ソードアート・オンライン~竜殺しの騎士~   作:nozomu7

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紅の殺意~朝露の少女~奈落の淵
白い少女


 2024年10月20日。《決闘(デュエル)》当日。

 

 第75層主街区《コリニア》は古代ローマ風の町並みをしており、転移門前には円形闘技場(コロシアム)が存在する。

 

 今日、この闘技場は大きな賑わいを見せていた。

 

 何しろ、SAOに2人しかいないユニークスキル持ちどうしの《決闘》だ。『生ける伝説 ヒースクリフ VS 二刀流の悪魔 キリト』などという、大層な幕までコロシアムの入り口にかけられている。

 

 それを見るためにユウと共に集まったのは、シリカとレイン、《月夜の黒猫団》、そして《風林火山》のメンバーだ。エギルとリズベッドは仕事があるためにやってくることはなく、ユウが結果を報告することとなっている。

 

 もっとも、アルゴもどこかに身を隠しながら観戦しているのかもしれないが。

 

「混んでいるなー……別れて座るか」

 

 ユウのその一言で、《風林火山》のメンバーは別れて座ることとなった。年齢の近い若者全員を一緒にさせた辺り、クラインはやはり気が利いていると思う。

 

「なあ、ユウはどっちが勝つと思う?」

 

 席を確保するなり、ササマルが一番に口を開いた。

 

「断言はできないけど……どちらかと言えば、ヒースクリフだな」

「え?」

 

 サチが、ユウが即答したことに驚き、思わず聞き返した。

 

「ユウだったら、キリトって答えると思ったんだけど……」

「いや、《神聖剣》のことを詳しく知っているわけではないけど、そっちのスキルの方が優秀だと思ったんだ。互いにユニークスキルなしで《決闘》を行ったら、キリトが勝つ可能性も高いとは思うけど」

 

 《神聖剣》は詳細はあまり明らかになっていないものの、攻防一体に優れたスキルであると聞いている。何しろ、ヒースクリフのHPバーがイエローゾーンに突入したことがない、とまで言われているのだ。

 

 それに反して、《二刀流》は圧倒的な剣戟の多さが利点なのだ。しかしその反面、攻撃をしているときは防御がおろそかになってしまう可能性がある。

 

 つまり、《二刀流》の攻撃力が《神聖剣》の防御力を上回れば話は別であるが、ヒースクリフはすでに第50層のフロアボス戦で、その圧倒的な防御力を見せつけている。話を聞く限りでは、それを崩すのは難しいと考えた。

 

 プレイヤースキルはほぼ互角、もしくは反応速度の速さでキリトに軍配が上がるものの、純粋なスキルとしての優秀さについては、《神聖剣》の方が高いのではないか……というのが、彼の考えであった。

 

 そして、試合が始まった。

 

 開始直後に、キリトはいきなりソードスキルを繰り出した。二刀流重突進技《ダブルサーキュラー》。右の剣が阻まれても、コンマ1秒遅れで左の剣が敵内部へ襲いかかる。

 

(ああいう二段構えの技は、《二刀流》でしかできないな……)

 

 ユウはあらためて《二刀流》の性能に感心するが、しかし、それもヒースクリフは巧みに盾を動かして防いだ。

 

 キリトは硬直が終わると、立て続けに左右の剣でヒースクリフを斬りつける。

 

 ヒースクリフは全て盾で防御し、そして《ダークリパルサー》の一撃を受け流すと同時、右手の剣でキリトへ突きを放った。

 

「……っ!」

 

 キリトは、すぐに剣でそれを防ぐと距離を取る。

 

(攻撃を盾で受け流すことで、意図的に相手に隙をつくるのか。ヒースクリフが独自で生み出したのか、それとも《神聖剣》がそういう仕様になっていたのを、自らのスタイルに取り入れたのか)

 

 ユウは考えるが、すぐに目の前の試合に集中した。

 

 今度攻撃をしかけたのは、ヒースクリフだ。キリトに接近すると、なんと彼を『盾』で殴りつけた。

 

(……まさか)

 

 彼の《神聖剣》スキルでは、剣だけではなく盾も攻撃力を持つようになるというのか。あるいは、武器自体が特殊なのか。

 

 しかし、今までの行動からして、《神聖剣》では剣だけでなく盾もソードスキルに組み込まれているのだろう。

 

 再び両者の間に距離ができる。キリトは剣を構えなおすと、右手の《ダークリパルサー》を構えた。ジェットエンジンのような効果音と共に、赤い光を引きながら強烈な突きが繰り出される。

 

 片手剣上位スキル《ヴォーパル・ストライク》。

 

 ヒースクリフはその一撃を、剣で丁寧に受け流した。

 

「すばらしい反応速度だ」

「そっちこそ、固すぎるぜ」

 

 歓声が沸いた。

 

「お2人とも、すごいですね……」

 

 シリカも、感嘆したように言う。

 

「圧倒的な反応と連撃のスピードを持つキリトと、それをすべてさばき切る防御力を持つヒースクリフ、ってところか……」

 

 2人の《決闘》を見ながら、なんだかわくわくしてきてしまったユウ。その様子を見て、周りが呆れたような声を上げた。

 

「ユウって、こういう時はゲーマーになるんだよな……いつもは、頼もしい剣士って感じなのに」

「うるせえ。俺だって、元々ネトゲオタクなんだよ」

 

 ケイタの言葉に、ユウは笑って答える。

 

 その直後、2人が再び激突した。

 

 キリトの攻撃をヒースクリフの盾が防ぎ、そしてヒースクリフの剣を、キリトが己の剣で押さえつける。その様子を見て、レインが驚嘆の声を上げた。

 

「うわ、キリトの奴、さっきよりも剣の速さ上がってないか……?」

「上がってるよな、確実に。いつもでも十分に速いのに、それ以上だな」

 

 さすがはユニークスキル、と思いながら、しかしヒースクリフはしっかりと防いでいる。

 

 だが、ついにキリトの剣がヒースクリフの頬をかすめる。今まで余裕の表情を保っていたヒースクリフの顔が、驚愕に染まっていた。

 

 そしてついにキリトの両手の剣が、水色の光芒を纏う。

 

「あれは……」

「あの時の!」

 

 第74層フロアボス《グリームアイズ》を葬った二刀流奥義技《スターバースト・ストリーム》。

 

 圧倒的に速く、そして重い剣劇がヒースクリフを襲った。ヒースクリフは右手の剣を気にする余裕すらなく、左手の盾で体を覆い隠すように守っている。

 

 だが、その重い剣劇は、確実にヒースクリフを窮地に追い込んでいるのが分かった。そしてついに、ヒースクリフの盾が15連撃目で崩れる。

 

(抜ける!)

 

 誰もが、そう思ったその時。

 

 ――世界が止まった。

 

 もちろん、そんなことは実際には起きていない。しかし、そう感じさせるほど、ヒースクリフの動きは速かったのだ。

 

 ヒースクリフの左手の盾が動く。

 

 そして次の一瞬には、キリトの右手の剣《エリュシデータ》の斬撃を防ぐには十分な位置と角度を確保していた。

 

 ――そして、ヒースクリフだけの時間が終わり、全てが再び動き出す。

 

 キリトの剣が受け流され、そしてヒースクリフは鋭い突きを放った。そして、キリトのHPがイエローゾーンへと突入する。

 

 1分31秒の《決闘》は、ヒースクリフの勝利で決した。

 

 観客席から歓声が上がる。そんな中、ヒースクリフは険しい表情で地面に座り込むキリトを睨みつけた後、何も言わずに闘技場を出て行った。

 

 その瞳に込められた感情が、驚愕なのか狼狽なのか……キリトには分からなかった。

 

 そして、その様子を見ていたユウも、眉をひそめる。

 

「最後のヒースクリフの動き……速すぎねえか?」

「《神聖剣》のスキルなのでしょうか……?」

 

 シリカが自分の膝の上に座っているピナをなでながら言う。すると、他のメンバーは疑問の声を上げた。

 

「え? それって、ヒースクリフが最後にキリトの剣を防いだこと?」

「ああ。はっきり言うが、あの状態でシステムのアシストもなしに盾を構えなおすのは、断じて不可能だ」

 

 ユウは、険しい表情で言う。

 

「っつーことは、《神聖剣》はユウの言った通り、《二刀流》を上回るポテンシャルを持っていたってことか?」

「ああ。一応そういうことになるけど……」

 

 ケイタの言葉に返事をしながらも、ユウはどこかで自分自身が納得できていないことを感じていた。

 

(だけど、あのときヒースクリフの盾は、ソードスキル特有のライトエフェクトを発していなかった……。つまり、ヒースクリフが今回使ったのは、基礎的な『盾でもダメージ判定が出る』という《神聖剣》特有の性質だけということになるが……)

 

 それでも、あの盾の動きは速すぎると、彼は思っていた。

 

(《神聖剣》だけじゃねえな……。武器か、あるいはアイテムか? いや、阻害効果(デバフ)だけでなくて支援効果(バフ)もHPバーのところに現れるから、アイテムはありえない。可能性があるとすれば、あの盾だな)

 

 あの盾は、剣とセットになっている《神聖剣》専用のものであると聞いている。となれば、それにふさわしいチート性能があっても、不思議ではないと考えた。

 

 ユウは考えることをそこでやめ、負けたもののユニークスキル持ちとしてふさわしい《決闘》を終えた親友にねぎらいの言葉をかけるために、走り始めた。

 

 

 

 

 

 2024年10月23日。

 

 キリトとアスナが結婚した。

 

 ……本人たちは突然の話のように思っていたらしいが、周りの人としては『ようやくくっついたか』という反応であった。

 

 もっとも、ここまでの過程には『キリトがレッドプレイヤーに殺されかけた』という危険な事前情報が入っていた。なんと、《血盟騎士団》の一員であるクラディールが《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》に内通していたらしい。

 

 レインもメンバー全員のことを把握しているわけではないため、彼のことには気が付かなかった。

 

 クラディールは、キリトとゴドフリーというメンバーと共に出かけた時に、あらかじめ麻痺毒が入った飲み物を用意しておいたとのことだ。そして、《麻痺》に陥ったゴドフリーを殺害した後、キリトも残りHPが1ドットのところまでいったとのことだ。

 

 しかし、メッセージの返事が来ないことを不安に思ったアスナが、キリトの元へ駆けつけて事なきを得た……だけであったら、どんなに良かったことか。

 

 アスナはキリトのHPを《回復結晶》で回復させた後、クラディールを徹底的に追い詰め、あと一撃でHPを全損させるところまでいったらしい。しかし、そこでHPがゼロになれば死ぬことと、どんなプレイヤーにも『現実世界』には家族がいるということをつきつけられてしまった。

 

 ガキがいる、というその言葉が、本当だったのかどうかは分からない。しかし、油断したアスナに、クラディールは斬りかかった。

 

 その時、キリトがその間に割り込んだ。自らの右腕を犠牲にしてその斬撃を受け止め、そして……体術スキル《エンブレイサー》で、そのHPを全損させた。

 

 命の危険を2人で乗り越えた彼らは、ようやく想いを伝え合った、とのことだ。

 

 翌日になりキリトからメッセージでその話を聞きだして、ユウはため息をついた。

 

「ったく、そんな危険なことがあったなら、その日中にメッセージ飛ばせよな……」

「だけど、本当に良かったですね」

 

 シリカはアスナの想いが実って嬉しそうだった。彼女にとってアスナは姉のような存在となりつつあるので、自分のことのように嬉しいのだろう。実際、《圏内事件》の後は時折彼女に会って恋愛トークをしていたらしい。

 

 ちなみに、彼らは第22層の南西エリア海岸にあるホームを買いに行くらしい。

 

 南西エリアは外周に近く、空と湖に囲まれた森林がフロアにいながら望める絶景スポットだ。そもそも、第22層自体が森林と水で覆われたフロアであり、その上このエリアはフィールドモンスターがでないので、攻略からしばらく離れて暮らすにはうってつけであろう。

 

 ただ……

 

「アルゴの話だと、あの森に最近、幽霊が現れるって噂があるんだよな」

「幽霊……ですか」

 

 ユウの呟きに、シリカはびくりと体を震わせながら言った。どうやら、彼女もこの手の類は苦手らしい。

 

(まあ、アスナよりはましか……)

 

 アスナの場合、相手がたとえMobであっても、それがアストラル系であれば迷わず相方にスイッチしていたし、アストラル系のMobばかりが出るフィールドなどは、何かと理由をつけて攻略をさぼっていた思い出がある。

 

「う……嘘ですよね?」

「まあ、何かのクエストである可能性もあるし、断言はできないけどな……」

 

 実際、5層あたりで幽霊型のNPCからクエストを発注したような記憶がある。20か月以上前のことになるので、もはやほとんど覚えていないのだが。

 

「まあ、そこまで心配する必要はないと思うよ。まあ、それとは別に、今度一度あいつらのところへ遊びに行っておこうか」

「はい、そうですね!」

 

 アスナに会えることが楽しみなのか、シリカも笑顔で承諾した。フィールド攻略が一段落する一週間後程度に行くことに決め、その日は攻略に集中した。

 

 

 

 

 

 そして、問題の10月31日。

 

「恐るべしSAO……まさか子供までできるとは……」

「「違うから!」」

 

 ユウの言葉に、キリト・アスナ夫妻が顔を真っ赤にして否定した。

 

 彼らから聞いていたログハウスにユウとシリカが向かったところ、そこには2人だけでなく、年齢にしておよそ10歳ほどの少女がいたのだ。

 

 しかも、彼女は2人のことを『パパ』『ママ』と呼んでいたので、

 

「いや、もう確定だろ。おめでとう……いや、おめでた?」

「だから、違うの! 森で迷子になっていたから!」

 

 次第にアスナの剣幕がすごいことになってきたので、ユウはそこまでで自重した。

 

「もう、ユウさんもからかいすぎちゃダメですよ?」

 

 シリカはユウにそう忠告しながら、《ユイ》という名前の少女の相手をしていた。シリカは今月の頭に14歳の誕生日を迎えてはいるが、その外見は12歳の頃のままなので、彼女と並べると非常に年が近いように見える。

 

 まあ、2日前に16歳の誕生日を迎えたユウにしても、その容姿は14歳のころのままであるのだが……。

 

 だが、彼女に対しては不思議なことが多すぎる。

 

 第一に、彼女は間違いなくクエスト用NPCではないということ。

 

 第二に、彼女は記憶喪失であるということ。

 

 第三に、彼女の言葉遣いなどは見た目に反してかなり幼く、6,7歳か、それよりも幼いようにすら思える、ということ。

 

(ショックによる幼児退行か?)

 

 そんなことをユウは考えながら、ユイのことを見つめる。

 

 だが、今はそれよりも彼女をどうするかが重要だ。

 

「今一番《アインクラッド》の中で人が多い場所は、第1層の《はじまりの街》だ。年齢制限(レイティング)を破ってログインしたプレイヤーの大半も、そこにいるはず」

 

 ユウの言葉に、アスナが頷いた。

 

「そっか……じゃあ、そこに行けば、もしかしたら」

「ああ。彼女の親が一緒にログインしているとは限らないが、それでも《はじまりの日》から、誰1人としてユイのことを知らないままでいたとは考えにくい。あの場所まで移動したということは、必ず同伴者がいたはずだ」

 

 そもそも、ゲーム開始の段階で12歳以下であるにも関わらず、《はじまりの街》を出たのはシリカくらいなものである。だから、ユイというこの少女が攻略に参加していたとは考えられなかった。

 

 その点から考えても、まずは《はじまりの街》に向かった方がいい。

 

 現在の《はじまりの街》には、フィールドに出ることができない子供たちや、あるいは途中であきらめた者たちが集まっているという。その中で大きな勢力を示すのが、かつて最前線にいた最大人数のギルド《アインクラッド解放軍》だ。

 

 彼らは今もあの街を本拠にしていると聞くが、あまり良い噂を聞かない。

 

「じゃあ、行くか。これで見つからなかったら、アルゴに連絡を入れて、どうにか情報を集めてもらおう」

 

 その言葉に彼らは賛同し、全員で《はじまりの街》へ移動することとなった。

 

 

 

 

 

「「「「転移《はじまりの街》」」」」

 

 第22層主街区《コラルの村》から転移門を使用すると、彼らはかつて全プレイヤーが集められた場所に着いた。

 

 思い出すのは、GMである茅場晶彦によるSAOチュートリアル――《はじまりの日》の宣言。

 

 その日のことを思い出したのか、アスナは少し顔を強張らせていた。シリカも、思わず隣にいたユウの腕にしがみつく。

 

「……シリカ?」

「あの日……」

 

 シリカは、強く彼の腕を掴んだ。

 

「あの日、GMの宣言を聞いたあと、最初に悲鳴を上げたのは、私なんです」

 

 その言葉を聞いて、ユウは思い出した。アイテムが砕ける音と連続して、甲高い悲鳴が聞こえた直後、あの広場がパニックに陥った時のことを。

 

「誰よりも最初に悲鳴を上げて、そのせいでみんなが一斉に騒ぎ出してしまって……それで、何がなんだか分からなくなって」

 

 その後は、広場から人がほとんどいなくなるまで、その場に座り込んでいたという。

 

 そのことを、彼女は後悔しているようだった。自分の軽率な行動で、全員がパニックに陥ってしまったと……。

 

 しかし、ユウはシリカのでこを軽く突いた。

 

「あれは、どう考えてもシリカのせいじゃねえよ。あの時、たまたまそのタイミングがそうなっていたってだけで、シリカがあの時《手鏡》を落とさなかったとしても、きっとなにかをきっかけにして、同じ騒ぎが起こっていたはずだ」

 

 だから、彼女が後悔する必要は何もないのだった。そもそもと言えば、このデスゲームを用意した茅場晶彦がすべて悪い。

 

「だから、余計なことは考えないように」

 

 ユウがそう言うと、ピナも同意するようにきゅるる! と鳴き声を上げた。

 

「……はい!」

 

 シリカは、ゆっくりとその言葉を噛みしめた。すぐに気持ちを切り替えることはできないようだが、それでも気負いすぎないようにしてほしいと、ユウは思う。

 

「ねえ、ユイちゃん。見覚えのある建物とかはある?」

 

 アスナの言葉に、ユイはキリトの背中に背負われた状態で辺りを見渡すが、首を横に振った。

 

「……わかん、ない」

「まあ、《はじまりの街》は恐ろしく広いからな。とりあえず、中央市場に行ってみようぜ」

 

 彼らは、NPCの店が立ち並ぶ中を歩く。その中で、アスナがふと言った。

 

「ねえ、ここって今、プレイヤー何人くらいいるんだっけ?」

「そうだな……SAOの中で生き残っているプレイヤーが6000人。《軍》を含めると、その3割くらいが《はじまりの街》にいるって話だから……2000人弱ってところじゃないか?」

 

 キリトが考えながら答える。確かに、彼の言うとおりであるはずなのだが……。

 

「でも、その割には人が少なすぎると思いますよ?」

 

 シリカの言うとおり、真昼間の中央市場にしては、あまりにも人気が少なかった。と、その時。

 

 

 

 ――子供たちを返して!

 

 

 

 悲痛な響きを含んだ、女性の叫びが聞こえた。裏路地からだ。

 

 何事か、と彼らは一斉にその声の元へ駆け出す。

 

「子供たちを返してください!」

「人聞きの悪いことを言わないでほしいな。ちょっと社会常識ってもんを教えているだけさ。これも《軍》の大事な任務でね」

「そうそう。市民には『納税』の義務があるからな」

 

 そこには、子供たちを女性から切り離すように取り囲んでいる《軍》の人間たちがいた。

 

「3人共、お金なんていいから全部渡しなさい!」

「そ、それが、こいつら金だけじゃダメだって」

「あんたら随分税金を滞納してるそうだな。金だけじゃ足りないんだよ」

「装備に防具、何もかも全て渡してもらおうか」

 

 要するに、着ている服も脱ぎ捨てて渡せって言っているのだ。

 

 4人がその場を目撃するや否や、ユウは《クイックチェンジ》で両手剣を手にした。そして、最前列にいる男に全力で《アバランシュ》を叩き込む。

 

 《はじまりの街》は当然ながら《圏内》であるため、たとえ攻撃したところで《アンチクリミナル防止コード》に阻まれて、相手のHPは減少しない。しかし、あくまでもダメージや阻害効果(デバフ)を受けなくなるというだけであり、攻撃そのものがなくなるわけではない。

 

 つまり、ユウの斬撃による衝撃は、完全に消えるわけではないのだ。

 

 男が冗談のように大きく後ろへと吹き飛ぶと、アスナは男たちを軽々と飛び越した。そして、ユウと同じように細剣(レイピア)《ランベントライト》を装備、男たちの背後から《リニアー》を繰り出す。

 

「ユウ君。やるんだったら、子供たちがいるこっちに来た方がいいわ」

「お、おう……」

 

 久しぶりに見た、彼女の好戦的な態度にユウは若干戸惑いを覚えつつも、彼らの頭上を思い切り飛び越してアスナの隣に降り立つ。

 

 彼女は、容赦なく再び男に《リニアー》を放っていく。ユウもその横で両手剣単発上段斬り《カスケード》を叩き込み、《軍》の人々を蹴散らしていった。

 

 しばらくすると、男たちは捨て台詞を残して逃げ去った。


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