ソードアート・オンライン~竜殺しの騎士~   作:nozomu7

38 / 46
フェアリーダンス
眠る閃光と竜騎士


 全世界を震撼させたデスゲーム《ソードアート・オンライン》が終了してから、2か月が経過した。

 

 世間は元の様子に戻りつつあるものの、それでもSAO生還者(サバイバー)と呼ばれる者たちは、未だ学校へは帰還できていない。大人たちも、全員が職場に復帰できているわけではないらしい。そもそも、およそ2年間も『現実世界』の肉体は、病院のベッドの上で寝たきりであったのである。

 

 彼らは、未だに衰えた身体能力を取り戻すためのリハビリを中心とした生活を、余儀なくされていた。

 

 それでも、衰えた体も徐々に筋力が戻り、大抵の人が補助なしで歩くぐらいの事は出来るようになっているようであるし、以前の体重には程遠いものの、以前のような体に少しずつ戻り始めているのは確かだ。

 

 そんなことを、朝食の席でニュースを見ながらシリカ――否、綾野珪子は考えた。

 

「はあ……」

 

 そんなため息をつき、そして慌てて口を閉ざして周囲を確認する。

 

(そう言えば、今日はお母さんも仕事で家を早く出て行くって言っていたっけ)

 

 今のため息を母親に聞かれていたら、必要以上に心配をかけてしまう。今だけは、家に1人でいることにほっとした。

 

 12歳から14歳という、かなり重要な成長期にかけて、彼女の体は寝たきりの生活を余儀なくされた。そのため帰還から当分の間、食事量は増えるどころか以前よりも減ってしまっているほどであった。

 

 もっとも、今は以前と同じ程度の食事ができるようにはなったが、それでも同年代である一般的な中学2年生に比べれば、彼女の体はかなり小柄であろう。

 

 しかし、心配をかけている両親には申し訳ないとは感じながらも、今の彼女には自分の体以上にその頭の大部分を占めているものがあった。

 

「……ユウさん」

 

 ポツリ、とその名前を呟く。

 

 あの第75層の突然の展開でデスゲームから解放されたため、結局彼女は彼の本名も連絡先も知らない。唯一知っていることは、彼に病気を患っていた妹が2人いることや、両親がすでにいないことなどであるが……かなり特殊なデータではあるものの、それだけで連絡先を特定することはできないだろう。

 

 せめて、一緒に彼を探してくれそうな協力者でもいればいいのだが……。

 

(キリトさんやアスナさんのことは、もっと分からないし……)

 

 しかし、そう悩んでいると、電話が鳴った。

 

 そのことにわずらわしさを感じながらも、今の家には自分以外誰もいないので、とりあえず電話に出る。あの頃友人だった子たちとは、数人再会こそしたものの、明確な距離ができてしまっていた。つまり、自分に電話をかけてくる人はいないと考えていたのであるが……。

 

『すみません。桐ケ谷と申します。えっと……綾野珪子さんはいますか?』

 

 その声には、聞き覚えがあった。

 

「……キリトさん?」

『シリカだよな? 良かったよ、連絡がついて』

 

 懐かしいその声に驚く。確か、茅場晶彦と共にそのHPを散らしたはずであるのに……。

 

「えっと、どうして、電話番号……?」

 

 しかし、予想外の衝撃を受けていた彼女は、どうでもよいことを口にしていた。

 

『いろいろあって、総務省の人から聞き出したんだ。シリカだけじゃなくて、アスナとユウのことも』

 

 その言葉に、珪子は食いつく。

 

「ユウさんと会えますか!?」

『ああ。実はログアウト直前に、連絡先を教えてもらったんだ。ただ、普通に会えるわけじゃないけど……』

 

 その言葉に、珪子は受話器を持ったまま首を傾げる。

 

『今日、昼にエギルの家で集合して、そこから一緒に向かおう』

「エギルさんまで!? はい!」

 

 彼女は、待ち合わせ場所を聞くと電話を切り、慌ただしく外出の準備をする。戸締りだけは確認すると、走って家を出て行った。

 

 予想外の展開に、どうしてユウが待ち合わせ場所に来ないのかを聞かされないまま……。

 

 

 

 

 

 東京都の台東区御徒町。

 

 そこのある裏通りにある古い喫茶店『DiceyCafe』が、エギルの家であるらしい。

 

「エギルさん!」

「おお、シリカ。久しぶりだな」

 

 そこには、マスターとしてエギルが立っていた。カウンター席には、キリトもいる。

 

「じゃあ、改めて自己紹介だな。この喫茶店『ダイシー・カフェ』店長のアンドリュー・ギルバート・ミルズだ。こっちでもエギルでいいぞ」

「俺は桐ケ谷和人。16歳だ」

 

 彼ら2人が自己紹介をしたので、珪子も自己紹介をする。

 

「綾野珪子、14歳です」

 

 彼らはそんな風に自己紹介をしたが、結局ゲーム内のプレイヤーネームで呼び合った。

 

「それでキリトさん、ユウさんの連絡先って」

「ああ、そのことなんだが……先に、入ってもらおう、エギル、頼む」

 

 和人が目配せすると、エギルは頷いた後に奥にある扉を開けて、その中にいた人に声をかけた。

 

 そこから出てきたのは、2人の少女だった。年齢は、珪子と同じか1つ下だろうか。1人はアスナを連想させる雰囲気を持っていた。恐らく、姉妹なのだろう。

 

「はじめまして、綾野さん。紺野藍子です」

「ボクは、紺野木綿季。よろしくね!」

 

 姉は落ち着いた様子で、妹は元気な印象を与える。対称的でありながら、どこか似ている気がした。

 

 そして、珪子は彼女たちに似たような人に、会った気がするのだ。

 

「……まさか」

「はい。お兄ちゃんの本名は紺野裕也といいます。SAOでのプレイヤーネームは《Yuu》にするって言ってました」

 

 その言葉に、珪子は衝撃を受ける。

 

 つまり、彼女たち2人が、ユウ――裕也が2年間再会を求めてやまなかった双子の妹たちであったのだ。

 

 彼女たちなら、確実に裕也と連絡をつけてくれるはずだ。珪子は、思わず立ち上がって駆け寄る。

 

「あ、あの……知っているようですが、綾野珪子、です。向こうでのプレイヤーネームは、《Silica》。ユウさん……いえ、裕也さんとは、去年の4月から付き合っていました」

 

 そのことを告げた珪子は、慎重に彼女たちの様子を見た。

 

 なんとなく目の前の少女を見た時に、1つの考えが浮かんだからだ。

 

 ――自分がいることで、この兄妹の仲に何かあってしまったら。彼らの距離が、たとえ少しであっても離れてしまったら。

 

 裕也が、自分の妹たちのことをどれほど心配し、求めていたかを知っている珪子は、そのことを非常に心配していたのだ。

 

 恐らく、あえて知らされていなかったのであろう、双子はその言葉を聞いて目を丸くしていた。

 

「お兄ちゃんの、彼女……」

 

 そして、ボソリと呟いた後に、木綿季が大きな声を出す。

 

 

 

「ええええええっ!? 何それ、ボク聞いてないよ、キリト!」

 

 

 

 木綿季は、思いっきり和人の下まで駆け寄った。

 

 否、超至近距離まで顔を近づけるほどに迫った。

 

「ちょっと、木綿季!? 近いって!」

「いや、だからどうして言わなかったのさ!」

 

 どうやら、和人は彼女たちに兄にいる恋人という存在を伝えていなかったらしい。

 

 藍子も和人に迫ってはいないものの、彼に送る視線は冷ややかだった。

 

「木綿季、キリトさんとは『後でじっくりとお話』すればいいんだから、今はやめておきなさい」

「お姉ちゃん……」

 

 姉に注意され、木綿季はしぶしぶと引き下がった。一方、『お話』の部分に込められた感情に非常に冷ややかなものを感じ取った和人は、頬を引きつらせた。

 

「ほ、本人の口から聞いた方がいいと、思ったからさ……」

 

 そんな弁明をするが、自身に突き刺さる彼女たちの視線に耐え切れなくなったのか、露骨に話題を逸らす。

 

「そ、それでシリカ。今回来てもらったのは、元々は連絡が付いた彼女たちに会ってもらうためだったんだけれど、もうひとつ、エギルから用事があるんだ」

 

 その言葉に、エギルは頷くと1つのゲームソフトをカウンターの上に置いた。

 

 《ALfheim Online》――《アルヴヘイム・オンライン》。

 

「シリカさんは、《アミュスフィア》って知っていますか?」

 

 藍子の言葉に、珪子は頷いた。

 

「い、一応知っています。SAOの《はじまりの日》から半年後に発売された、《ナーヴギア》の後継機ですよね?」

 

 そこまでは彼女も調べたものの、それ以上に調べることはなかった。再びVRMMORPGに関わろうとすれば、両親に心配をかけると思ったからだ。

 

 すると、和人が簡単に説明した。

 

「《アミュスフィア》は、簡単に言えば《ナーヴギア》のセキュリティシステムおよびセーフティ機構が強化されたものなんだ」

「ALOは、その中でも今一番人気の商品らしい。理由は『飛べるから』だそうだ」

 

 エギルが付け足すと、珪子は「飛べる?」と聞き返した。

 

「ALOはその名の通り、北欧神話に出てくる妖精の世界《アルヴヘイム》が舞台になっているからねー。妖精なんだから、羽根があるのは分かるでしょ?」

「《フライト・エンジン》というのが搭載されていて、実際に羽根を動かして飛ぶことができるんです」

 

 木綿季と藍子が交互に説明してくれる。やけに流暢に説明されたことに不自然な感じを覚えながら、珪子はもう一度パッケージに目を落とした。

 

「へえ、なんだか、まったりしていそうな世界ですね」

「そうでもないぜ。どスキル制。プレイヤースキル重視。PK推奨」

「どスキル制?」

 

 エギルが聞いたこと無い言葉を言ったので、聞き返す。

 

「いわゆる『レベル』が存在しないらしい。各種スキルが反復で上昇するだけで、HPもたいして上がらない。戦闘もプレイヤーの運動能力依存で、ソードスキルなし、魔法ありのSAOってところだ」

「しかも、9つの種族が存在していて、プレイヤーは全員その種族に別れているんです。種族が違う相手は基本的に敵だから、プレイヤー同士で殺し合いになるんですよ」

「種族が違うと、どうして殺し合いになるんですか?」

 

 藍子の言葉に尋ね返すと、木綿季が説明してくれた。

 

「《世界樹》っていうのがあって、その中に入ると《グランドクエスト》っていうのが受けられるんだよね。ようするに、ラストステージやラスボスなんだけれど、そこを突破したプレイヤーの種族は光妖精族(アルフ)に進化できるんだ」

「空を飛ぶことはできても、システム上で滞空時間には限界があって。だけど、光妖精族にはその限界がないらしいんです」

 

 なるほど、と珪子は頷いた。

 

 ALOについてのことは大体把握できた。しかし、一番肝心なところが説明されていない。

 

「このゲームが、ユウさんとどう関わりがあるんですか? そもそも、どうして一緒にユウさんが来ていないんですか?」

 

 その質問を投げかけた途端、喫茶店の中が静まりかえった。

 

 誰もが、深刻そうな顔をしている。

 

 そんな中で、和人がゆっくりと口を開いた。

 

「シリカ……できるだけ冷静に聞いてくれ」

 

 

 

 ――ユウもアスナも、まだ《ナーヴギア》を被ったまま目を覚ましていないんだ。

 

 

 

 一瞬、珪子の思考に空白が生じた。

 

 ユウさんが目を覚ましていない? 彼だけでなく、アスナさんまで?

 

 訳が分からない、といった様子で、彼女は双子に目線を移す。しかし、2人とも辛そうな表情で頷くだけだった。

 

「どう、して……?」

「分からない。だけど、これがヒントになると思う」

 

 和人の言葉に合わせて、エギルが2枚の写真を取り出した。

 

 ゲームの画像だろうか、両方とも、かなりぼけていてわかりづらい。しかし……

 

「ユウさんに、アスナさん?」

 

 そうとしか、彼女の眼には見えなかった。

 

「それは、ALOの中で撮影されたものらしいの」

「ALOの中で?」

 

 体格順位五人のプレイヤーが肩車をして、多段ロケット方式で樹の枝を目指したことがあったらしい。だが、ぎりぎりで到着できなかったそうだ。

 

 しかし、到達高度の証拠に5人目が何枚か写真を撮ったところ、その中の1枚に巨大な鳥籠が写っていた。その写真をギリギリまで引き延ばしたのが、アスナ(?)が写っている写真である。

 

 そして、ユウ(?)が発見されたのが、グランドクエストである《世界樹》の中だ。

 

 その写真に写る人影はとがったような耳をしており、竜のような羽根と尻尾があるため、かつてSAOの中で見た彼の面影は少なくなっていた。しかし青を基調としたその防具と、そして何より彼の代名詞である《ドラゴンアーム》と《アスカロン》が写っている以上、彼であることは確信が持てる。

 

「竜人《シグルズ》というイベントMobらしい。グランドクエストを一定以上の高さまで攻略すると現れ、倒すと魔剣《フロッティ》が手に入るそうだ」

 

 その言葉に、珪子の顔が怒りで赤くなった。その様子を見て、和人は少し話題を変えた。

 

「実は、俺はアスナの見舞いに何度か行っているんだ」

 

 アスナ――本名、結城明日奈は、なんと大企業『レクト』のCEO、結城彰三の娘であるのだという。

 

 和人は、彼女の元に見舞いを繰り返すうちに、父親とも面識を持ったらしい。しかし、先日彼から腹心の部下である須郷伸之という男を紹介された。

 

 しかも、彼は明日奈と結婚をするつもりであるらしい。

 

 彼女の意識がない以上婿養子という形であるが、それでも世間的には彼女との結婚が事実ということにされてしまう。

 

 それでも、まだ須郷という人物が良識のある人間であればよいのであるが、SAOから未だ生還していない300人には、彼が関わっているということを得意げに話していたそうだ。

 

 しかも、レクトの子会社である『レクト・プログレス』はALOの運営会社であるそうだ。

 

「俺はこの2人と話し合って、ALOの中で《世界樹》を目指すつもりなんだ。そこで、アスナとユウのことを、この目で確かめたい」

 

 その時珪子が見た和人の目は、あの《黒の剣士》を彷彿とさせるものであった。

 

「私も行きます」

 

 その言葉を聞いて、藍子が嬉しそうに笑った。

 

「《アミュスフィア》のソフトは《ナーヴギア》でも同じように動くはずです。ソフトは用意してあるから、これ、持って行ってください」

「絶対に、お兄ちゃんを助けよう……!」

 

 木綿季も珪子の手を握りしめて、力強く言う。

 

「お前ら、本当に行くつもりなんだな?」

 

 エギルが、心配そうに2人を見る。

 

 《ナーヴギア》で死亡するのは、あくまでもSAOをプレイした場合のみだ。しかし、あのデスゲームから生還した者にとって、VRMMORPGをプレイするということには、大きな意味があった。

 

 しかし、キリトが笑って言った。

 

「死んでもいいゲームなんて、ぬるすぎるぜ」

 

 その言葉に、エギルは呆れたような顔をする。

 

 彼らは『ダイシー・カフェ』を後にしたが、駅が近づいたところで藍子が声をかけた。

 

「珪子さんは、この後、時間がありますか?」

「はい……まだ大丈夫ですけど」

 

 家を出たのが朝食後すぐだったので、まだ10時頃でしかなかった。

 

 今日は――というか、そもそも最近は学校もないので、リハビリと親に命じられた自宅学習以外に特にやることがない。

 

「じゃあさ、お兄ちゃんに会ってみない?」

 

 

 

 

 

 横浜港北総合病院は、紺野家からあまり離れていない場所にある。

 

 『ダイシー・カフェ』からはそこそこ時間がかかってしまうが、それでも彼女たち3人はそこに来た。

 

「和人さんも、お見舞いに来てくれたんです。珪子さんにも、会ってほしくて」

 

 病院の中に入ると、その独特の臭いが鼻についた。

 

 受付の人とも姉妹は既に顔見知りらしく、ほとんど顔パスに近い状態でどんどん通路を進んで行く。珪子は、その後から緊張しながらついて行った。

 

 エレベーターを降りて歩くと、そこで男の医師に会った。

 

「倉橋先生」

「今日は、3人で来ました!」

 

 ユウの担当医なのだろうか。

 

 彼女たちの元気な姿を見て、彼は優しげな表情を浮かべる。

 

「藍子君、木綿季君も、いつもありがとう。後ろにいる子が、昨日言っていた……」

「あ、綾野珪子です」

 

 珪子はそう言った。どうやら、自分の素性はばれているようだ。

 

 ならば、下手に緊張することもないだろう。

 

「裕也君の担当医の、倉橋です」

 

 彼は、そう名乗った。

 

 倉橋は、親切に彼女たちと一緒に裕也のいる病室まで案内してくれた。

 

 しかし……

 

「あの……さっきから、看護婦さんたちが……」

「ああ、視線、少し鬱陶しいんだよねー」

 

 木綿季は笑顔でそう言ったが、彼女たちは慣れているようだった。倉橋は、少し申し訳なさそうにしている。

 

「珪子君は……藍子君と木綿季君が、かつてここに入院していたことを、聞いたかな?」

「病気だった、ってことは、ユウさんから聞きました」

 

 そう言ってから、結局、彼から何の病気に罹っていたのかは、聞いていなかったことを思い出した。

 

 しかし、あのユウが隠していたという事は、簡単に聞いていい内容ではないだろう、と彼女は考え、それ以上のことは口にしなかった。

 

 すると、彼らがひとつの扉の前で、立ち止まる。

 

「裕也君がいるのは、この部屋です。この病院にいる未帰還者の数の関係上1人余ってしまうので、彼はかつて姉妹で使っていた部屋を1人で使用しているんですよ」

 

 そう言って倉橋はその扉を開いた。

 

「お兄ちゃん、今日はお客さんも連れてきたんだよ?」

 

 藍子がそう言いながら、病室の中へと入っていく。

 

 珪子も緊張しながら、彼女の後ろに続いて室内へと足を踏み入れる。

 

 

 

 そこでは1人の少年が、悪魔の機械を頭に付けたまま、ベッドの上で寝ていた。

 

 

 

 髪がかなり伸びて顔をところどころ隠しており、何より寝たきりの生活が続いているためか、頬が痩せこけている。

 

 しかし、その顔はまさしくあの世界で見たアバター《ユウ》の顔と瓜二つであった。

 

「ユウ……さん!」

 

 シリカは思わず彼に飛びつく。

 

 会えた。ようやく、会えた。

 

 初めて出会って《思い出の丘》へ行き、そして別れてから《圏内事件》まで2か月弱かかっているため、会っていなかった期間はその時とあまり変わりないはずだ。しかし、シリカはかつて一緒にいたことが遠い昔のことのように思えた。

 

 再会の時を、一日千秋の思いで待ち続けていたのだから。

 

 珪子の言葉に、彼は眠ったまま目を覚まさない。彼の元に辿り着けたことを喜ぶ半面で、彼女の目から涙が溢れだした。

 

 再会の、うれし泣きではない。彼が返事をしないことに対する、悲しみだ。

 

「裕也君の状態は、SAO事件が発生していた2か月半前の状態から、変化していません……」

 

 倉橋先生の声が、病室に響く。

 

「幸い、SAO事件が終わったことで一時的にできた余裕があるため、この一部屋を個人部屋として確保することができました。ですが、原因が分からないことには……」

「分かっています」

 

 珪子は、彼に向かってそう言った。

 

 倉橋はその言葉に驚いていたが、珪子の表情を見ると、笑みを浮かべた。

 

「でしたら、仮想世界のことは珪子君たちに任せます。現実世界の体のほうは、私たち病院の方で責任をもって預からせていただきますから、安心してください」

 

 真剣な表情で言われたその言葉を受けて、珪子はとても心強く思えた。

 

「行きましょう、珪子さん……いや、シリカさん。ALOの中に……お兄ちゃんとアスナさんに、会いに行きましょう」

「はい!」

 

 彼女たちは病院を出ると、2人は横浜駅まで見送りに来てくれた。シリカは彼女たちと別れると、まっすぐ自分の家に帰る。

 

 家に着くころには、すでに日は傾いていた。

 

 和人の言葉によれば、明日1月20日から彼はALOへのログインをする予定だという。2人は互いの種族をそれぞれ《影妖精族(スプリガン)》、《猫妖精族(ケットシー)》に決定し、中立地帯で落ち合うことを決めた。

 

「ただいま!」

 

 しかし、親に知られれば、十中八九、反対されるだろう……。

 

 そう考えた珪子は、どうすれば両親に知られずに済むかを考え始めた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。