ソードアート・オンライン~竜殺しの騎士~   作:nozomu7

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はじまりの教会

「「……すっげえ!」」

 

 その様子を後ろから見ていた子供たちは、一斉にユウとアスナを取り囲んだ。

 

「初めて見たよ、あんなの!」

「うん、すごくかっこよかった!」

 

 そこに、髪を結った女性も来て頭を下げる。

 

「ありがとうございました」

「いえ、無事だったようで何よりです」

 

 アスナが子供たちに囲まれて戸惑っている間に、ユウは女性に応対した。

 

「どうだ。ママは無茶苦茶強いだろ?」

 

 その様子を見たキリトが言ったが、すると背中に背負われていたユイが突然、空に手を伸ばした。

 

「みんなの、心が……」

「ユイ、どうした?」

「ユイちゃん、大丈夫?」

 

 キリトとシリカが焦る様子にアスナとユウも気が付き、子供たちの間を抜けて彼らの元へ駆けつける。

 

「ユイちゃん、どうしたの? なにか、思い出したの?」

「わたし……わたし、ここにはいなかった。ずっと1人で、暗い所にいた……!」

 

 その言葉を絞り出すように言うと、突然彼女は絶叫を上げて倒れた。

 

 いや、それだけではなかった。

 

 彼女が叫ぶと同時に、周囲に一斉にノイズが現れた。それは、この世界に来てから初めてのものだった。

 

(なんだこれ……まるで、テレビやパソコンの調子がおかしいような……)

 

 思わず、両手で耳を塞いでしまう。

 

 しかし、ユイがキリトの背中に落ちそうになるのを、アスナがきちんと受け止め、ユウは少し安堵する。

 

「ママ、怖い、怖いよ……」

「ユイちゃん……」

 

 アスナが彼女を抱きしめる中、ユウとシリカ、そしてキリトは今発生した現象について考えた。

 

「なんだよ、今の……?」

 

 その呟きの答えは、誰も持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

 

 結局、気を失ったユイは数分で目を覚ましたものの、長距離を瞬時に移動する《転移門》を使うことにキリトとアスナが難色を示したため、女性、サーシャの誘いもあって、彼ら3人は教会に泊まることになった。

 

 ユウとシリカも誘われたものの、さすがに5人では教会にも負担がかかるだろうから断って、自分たちのホームである第47層《フローリア》へと戻った。

 

「ねえ、ユウさん。ユイちゃん、大丈夫なんでしょうか……?」

 

 ベッドに入る時、シリカは不安そうな表情でユウに尋ねた。

 

「……どうだろうな。結局、ユイちゃんに関しては分からずじまい……というか、謎が多すぎる」

 

 何より不思議なのは、そのステータスだった。可視化して確認したのだ。

 

 プレイヤー名は《Yui-MHCP001》。HPバーもEXPバーも無く、コマンドボタンも《アイテム》《オプション》しかなかった。

 

 フィールドに出ることができるのにも関わらず、HPが存在しないなど、まるでNPCだ、とユウは思う。しかし、フィールドに存在するNPCであれば、それは基本的にクエストNPCであるはずだ。しかも、彼女は《圏内》まで移動させることができたばかりか、《転移門》まで使用できた。

 

「NPCのようでいてプレイヤー……だけど、単にバグを持った記憶喪失のプレイヤーで片づけるには、不自然な所も多すぎる」

 

 とにかく、今日は休んで明日に備えよう、ということで、彼らは床に就いた。

 

 そして翌日。

 

「これは……すごいな……」

「そう……だね」

 

 子供相手の面倒を見慣れていないせいか、キリトとアスナが唖然としている。しかし、大勢の子供たちがにぎやかに朝食をとっているのは、ユウとしてはほほえましく感じられるものであった。

 

(病院に入院している子たちは、こうではなかったな……)

 

 病院食はたしか動ける人は食堂に集まり、動けない人は個室にそれぞれ運ばれるという形をとっていたと思うのだが、それでも食堂はそこまでにぎやかではなかった。同じ世代の子供が数人集まっても、そこまで弾けるほどの元気はなかった。

 

 そんな中でも、ユウキをはじめ何人かの子は頑張って笑顔でふるまっていたな……などと、懐かしいことを思い出す。

 

「毎日こうなんですよ。ユイちゃんの具合、大丈夫ですか?」

「昨晩ゆっくり休ませていただいたおかげで、この通りなんです」

 

 キリトが視線をむける彼女は、なつかしいあの黒パンをほおばっていた。どうやら、元気がありそうで良かった、とユウは思う。

 

 事情を説明すると「残念ですが、ここにいた子ではないと思います」とサーシャは答えた。

 

 以前にも説明したように、ゲーム開始の段階で12歳以下であるにも関わらず、《はじまりの街》を出たのはシリカくらいなものである。多くの子供たちが、親から切り離され、この世界に閉じ込められたショックで心に傷を負ってしまった。

 

 だから、彼女はそんな子供たちを集め、教会を借りて一緒に暮らし始めたのだという。『現実世界』では、教職課程を取っていた大学生なのだとか。

 

「毎日、困っている子がいないか街の中を見て回っていますが、ユイちゃんみたいな子を見たことはありません……」

 

 彼女は申し訳なさそうに言う。4人も、当てが外れたという感情はぬぐえなかった。

 

 しかし、そんなところに、ノックの音が鳴り響いた。

 

「はじめまして。ユリエールです」

 

 その女性は、特徴的な服装……モスグリーンを基調とした服装をしていた。それはつまり、

 

「《軍》の人が、何の用ですか?」

 

 ユウは、警戒心を上げる。この色は、《アインクラッド解放隊》であったころからの、《軍》のイメージカラーなのだ。

 

「昨日の件で、抗議に来たってことですか?」

「いやいや、とんでもない。むしろ、よくやってくれたとお礼を言いたいくらいですよ」

 

 アスナの言葉に、ユリエールは思いがけない言葉を返した。

 

「今日は、皆さんにお願いがあって来たのです」

 

 サーシャが彼女を教会の中に招き入れ、3人にお茶を出してくれた。

 

「もともと私達は……いえ、ギルドの管理者シンカーは、今の様な、独善的な組織を作ろうとしていたわけじゃないんです。ただ、情報や食糧などの資源をなるべく多くのプレイヤーで均等に分かち合おうとしただけで……」

「だが、軍は巨大になりすぎた」

 

 その中で、暴走したのが元ALSリーダーであったキバオウとその派閥だった。狩場の独占などのマナー違反行為に始まり、次第には、先ほど彼らが見たように『徴税』と称した恐喝まで横行するようになってしまった。

 

 しかし、ゲーム攻略をないがしろにするキバオウへの批判の声が高まったことにより、彼は自分たちの中でも最も実力の高いメンバーを最前線に送り出した。

 

「それって……」

「……コーバッツさん?」

 

 第74層のボス戦に参加した4人は、すぐに気が付いた。

 

 結局、あの後コーバッツたちは部下を失ったことにより、キバオウの独善的な行動に強く疑問を抱き、彼らの命令を聞かなくなってしまった。

 

 一番実力のある部下を一気に失い、生き残りも自分たちの元を離れたことにより、キバオウ派は弱体化を余儀なくされる。そしてついに、追い詰められた彼らは、シンカーを罠にかけるという強硬策に出た。

 

「シンカーを……ダンジョン奥深くに置き去りにしたんです……!」

 

 その言葉に、誰もが息をのんだ。

 

 ――その行動は、実質的なMPK(モンスタープレイヤーキル)と、何一つ変わらないではないか。

 

 そう考え、ユウはその手を強く握りしめる。かつてPKの標的にされたシリカも、隣に座っていたユウの手を思わず掴んだ。

 

「《転移結晶》は?」

 

 キリトの言葉に、ユリエールは首を横に振った。

 

「まさか、手ぶらで!?」

「……彼はいい人過ぎたんです。キバオウの、丸腰で話し合おうという言葉を信じて……。3日前のことです」

「3日も!?」

 

 ――《回廊結晶》の出口を、高難易度のダンジョンやモンスターの群れが潜む危険地帯に設定して、プレイヤーを放りだす《ポータルPK》と呼ばれる手法がある。

 

 その実行にあたっては、相手が《転移結晶》を持っていないことが前提となるが、そのような人の良心に付け込んでくるとは思わなかった。

 

 さらに、あれから3日経っているということは、精神力がかなり消耗しているはずだ。飲まず食わずでもこの世界では生きていくことが可能だが、心の疲労は溜まりやすくなる。それに、いかに安全地帯であっても、ダンジョンの中では十分に休めるはずがない。

 

 かつて第1層の《迷宮区》でそのような生活をしていたアスナは、そのことをよく分かっているだろう。

 

「……全ては副官である私の責任です。ですが、私のレベルではとても突破できませんし、キバオウが睨みを利かせる中、《軍》の協力は当てにできません」

 

 そして、先日の一件でかなりの実力者がこの街にやってきたという話を聞き、頼みにきたのだという。

 

「どうか、私と一緒に、シンカーを救出しに行ってくれませんか!?」

 

 彼女は立ち上がり、頭を下げてそう言った。

 

 まず4人の間にあったのは、戸惑いだった。

 

 人命救助といえば聞こえはいいが、その先はMPKの現場なのだ。ギルドリーダーを閉じ込めたのであれば、出現するMobも相応にレベルが高いだろう。

 

 それに、あまり疑いたくないのではあるが、ユリエールが嘘を言っているという可能性はある。ユウとしては、彼女を信じたい思いはあるが……。

 

 シリカも、オレンジプレイヤーに一度騙されたことがあるゆえに、そう簡単に首を縦に振ることができない。キリトとアスナも、信じて良いものかどうか迷っている。

 

 そんな中で、すぐに声を上げた少女がいた。

 

「だいじょうぶだよ、ママ。その人、うそついてないよ」

 

 ユイだった。その言葉遣いからは、先ほどまでのたどたどしさは全く消えている。そのことに戸惑いながら、アスナは言った。

 

「ユ……ユイちゃん……そんなこと分かるの?」

「うん。うまく言えないけど……分かる」

 

 その言葉を聞いて、キリトが笑って言う。

 

「疑って後悔するよりは、信じて後悔しようぜ」

 

 その言葉で、全員の同行が決定した。

 

 

 

 

 

 キリトもアスナも、ぐずったユイを相手に心を鬼にして突っぱねることができなかったため、彼女も後ろから同行することとなった。

 

 シンカーが閉じ込められたダンジョンというのは、なんと《黒鉄宮》の中にあるらしい。上層の攻略具合に応じて解放されるものであるので、元ベータテスターであるキリトも知らなかったそうだ。

 

 キバオウは、ここを自分たちだけの専用の狩場とするつもりでいたらしい。

 

 しかし、60層クラスの強力なMobばかりが湧出(ポップ)したために、それを諦めたそうだ。

 

「つまり、《軍》……というかキバオウ派は、そのせいで大赤字。かなりのポーションや《転移結晶》を消費しただろうからな。それで、昨日のような徴税という名のカツアゲをしている……ってところか」

「……はい。その通りです」

 

 ユウの歯に衣着せぬ言い方に、ユリエールが後ろめたそうに首肯した。すると、彼らの目の前に下へと続く階段が現れる。

 

「ここが入口です。ちょっと暗くて狭いんですが……」

 

 ユリエールは気かがりそうにユイを見たが、心配された彼女は心外そうな様子だった。

 

「ユイ、怖くないよ!」

「大丈夫ですよ。この子見た目よりずっとしっかりしてますから」

 

 アスナもまた彼女の味方に付くと、キリトも腕を組んで同意した。

 

「うん、きっと将来はいい剣士になる」

「キリト、その年でもう親バカか?」

 

 彼の言葉にユウが茶々を入れると、4人は一斉に笑った。

 

「では、行きましょう」

 

 ユリエールの言葉に頷いて、彼らは階段を下る。そこから下は、Mobの湧出エリアなのだ。

 

 最初に湧出(ポップ)したのは、《スカンベージトード》というカエルだった。1匹辺りは雑魚に過ぎないが、一度に群れと呼べる量で何匹も出現する。

 

 最も、それはユウのような広範囲攻撃武器の使い手にとっては、デメリットにはならず、むしろメリットであるとさえ言える。実際その通り、簡単に全滅できた。

 

「なんかすみません……」

「いえいえ、あれは最早病気みたいなものですから」

 

 ユリエールの申し訳なさそうな言葉に、アスナは笑いながらそう言った。

 

「ユリエールさん、シンカーさんとコーバッツさんの位置はどうなってますか?」

 

 シリカが訊くと、ユリエールはマップを開いて可視化する。

 

「シンカーは、この位置からずっと動いていません」

「つまり、『安全地帯』にいるってことですか?」

 

 フィールドには、《圏内》ではないものの、Mobが湧出しない場所というものが存在する。その場所ならば、外からMobを連れてこない限り、安全に休憩を取ることが可能なのだ。

 

「はい。そこまで行けば《転移結晶》が使えます」

「はあ~戦った戦った」

 

 話が終わったタイミングで、キリトが満足そうに4人の元へ戻ってきた。その後ろから、やや呆れた表情でユウが歩いて来る。

 

「すみません」

「いや、好きでやっているんだし、アイテムも出るから」

「へ~、何か良いものでも出た?」

「ああ!」

 

 キリトは笑顔でそう言うと、ドロップした戦利品――グロテスクな肉をオブジェクト化した。それを見たアスナとシリカが、顔を引きつらせる。

 

「な、なにこれ……?」

「《スカベンジトード》の肉! ゲテモノ程うまいって言うからなあ。アスナ、後で調理してくれよ!」

「さ、さっきのカエル!? 絶対に嫌!」

 

 アスナは絶叫を上げ、彼からぶんどったその肉を思い切り投げ飛ばした。すると、落ちていったその先で、耐久値が切れたのかポリゴン片へとその姿を変えて四散する。

 

「な、なにをするんだよ!」

 

 キリトが情けない叫び声を上げたが、アスナは露骨に嫌そうな表情をしていた。

 

「ならば、これでどうだ!」

 

 自分の……というか、アスナと共通のアイテム欄(ストレージ)から大量の肉を取り出すと、それを見せる。しかし、アスナは再び絶叫と共にそれを投擲した。

 

 ユウとシリカはその様子を見て爆笑し、ユリエールも我慢できないといった様子で少し笑い声を漏らす。

 

 すると、そこでユイがユリエールを見て声を上げた。

 

「お姉ちゃん、始めて笑った!」

 

 確かに、言われてみれば、ことがことであるだけに、彼女はずっと不安で険しそうな表情をしていた。それまでに一度も、笑っていなかったのだ。

 

 ユイもまた、ユリエールを見て嬉しそうに笑顔になる。

 

 

 

 

 

 その後は、特に危険に陥ることもなく順調に歩みを進めていった。

 

「安全地帯よ!」

 

 薄暗いダンジョンの中、遠くに明るい部屋を見つけたアスナが声を上げる。それを聞いたキリトは、すぐに《索敵》スキルを使用した。

 

「……奥にプレイヤーが1人。グリーンだ」

「シンカー!」

 

 キリトの言葉を聞くや否や、ユリエールは駆け出した。

 

「ユリエール!」

「シンカー!」

 

 やがてその姿がはっきりと見えてくるにしたがって、ユリエールが笑顔になる。だが、シンカーはいつまでたってもその部屋から動こうとはしなかった。

 

 そのことに、ユウは違和感を感じる。そして、その嫌な予感は的中した。

 

「来ちゃダメだ! その通路には!」

 

 それよりも一瞬早く、キリトとユウが動いた。なぜなら、《索敵》の視界上に新たな名前が現れたからだ。

 

《The Fatal Scythe》――固有名持ちのMob、いや、恐らくはこの迷宮のボス。

 

「ダメ! ユリエールさん、戻って!」

「ユリエールさん、危ない!」

 

 アスナとシリカが声を張り上げるが、間に合わない。そして、キリトが彼女を抱え込み、その直後彼らの目の前に巨大な鎌が突き刺さった。

 

 周囲の空気が一変する。

 

 突如として現れたその髑髏の顔を持つ死神を目の前にして、ユウはすぐに下がった。

 

「アスナ、ユウ、シリカ、すぐに《転移結晶》を用意して、ユイたちを連れて脱出しろ!」

 

 キリトは、ボスに相対したまま叫ぶ。ユウもまた、両手剣を構えながら彼の隣に並んだ。

 

「俺の識別スキルでレベルが見えないってことは、こいつは90層クラスの化物ってことか……」

「い、一緒に行きましょうよ!」

「そうよ、キリト君!」

 

 しかし、4人が一斉に逃げ出したところで、あの巨大な鎌でまとめて薙ぎ払われる恐れがある。最善の手は、1人があの化け物のタゲを受け持ち、その間に全員が脱出、その後で最後の1人が少しずつ安全エリアまで退避することだ。

 

 しかし、敵のステータスから考えれば、少しミスをするだけでHPが全損する可能性もある。

 

「ユイを頼みます!」

 

 アスナはユリエールたちにそれだけ言うと、キリトの隣へと並んだ。同様に、シリカもユウの隣へと駆け寄る。

 

「シリカ、お前だと最悪、一撃でHPが全損する可能性も」

「嫌です!」

 

 ユウは彼女を止めようとしたが、その言葉をシリカが強い言葉で遮った。

 

「ユウさんの帰りを1人で待つなんて、そんなこと、もうできませんよ」

 

 その言葉に、ユウは何も言い返せなかった。

 

「攻撃が来るぞ! キリト、アスナ、頼む! シリカは、後ろからアスナを支えるんだ!」

 

 ユウの両手剣にキリトと、その後ろからアスナがそれぞれ抱き付くような形で剣を重ね合わせる。シリカの短剣……特にダガーは、防御には向かないのだ。ソードブレイカーなどなら良いのだが。

 

 敵の鎌が振り下ろされる。ユウは、全力で体を硬直させた。

 

「うわあっ!?」

 

 勝負にならなかった。冗談のように、4人の体が吹き飛ばされる。

 

《フェイタル・スカル》は、唸り声を上げた。

 

 最前線で剣を振るう《攻略組》4人の力を合わせても――しかも、そのうち2人はSTR型のトッププレイヤーであるにもかかわらず、鍔迫り合いすら起こすことができない。

 

 ステータスの差は、圧倒的だった。

 

 4人の体が宙に投げ出され、地面に叩き付けられる。視界の隅にあるHPゲージを見ると、シリカのHPが一撃でレッドゾーンまで減少していることに気が付き、ユウは背筋が寒くなる思いがした。

 

「ダメです!」

 

 そんな声が聞こえた後に、《転移結晶》の音がした。

 

 何事かと思った次の瞬間、1人の少女が死神の前に立ちふさがる。

 

「バカ、逃げろ!」

「ユイちゃん!」

 

 キリトとアスナの声を聞いても、彼女はその場を動かない。ユウが何か言わないと、と言葉を喉から出そうとした次の瞬間、ユイが一言だけ言った。

 

「大丈夫だよ、パパ、ママ」

 

 それまでには聞いたことがない、とても穏やかな……そして、どこか冷たささえ感じられる声だった。

 

 その直後、死神の鎌が振り下ろされる。誰もが、そのアバターが四散することを予想した。

 

 しかし。

 

 敵の攻撃は、紫色の障壁に阻まれて弾きかえされた。

 

(今のは……?)

 

 その場にいた全員が、その障壁を今までに見たことがあった。

 

 例えば、《圏内》にいるNPC。

 

 例えば、フィールドや迷宮区をつくっている外壁などのオブジェクト。

 

 その驚愕の情報を突きつけるかのように、彼女の頭の上に文字が浮かんだ。

 

《Immortal Object》。

 

(《破壊不能(イモータル)オブジェクト》だと!?)

 

 彼女のHPは、システム的に保護されているということだ。

 

 すると、次にユイは宙に浮かび上がり、その右手を前に突き出した。すると、その掌に焔が生み出される。

 

 彼女が炎を纏うと、アスナによって着替えさせられたらしい服は、飾り気のない白いワンピース姿へと戻り、その手には巨大な、ボスのサイズに匹敵する、炎を纏った剣が現れた。

 

 ユイは炎の剣で死神に斬りかかり、死神はそれを鎌で受け止めた。

 

 だが、彼女はそれをもろともせず、鎌ごと死神を斬る。すると、死神が炎に包まれて消滅した。

 

 そう、『消滅した』のだ。パーティーを組んでいないとはいえ、その場にいた全員に経験値などの討伐報酬を記すウインドウが現れなかった。

 

『倒された』のではなく『消滅した』。

 

「消えた……んですか?」

 

 シリカが、呆然とした様子で声を上げる。

 

 今起こったことは、この場にいた全員が理解しきれていなかった。

 

 唯一分かっていることは、ユイが何かしらの手段を用いてボスを倒した……否、消したということだけだ。

 

《破壊不能オブジェクト》。

 

 90層クラスのボスを、その武器ごと切り裂く炎の剣。

 

 宙に浮かび上がったこと。勝手に服装が戻ったこと。

 

 全てが、プレイヤーには持ち合わせていないものである。

 

「ユイ……ちゃん?」

「ユイ……」

 

 アスナとキリトが、不安そうに声を上げた。

 

「パパ、ママ……全部、思い出したよ」


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