、そして自分の恋人を取り返して見せた。その姿が、とても眩しかった。

 

 だが、自分には追いつける気がしなかった。たとえ、滞空制限が撤廃されていても、兄は自分よりもはるか高く飛んで行ってしまうような気がした。

 

 すると、キリトはリーファの手を引いて飛んでいく。

 

 そして、《世界樹》の近くまで来ると停止した。

 

「もうすぐ、あれが来るはず……」

「あれ?」

 

 すると、《イグドラシルシティ》を照らしている月に、巨大な影が差しかかかった。

 

 真っ黒なその影はよく見えなかったが、しかしどこかで見たことがあるようなシルエットをしていることに気が付く。

 

(まさか……)

 

 そして、その影――巨大な城が、光り輝いた。

 

 幾重もの円盤が重なってできたその姿は……

 

「《浮遊城アインクラッド》……」

 

 それは《ナーヴギア》に並ぶ、あのデスゲームのもうひとつの象徴でもあった。

 

 キリトたちが、2年間過ごした場所。

 

「なんで……ここに?」

「決着を、着けるんだ」

 

 それは、攻略に参加していたSAOプレイヤー全員の悲願であった。

 

「今度こそ、第百層まで完璧にクリアして、あの城を完璧に征服する――!」

 

 そのためだけに、この城は復活したと言ってもよい。

 

 キリトは、優しげな表情で妹の頭を撫でた。

 

「リーファ、俺、ステータス初期化(リセット)して弱っちくなっちゃったからさ。また、手伝ってくれよな」

 

 リーファの瞳から、自然と涙がこぼれ出た。

 

「うん……行くよ。どこまでも、一緒に」

 

 その時、彼らの後ろから、大勢のプレイヤーがやってきた。

 

 火妖精族(サラマンダー)のクライン。

 

 土妖精族(ノーム)のエギル。

 

 水妖精族(ウンディーネ)のレイン。

 

 闇妖精族(インプ)を選んだユウと、猫妖精族(ケット・シー)のシリカ、そしてランとユウキの姉妹が見当たらないが、どこに行ったのだろうか。

 

 他にも、風妖精族(シルフ)領主のサクヤやケット・シー領主のアリシャなど、豪華な顔ぶれが次々とやってきた。

 

「お先に!」

「ぼやぼやしてると、置いて行くぞ!」

 

 誰もが、キリトに一声かけて我先にと、浮遊城へ向かって行く。

 

 そして、その目の前に、1匹の美しいウンディーネ――アスナが現れた。

 

「さあ、行こう。キリト君、リーファちゃん」

 

 ためらっていた彼女を引っ張ろうとするかのように、アスナはリーファに向かって手を差し伸べる。

 

 彼女はその手を取ると、3人で浮遊城へと飛んで行った。

 

 

 

 

 

「……やっと、あの城にまた行けるんだな」

 

 ユウキと同じような紫色の髪を触りながら、ユウは感慨深げにそう呟いた。その視線の先にあるのは、光り輝く浮遊城だ。

 

 その隣にいるシリカが、彼の言葉に頷く。

 

「そうですね。ユウさん」

「今度は、キリトたちみたいにマイホームを購入するのも面白いかもな」

 

 ユウはそう思った。

 

 SAO終盤と同じように、この世界で目覚めると、いつも隣にシリカが寝ているのだ。それもまた、悪くないと彼は思った。

 

 そして、2人でこの世界を見て回ったり、時には妹たちや、キリトたち仲間と共に《新生アインクラッド》攻略や、《アルヴヘイム》の難しいクエストに挑戦したりする。

 

 そんな、これからは当たり前になるであろう未来に想いを馳せ、ユウは少しため息をついた。

 

「どうしましたか?」

「いや……幸せだな、って思っただけだよ」

 

 恋人の言葉に、ユウはその頭を撫でながら言った。

 

 ユウの――紺野裕也の、長い戦いは終わった。

 

 妹たちが長い間続けてきた病気との戦いが、SAO事件の半年ほど前に終わった。幾重もの幸運と奇蹟が重なったとしか言いようがないものであったが、彼らはとりあえず、ひとつの平穏を手に入れた。

 

 その半年後から2年間にかけて、ユウとしての命を懸けた戦いが始まった。幾度もそのHPをレッドゾーンにまで追い込みながらも、それでも彼は多くの仲間と初めての恋人を手に入れた。

 

 その戦いが終わったと思ったのもつかの間、今度は人体実験に巻き込まれた。しかし、それも恋人、妹、親友やその仲間たちのおかげで解決された。

 

 そして今――多くのことから解放された彼は、ようやく休める場所を見つけた。そして思う存分、その羽を伸ばすことができるのだ。文字通り。

 

 それは彼の言うとおり……なんと幸せなことであろうか。

 

「なーに、感傷に浸ってるの、お兄ちゃん」

 

 そんな彼に、ユウキはいつものように屈託のない笑みで元気に言った。

 

「これからはさ、いつもこんな風に、幸せなんだよ! お兄ちゃんも、姉ちゃんも、シリカも一緒にいるんだからさ!」

 

 その言葉を聞いたランも、笑顔になって自分の兄に言う。

 

「そうよ。だから、今を楽しもう?」

 

 ね? とウインクされ、ユウは笑顔でそれに応えた。

 

「じゃあ、そろそろ行くか」

 

 ユウのその言葉で、4人は一斉に飛び立つ。

 

 目標に向かって一直線に飛んでいると、ユウキがふと声を上げた。

 

「そういえばさ」

「どうした、ユウキ?」

「せっかく《アインクラッド》がこの世界に復活したんだから、お兄ちゃんが案内してよ。思い出の場所を」

 

 その言葉に、ランも頷いた。

 

「そうね、私もお兄ちゃんに案内してもらいたいな。1層から、順番にね?」

「いいけど……俺はずっと最前線にいたから、攻略をすっ飛ばしたような場所はほとんどないぞ? 75層までだけど、3年はかかるな」

「どんなに時間がかかってもいいよ! それに、100層まで行くのには、もっとほしいでしょ?」

 

 確かに、《アインクラッド》は完全にそのままではなく、難易度が主に上がる方向で調整がされているらしい。だから、デスゲームではなくなったとはいえ、完全制覇にはかなりの時間がかかるはずだった。

 

 でも、そんなことは問題ではない。彼らはもう、ゆとりのある時間を手に入れたのだから。

 

「そうですね。私もやっていないクエストとかありましたから、いろいろと挑戦したいです!」

「じゃあ、まずは第2層名物《体術》クエストだな」

 

 ユウが笑ってそう言うと、シリカが笑顔を引きつらせた。どうやら、一部のプレイヤーのみに知れ渡っている、アルゴのヒゲの真相を彼女は知っているらしい。そして、そんな彼女を見て双子は不思議そうな表情をしている。

 

 そんな彼らを誘うように空を舞いながら、竜騎士だった妖精は、光り輝く浮遊城へ飛び立った。




nozomu7です、

お待たせしました。
フェアリーダンス編が終了……と同時に、これにて予定していた話は終了です。

活動報告でも書いた通り、当初はファントムバレット編とマザーズ・ロザリオ編も計画しておりました。その場合、シノンはレインのヒロインになる予定でした。

しかし、予想以上に執筆に時間がかかってしまったことと、自分がこの物語の中でキャラクターを動かすことに限界を感じ、ここで物語を終了とすることにしました。

また、自分が一番納得していない《黒白のコンチェルト》につきましては、10月頭に削除する予定です。ご了承ください。

ではでは、これからもよろしくお願いします。

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