ソードアート・オンライン~竜殺しの騎士~   作:nozomu7

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奈落の淵

 5人は安全地帯である部屋に移動した。

 

 その部屋には低い、黒い石でできた台があり、ユイはその台に腰掛けた。

 

「ユイちゃん……思い出したの? 今までのこと」

 

 アスナは心配そうに、彼女に話しかける。

 

「はい」

 

 彼女の言葉遣いからは、今までの幼い様子が消えていた。むしろ、見た目よりも大人びた話し方になったように思える。

 

「キリトさん、アスナさん、ユウさん、シリカさん」

「ユイ、ちゃん?」

 

 ユイは、初めてプレイヤーネームを呼んだ。それは、彼女の記憶と引き換えに、何かが失われたことを意味しているように感じられ、ユウは何か寂しいものを感じた。

 

「《ソードアート・オンライン》という名のこのゲームは、ひとつの大きなシステムによって支配されています」

 

 システムの名前は《カーディナル》。

 

 二つのコアプログラムが相互にエラー訂正を行い、更に無数の下位プログラム群によって世界の全てを調整する……人の手によるメンテナンスを必要としないこのシステムが、この世界の調整役となっている。

 

 モンスターやNPCのAI、アイテム・通貨の出現バランス……何もかもが《カーディナル》指揮下のプログラム群に操作されている。

 

「……しかし、ひとつだけ人間の手に委ねなければならないものがありました。プレイヤーの精神性に由来するトラブル、それだけは同じ人間でないと解決できないからです。そのために、数十人規模のスタッフが用意されるはずでした」

 

 しかし、実際には用意されることはなかった。

 

 開発者たちは、プレイヤーのケアすらもシステムに委ねようと考えたのだ。その結果、GMでもなく、プレイヤーでもなく、しかしMobやNPCとも異なる存在が、この世界には生まれた。

 

 

 

 ――MHCP(メンタルヘルス・カウンセリングプログラム)試作第一号、コードネーム《ユイ》。それが私です。

 

 

 

 その言葉に、その場にいた全員が息をのんだ。

 

「プログラム……AIだっていうの?」

 

 アスナが、信じられないといった様子で叫ぶ。

 

「プレイヤーに違和感を与えないように、私には感情模倣機能が組み込まれています」

 

 彼女は、その瞳から雫を落とす。

 

「偽物なんです、この涙も……ごめんなさい、アスナさん……」

「ユイちゃん……」

 

 アスナはユイの涙を拭おうと近づくが、彼女はそれを拒んだ。その行動にさらに胸を痛めた表情で、アスナは再びキリトの隣へと戻る。

 

「でも、記憶を失っていたんですよね? AIにそんなこと、起きるんですか?」

「……2年前、正式サービスが始まった日……何が起きたのかは私にも詳しくは解らないのですが、《カーディナル》が予定にない命令をわたしに下したのです」

 

 それは、プレイヤーへの一切の干渉を禁止する、というものだった。彼女は仕方なく、プレイヤーのメンタル状態のモニタリングを続けたのだという。

 

(つまり……茅場晶彦は、あの日にGM権限として《カーディナル》を使用、ユイへ命令を下した、ということか)

 

 恐らくは、デスゲーム開始と同時だろう。

 

 となれば、メンタルのモニタリングをする彼女は、そのままずっと絶望する数々のプレイヤーを見てきたということに、他ならない。

 

「状況は、最悪と言ってもいいものでした……」

 

 恐怖、絶望、怒りといった負の感情に支配された人々……時として、狂気に陥る人すらいた。

 

 ユイに本来与えられた役割の上では、すぐにもそのプレイヤーの元へ赴き、カウンセリングを行わなければならない。しかし、《カーディナル》の命令がある以上、人に接触することは許されない。

 

「義務だけがあり、権利の無い矛盾した状況の中、私はエラーを蓄積させ、崩壊していきました……」

 

 だが、その時いつもと異なるプレイヤーの2人が現れたという。

 

「喜び……安らぎ……でもそれだけじゃない……。そんなあなたたちに近づきたくて、私はフィールドをさまよいました」

「それで、22層の森に……?」

「はい。キリトさん、アスナさん……私、ずっとあなたたちに会いたかった……会って、お話ししたかった……おかしいですよね? こんなこと、思えるはずがないのに……私、ただのプログラムなのに……」

「ユイちゃん……あなたは、本物の知性を持っているんだね……」

 

 アスナの言葉に、ユウも頷いた。

 

「ユイちゃん、やりたいことをやりたいと思えるのだったら、自分が何かのシステムだとか、プログラムだとか……そんなことは、やりたいことをやらない理由にはならないよ。ユイちゃんが、キリトやアスナと一緒にいたいのだったら……それは、自分で選ぶべきことなんだ。誰かに強制されて、諦めるようなことじゃない!」

「そうですよ、ユイちゃん!」

 

 シリカも叫ぶ。すると、キリトが彼女の前に歩み出ると、屈んで目線を合わせた。

 

「ユイはもうシステムに操られるだけのプログラムじゃない。だから、自分の望みを言葉にできるはずだよ。……ユイの望みはなんだい?」

「私は……」

 

 ユイは、彼に向かって両手を伸ばす。

 

「私は……ずっと一緒にいたいです、パパ、ママ……!」

「ユイちゃん……! ずっと、ずっと一緒だよ……!」

 

 アスナが、彼女に走り寄って抱き付く。

 

「ああ、ユイは俺たちの子供だ……!」

 

 キリトもまた、2人を抱きしめた。しかし、ユイにはあきらめの表情が浮かぶ。

 

「もう……遅いんです」

 

 彼女が今座っている台は、GMがシステムに緊急アクセスするためのコンソールなのだという。あのボスモンスターも、これを使用して消去したのだが、同時に、彼女のプログラムもまた、チェックされることとなってしまった。

 

「《カーディナル》の命令に違反した私は、システムにとっての異物です。すぐに消去されてしまうでしょう」

「そんな……」

「なんとかならないのかよ!」

 

 だが、彼女は次第に光を纏い始めていた。明らかに、システムに変化が起きている。

 

「ユイちゃん、キリトさんたちと一緒にいてよ! また……また、あのログハウスに行くから!」

 

 シリカが目に涙を浮かべながら言う。

 

「ここにいてくれよ、ユイちゃん!」

「……これでお別れです」

「嫌、そんなの嫌だよ! これからじゃない! これから、楽しく……仲良く暮らそうって……」

「パパ、ママ、ありがとう。これでお別れです……」

 

 その瞬間、ユイの身体が白い光に包まれ始めた。

 

 カーディナルが、彼女をこの世界から消し去ろうとしているのだ。制御下にあるはずのユイが非常に人間的であっても、このシステムはどこまでも冷酷だった。

 

 アスナが泣きながらユイを抱きしめる。

 

「ユイ!行くな!」

 

 キリトもユイの手を握り締めた。

 

「パパとママの傍に居ると、みんなが笑顔になれる。お願いです。これからも、私の代わりにみんなに笑顔を分けてあげてください」

「嫌だよ! 私……ユイちゃんがいないと、笑えないよ!」

「……ママ……笑って」

 

 その言葉を最後に、白い少女は消えた。

 

 アスナの慟哭が、無機質な白い部屋の中に響いた。

 

「ユイちゃん……!」

 

 シリカもその後ろで、自分の顔を手で覆い隠した。そこから零れ落ちる雫を、ピナが優しくなめる。

 

「うう……!」

 

 ユウもまた、その場で沸き起こる自分自身の無力さに打ちひしがれ、肩を震わせ拳を思い切り握りしめた。

 

 だが、1人だけ動いた。

 

「カーディナル! いや、茅場! そういつも、お前の思う通りになると思うなよ!」

 

 キリトが叫び、コンソールを叩く。

 

「今ならまだ、ここのGMアカウントでシステムに割り込めるかも」

 

 巨大なウインドウが出現し、高速でスクロールする文字列が並んだ。

 

 キリトが幾つかのコマンドを入力すると、小さなウインドウが現れ、プログレスバーの横線が右端まで到達する。

 

 その瞬間、コンソール全体が青白く輝き、キリトを吹き飛ばした。

 

「キリト君!」

「キリトさん!」

「キリト!」

 

 キリトは、起き上がるとその掌の中にあったものを、アスナに差し出した、

 

 それは雫の形をしており、とてもきれいな輝きを放つクリスタルだ。

 

「これは……」

「ユイが起動した管理者権限が切れる前に、ユイのプログラム本体をシステムから切り離して、オブジェクト化したんだ。………ユイの心だよ」

 

 その返事にアスナはまた涙を流し、クリスタルを握り締める。

 

 涙を流す彼女に、キリトは優しく寄り添った。

 

 

 

 

 

 ユイのデータは、キリトのナーヴギアに保存されるように設定されているらしい。そのため、時間はかかるが、やり方次第で『現実世界』に戻った後も、再び展開できるようだ。

 

 そんな顛末を、ユウはエギルの店でレインへ語った。

 

「カウンセリングのプログラム、ねえ……」

「俺も、そこまでは完全に予想外だった。何か事情はあるとしか」

 

 レインと再会してから、彼らは定期的にここで会って雑談をすることが多くなっていた。どちらかが言い出したものではないが、暗黙の了解のようなものだ。互いにこの店に来る日付や時間帯が、攻略のペースからなんとなく分かるのである。

 

「そういえば、お前昨日の噂話聞いたか?」

「話?」

 

 レインが突然話題を変更したので、ユウがお茶を口元から話して顔を上げると、彼は真剣な表情をしていた。

 

 嫌な予感が、背中を走る。

 

「何か……あったのか?」

「あくまでも噂なんだが……第75層のフロアボス偵察をした《血盟騎士団》や《青竜連合》の連中が、10人くらい減らされて帰ってきたらしい」

 

 その言葉に、ユウは大きく目を見開いた。

 

「馬鹿な……偵察部隊ってことは、防御と撤退に特化した連中のはずだ!」

 

 ユウは声を荒げた。

 

 このデスゲームにおいては、ボス戦というのは最も危険なものの分類に入る。

 

 そのため、《迷宮区》を攻略しボス部屋を見つけた後もすぐにボスに挑むようなことはせず、通常はこのように偵察戦を行い、相手の姿や攻撃パターンなどを見極めたうえで、本格的な討伐に挑むのだ。

 

 全く情報がない状態での偵察戦は、文字通り命懸けだ。何しろ、安全マージン限界までレベルを上げていても、ボス相手では全く安全な状態にはならないからだ。

 

 攻撃力の強さでもそうだが、攻撃範囲、そして何よりボス特有の特殊攻撃など……今まで、幾度となく困難な状態に直面してきた。

 

 だから、偵察戦は攻略の生命線なのだ。そのため、ユウが言った通り防御と撤退に優れた人間が集められて行われるはずなのだ。

 

 すると、レインは続けて言った。

 

「あくまでも、噂だ。だがユウ、考えてみろ。今の最前線は75層……」

「……クォーターポイント……!」

 

 浮遊城《アインクラッド》において、クォーターポイントである25層、50層のフロアボス戦は、特別な意味を持っていた。

 

 5の倍数の層におけるフロアボスはその他の層に比べると強めに設定されているが、特に第25層の双頭巨人型のフロアボスと、第50層の金属製の仏像めいた多腕型のボスは、他のフロアボスよりも抜きんでた巨体と桁違いの戦闘力を持っていたのだ。

 

 いずれも、攻略組に多大な損害を与えている。

 

 第25層では《アインクラッド解放隊》が再起不能の損害を受けて攻略組を脱落した。

 

 第50層でもヒースクリフ率いる援軍が現れなければレイドが総崩れになる寸前まで追い込まれた。彼が《神聖剣》を用いて参戦しなければ、全滅していた可能性すらあり得る。

 

 そして……今回の第75層は。

 

「単に、強いというだけじゃないな……全滅ってことは、恐らく《結晶無効化空間》。しかも、ボス部屋の扉にも何か開くための条件がある……いや、最悪、戦闘が始まったら終わるまで開かないという可能性もある」

「……最悪だな」

 

 この世界における結晶アイテムというものは、まさに魔法のようなものだ。しかし、この空間においては《回復結晶(ヒーリングクリスタル)》を用いたHPの回復も、《転移結晶》を用いた緊急脱出も不可能である。このトラップには、多くのプイレヤーが被害にあってきた。

 

 さらに、万が一ボスがデバフ系のスキルを使用してきた場合、《麻痺結晶》や《解毒結晶》、《止血結晶》といったアイテムも使用できなくなる。

 

「74層でも《無効化空間》であることには変わりなかったが、それでもあいつらは扉からの撤退もできたし、後から突入して援護することもできた。だけど」

「今回は、それすらも許されない、ということだ」

 

 今回のボス戦は、数少ない命綱なしでの戦いとなるのだ。

 

 その危険性を噛みしめているとき、メッセージが届いた。2人は、それを確認すると、すぐに立ち上がる。

 

(今日11月7日の午後3時……ボス戦、か)

 

 まずは、2人でリズベッドの元へ向かう。《アスカロン》の整備はマスタースミスである彼女くらいしか、できるものではないのだ。

 

 また、レインの使用している両手槍《リデンション》も、彼女がつくった武器である。

 

「はい、終わったわよ」

「サンキュ」

 

 ユウのモンスタードロップの両手剣と《アスカロン》、そしてレインの《リデンション》の整備を終えた彼女は、彼らに剣を渡す。

 

 今回、彼女や《月夜の黒猫団》といったボス戦に不参加の面子には、ボス部屋が《結晶無効化空間》であることを伝えていない。心配をさせたくないからだ。

 

 自分の心の支えとなったキリトと、親友であるアスナがその場所に行くとなったら、彼女もついて行きかねない……とユウは思ったのである。キリトやアスナも、無意味に友人たちの心配をかけないために、黙っている。

 

「今回のボス戦は、どんな様子なのよ?」

 

 リズベッドは、何も知らないままそう尋ねてきた。それに対し、レインがすぐに答える。

 

「まあ、クォーターポイントってだけあって、かなりの強敵らしい。偵察隊も大変だった、って聞いている」

 

 大変、と言葉を濁した。

 

「……そう。キリトとアスナ、あとシリカとかは?」

「メンテをしたばかりなんだったら、ポットの補充でもしているんじゃないか?」

 

 そんな話をしているうちに、メンテが終わり集合場所へ向かう時間となった。

 

「……じゃあ、行ってくるぜ」

「倒したら、すぐにメッセージ飛ばしてやるからな」

 

 ユウとレイン、2人が彼女の工房を後にする。

 

「「転移《コリニア》」」

 

 その先には、多くの見知ったメンバーがいた。

 

「ユウさん!」

「シリカ」

 

 シリカが、真っ先にユウの元へ駆け寄り、ピナもその後ろに続く。

 

「ユウ、レイン、待っていたぜ」

「おう、どんなボスだろうが、ぶっ倒してやろうぜ」

 

 《青竜連合》など、いつもの最前線プレイヤーの中でも、トップクラスのレベルを持つメンバーが、ここに集っていた。それ以外の、少数規模でも最前線で活躍するプレイヤーも多くいる。

 

 例えば、クライン達《風林火山》。

 

 彼とは《はじまりの街》以来の付き合いである。まさか、ここまで打ち解けた仲になることができるとはな、とユウは感慨深いものを感じた。

 

 例えば、エギルとその商人仲間のタンク組。

 

 彼らには、いつもお世話になりっぱなしだ。今回のボス戦で少しは借りを返したいものだが、逆に借りを増やしてしまいそうな気がする、とユウは内心で苦笑いした。

 

 そして……キリトとアスナ。

 

 第1層のころからの付き合いである彼ら2人。

 

 まさか本当に付き合い始めるとは思わなかったが、むしろユウにとってはそれが嬉しかった。同い年の親友なのに、時折弟のように接してしまうキリトと、自分の双子の姉のような性格をしているアスナは、どうしても目が離せない気がするのだ。

 

 まさかの再会を果たした、レイン。

 

 最初こそ殺し合ったものの、今では良い友人になれた。それでよかったと思うし、これからもそうしていたいとユウは思う。

 

 何より……恋人のシリカ。

 

 彼女と出会わなければ、自分は焦って、そして死んでいたかもしれない。妹を想い、求めるあまり、自分自身が、そして自分自身を見てくれる彼女が、見えていなかった。だが代わりに彼女が自分のことをまっすぐ見つめてくれていた。

 

 かけがえのない、存在だ。

 

 ユウが物思いに沈みながらも、集中力を高めていると、ついにレイドリーダーである《血盟騎士団》ヒースクリフたちが、その場に現れた。

 

「コリドー・オープン」

 

 彼は《回廊結晶》を掲げ、キーワードを口にする。これで、ボス部屋の目の前へと直接移動できるのだ。

 

 移動に1~2時間かかるこの行程を無視できるのは、疲労が蓄積しないという意味で非常に大きい。

 

「さあ、行こうか」

 

 ヒースクリフのその言葉を皮切りに、次々とメンバーがゲートの中へ入っていく。

 

 ボス部屋の前で全員が最後の確認を終え、戦闘態勢に入る。

 

「基本的には我々《血盟騎士団》が前衛で攻撃を食い止める。その間に、可能な限り攻撃パターンを見切り、攻撃して欲しい。厳しい戦いになるだろうが、諸君の力なら切り抜けられると信じている。――解放の日のために!!」

 

 ヒースクリフの言葉に、全員が声を上げる。

 

 その中、1人だけキリトはヒースクリフを冷たい眼差しで見つめていた。

 

 ボス部屋の扉が開かれる。

 

「……戦闘開始!」

 

 レイドメンバーが一斉に雄たけびを上げて、その中へ突撃した。全員がボス部屋の中へ入ったその次の瞬間、扉が勝手に閉じ、そして消える。

 

 ここまでは想定の範囲だが……。

 

「……い、いねえぞ?」

「どこだ?」

 

 いつまでたっても、ボスが湧出(ポップ)しない。しかし、ボス部屋が開かれるよりも前には、部屋の中には何もなかったはず――

 

「上よ!」

 

 アスナがそう叫び、全員が天井を見た。

 

 いた。

 

 巨大なムカデのような骸骨が、一対の鎌を携えている。

 

 《The Skull Reaper》……《スカル・リーパー》。

 

「固まるな、距離を取れ!」

 

 ヒースクリフが叫んだのと同じくらいに、その巨体が落下してきた。

 

 レイドメンバーが一斉に散らばる中、恐怖で動けなくなったプレイヤーがいる。

 

「こっちだ、走れ!」

 

 キリトの声で我に返り、全力で走り出す。だが、着地したスカル・リーパーは、その手の鎌を一閃した。

 

 武器で防ぐこともできずに、体が宙を舞う。キリトとアスナの目の前に来たので、彼らはその体を受け止めようと前に出て――しかし、その手は空を切った。

 

 被害者が無数のポリゴン片へと、その姿を変えたのだ。

 

「い、一撃だと!?」

「無茶苦茶だ……!」

 

 それまでのSAOではありえなかった、即死レベルの攻撃。その事実に、レイド全体が恐怖に陥る。

 

 その間に、スカル・リーパーはもう1人の逃げ遅れた男に迫り、鎌を一閃した。

 

(危ない!)

 

 ユウがそう思った時、かん高い金属音がした。ヒースクリフが、その自慢の防御力で彼を守ったのだ。さらにもう一方の鎌が振るわれるが、そちらはキリトが両手の剣を交差させて守る。

 

 力負けしそうになるキリトに、アスナは後ろから突きを繰り出して彼の剣と鍔迫り合いを起こしている鎌を弾いた。

 

「2人同時になら受け止められる。私達ならできるよ、キリト君!」

「ああ。鎌は俺たちが食い止める! みんなは、側面から攻撃してくれ!」

 

 その言葉に、エギルたちが一斉に斬りかかった。

 

 その身に攻撃を受けたスカル・リーパーは、鋭くとがったその尾の先端を彼らに向ける。

 

「エギル、下がれ!」

 

 ユウが、《アバランシュ》を発動して彼らの前へ一気に突進する。そして、敵の尾を弾き飛ばした。

 

「やあっ!」

 

 同時に、シリカも敵の足に4連撃刺突技《ファッド・エッジ》を放つ。一定確率で《出血》のデバフをつけられるソードスキルであるが、彼女の短剣(ダガー)《フェアリー・オーシャン》の命中率上昇の効果と相まって、見事なクリティカルヒットと同時に、相手に《出血》の判定が出た。

 

「おらあ!」

 

 クラインが、さらにその上から3連撃技《羅刹》を放つと同時に、ユウの《剣技連携(スキルコネクト)》が発動し、《アバランシュ》の硬直が取り消され、曲刀4連撃《ファラント・フルムーン》へと移る。

 

「ユウ、サンキュ!」

 

 レインが叫び、4連撃技《ヴェント・フォース》がスカル・リーパーへ、ユウの斬撃と同時にヒットする。

 

「……させるか!」

 

 シリカ、クライン、レインの3人にその矛先を向けた尾を、ユウが横へいなす。

 

 しかし、ユウが守ることができるのは、あくまでも側にいる友人たちだけだ。ボスの巨体を挟んだ反対側にいる人たちまでは、とても手が届かない。

 

 だが、とてもそこまで気は回らなかった。ただひたすらに、目の前の尾を弾き、隣の恋人を、仲間を守ることに全力を注ぐ。

 

 その後ろで、この巨体の反対側で、何回か仲間が砕け散る音がした。だが、ユウは――いや、誰もがその回数を数える余裕さえなくしていた。

 

 ただひたすらに、その巨大すぎる剣を、全力で振り回す。自分自身でも無意識のうちに新たな《剣技連携》のバリエーションを増やしていたが、そのことにすら彼は気が付いていなかった。

 

(シリカ!)

(はい!)

 

 阿吽の呼吸で、彼女と連携を取る。

 

 ピナが、凄まじい勢いで減少していく彼女のHPを回復している。

 

 そんな彼らを邪魔しようとするスカル・リーパーの攻撃を、《風林火山》とレイン・エギルが弾き返す。

 

 その隙をついて、ユウが鬼気迫る勢いで《アスカロン》の斬撃でボスの攻撃を弾き、敵の巨体に叩き込む。

 

 どれほど時間が経っているのかも分からないまま、スカル・リーパーがその姿を四散させた……。


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