ソードアート・オンライン~竜殺しの騎士~   作:nozomu7

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攻略会議

 そんなエギルを憎らしげに睨みつけるキバオウ。すると、その2人の様子を噴水の縁に立って見ていたディアベルが、夕日を受けて青から紫へと染まりつつある髪の毛を揺らして言った。

 

「キバオウさん、君の言うことも理解できるよ。でも、そこのエギルさんの言う通り、今は前を見るべきだろ? 元ベータテスターだって……いや、元テスターだからこそ、その戦力は攻略のために必要なものなんだ。彼らを排除した結果攻略に失敗したら、何の意味もないじゃないか」

 

 彼もまた爽やかな弁舌であり、聴衆の中にも頷いているものが多数見受けられた。

 

「みんな、それぞれに思うところはあるだろうけど、今だけはこの第一層を突破するために力を合わせてほしい。どうしても元テスターとは一緒に戦えない、って人は、残念だけど抜けてくれて構わないよ。ボス戦では、チームワークが何より大事だからさ」

 

 ぐるりと一同を見渡した騎士は、最後にキバオウの顔をじっと見つめた。すると、サボテン頭の片手剣使い(ソードマン)はしばしその視線を受け止めた後にふんと盛大に鼻を鳴らすと、今は引き下がるがボス戦後にはきっちりと話の決着をつけさせてもらう、ということであった。

 

 それがその日のボス攻略会議のハイライトとなり、それ以外は何の滞りもなく解散まで進んだ。いや、今はボス部屋にすらたどり着けていない状況であるので、誰も知らないフロアボス攻略の作戦を練ることなどできるわけがないのだ。

 

 ――いや、それは厳密には間違っている。より正確には、『ベータテスター以外は』誰も知らない、と言うべきだ。

 

 だが、キバオウのようなアンチベータテスターのプレイヤーがいる以上、ユウも表だってキリトに訊くことはできない。あとで2人きりで話す機会でも掴むか、あるいはメッセージのやり取りでなんとかするしかない。

 

 そんな訳で、その日の会議が終わった後にはユウは早速、ベータテスターである彼に接触をした。このMMORPGでは、フレンド登録をした相手はどこにいるのかを知ることができるので、会議が終わり速やかに広場から離れていく彼を捕まえることができた。

 

「という訳で、簡単な情報を教えてくれないか?」

「……手が早いな」

 

 行動が速い友人に、キリトは苦笑いをして受け答えた。

 

「というか、ボス戦までには偵察が行われるはずだろ? わざわざ俺に聞かなくても良かったのに」

 

 彼は不思議そうな顔をして言う。確かに、何もせずにボス攻略に臨むはずがない。クエスト報酬などによるボス情報の他にも何度か偵察戦が行われ、その上でボス攻略を行うというのが普通であるのだから。

 

 しかし、ユウは真剣なものに表情を変えると言った。

 

「いや、俺が危惧しているのは、どちらかというと『ベータテストとの変更点』なんだ」

「……なるほどな」

 

 もしかすると、アルゴは再びベータテスターから情報収集をして《ボス攻略本》を作成してくれるのかもしれない(彼女自身がベータテスターであるという可能性もあるが)。しかし、それがそのまま今回の正式サービスに通用するとは限らないのだ。

 

 したがって、彼らは人気の少ない裏路地に移動する。

 

「俺が知っているのは……まず、ボスの名前と武器、そして取り巻きの武器とポップ数、あとは……ボスのHPを一定量削ったところで、持つ武器を変えることだな」

「武器を変える?」

 

 つまり、それは使用するスキルのカテゴリが根本的に変わるということに他ならない。一番警戒すべき点となるだろう、とユウは考える。

 

「ああ、骨斧とバックラーから曲刀カテゴリの湾刀(タルワール)に持ち替えるんだ」

 

 なら、もしも変更点があるとすれば……。

 

「取り巻きのポップ数の増加、あるいは持ち替える武器の変更、か」

 

 ボスや取り巻きの初期武装は、偵察に行けばすぐに分かるものだ。したがって、情報が得られる分対策が立てやすい。

 

 しかし、ポップ数の増加や変更後の武器などは、実際のボス戦にならなければ分からないだろう。

 

「曲刀……まさか日本刀とかじゃあるまいだろうし。そういえば、この世界って両手持ちの刀がないよな?」

「あ、ああ……カタナスキルは第10層の迷宮区に登場するMobが初めて使用するんだ。プレイヤーの取得条件が判明しないままベータテストは終わったからな……」

 

 げ、とユウは口には出さずに言った。

 

「となると、大穴でカタナスキルを使ってくる可能性も……」

 

 その言葉に、キリトは明後日の方向を向いてしまう。

 

「……ない、と信じたいな」

 

 その言葉に、ユウは頭を抱えた。

 

「特徴とか分かるか?」

「確認されている限り、全てが斬撃系。おそらくは曲刀の上位互換だと思うけど、変幻自在、というのが俺の感想だ。居合のような直線遠距離型から全方位攻撃まで備わっている」

 

 キリトはそのほとんどを記憶したところで、ベータテストが終わってしまったということらしい。

 

「取得するには……どうだろう。上層の隠しクエストとかか、あるいは曲刀スキルを完全習得(コンプリート)するしかない、とか……?」

 

 前者はシステム的に不可能であるし、後者に至っては、そもそも全てのプレイヤーがまだ熟練度を半分すらあげていないであろう。最前線に出ているプレイヤーでも、完全習得するには恐らく4、5か月はかかると考えるべきだ。

 

 自分の知らない、未知の攻撃。そのことに対する漠然とした不安を抱えながらも、ユウは明日に備えてPOTの補充や武器の確認などしかできないのだった。

 

 

 

 

 

 実務的な議論は一切行われなかった会議であったが、それでもプレイヤーたちの士気を上げるだけの効果はあったらしい。第一層迷宮区20階はかつてないスピードでマッピングされた。会議の翌日、ソロのユウが迷宮区第17階で行動している間に、ディアベル率いる6人のパーティーはフロア最奥の巨大な二枚扉を発見したということだ。

 

 ディアベルらは大胆なことに、ボス部屋の扉を開けて住人の顔を拝んできたという。その日の夕方には再び会議が開かれ、彼らはそのことを誇らしげに報告した。

 

 ボスは身の丈2メートルに達するような巨大なコボルト《インファング・ザ・コボルトロード》。キリトの言った通り武器は曲刀カテゴリで、取り巻きには金属鎧を着こみ斧槍(ハルバード)を携えた《ルインコボルト・センチネル》が3匹。

 

 つまり、キリトの知っている情報の通りということになる。しかし、やはりユウが危惧した情報である、持ち替える武装やポップ数の増加については(当然ではあるが)分かることはなかった。

 

 すると、会議の最中に驚くべきことが起こった。

 

 なんと、同じ広場の隅で店を広げていたNPC露天商のところに、いつの間にか羊皮紙3枚を束ねられた《アルゴの攻略本・第1層ボス編》が売られていたのだ。値段は最初から0コル。

 

 当然ながら会議は一時中断され、その場にいた全員がNPCから攻略本をもらって中身を熟読することとなった。

 

(すごい情報量だな……)

 

 ボスの名前や武器だけではない。推定HP量、武器の間合いや剣速、ダメージ量から使用ソードスキルまでが3ページにわたってびっちりと書き込まれていた。4ページ目には取り巻きのコボルトのことも乗っており、そこにはベータテスト時の情報――取り巻きが4回で計12匹であることまで乗っていた。

 

 しかし、それまでの《アルゴの攻略本》とは異なるものがあった。それは、本を閉じた裏表紙に書かれた真っ赤な一文。

 

【情報はSAOベータテスト時のものです。現行版では変更されている可能性があります】

 

 それを見たユウは顔を上げた。しかし、そこに地味なレザーアーマーを着込んだ《鼠》の姿はない。そのことを確認してから、ユウは同じように彼女の姿を探している友人の姿をとらえて苦笑した。

 

 この注意書きの意味するところ――それはつまり、万人にとってのアルゴのイメージが『誰とも知れないベータテスターから情報を買っているだけの情報屋』というものから、『元ベータテスター』というものへと変化しかねないものであった。

 

 それはすなわち、一般プレイヤー(の一部)のベータテスターに対する確執が一定値を超えた時、彼女が真っ先につるし上げられる可能性が高まったことに他ならない。

 

 複雑な感情を抱くものが多いのか、誰もが青髪の騎士をじっと見つめていた。すると、彼はたっぷり数十秒間顔を伏せて悩んだ後に、さっと姿勢を正して張りのある声で叫んだ。

 

「――みんな、今は、この情報に感謝しよう!」

 

 聴衆がさわさわと揺れた。その一方で、ユウは心の中で騎士に対して拍手を送る。今の言葉は、ベータテスターとの対立ではなく融和をはかるものであった、とも捉えられるからだ。

 

 昨日エギルに続いてキバオウに言った言葉にしろ、この騎士はベータテスターに対する意識が良いと言えそうだ。あるいは、彼自身がベータテスターである可能性も無きにしも非ずであったが、このような集団を先導する人間が差別をしない方針であるというのは、やはりユウとしては安心できると思った。

 

「出所はともかく、このガイドのおかげで2,3日はかかるはずだった偵察戦を省略できるんだ。正直、すっげーありがたい、って俺は思ってる。だって、一番死人が出る可能性があるのが偵察戦だったからさ」

 

 広場のそこかしこで、色とりどりの頭がうんうんと頷く。

 

「きっちり戦術(タク)を練って、回復薬(ポット)いっぱいに持って挑めば、死人なしで倒すのも不可能じゃない。いや、違うな。絶対に死人ゼロにする。それは、俺が騎士の誇りにかけて約束する!」

 

 よっ、ナイト様! というような掛け声が飛び、盛大な拍手が鳴り響く。

 

 そして、まずはレイドの編成のためにパーティーを作ることとなった。

 

 この場にいる人数は45人。SAOにおけるパーティーというのは6人組だ。つまり、7グループを作っても3人余るという計算になる。

 

 そんなことを考えながら、ユウはまっすぐにキリトたちの下へと向かう。

 

「キリト、組もうぜ。レイドって確か8パ-ティーまでなんだろ?」

 

 つまり、現状で考えられるのは6×7+3になるか、あるいは6×6+5+4、6×5+5×3というところだろう。そしてこの状況を見る限り、最初の選択肢になる可能性が高い。

 

「お、おう……よろしくな、ユウ」

 

 キリトはそう言うと、1人でいるフーデッドケープの少女に近づいて行った。

 

「俺たちと組まないか。レイドは8パーティーまでだから、そうしないと入れなくなる」

 

 彼の言葉に彼女は一瞬の逡巡を見せた後、ふんと鼻を鳴らして言った。

 

「そっちから申請するなら受けてあげないこともないわ」

 

 その台詞にユウは言葉を詰まらせたが、キリトは頷いてその視界に表示されている彼女のカラー・カーソルに触れるとパーティー参加申請を出した。同じように、ユウにもそれが送られてくる。

 

 ユウは自分の視界に表示された2人の名前と、自分の物に比べて小さく表示されるHPゲージを見る。【Kirito】とその下に表示されている名前は――【Asuna】、アスナ。

 

 それが、SAO初の友人2人、その片割れが連れてきた少女の名前だった。

 

 その後、騎士ディアベルはレイド編成においても優秀な指揮能力を発揮した。

 

 彼は出来上がった7つの6人パーティーを検分し、最小限の人数を入れ替えただけで重装甲の(タンク)部隊1つ、高機動高火力の攻撃(アタッカー)部隊3つ、そして長物装備の支援(サポート)部隊2つに編成し直したのだ。

 

 壁部隊は交互にボスのタゲを受け持ち、火力部隊は2つをボス攻撃、もう1つを取り巻き殲滅へと分けた。そして、支援隊は長物武器に多い行動遅延(ディレイ)スキルをメインに使用し、ボスや取り巻きの攻撃の阻害が役割とした。

 

「シンプルだが、それゆえに付け入られる隙も少ない良い作戦じゃないかな」

「まあ、フロアボス攻略が初めてである以上、これが最善だろうな」

 

 そして彼は最後に、おミソの3人パーティーの前にやってきて、しばし考え込む様子を見せてから言った。

 

「君たちは、取り巻きコボルトの潰し残しが出ないように、E隊のサポートをお願いしていいかな」

 

 この時、ユウの心の中には2種類の想いが生まれていた。

 

 1つは、まあ人数も少ないんだし、しょうがないよな、という聞き分けの良い考え。

 

 そしてもう1つは、げ、よりによってキバオウのいるE隊かよ、という少し落ち着かない気持ちである。

 

「了解。重要な役目だな、任せておいてくれ」

「ああ。頼んだよ」

 

 ナイト様がそう言って噴水の下へと戻っていくのを確認した細剣使いは、すると、剣呑な響きを感じさせる声で言った。

 

「……どこが重要な役目よ。ボスに一回も攻撃できないまま終わっちゃうじゃない」

「し、仕方ないだろ、3人しかいないんだから。スイッチでPOTローテするにも時間はギリギリだし」

「まあ、しょうがなくはあるよな。もう1人いれば話は変わったんだろうけど」

 

 すると、少女は首を傾げて言った。

 

「……スイッチ? ポット……?」

 

 彼女から発せられる疑問に、ユウは驚きを覚えた。確かにソロプレイヤーではあまり使わない言葉であろうが、それなりに情報収集などをしていれば、知っていて当然の言葉だからだ。

 

 スイッチ、というのは、簡単に言えば敵Mobをパリィ(相手の武器を弾くこと)あるいは一時麻痺(スタン)をさせるなどして隙を作り、その間に前衛後衛を入れ替えることだ。ある程度戦闘に慣れている人で仲間とある程度連携がとれていれば、結構誰にでも使えるシステム外スキルである。

 

 POTというのは、ポーション……つまりは回復薬のことだ。VRゲームであるSAOにおいては、一般的なゲームのようにボタン1つですぐにPOTを消費、HPを回復、というわけにはいかない。ポケットかアイテムストレージの中から自分でビンを取り出して中身を飲み干す(おまけに苦いレモンジュースのようなまずい味がする)ことで消費する。

 

 おまけに、この世界における回復ポーションというのは時間継続回復(ヒール・オーバータイム)……つまり、飲めば一瞬で規定量のHPが回復するのではなく、1ドットずつじわじわと増えていくというもどかしいものなのだ。もっとも、時間経過でHPが回復するバトルヒーリングスキルももちろんあるのであるが、もどかしいことには変わりない。

 

「……あとで、全部詳しく説明する。この場で立ち話じゃとても終わらないだろうから」

 

 キリトの言葉にこの少女がどう言葉を返すのかユウは少しはらはらしながら見つめていたが、レイピア使いは数秒の沈黙の後で、微かに頷きを返した。

 

 

 

 

 

 この2回目の攻略会議は、AからGまでナンバリングされた各部隊リーダーの短い挨拶と、ボス戦でドロップしたお金やアイテムの分配方針を確認して終了となった。アイテムに関してはドロップした人のもの、という単純明快なルールが決定され、ユウはほっとした。

 

 ダイスロールなどの方法を取った場合、誰かが名乗り出ずにネコババした挙句、ギスギスした雰囲気での解散となる可能性もあったからだ。もし一度そうなってしまえば、これからのボス攻略は統制のとれないラストアタックボーナス(LA)合戦などになりかねない。

 

 恐らくディアベルは、そのような事態になることを恐れたか、あるいはレイドのリーダーとして確実に自分がLAを獲得する自信があるためか、そのようなルールを設定したのだろう。ちなみに、ユウは後者の理由が強いと考えている。

 

 それは、その日ユウが宿屋に帰った後、一度落ち着いて考えてみた結果だ。

 

 ディアベルはこの第1層ボス攻略が終わってからも、みんなを率いるリーダーとして攻略に臨んでいくつもりであろう。その時、もしもこの世界に2つとないユニーク品であるLAを持っていれば、それだけでステータスはかなり底上げされるはずだ。

 

 そうすれば、彼は名実ともに全ての《アインクラッド》攻略プレイヤーを率いる騎士となることができる。つまり、自分の立場を高めることができるのだ。そう考えると、彼がベータテスターである疑惑が一層強まった。

 

 だが……それは逆に言えば、フロアボス《インファング・ザ・コボルトロード》のHPゲージの残りが最後の1本となり武器を持ち替えた時、もしも当初の危惧の通り湾刀ではなくカタナであったら、最も危険なのがディアベルであるということになる。

 

 その時、自分はどうするべきなのであろうか――。

 

 そう考えたユウは、いや、と首をぶんぶん横に振った。

 

 やるべきことだったら、すでに分かり切ったことではないのか。この場所にいる仲間たちを死なすことなく、ボスを倒す。そして青髪の騎士が言った通り、この世界がいつか終わるということを、恐怖で《はじまりの街》から未だ出ることができないでいる人々に伝えるのだ。

 

 そうすれば、希望を持って攻略に臨む人も増えるであろう。最も、そうすれば気を抜いて危険にさらされるプレイヤーが発生する可能性もないことはない。しかし、その辺りは安全マージンをきちんととってから行動することなどを重点的に呼びかければよい。

 

 そうすれば、次の層は1か月どころか半月とかからずに攻略できるはずだ。ユウはこの世界の第100層(完全)攻略には早くても2年、長ければ3年はかかると踏んではいるが、それでも攻略のペースが早くなればそれだけ解放の日も早くなるには違いない。

 

 ユウはその時ふと思い出すと、アイテムストレージを確認した後に慌てて宿屋を飛び出した。ボス攻略に備えるためには、きちんとPOTを準備しておく必要がある。


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