ソードアート・オンライン~竜殺しの騎士~ 作:nozomu7
「終わった……のか……?」
ボス攻略の終了を意味する『Congratulation!』の表示を呆然と見ながらキリトは呟くと、そのまま後ろ向きに倒れた。自身のソードスキルの間にも攻撃を喰らい続けていたそのHPは、雀の涙ほどしか残っておらず、あと一撃攻撃を喰らっていたら、死亡していただろう。
一方で、ユウもキリトほどではないが、HPはレッドゾーンに入っていた。ユウもまた、己の巨大すぎる剣を手放して、その場にしゃがみ込んだ。
「……とりあえず、回復するか」
懐から回復薬を2つ取り出すと、一気に自分の口に流し込んだ。
「キリト君、キリト君!」
アスナが彼に駆け寄り、今にも泣きそうな――否、すでに涙を流しながら彼の顔を覗き込む。一方で、シリカもユウのところへと駆け寄ってきていた。
「ユウさん!」
それまで手にしていたダガーを放り投げ、ユウへと飛びついてその体を抱きしめる。
「……っと! 心配かけたな、すまん」
ユウもまた、恋人の体をしっかりと抱きしめた。
体を離して周囲を見ると、《風林火山》と《軍》のメンバーが彼らを取り囲んでいた。
すると、キリトが意識を取り戻す。
「……どのくらい気を失っていた?」
「ほんの数秒よ。バカ! 無茶して……!」
体を起こしたキリトに、アスナが泣きながらその首にしがみついた。
「……あんまり締め付けると、俺のHPがなくなるぞ」
キリトは困惑しながらも、冗談を言いながらその背中を優しくなでる。
そこにクラインが歩み出る。
「……2人、死んだ」
「そうか、ボス戦で犠牲者が出たのは67層以来だな」
「こんなのが攻略っていえるかよ。死んじまったら何もならないだろうが」
クラインはそう言って、深いため息をついた。
その後、暗い雰囲気を変えるためか、話題を変える。
「そりゃそうと、なんだよ、さっきのは!?」
「……言わなきゃダメか?」
キリトは往生際の悪い言葉を言っていたが、クラインは許さなかった。
「あったりめえだ! 見たことねえぞ、あんなもん!」
キリトはしばらく視線を逸らした後、ぞんざいにその答えを口にした。
「……エクストラスキルだよ。《二刀流》」
《軍》の生き残りとクラインたちの間に、どよめきが起こった。
「しゅ、出現条件は」
「分かってたら、もう公開してる」
「情報屋のリストにも載ってねえ……ってことは、お前専用《ユニークスキル》じゃねえか」
エクストラスキルというのは、《体術》のように特定のクエストを受けたりするなどの条件をクリアしないと習得できないスキルのことである。その中でも、ユニークスキルは『他に習得者のいない
アスナの所属する《血盟騎士団》の団長である、ヒースクリフという男が最初のユニークスキル《神聖剣》を発表したことで、その存在が知れ渡った。
キリトが言うには、半年くらい前にスキルウインドウに突然現れたのだという。しかし、彼はそのことを隠していた。
「ネットゲーマーは嫉妬深いからなあ」
クラインの言うとおり、ただでさえ《ビーター》として悪評が広まっているキリトにそのような情報までついてしまったら、どれほど悪意が彼に向かられるものか、分かったものではない。
「で、ユウ! テメエもなんだよ、あのバカでかい武器は!?」
「……忘れてくれなかったか」
キリトの《二刀流》スキルですっかり忘れられたかと思ったのだが、どうやらその考えは甘かったようだ。
「……キリトみたいに、エクストラスキルとかじゃない。《アスカロン》が特別なんだよ」
「《アスカロン》っていうのが、武器の名称なのか?」
「ああ」
ユウは、アスカロンについて説明を始めた。
1つ目に、この剣は今まで知られている《両手剣》とか《曲刀》といった武器のカテゴリーに収まらない。プロパティウインドウのカテゴリー覧が空白になっており、その代わりに説明覧の冒頭には『聖剣』と書かれていた。その上、『聖剣』に関する説明は一切存在しなかった。
2つ目に、この剣は全ての《両手剣》スキルが使用可能であるだけでなく、一部の《短剣》《曲刀》《両手斧》スキルが使用可能になる。また、その場合の
3つ目に、上記のスキルを使用する場合、当然ながらそれらの武器スキルを取得しておく必要がある。そのことを考えると、重量のある武器に対してスキル熟練度のブースト効果を持つ《ドラゴンアーム》は、この剣にうってつけであると言える。
「《アスカロン》そのものに対する説明は以上だ。だが、俺はこの特性を《
《剣技連携》は、アスカロンを十全に扱うためにユウが生み出したスキルだ。
理屈は言葉にするのは簡単で――『スキルが完全に終了するその直前に、体を捻って別の武器のソードスキルの準備動作に入る』というもの。こうすると、硬直が中断され次のソードスキルの発動が優先される。ただし、『変更する前のスキルの
ユウが説明を終えると、キリトが第75層転移門の
「「転移!」」
4人は主街区《ウルバス》まで飛んだ後、それぞれのねぐらに戻った。
拠点としている《フローリア》の宿は、その窓辺から広い花園が見えるので、シリカのお気に入りであった。だが、今日は夕暮れに染まるその光景を眺める余裕もなく、ユウはベッドに身を投げた。
「疲れた……」
「お疲れ様でした」
シリカは、その隣に腰掛ける。ピナは、ユウの邪魔にならないようにシリカのベッドの上で丸まっていた。
「あーあ、ついにばれちまったな……死者も出してしまったし」
「でも、コーバッツさんが生き残ることができたのは、ユウさんのお陰だと思います。だから」
「分かってるって。もう大切なパートナーがいるんだから、無茶なことはしねえよ」
ユウは、そう言って彼女の手を掴んで引き寄せた。体勢的にシリカがユウに覆いかぶさるような姿勢になってしまったが、これはこれで悪くないと、ユウは思った。
12歳の時から変わらないのであろう、その小柄な体をユウは抱きしめる。
しかしその直後、疲れが押し寄せてきてしまい、そのまま泥のように眠ってしまった。
翌日の新聞の一面記事は、《アインクラッド》全体を衝撃の渦に叩き込んだ。
『軍の大部隊を壊滅させた青い悪魔』
『それを撃破した二刀流使いと竜騎士による百連撃』
その記事を、ユウとシリカ、キリトはエギルの雑貨屋の2階で読んでいた。
「尾ひれがつくにもほどがある。そのせいで朝から剣士やら情報屋やらに押しかけられて、ねぐらにもいられなくなったんだからな」
3人がここにいるのは、そういう理由があった。
「それはアンタの自業自得なんじゃないの? 私たちの秘密だーって言っていたのを、バラしちゃったんだから」
「キリト、リズにそんなこと言っていたのかよ。つーか、それよりも前に俺に教えていなかったっけ?」
その言葉で、リズベッドの雰囲気が一気に険悪になった。やばい、とユウは珍しく焦った様子になる。
案の定、キリトはリズに追及される羽目になった。どうやら、キリトは『これからはユウだけでなく、リズも秘密を共有する仲間だ』という意味で言ったのに対し、まぎらわしい言い方をしたために、『この秘密を知っているのは俺以外にはお前だけだ、リズベッド』という意味で捉えられていたらしい。
というか、アスナのことにしろ、キリトの台詞の選択が一々プレイボーイっぽいのはどうなのだろうか。
リズベッドに追及されている親友の情けない姿を横目に見ながら、ユウはため息をつく。既にその心は1人の女性に定まっているというのに、如何せん、なかなか行動に移すことができないのだから、この少年は難しい。
その時、下から誰かが勢いよく駆け上がってくる足音がした。
息を切らせながら部屋に飛び込んできたのは、アスナだった。
「どうしよう、キリト君……大変なことになっちゃった」
どうやら、あの後キリトは《血盟騎士団》団長ヒースクリフと対決することになったらしい。きっかけは、アスナがギルドに申請した『一時脱退』が原因だ。
その理由にキリトの存在があることを感じ取ったヒースクリフが、彼を呼び出したということだ。
彼らはクラディールの一件を持ち出して交渉を図ったが、それでも十分に納得させることはできなかったらしい。その結果、キリトとヒースクリフが《
その話が持ち上がったその瞬間から、アインクラッドの上層では、どこでもその噂で持ち切りになった。
「ユウ、お前もあの話を聞いたのかよ。《黒の剣士》のやつ」
エギルの店で話しているのは、かつて《
レッドプレイヤーだった頃の灰色のフードも脱ぎ捨て、装備の色は新たに明るい緑色に統一されていた。
「そりゃあな。相棒の状況くらい、把握しているさ」
「しかし、ユニークスキルどうしの対決か。かなり盛り上がりそうではあるけどな」
「気軽に言うな、お前は……」
呆れたように言うユウに対して、レインはニヤリと笑顔を見せた。
その表情で、ユウは少し昔のことを思い出した。悪意も嫉妬もまだ少なくて、紺野裕也も雨宮亮も仲良く同じクラスメイトとして、遊んでいた時のことを。
「だけど、わざわざそうまでして《決闘》をする必要があるのか? だって、あくまでも『一時脱退』なんだろ? そりゃあ、《閃光》のアスナが副団長として、大きな役割を担っているのは分かるけどさ……」
「やっぱり、レインもそう思うか?」
ユウの言葉に、レインはああ、と肯定の返事を返した。
彼の言うとおり、アスナが前線を抜ける影響は計り知れない。しかし、あくまでも一時的なものであれば、話は別だ。
ヒースクリフは、剣士としてだけでなく、ギルドリーダーとしても非常に優秀な男だ。そんな奴が、副団長が一時的に欠けたくらいで攻略のペースが乱れるなどと言うのはおかしい。
この世界において、死なないという保証は絶対にない。そのため、少数ギルドならともかく、大きな規模のギルドリーダーは最悪の事態をある程度想定しているのが当たり前のことなのだ。彼らの行動ひとつで、浮遊城攻略全体に大きな影響を与えかねないのだから。
加えて言えば、大切な仲間が死んだことで心が折れ、ギルドを脱退して最前線を離れる人間も、当然ながらいる。そのようなことを想定しない、ということはないだろう。
「ヒースクリフの野郎は、噂に反してよっぽどの戦闘狂だったってことか?」
レインが確認するように尋ねる。彼は、ユウとは違い、今までに一度もヒースクリフと直接会ったことがないので、あの男のことは人に尋ねるしかないのだった。
「……まさか、な。まあ、強者との《決闘》を楽しみたい、という考えもないとは思わないけど」
ヒースクリフは、常に堂々とした様子でいる姿が、ユウにとっては印象的だった。
ユウはなんとなくであるが、それは《神聖剣》というユニークスキルに対する絶対的な信頼ではなく、それ以外の部分に自信があるような気がしていた。
「なんとなく、だけど」
「ああ、それは分かるような気がするな。常に冷静で勇敢。そのせいで、他のプレイヤーから嫉妬をもらいつつも、集めている尊敬の眼差しが多すぎるせいで、誰も表立って批判できないってよ」
「同じユニークスキル持ちでも、キリトとは似ても似つかないな」
その言葉に、彼らは同時に笑った。
しばらくして、話はユウの《アスカロン》に移った。
「『聖剣』に関する情報は、アルゴを通しても一切なし、か」
「ああ。加えて、1つの武器で複数種類のソードスキルが使用できる武器も、今までに存在しなかったらしい。最も、他にもあるのかもしれないが……多分、もっと上層に行かなければ現れないという可能性も高い」
とすると、茅場晶彦は何のためにこのような特殊な武器を作製したのだろうか。
鍛冶スキルでは、とても似たような武器が作成できるとは思えない。つまり、これは『どんなにレアなインゴットを使用しようが、どれほどプレイヤーメイドの武器を強化しようが、絶対に鍛冶スキルで追いつくことができない』という、ある意味『魔剣』を上回るものであると言える。
訳が分からない、というのがユウの正直な感想だった。キリトの《二刀流》やヒースクリフの《神聖剣》もそうであるが、ゲームバランスが崩壊しかねない。
いや、その釣り合いを取るために、3つ目のクォーターポイントを目前にしたこの層で、フロアボスを大幅に強化してきたのだろうか。
(いや、キリトがここであの切り札を取るという保証はどこにもない……。スキルを取得しても半年もの間明るみに出なかったのが、茅場晶彦――あるいはデスゲームになることを知らずにいた、開発チームの人たち――にとって予想外だったのかもしれないが……)
考えても結論が出ないことであるので、ユウはそこで思考を切り上げた。
「でも、きっと他にも出てくるんだろうな……多分、また伝説と同じ名前の奴が」
「というと……『グラム』とか出てくるのかな。刀だったら『天ノ羽々斬』とかか?」
以外にも、レインはその手の伝説にも詳しいようだった。まあ、ファンタジー系が好きなゲーマーなら、ある意味当たり前なのかもしれないが。
「だろうな。といっても、どの武器がどのスキルに対応しているのかはさっぱりだが」
「だな。特にアスカロンは、サイズが伝説と違いすぎるもんな。お前の
「それを俺に言われても困る」
そんなことを話し合っていると、ふとレインが思いついたように言った。
「そういえば、アスカロンってどんな姿なんだ? 結局、俺見たことないんだけど。ちょっと見せてくれよ」
「おう。……って言いたいところだけど、ちょっとここで出すにはデカすぎるからな。今日の午後に初めての75層攻略に行くから、一緒に来るか?」
「ああ。彼女は大丈夫なのか?」
「当然一緒だ。他に、《月夜の黒猫団》も一緒に来ることになってる」
《月夜の黒猫団》もまた、現在は最前線で戦うギルドのひとつとなっている。しかし、現在のところはあまりボス攻略には出てこない。
つまり、最前線にはいるものの、《風林火山》のような少数精鋭ギルドの中ではトップギルド……と呼ぶには今ひとつ実力が足りない。
フィールドボス攻略にはそれなりに参加しているものの、フロアボス攻略にはまだ数えるほどしか参加していないはずだ。
「でも、そろそろ……そうだな、第76層からは参加できるんじゃないか? 第75層はクォーターポイントだから、最初の偵察から攻略まではかなり時間がかかりそうだしな」
「確かに、多分第74層と同じ《結晶無効化空間》だろうからな……下手したら、偵察からボス攻略がされるまでに、1週間とかかかりかねないぞ」
「1週間で、終わればいいけどな……」
ユウの言葉に、レインがうへえ、と言いそうな表情をした。しかし、実際にそれほどの難易度になってきてしまっているのだから、仕方がない。
結晶アイテムが使用できないということは、すぐに《転移結晶》で撤退ができないというだけでなく、《回復結晶》による一瞬でのHP回復も不可能であることを示すのだ。
「下手したら、ボス部屋に入った瞬間からPotを使用しておいた方が……」
「……マジかよ」
ユウの懸念に、レインが苦い表情をする。
しかし、今までずっと最前線にいて、危険と隣り合わせで戦ってきた彼がここまで懸念するのだから、それほど危険なのだろう。実際に74層のフロアボス戦を見たのは、最初に挑んだ《軍》のレイド以外には《風林火山》、キリト、アスナ、シリカ、ユウに限られるのだから。
「そんなわけで、行こうか」
「何が『そんなわけで』なんだよ……まあ、用意するか」
彼らはシリカ及び《月夜の黒猫団》の一団と合流すると、移動する。
「なあ、ユウ。噂の聖剣は使わないのかよ」
「《アスカロン》の話ばっかりだな!?」
狩りを始めて早々に言ったササマルの台詞に、ユウは呆れたように声を上げた。
「だって、気になるに決まっているだろ。結局、キリトの《二刀流》だって俺たちは見ていないんだからさ」
「キリトの《二刀流》なら、これからはいつだって見ることができるだろ。俺の《アスカロン》の場合、自分よりも大きなMob相手でないと、使用するのも困難だからな」
あの剣は威力は高いものの大きすぎるため、はっきり言って小さな敵には扱いづらい。少なくとも、自分よりも背の高い相手でないと難しい。
「でも、そこまで見たいなら、戦闘を見せてやろうか?」
「え、いいのか?」
ユウの提案に、ササマルは嬉しそうに声を上げた。
「おう。街中で剣を振り回そうぜ。《
「おう、頼むぜ!」
そんなやり取りをしている彼らを見て、レインとシリカはケイタに心配そうに話しかけた。
「あの、ササマルさん、随分と安請け合いをしてしまいましたけど……大丈夫でしょうか?」
「ああ、止めた方がいいんじゃないか?」
その言葉に、ケイタは表情に疑問を浮かべた。
「どうしてだ? そりゃあ、仲間同士で剣を向け合うのはあまり良い光景ではないかもしれないけど。サチ辺りは無駄な心配しそうだな」
彼女は今も、前線に出ることができない。そもそも、純生産職になってしまったため、戦闘用スキルが一切ないというのも理由の一つではあるのだが。
しかし、シリカが止めたのはそういう理由ではない。
「あの……自分の身長の倍以上の大きさの剣が、ユウさんのステータスと技術を全開にして振り回されるんですよ? 考えるだけでも、普通は怖いと思うのですが……」
「「あ……」」
結局、ササマルはその実物を見ただけでチャンバラをギブアップし、全員がその剣を一度ずつ握った(誰一人として、持ち上げることができなかった)ところで、その日はお開きとなった。