ソードアート・オンライン~竜殺しの騎士~ 作:nozomu7
尋常でない強さを誇った、クォーターポイント・75層のフロアボス《スカル・リーパー》を撃破しても、歓声を上げるものはいなかった。
誰もがその場に座り込み、武器を放り出している者も多い。
「……何人、やられた?」
しばらく時間が経った後、クラインがぽつりとつぶやいた。
その声を受けて、キリトは緊張した様子でレイドメンバーの安否を確認する。
「……14人、死んだ」
「嘘だろ……!」
エギルは、かすれたような声でそう言った。そして、それを皮切りに生き残った人たちの間に、絶望の表情が広がっていく。
「あと、25層もあるんだぜ……?」
「本当に俺たちは、頂上まで辿り着けるのか?」
クラインとレインの言葉を聞き、ユウとシリカは、思わず互いの手を握りしめた。
「ユウさん……」
「ありがとう。でも、俺は大丈夫だ。死んでいった連中のことは、悲しいが……」
ユウは戦意こそ消え去っていないが、それでもいつもの前向きな様子が消えていた。
妹の元へ帰るためには、残り25層を突破しなければならない。しかし、上の層に行けば行くほど、自分が、仲間が死んでしまう可能性が上がっていく。
残酷なそのジレンマに、心が押しつぶされそうになる。
しかも、今回のボス戦では、各ギルドから最大の戦力を惜しみなく出しているはずだ。つまり、死んでいった者たちも、トップギルドの中でも精鋭の連中ばかりなのである。
つまり、今回の戦いで《攻略組》全体の戦力が大幅に削れてしまった、ということだ。
さらに、74層と同じように75層も《結晶無効化空間》であったということは、残りの76層以降も、全てが同じであると考えるべきだ。おまけに、フロアボス戦が開始されれば扉が消え、撤退することは不可能となる。ボスを倒すか、全滅するかの2択だ。
恐らく、76層攻略は大幅に遅いペースになる可能性が高い。そして、ボス戦のたびに死者が発生していたら、ますますそのペースは落ちていく。
(その間に、『現実世界』にある俺たちの体は、無事なままでいられるのか……? 倉橋先生たち、日本中の医師が頑張ってくれているとは思うが、何年も電脳の世界に意識を奪われたままで、寝たきりの体がそう長く持つとは思えない)
そうなれば、今後の攻略のことを考え直す必要がある。今一度、特に《ユニークスキル》持ちのキリトやヒースクリフと話し合う必要があるだろうか、と彼は視線を巡らせ、そして気が付いた。
今回の激闘でも、ヒースクリフのHPゲージはイエローゾーンを迎えていなかった。
(嘘、だろ……!?)
この世界における盾というのはどんなに優れたものを持っていても、あくまで一定のダメージをカットするというだけだ。つまり、攻撃を防いだところでダメージを蓄積することには変わりないのである。
考えられる可能性としては、盾と鎧の防御力が異常に高いか、《バトルヒーリング》スキルが高いという2択であるが……。
その時。
キリトがいきなり、剣を握りしめて突撃した。基本突進技《レイジスパイク》だ。同じ基本突進技である《ソニックリープ》よりも射程距離が長い――
彼の《エリュシデータ》の切っ先が、衝突した。
ヒースクリフの盾に、ではない。彼はキリトに気が付き、とっさに盾を構えたものの、キリトはその軌道を修正して防御をかいくぐったのだ。
衝突したのは――突如として現れた、薄紫色の障壁だった。
《Immortal Object》。
その表示は、何度も見覚えがあった。そして、最近でもユウは、その表示を思いがけない場所で見かけていた。
《
「システム的不死……って、どういうことですか、団長?」
アスナの言葉に答えたのは、ヒースクリフではなくキリトだった。
「この男のHPゲージは絶対に
その言葉に、周囲が一斉にざわついた。そして、ユウはそれだけでキリトの辿り着いた『答え』を知る。
それは、あまりにも残酷だ。
「この世界に来てからずっと疑問に思ってたことがあった。あの男は、今何処で俺達を観察し、この世界を調整しているのだろうってな」
普通に考えれば、GMとしてリアルタイムでこの世界を調整していると思うだろう。しかし、《カーディナル》の存在を知っている以上、その考えは間違いであることが分かる。
GMである茅場晶彦は、《カーディナル》にデスゲームを円滑に進めるように指示さえしていれば、四六時中この世界を観察し続けている必要などないのだから。
「でも、俺は単純な真理を忘れていたよ。どんな子供でも知っていることさ。『他人のやっているRPGを、傍らから眺めるほどつまらないものはない』」
――そうだろう、茅場晶彦?
その言葉に、その場にいた誰もが息をのんだ。
2年前に自分たちをこの世界に閉じ込めた張本人。多くの仲間を喪った者もいるだろう……その仇が、自分たちの中に紛れ込んでいたのだ。それも、全プレイヤーの中でも最強の聖騎士という形で。
「……なぜ気づいたのか、参考までに教えてもらえるかな?」
その質問は、キリトの問いに対して、事実上肯定したことと同義だった。
「最初におかしいと思ったのは、
「やはりそうか。あれは私にとっても痛恨事だった。君の動きについ圧倒されて、システムのオーバーアシストを使ってしまった」
ヒースクリフはその場にいる全員の顔を見渡した後、堂々と言い放った。
「確かに、私は茅場晶彦だ。付け加えれば、最上層で君達を待ち受けるはずだった最終ボスでもある」
その場にいた全員に衝撃が走った。
「そんな……」とよろめきかけたシリカを、ユウは後ろから抱きしめて支える。
「……趣味がいいとは言えないぜ。最強のプレイヤーが一転最悪のラスボスか」
「なかなかいいシナリオだろう? 最終的に私の前に立つのは君らだと予想していた」
キリトとユウを交互に見つめ、ヒースクリフは得意げに話す。
「全十種存在するユニークスキルのうち、《二刀流》スキルは全てのプレイヤーの中で最大の反応速度を持つ者に与えられ、その者が魔王に対する勇者の役割を担うはずだった。だが、君は私の予想を超える力を見せつけた。まぁ、この想定外の事もネットワークRPGの醍醐味と言うべきか」
史上最悪の男はそこまでキリトに向かって話すと、今度はユウへと振り返る。
「そして、私はユニークスキル持ちに対し、それにふさわしい武器として《聖剣》の存在を考えた。君の持つ《アスカロン》は全プレイヤーの中でも、戦闘中の運動量に対する戦闘能力が最も優れた者……すなわち、最小限の動きで最大の成果をたたき出すプレイヤーに対し、特定の高難易度クエストを達成した時のみに報酬として送られることとなっていた。《神聖剣》と《二刀流》以外のユニークスキルは76層転移門が開通したのちに、特定条件を満たした者から順に解放されて行く予定だったのだが、その時には恐らく君もユニークスキルを与えられていただろうね」
そんな賞賛を彼らに送るが、その言葉は逆にユウの心を怒りで高ぶらせるばかりだった。
そんな中、《血盟騎士団》の男のうち1人が、立ち上がった。
「俺たちの忠誠……希望を……よくも……よくも……よくも――――ッ!」
《血盟騎士団》のプレイヤーが両手剣を握り締め、勢いよく跳び上がって、武器を振りかぶる。だが、茅場は冷静に左手でウィンドウを操作した。
すると、空中でその男は体を硬直させ、そのまま無防備な姿で地面へと落下した。
茅場晶彦は立て続けにウインドウを操作すると、ボス部屋の中にいたプレイヤーが次々と《
「あっ……」
「キュル……」
腕の中で力が抜けて地面に倒れそうになるシリカを、ユウは思い切り抱きしめて支えた。しかし、その肩に乗っていたピナは、彼女の足下へ落ちてしまう。
キリトとユウだけが、《麻痺》になっていない状態で残った。
「どういうつもりだ?ここで全員を殺して隠蔽するつもりか?」
「まさか。そんな理不尽な真似はしないさ。こうなっては致し方がない。私は最上層の《紅玉宮》にて、君たちの訪れを待つとしよう。ここまで育ててきた《血盟騎士団》、そして《攻略組》プレイヤー諸君を途中で放り出すのは不本意だが、なあに、君達の力ならきっと辿り着けるさ。……だが、その前に」
ヒースクリフはそこで一度言葉を区切り、十字剣を収めた盾を黒曜石の床に突き立てた。
「キリト君。君には私の正体を看破した報酬を与えなくてはな。チャンスをあげよう。そしてユウ君、キリト君の行動の意味を、すぐに理解した君にもね」
彼はそう言うと、ウインドウを操作した。そして、その隣に一匹の竜が現れる。サイズとしては……一般的なフィールドボスよりも、一回り小さい程度。ちょうど、ユウが《ドラゴンアーム》を手に入れたクエストにおいて戦った相手と、同じサイズだった。
「《カオス・ドラゴン》。第80層において発生する、高難易度クエストにおいて戦う相手だ。本来は報酬として、《聖剣》を与えるためのクエストだったのだが……君には、こいつと戦ってもらおう。そして、君が勝利すれば、キリト君は私と一対一で決闘する権利を持つ。その決闘に勝てば、生き残っている全プレイヤーを開放することを約束しよう。無論、不死属性は解除する。……どうかな?」
その提案を聞いた瞬間、キリトとユウの脳裏に、この2年間の出来事が走馬灯のように駆け巡った。
《はじまりの日》の、全プレイヤーの慟哭。
第1層ボス戦レイドリーダー、騎士ディアベルの死を始めとして、目の前で命を散らしていった者たち。
生き残るために、仲間と巨大なボスに挑んだこと。
その中で出会った、キリトたち、大切な仲間……。
そして……妹がいない寂しさを埋め、心を休めさせてくれた、大切な少女、シリカ。
ユウがキリトの方を見ると、キリトもアスナを抱きかかえたまま、ユウを見て頷いた。
(こいつとの付き合いも……もう2年か)
そんなことを考える。
親友同士、互いの思いは言葉にせずとも伝わっていた。
ユウは、ゆっくりと腕の中の恋人を降ろす。同じように、キリトも……。
「いいだろう」
「ああ。決着、つけてやるぜ」
2人で横に並んで、それぞれの最後の敵の前に立ちはだかった。
「ユウさん!」
「シリカ……最後まで心配かけてすまねえな。文句は、向こうで会ってからにしてくれないか……? その時には、お前のわがままでも、なんでも聞いてやるよ」
「そんなの、いつものことじゃないですか……ッ!」
シリカは、その場で泣き出してしまった。そのことに罪悪感を感じながらも、ユウは彼女を置いてその場を後にする。
「ユウ、キリト、やめろー!」
クラインが声を上げると、キリトが言った。
「エギル。今まで剣士クラスのサポート、サンキューな。知ってたぜ。お前が儲けのほとんどを、中層プレイヤーの育成につぎ込んでたこと」
その言葉に、エギルは目を見開いた。
「クライン。あの時……お前を置いて行って、悪かった」
「て、テメー、キリト! 謝ってるんじゃねぇ! 今謝るんじゃねぇよ! 許さねぇぞ! ちゃんと向こうでメシのひとつでも奢ってからじゃねぇと、絶対許さねぇからな!」
「分かった。次は向うでな」
キリトは右手を上げて答えた。
「レイン。お前との再会は、とんでもなく最悪だったな。でも、あの時会えなかったら、また昔のように会って、笑って話すことはできなかった。また、向こうで会おう」
「勝てよ、ユウ! 俺は、またお前に借りを返せていないんだ。だから、絶対に、また昔みたいに、一緒に……!」
「ああ。また一緒に遊ぼう」
レインは、そこで言葉を詰まらせてしまったので、ユウは微かに笑って答える。
「じゃあキリト、お先に片づけさせてもらうぜ」
「ああ、ユウ。頼む……勝てよ!」
言葉を交わすのは、そこまでだった。
ユウは《アスカロン》を構えると、正面から《カオス・ドラゴン》に斬りかかった。
敵の牙と、ユウの斬撃が衝突する。
(……思っていた以上に、力が強いな)
高難易度クエスト用Mobであるので予想はしていたが。
敵のかみつき攻撃を、思い切ってその首の下に滑り込むことで、紙一重で回避する。
「あぶねえ……!」
誰かが呟いたその言葉は、ユウの耳には入っていなかった。
《ラピッド・バイト》を竜の喉元に叩き込むと、迫る右足を《ライトニング》で相殺しながら、わずかに後ろに下がって距離をとる。
両手斧3連撃《ランパー・ジャック》を叩き込みながら、《
噛みつこうとしてくる《カオス・ドラゴン》の牙に《トライ・ピアース》を叩き込み、そして両手剣4連撃《ライトニング》を放つと、硬直が抜けた直後に右前脚での爪攻撃を防御した。
重い一撃であるその威力を逆に利用して、ユウは大きく距離を取る。ふう、と一度大きくため息をついた。
(やはり、この組み合わせが最適か……)
《剣技連携》での硬直時間は、最後に使用したソードスキルのものとなる。そのため、《ライトニング》を持ってくるのがやはり一番良いとユウは考えていた。
そして、後は相手の攻撃を正確に見極めるだけ。
確かに、このボスはステータスが高い。パワーもかなりのものだし、敵の攻撃はソードスキルの威力なしには相殺しきれない。
(だが、それだけだ)
竜殺しは、《竜騎士》ユウの本分だ。
茅場はステータスの高さから、彼にとって十分すぎる敵になると考えたのかもしれないが、ユウにとっては強敵ではあっても、強すぎるとは決して感じなかった。
(お前の敗因は……俺たちプレイヤーの強さを下に見たことだ、茅場晶彦!)
ユウの動きが、急変した。
彼の攻撃は苛烈さを増し、しかしそれは決して乱暴なだけではなく、繊細さを併せ持っていた。ドラゴンのあらゆる攻撃をいなし、相殺し、そして生じた隙にソードスキルを次々と叩き込む。
ユウが、一方的に竜を切り刻む。そして、敵は四散した。
《剣技連携》の連続使用による疲労が一気に押し寄せ、ユウはその場に座り込む。
「ユウ!」
「キリトぉ! 後は任せたぞ!」
ユウに《麻痺》がかかり動けなくなった直後、勇者と魔王の激突が始まった。
キリトは、オリジナルのソードスキルにも迫らんとする勢いで、剣を放つ。
だが、キリトはソードスキルを使用できない。設計者である彼には、その軌道を完全に見切られてしまうからだ。
速く、速く――より、速く。
怒涛の連撃を放つキリトと、それを全てさばくヒースクリフ。
しかしそんな中、ヒースクリフの突きがキリトの頬をかすめた。
「……くっそぉぉぉ!」
キリトの持つ2本の片手剣が輝く。
(バカ!)
二刀流最上位スキル《ジ・イクリプス》。
連続27連撃を繰り出す技だ。
だが、茅場は笑っていた。そして、一度発動したソードスキルは、ユウの《剣技連携》でもない限りには止められない。
上下左右から繰り出される斬撃を、茅場は全て完璧に防ぎきる。
そして――最後の一撃が十字盾にぶつかると、左手に握られた《ダークリパルサー》が砕けた。
キリトが、最上位スキルの後に課せられる長い硬直に入った。
「さらばだ、キリト君」
茅場が神聖剣スキル《ガーディアン・オブ・オナー》を放つ。
ユウは動けない。
(キリト……!)
しかし、その視界の隅からキリトに向かって、まっすぐ走っていく影があった。
その姿は、《麻痺》の状態であるにも関わらず、キリトの前に躍り出ると、その身を挺して彼をヒースクリフの剣から守る。
「うそだろ……アスナ……こんな……こんなの」
倒れ込むアスナを、キリトが抱きかかえる。
――ご め ん ね 。 さ よ な ら 。
その言葉を最後に、1人の少女がその仮想の体と命を、無数の光に変えて散らしていった。
「これは驚いた。自力で《麻痺》から回復する手段はないはずだがな………こんなことも起きるのだろうか?」
その言葉に、怒りがわいてくる。
だが、キリトはそのまま呆然としていた。
気力というものが、まるで感じられない。アスナの剣と残った《エリュシデータ》を握りしめて立ち上がったものの、のろのろとした動きで、剣技と呼ぶのには陳腐すぎて……ただ、適当に剣を振ろうとしているだけだった。
残った《エリュシデータ》が茅場に弾き飛ばされ、そして、その無防備な体を剣が貫通した。
徐々にHPが減少していき、1人の少年が死に向かう。その姿は、もはやそれでよいと諦めている節が見受けられた。
だから、ユウは叫んだ。
親友として。1人のプレイヤーとして。現実と仮想の両方の世界で、命の重さを感じたことのあるものとして。
「諦めてんじゃねえ、キリトぉ! お前にとってその左手のレイピアの重さは、その程度かよ!」
ただ、感情をむき出しにして。
「お前の命は、そんなに軽いもんじゃねえ! ぶっ飛ばすぞ!」
その言葉を聞いたキリトは、微かに笑ったように見えた。
そして、HPがゼロになったその瞬間、キリトの左手に、力がこもる。
「はあああ――っ!」
その体がまさに散らされようと光を纏ったその時、キリトが全身全霊の力を込めてアスナの残した《ランベントライト》で茅場の体を貫く。
キリトが纏っていた光がヒースクリフにも移り、そして2人のアバターがその姿を散らした。
『11月7日14時55分、ゲームはクリアされました。ゲームはクリアされました……』
「……ユウ?」
聞き慣れた声に名前を呼ばれて、ユウは気が付いた。
今自分が立っている場所は、あのボス部屋ではない。夕焼けに染まる空に浮かぶ、分厚い水晶の板の上だった。
「……キリト? アスナ?」
見慣れた2人が手をつないで立っている。
「なあ、ここはどこだ?」
「分からない。でも、あれ」
キリトが指さす方向を見ると、そこには《浮遊城アインクラッド》が崩壊していく姿があった。
「なかなかに絶景だな」
「茅場晶彦……」
キリトが呟く。それは、かつてこの世界に閉じ込められるよりも前にメディアで幾度となく見た、白衣姿の茅場晶彦の姿であった。
「現在、アーガス本社地下五階に設置されたSAOメインフレームの全記録装置でデータの完全消去を行っている、あと十分ほどでこの世界の何もかもが消滅するだろう」
その言葉に、アスナが心配そうに問いかけた。
「あそこにいた人たちは、どうなったの?」
「心配ない。先ほど、生き残っていたプレイヤー6367人の全プレイヤーのログアウトが完了した」
「……死んだ4000人は、どうなったんだ?」
4000人――厳密には3633人。
その数が、最初のプレイヤー数である1万から減っていた。
「彼らの意識は帰って来ない。死者が消え去るのは何処の世界でも一緒さ」
「……どうして、こんなことをした?」
ユウは、この2年間、《アインクラッド》にいた誰もが疑問に思っていたであろう内容を、尋ねた。
「なぜ、か。私も忘れたよ……なぜだろうな。フルダイブ環境システムの開発を知った時、いや、その遥か以前から私はあの城を、現実世界のありとあらゆる枠や法則をも超越した世界を創ることだけを欲して生きてきた。そして、私は……私の世界の法則をも超える世界を見ることができた」
彼はそう言うと、一度その視線の先を夕焼けに染まる空から、崩れていく鉄の城へと移す。
「空に浮かぶ鉄の城の空想に私が取りつかれたのは何歳の頃だったかな……。その情景だけは、いつまで経っても私の中から去ろうとしなかった。この地上から飛び立って、あの城に行きたい……長い、長い間、それが私の唯一の欲求だった。私はね、まだ信じているのだよ……どこか別の世界には、本当にあの城が存在するのだと……」
「……ああ、そうだといいな」
キリトが呟く。
ユウとアスナも、その言葉に頷いた。
「言い忘れていたな。ゲームクリアおめでとう。キリト君、アスナ君、ユウ君」
最後にそう言うと、彼は3人に背中を向けた。
「さて、私はそろそろ行くよ」
風が吹き、そして茅場晶彦は消え去った。
「じゃあ、俺も行くか……」
彼が消えたのを確認すると、ユウもまた背中を向けて歩き出す。
「ユウ……」
「お前ら2人を、邪魔したくねえんだよ」
彼はそう言いながら、しかし一度立ち止まって後ろを向いた。
「紺野裕也」
「え?」
「それが、俺の本名だ。神奈川県に住んでいる……行きつけの病院に『横浜港北総合病院』ってところがあって、そこの倉橋先生って人が、かかりつけの人だ。多分、いろいろ便宜を図ってくれると思うから」
こうでも言っておかないと、向こうに戻ってから連絡のつけようがない気がしたので、ユウはそう言った。
「……分かった。きっと、会いに行く」
「その時には、妹のことも紹介するさ。……ったく、お前のお陰でシリカの連絡先も聞き忘れたから、協力しろよ」
いつも通り冗談っぽくそれだけ言うと、ユウは歩き出した。
ただし、最後に一言添えて。
「――ありがとな、キリト、アスナ」
その遠ざかっていく背中に、2人も言葉を投げかける。
「2年間、ありがとう、ユウ!」
「ありがとう、ユウ君!」
その言葉に手を振って答えると、ユウはその場を後にした。
しばらく歩くと、2人がとても小さく見える。この結晶は、案外大きいようだった。
最後に完全に崩れ落ちた浮遊城を見て、ユウは呟く。
「藍子、木綿季。……待たせてすまなかった。お兄ちゃん、ようやく帰れるから」
その言葉を最後に、ユウの意識は遠ざかっていく。
この日、最前線が第75層であったにも関わらず、デスゲーム《ソードアート・オンライン》に囚われたプレイヤーが、次々とログアウトされて『現実世界』に生還を果たした。
しかし……《閃光》のアスナ、及び《竜騎士》ユウを始めとした、約300名のプレイヤーは、以前として目を覚まさないままだった。
これでアインクラッド編は終了となります。
ありがとうございました。
この話《竜殺しの騎士》は、もしもユウキたちが生き残っていたらどうなのだろうか……という思いつきから始まり、このような形になりました。
《幻想創造》の駿斗といい、自分は兄という存在に対して、強い憧れがあるのかもしれません。
ゆっくりのペースの投稿でしたが、アインクラッド編を無事に終えることができ、読者の皆様には本当に感謝しています。また、プログレッシブの部分に関しては、一応矛盾点がないようにしているつもりですが、違和感がある場所などがありましたら、遠慮なく言ってくださると、嬉しいです。
また、現在はフェアリー・ダンス編を執筆中です。しかし、しばらくは神谷のほうに集中するかもしれません。その前に、プログレッシブに少し手を加え直したいとも思っているので。
では、これからも《竜殺しの騎士》をよろしくお願いします。