ソードアート・オンライン~竜殺しの騎士~   作:nozomu7

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白と黒、竜騎士と竜使いの剣舞
攻略組のある一幕


 2024年10月17日。

 

 世界初の本格的なVRMMORPGである《ソードアート・オンライン》が茅場晶彦の手によってデスゲームと化し、1万人のプレイヤーが囚われた日から、もうすぐ2年近くが経過しようとしている。

 

 《ビーター》キリトを除けば、最前線にソロで臨んでいるプレイヤーは基本的にいない。それは当然のことだ。パートナーが1人いるだけで簡単に攻略できる(トラップ)などは、逆に言えば、ソロでいるときに喰らってしまったら、かなり致命的だ。

 

 他にも、Mobをトレインしたり、また、他のプレイヤーにそれを擦り付けられる可能性を考えると、ソロはとても賢い選択ではなかった。

 

 現在の最前線は74層。

 

 現時点で生き残っているプレイヤーは8100人ほど。

 

 それが、今の浮遊城の現状だった。

 

 そして……《竜騎士》と呼ばれるトッププレイヤー・ユウは、現在恋人であるシリカと共に、最前線の《迷宮区》に潜っていた。

 

「やあっ!」

 

 シリカがソードスキル《ラピッド・バイト》を放ち、敵Mob《リザードマン・ロード》の曲刀スキル《フェル・クレセント》の軌道をうまく逸らした。

 

「ユウさん、スイッチ!」

「おう!」

 

 ユウがシリカとスイッチをすると、その剣が赤く輝き、両手剣上位スキル《メテオ・フォール》が《リザードマン・ロード》の残ったHPを完全に消し去る。この技は、両手剣のメリットのひとつである『攻撃の重さ』を大きく活用できる技の1つでありながら、技の命中率の高さや、クリティカルも比較的出しやすいので、ユウは《アバランシュ》などと並んで、この技を結構気に入って使用していた。

 

 最近では彼女との連携もすっかり板につき、むしろ今まで組んでいた誰よりも、スイッチなどはスムーズにこなせるようになっていた。最も、ここしばらくの間、ユウは1日のほとんどをシリカと共に過ごしているので、ある意味当然のこととも言えたが。

 

「ナイス、シリカ。この調子なら、この層の攻略が終わるのも、そう遠くはないかもな……お」

 

 その先へ歩くと、ついにそれまでのマッピングデータにあるものとは、明らかに異なる道が見つかった。それはつまり……

 

「ここがボス部屋に繋がる通路か……」

 

 ついに、74層フロアボスの攻略の終わり、最後のクォーターポイントである75層への道が開けつつある、ということを意味していた。

 

「とうとう、来ましたね……!」

 

 気合十分な様子で、感慨深げにシリカが言う。

 

 シリカはこの夏にようやく《攻略組》への参加を果たしたものの、肝心のボス攻略は、ユウの方針でフィールドボス戦にしか参加させていなかった。

 

 しかし、ついに彼女も《攻略組》においても中ほどの実力になってきたため、このフロアからフロアボス戦に参加を(しぶしぶではあったが)許可したのだ。

 

「じゃあ、マッピングも済んだから、今日は帰るか」

「はい!」

 

 ナチュラルに彼女の頭に手を置き、それに逆らうことなく、というか自らその身を彼氏へ寄せるユウとシリカであったが、そのことに対してツッコんだり、からかったりするような人は幸い、今この場にはいなかった。

 

 最近では、シリカの愛竜であるピナもユウになつきはじめ、しかもユウが彼女の頭をなでるという行動を覚えたのか、以前のように彼女の頭には乗らずに、基本的に肩に乗っているようになった。

 

 帰りは既に知った道であるので、Mobの出現には気を配りながらも、順調にその道を戻っていく。

 

 そして、主街区《カームデット》まで戻ると、あの後に自分たちの本拠地とした第47層主街区《フローリア》へと戻る前に、かつてのユウの本拠地で、キリトにとっては今現在もホームとしている第50層主街区《アルゲード》へと移動した。

 

 目的は、今日の狩りの成果のひとつである、ドロップアイテムの売り払いだ。もっとも、知り合いと会って雑談するためでもあるが。

 

 エギルは、色々なアイテムの買取をしている《雑貨屋》だ。知り合いの間では阿漕な商売をしているということで知られているが、その実、中層プレイヤーの支援をしているということも知られている。

 

 最前線にいるユウは、彼が商人となったときからのお得意様なのだ。

 

 アルゲードの騒がしい街中を歩きながら、2人は寄り添って歩く。シリカのような女性プレイヤーは、もともとトラブルが発生しやすいし、特にシリカのような年齢の低い女性は、下心のある男性プレイヤーに声をかけられることより多いので……という建前で、2人は街中ではずっと手を繋いでいた。

 

「そういえば、そろそろまたリズベッドのところに行って、武器のメンテをしておかないとな」

「そうですね。あと、また少し強化もしておきたいです」

「じゃあ、今度は69層かな。《正確さ(アキュラシ―)》の《添加材》をドロップするMobが多いだろ、あそこ」

 

 話している内容は彼女の武器のことでありながら、その実、常に手をつなぎっぱなしという妙なカップルへ、周囲の注目が集まっていることに、彼らは気が付いていない。

 

 しかし、その道の途中で騒がしい声が聞こえた。

 

「アスナ様だ……」

「なんで《ビーター》がいるんだ?」

 

 その言葉を聞いたシリカが、ユウに話しかける。

 

「ユウさん。……なんだか向こうで、キリトさんとアスナさんに何かあったみたいですけど」

「みたいだな。一応確認しに行くか」

 

 まったく俺の親友はどこまでもトラブルメーカーだな、と呟いて、ユウは群衆の中に足を向けた。

 

 向こうから、何やら言い合っている声が聞こえてくる。

 

 《索敵》スキルを使用して本人たちを探し出し、そこへ小走りで近づいて行く。はぐれないようにシリカもしっかりとついて行きながら、次第に聞こえてくる声が大きくなっていることを感じていた。

 

「ともかく、今日はここで帰りなさい。副団長として命令します」

 

 アスナは厳しい表情で、目の前の騎士に命令すると、キリトの腕を掴んでずんずんと歩き始めた。その場所には、彼女に命令された《血盟騎士団》の装備をした男が、取り残されている。

 

 どうやら、最後の場面だけを見てしまったらしい。

 

「……行っちまったな」

「これで、本当に収まったのでしょうか……あの人、なんだか怖い顔をしていますし……」

 

 シリカの言葉に、ユウは表情を厳しくして考えた。

 

 彼女は、中層のアイドルプレイヤーとして活動していた時、何度となく男性から下心のある誘いを受けてきた。ましてや、一度オレンジプレイヤーの標的にされたこともあったのだ。そのため、人の表情から感情、特に負の感情を読み取ることには、それなりに敏感になっている。

 

 そして、現実の世界にいるときから、人一倍、人の醜い心と戦ってきたユウにも、あの表情から何を感じるかと言われれば、その醜さは身に染みて分かっていた。

 

「収まってない……と俺は思う。絶対、何かしらの形で『決着』をつけなければならないだろうな」

 

 そして、その中でも最も穏便なものが、《初撃決着モード》による《決闘(デュエル)》であろう。戦うのが一番穏便というのも変な話であるが、人の気持ちを発散させるには、実際にぶち当たるのが一番手っ取り早いのだ。

 

 おそらく、そうなる可能性が高い、とユウは考えた。しかし、その一方で彼はこうも考える。

 

(一応、『それ以上』のことが起こる可能性も考えておくか……)

 

 もしも、《決闘》までしても、あの男がキリトやアスナに対して、なんらかの行動を起こした場合――その場合には、相応の『覚悟』が必要になる可能性もあった。

 

 そのことだけ頭に留めておくと、ユウは彼女と共に自宅へと戻る。

 

 頭の片隅に、何かの不安を感じながら。

 

 

 

 

 

 翌日、第74層主街区《カームテッド》の転移門広場にて、3人の少年少女が人を待っていた。

 

「来ない……」

「アスナさん、何かあったんでしょうか……?」

 

 キリトが呟き、ユウの隣にたつシリカが心配そうに言葉を発する。

 

 結局あの後、アスナからユウとシリカへ明日の攻略を手伝ってほしい、との連絡があった。本人たちは、気心の知れた4人でパーティーを組みたいから、などと言っていたが……。

 

(せっかく、大胆にキリトと2人っきりで行動する約束を取り付けたと思ったのに……)

(いい感じのところで、結局へタれましたね)

 

 シリカもなんだか辛辣な言い方をしてしまっているが、それだけいい感じの雰囲気で進んだと思っているのだ。ちなみに、アスナの想いは、ユウとシリカには《圏内事件》と《リズベッド武具店》の2件によって、確信されている。

 

 シリカは、彼女の恋を応援することに、かなり積極的だ。この辺りは、男子と女子の違いなのかもしれなかった。もっとも、ユウも2人はお似合いだと考えているので、それに全く異論はなかったが。

 

 1層から2人のことを知っている彼からしてみれば、あの、今にも燃え尽きてしまいそうな流星から、《攻略の鬼》を経て《閃光》かつ《血盟騎士団》副団長という変貌ぶりに驚いてはいるものの、そのような変化は好ましいものであった。

 

「ど、どいてー!」

 

 そんな時、転移門に青白い光が現れるとともに、そんな女性の絶叫が聞こえてきた。

 

 その女性――アスナは、飛び出したその勢いでぼーっと経っていたキリトを巻き込みながらごろごろと地面を転がる。すると、2人は近くの柱に衝突してようやく停止した。

 

「あ、アスナ?」

 

 どうやら、《攻略組》の中でも屈指の高さを誇る敏捷値(AGI)を全開にしたダッシュで、転移門に飛び込んだようだ。そのため、勢いを殺すことができずに、そのまま転移門の前に立っていたキリトに衝突してしまったのだろう……とユウは推測した。

 

 しかし、キリトは未だ状況がしっかりとつかめていないらしく、自らの手の中にある柔らかいものを揉んでいた。

 

 2回、3回。

 

 それがアスナの胸であることに、彼は気が付いていない様子だ。その光景を見てシリカは顔を真っ赤にし、そしてユウは額に手を当てて真っ青な空を仰ぐ。

 

「や、やぁーーーー!」

 

 悲鳴が広場へ響き渡った。それと同時に、アスナの拳が炸裂し、キリトの仮想の体が吹き飛ぶ。

 

 地面から体を起こして、自らを飛ばした相手を確認するキリト。その後、自分の手を2、3回開いて閉じてを繰り返した後で、ようやく自分が揉んだものの正体を理解したらしい。

 

「お、おはよう、アスナ……」

 

 アスナは自分の体を抱きしめながら、キリトを強く睨みつける。それを見たシリカは、手を己の胸に当ててアスナのものと己のものを、交互に見つめていた。

 

 ユウはその姿になんとも言えなくなり、何も言うまい、と口を閉ざす。この手の内容に男が口を出したところで、どちらにしろセクハラ扱いされるのがオチだ。

 

 しかし、転移門に再び予兆である青い光が現れると、その姿が完全に現れるよりも先に、アスナはキリトの背後に隠れた。その表情は、明らかに警戒心が現れていた。

 

「な、なんだ……?」

 

 そこから現れたのは、先日彼女に取り残されていた《血盟騎士団》の男だった。

 

「アスナ様、勝手なことをされては困ります! 私と一緒にギルド本部まで戻りましょう」

 

 どうやら、彼女は自分の護衛を置き去りにしてここまで来たらしい。もっとも、先日の様子を見る限りでは、無理もない選択であろう。

 

「嫌よ!今日は活動日じゃないでしょ! だいたい、なんでアンタ朝から家の前に張り込んでるのよ!?」

「「なっ」」

 

 キリトをユウは、思わず小さな声を上げた。

 

「こんなこともあろうかと、私は1か月前から《セルムブルク》で、早朝より護衛の任に付いておりました」

「そ……それ、団長の指示じゃないわよね?」

 

 焦った声で、彼女は男、クラディールに問いただす。

 

「私の任務はアスナ様の護衛! それは当然ご自宅までの護衛も」

「含まれないわよ、バカ!」

 

 その会話を聞いたシリカは露骨に嫌な表情をした。仲の良い、しかも憧れのような存在である年上の女性が、ストーカー被害にあっているなど、彼女にとっては耐えがたいであろう。

 

 ユウは、そっとシリカを庇うように抱き寄せる。

 

「さあ、アスナ様、ギルド本部まで戻りますよ」

 

 クラディールは彼女の手首を強引につかんで、ギルド本部へと連れて行こうとする。その様子を見てユウとシリカが彼らの前に立ちふさがろうとした時、彼女に助けを求めるような視線を送られていたキリトが、しっかりとクラディールの手首をつかんで止めた。

 

「悪いな、お宅の副団長さんは、今日は俺の貸切なんだ」

 

 こういうところで、さっと気障ったらしいセリフが出てくるんだから、キリトなんだよなあ……と、ユウは一瞬考える。さらに言えば、今日は2人も参加するので、『俺の』ではなく『俺たちの』が正確である。

 

 しかし、彼らにとって、そんなことはどうでもよかった。

 

「アスナの安全は俺が責任持つよ。別に、今日ボス戦をやろうって訳じゃない。本部には、アンタ1人でいってくれ」

 

 堂々と言い切ったキリトに対し、クラディールはその不機嫌そうな表情から、さらに眉を吊り上げた。どうやら、自分の《血盟騎士団》としてのプライドを傷つけられたのが、気に食わなかったらしい。

 

「ふ、ふざけるなァ! 貴様の様な雑魚プレイヤーに、アスナ様の護衛が務まるか! わ、私は栄光ある《血盟騎士団》の……」

「あんたよりはまともに務まるよ」

 

 声を荒げるクラディールに対して、キリトは挑発するかのような、毅然とした態度で言った。その結果、やはりというか、クラディールは怒りがこもっている様子で、言い放つ。

 

「ガキィ……そ、そこまでデカイ口を叩くからには、それを証明する覚悟があるんだろうなぁ!」

 

 クラディールは震える声でデュエルを申請した。

 

 相棒はアスナに確認を取ると、《初撃決着モード》を選択する。

 

 クラディールは腰に下げられている両手剣を抜いた。どうやら、あの男はユウと同じように両手剣使いであるようだ。

 

 対し、キリトは片手剣を下段に構えた。

 

 カウントがゼロになった瞬間、両者がソードスキルを発動する。

 

 クラディールが選んだのは、両手剣上段ダッシュ技《アバランシュ》。初級スキルであるにも関わらず、突進力に非常に優れている。生半可なガードなら、技の衝撃によって相手に反撃をさせず、重さで武器を弾き飛ばせるし、回避されてもその莫大な攻撃距離によって、体制も立て直しやすい。

 

 デュエルをする上では、なかなかの選択肢だ、というのがユウの評価だった。《血盟騎士団》でアスナの護衛を務めるというだけのことはあるようだ。

 

 対し、キリトが発動したのは《ソニックリープ》。片手剣上段突進技で、剣に黄緑色の光の帯を引きながら繰り出されるものだ。比較的扱いやすい技で重宝するが、単純な威力を考えれば、両手剣の《アバランシュ》に吹き飛ばされてしまって終わりだ。

 

 しかし、結果は群衆の予想通りにはならなかった。

 

 キリトの《ソニックリープ》はその途中で軌道を変え、彼の黒い剣《エリュシデータ》の刃は、大剣の鎬を横から叩いたのだ。

 

 その結果――乾いた音と共に、クラディールの剣が真っ二つに折れた。

 

 武器破壊(アームブラスト)

 

 現状の《アインクラッド》では――そして、おそらくこれからもずっと、キリトにしか使用できないシステム外スキルだ。(ラフコフ戦ではユウも使用したが、結局成功したのはあの1回きりであった)

 

 武器の構造上、最も脆い部分に技の発生か終わりに打ち込む――言葉にすれば単純であるが、これを実際に行うとなると、その技術は途方もつかないレベルになる。

 

「武器を替えて仕切りなおすなら付き合うけど……もういいんじゃないかな」

 

 クラディールは怒りで体を震わせていたが、やがて「アイ・リザイン」と声を発した。『降参』と言えばそれで済むのだが……まあ、日本語で言うよりも、英語で言った方が、まだ怒りを堪えることができるのかもしれない。

 

 観衆がわあっ! と歓声を上げ、それに対してクラディールが怒鳴り声を上げる。

 

「《血盟騎士団》副団長として命じます。本日をもって、護衛役を解任。別命があるまで、ギルド本部にて待機。以上」

 

 アスナがしっかりと彼にとどめを刺すと、クラディールは絶望したような表情をしていた。そして、がくりとうなだれたまま転移門まで移動すると、「転移《グランザム》」と呟いて、青い光と共に消えた。

 

「はあ、なんか無駄に疲れた……また、難癖をつけてこないといいんだが」

「ここまでキリトさんがコテンパンにしたから安心……とは言えませんよね」

 

 ユウがため息交じりに呟くと、シリカが同意を示した。

 

 そもそも、護衛というのは、何か有事の際に対象を守ることが目的だ。しかし、クラディールのような、実力は多少あってもプライドが高い人間では、逆に護衛対象を巻き込んでいざこざを起こしかねない。

 

(まったく、《血盟騎士団》が人材不足……な訳はないか。大方、ギルドが大きくなりすぎたために、指示する側の人間が、仕事の割り振りをした相手の人柄を把握しきれなかった、ってところか)

 

 組織が大きくなりすぎた弊害が、このようなところでも発生しているらしい。

 

 こういうところも、現実世界とあまり変わらないんだなあ……と、ユウは辟易とした様子で考えた。組織が巨大化すると、小さなところから徐々に問題が大きくなっていってしまうのは、なんだか政治とか会社組織とかにありがちな気がした。

 

(立っている世界はこれまでと違っていても、そこにいる人間は、結局変わらないんだなあ……)

 

 はあ、とユウは思わずため息をついて真っ青な空を見上げる。

 

 茅場晶彦は、この世界とこのデスゲームという状況を創り上げることそのものが、SAOの目的であると言っていた。ならば、彼はこんな状況も考えていたのであろうか。

 

 そんなことをふと思ったが、ユウは首を振って、《迷宮区》の攻略へ集中することにした。中途半端な気持ちで無事生き残れるほど、《迷宮区》は甘いところではない。

 

 

 

 

 

「はっ!」

「えいっ!」

「おらあっ!」

「やあっ!」

 

 《リザードマン・ロード》2体が、瞬く間にその姿を四散させた。

 

 層が上がるにつれて、Mobのレベルだけでなく、全体的な難易度が上昇していた。迷宮区の構造の複雑化に始まり、トラップの増加、Mobの行動パターンの変化などなど……上げればいくらでもありそうだが、そのために、以前のような速さでの攻略が不可能となっていた。

 

 2層や3層だった頃に、1週間から10日程度の間隔でフロアボス戦を繰り広げていたことが、非常に懐かしく思える。

 

 しかし、さすがに《攻略組》トップクラスの3人がいる上に、貴重なブレス攻撃が可能な《ビーストテイマー》がいると、攻略が非常にはかどった。しかも、《フェザーリドラ》であるピナには回復能力もあるので、ポーションの消費量も圧倒的に少ない。

 

 つまり、順調すぎるくらいに順調であった。

 

「……ねえ、あれ」

 

 そのまま攻略を続けていったところで、アスナが前方を指さしながら短く言った。

 

 そこには、大きな扉がある。

 

「ボス部屋、ですよね……」

「……ああ」

 

 フロアボスの部屋だ。

 

 特に、シリカにとって、未だ開かれたことのないボス部屋の扉を見たのは、初めてのことだったためか、かなり緊張している様子だ。

 

「どうする……覗いてみる?」

 

 フロアボスは、守護するその部屋から出ることはない。そのため、扉を開けて覗くだけなら大丈夫である。また、戦闘をしても、レイド全員が無事にボス部屋の外へ脱出することさえできれば、そこでボス戦を中断させることも可能だ。(その場合、ボスのHPなどは万全の状態にリセットされてしまうが)

 

「一応《転移結晶》を準備しよう」

「オッケー」

「はい、分かりました」

 

 4人が全員、青い結晶アイテムを手にしたところで、慎重に扉を開いていく。

 

 全員がボス部屋の中へと足を踏み入れる。数歩、中に入ったその瞬間、今まで闇に包まれていたその中で、一斉に青い炎が灯り、その姿を照らし出した。

 

 筋骨隆々とした大きな肉体に、山羊の頭。巨大な斬馬刀を携えたその悪魔の頭部には、赤い目が妖しく光を放っている。

 

 そこに書かれた固有名は《グリームアイズ》。

 

 轟くような雄たけびと共に、ボスはその武器を高々と掲げた。


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