ソードアート・オンライン~竜殺しの騎士~ 作:nozomu7
レインの握る《
「死ねよ、紺野裕也!」
《フェイタル・スラスト》をユウが防ぎ、返す刀で斬撃を叩き込む。
両者のHPが半分を切り、イエローゾーンへと突入した。だが、そのことを確認しても、2人とも回復はおろか、他のメンバーに一時的に任せることもできない。
それほどに、両者の戦闘はすさまじかった。
ユウの両手剣は手数が少ないし、レインの両手槍は連続技が多いものの、それほど軽くて取り回しがしやすいものでもない。しかし、武器の重さをまるで感じさせないかのように両者の剣戟は速く、そして一撃の重さを示すかのように、派手な音が辺りに響き渡る。
「うおおっ!」
ユウは、慎重に《
そのため、イエローゾーンに突入したところで、ユウはレインに対して《ディスアーム》を決めることを諦めた。
2人の剣戟が派手な音をまき散らしながら、共にそのHPがゼロへと近づいて行く。
(このままでは……2人とも死ぬ!)
ユウは、刃を交えながら、自分自身に近づいてくる『死』を感じ取っていた。
辺りでは、次第に《
両者の実力が高い上に、どちらも全力で相手を殺す覚悟であるため、下手に割り込もうとすれば、そこで殺されるかもしれない、と思ってしまうほどの気迫が充ちていたからだ。
実力的に可能であろうキリトは未だザザと対面しているし、アスナなどの他の実力者も別の場所で戦っている。しかし、悪い言い方をすれば《攻略組》の一介でしかない他のメンバーでは、その間に割り込むほどの実力がないようで、他の場所へ行ってしまった。
だが、ある時ユウの斬撃の速度が落ちた。両手剣はその特性上、連撃自体が難しいものなのだから、当然であると言える。
しかし、それは致命的な隙だ。
ユウの握る両手剣が大きく弾かれ、決定的に相手に隙をさらすこととなる。
「死ね、裕也!」
レインの《アポーステート》がライトエフェクトを放つ。
《両手槍》最上位スキル《ディメンション・スタンピード》。
最初の一撃から、体を回転させてその威力を増した刺突を4回、相手の胴体の中心に放ち、その後跳び上がって脳天から全体重を乗せて突き刺すという、スピードも威力も《両手槍》スキルの中では最強のものである。
最初の一撃がユウの体を深く突き刺し、その衝撃で彼の仮想の体がのけぞる。
その後、続けて第二撃、第三撃が裕也を襲う。しかし、想定外にそのHPの減少が少なかった。
(まさか、ブラストプレートの中でも、わずかに厚くなっている部分を狙って体をずらすことで、ダメージの軽減をしているのか!?)
そんなバカげた考えが一瞬、レインの頭をよぎるが、それが正しいことであるかのように、斬撃の爪痕を示す赤いライトエフェクトは同じ場所に集中していた。
(これで六連撃目!)
最後の攻撃がユウの体を貫く。
赤いHPゲージが空になっていき……完全になくなるその直前で、停止した。
「バカな……!」
奥義技である以上、そのスキル後の硬直は他のスキルに比べてはるかに長い。その間を利用して、ユウは剣を上段から振り下ろした。
魔槍《アポーステート》が、柄と穂先の付け目から2つに折れる。
(お前の十八番……使わせてもらったぜ、キリト!)
得意げに話していた親友の顔を思い浮かべながら、さらにその表情を驚愕に染めているレインの目の前で、ユウはふたたび剣を振りかぶる。
大技後の硬直が抜けて動き出すが、ガードするよりも早くユウの剣がライトエフェクトを帯びた。
「先ほどのお返しだ!」
《両手剣》最上位スキル《カラミティ・ディザスター》。
重く、鋭い斬撃がレインの体を切り刻み、確実に数値化された命を削り取っていく。
(……この世界でも、俺の負けか)
レインは体の力を抜いて、おとなしくその攻撃を受け続けていた。
そして、最後の一撃、敵の背後に回り込んでからの上段振り下ろしのために、ユウがその視界から消え失せる。
(……さよなら)
レインは雀の涙ほどしか残っていないそのHPを見ながら、その時を待った。
最後に、すまなかった、と呟いた。
それと。
「――――」
その言葉はユウに聞こえていなかっただろう。
しかし、視界に存在するHPバーが、わずかに残っていることに気が付く。
(……?)
そして、次第にそのゲージが増え始めた。《バトルヒーリング》スキルがはたらいているのだ。
つまり、まだ死んでいない。
「……何のつもりだ」
レインは、力を抜いて地面に座り込みながら、確信を持って言う。
あの状況で自分が生き残っているのだとしたら、それはユウがソードスキルを最後の一撃で中断したことに他ならない。
「お前には、俺を殺す理由も大義名分も揃っていたはずだ」
そう言うと、ユウは彼の喉元に剣を突きつけた。少し周りに目を走らせるが、どうやらこの場所からはユウ以外の全員が撤退したらしい。先ほどの様子で、彼の勝利を確信したのだろう。
「そうだな」
ユウは、ゆっくりと歩きながらレインの真正面まで移動する。
「どんな理由があれ、殺しは罪だ。神の教えに反する行いだ。……最も、俺は既に殺ってしまったから、地獄行きなわけだが」
「そういえば、お前って教会に通っているとか言ってたな」
「……よく覚えていたな」
「他にいなかったからな、そんな奴」
先ほどまで殺し合っていたとは思えないほど、レインからは憎悪を感じられなかった。
そのことを感じ取ったユウは、剣を彼の喉元から離して担いだ。
「いいのかよ、剣を離しちまって」
「いいさ。……お前、殺す気とかなかっただろ」
ユウが言うと、レインは目をそらした。しばらくの沈黙の後で、レインが答える。
「……その通りだよ。俺は本当は、殺したくなかった。だけど、お前にやり返したかった。だから、《笑う棺桶》に入った。でも」
「殺すことはできなかった」
「ああ。……いや、違うな。直接HPゲージをゼロにしたことはないが、他のやつがとどめを刺しているのを、止めもせずに隣で見ていたんだから、俺が殺したことには変わりないさ」
レインは、先ほどの様子とは打って変わって、諦めたような様子を見せる。
「さっさと《黒鉄宮》に入れろよ。レッドギルドの人間を、野放しにしておくような人間じゃないだろ、お前」
「……そうだな」
すると、ユウは腰につけているポーチから《回廊結晶》を取り出し……そして、それを
「少し、聞きたいことがある」
「……なんだよ」
もはや動く気力もないようで、レインはそのまま床に大の字になって寝転がった。先ほどまで殺し合っていた相手を目の前にしているとは思えないほどの、無防備状態だ。
「
その言葉を聞いて、レインは少し驚いた表情をした後に、ゆっくりと目を閉じて言った。
「……はい」
悔いている、と彼は言った。
「幼い少女たちを、自らの純粋な悪意にさらしたことを、悔いているか」
「……はい」
「罪なき人たちの命を、奪ったことを悔いているか」
「はい……!」
最後は、はっきりとした返事になっていなかった。なぜなら、レインの両目からは涙が溢れて止まらなかったからだ。
「……だったら、やり直せ。お前がかつて悪意を向けた分、それ以上の人に手を差し伸べてくれ」
だから、ユウはそれ以上彼を責めなかった。代わりに、ひとつだけお願いをした。
ユウが彼のポーチを漁ると、新たに《回廊結晶》は出てこなかった。その代わり、灰色のフーデッドケープと、《笑う棺桶》のマークが描かれたレザーグローブを取ると、それをその場で処分した。
ポーチの中にあった《転移結晶》をレインの手に握らせると、ユウは笑って言う。
「近くの村まで飛べ。そうしたら、さっさとカルマ回復クエストを済ませて、別の層に移動するんだな」
「裕也……」
「他の奴が来る前に、さっさと行けよ、亮」
レインはしばらく自分の手に握らされた青い結晶アイテムを見つめていたが、しばらくするとキーワードを口に出し、青い光と共に消えた。
――ありがとう、という声が、光と共に残った。
レインの門出を見送った後、ユウは辺りを見渡した。
幸いにも、他の《
(……俺の行動が、原因か)
あの時、裕也は一切の容赦をせずに、冷酷に、卑怯に、確実に亮を追い詰めていた。そのことが、まさか3年以上の月日が経った今、その罪を自らに突きつけられるとは、誰が想像できただろうか。
まったく、人生何が起こるか分かったもんじゃないな、とユウは自虐的な笑みを浮かべる。
しかし、レインは、直接相手のHPを全損させたことはないと言っていた。本人はユウを最初の殺害相手とするためなどと言っていたが、そもそも彼に復讐をしたいのであれば、そのようなことに気を遣う必要はないだろう。
つまり、彼が自分の良心を自覚しておらず、適当な言い訳を述べていたに過ぎない、とユウは考えていた。
「ユウ、終わったらしいぜ」
後ろから声をかけられ、思考を中断する。
「クライン……どうだった」
「今確認を取っているが……討伐隊からは10人の犠牲者が出たらしい。ラフコフの連中は、その倍くらいになるんじゃないかってよ」
暗い声で、クラインが言った。
「エギルたちは?」
「いつメンは無事だ。ウチのギルドもな。だが、犠牲が多すぎた……」
その場で《青竜連合》のギルドマスターから集合がかかり、点呼と確認がとられる。
討伐隊からの10名に加えて、各々のプレイヤーの自己申告によると《笑う棺桶》から22名……すなわち、合計で32名。
それだけの命が、この数時間のうちに失われていた。
最後に、死者への黙とうが行われ、その後は元気のない声で解散していった。ユウもまた、キリトやクラインたちに簡単に挨拶だけを済ませると、今回の戦闘をねぎらうことなく、十字を切ってその場を後にした。
終わったころに、タイミングよくメッセージが届いた。
『今日のことは聞きました。話があるので、すぐに帰ってきてください シリカ』
……帰った後の方が怖いかもしれないなあ、などとのんきにユウは考えた。
「ユウさんがとっっっっても正義感の強い人だってことは、私も良く知ってます! でも、あんな危険な場所に行くのに、どうして私に黙っていたんですか!?」
討伐戦が終わってから、1時間後。
まっすぐに《フローリア》にある2人の宿屋へと帰ってきたユウは現在、2つも年下の恋人から説教を受けていた。
もう一度言う。2つも年下である。共にまだ誕生日が来ていないため、ユウの15歳に対して、シリカは13歳である。
……中学3年生の男子が中学1年生の女子に説教を受けているというこの光景は、どうなのであろうか。
しかし、ユウはシリカに黙っていて結局心配させてしまっているので、どうにも言い訳のしようがない。
「全部話してもらいますからね?」
その言葉を聞いたユウの表情が、強張る。
(全部……)
その意味を心の中で反芻しながら、ユウは目を閉じる。
瞼の裏に、消えていったプレイヤーの最期の瞬間が浮かんだ。
共に討伐隊として背中を預けていた人。
敵として刃を向け合ったラフコフのメンバー。
その姿が、無数のポリゴン片となって消えていく姿を。
「ちょっとユウさん、さっきから聞いて……きゃあ!?」
ユウは思わず、反射的に目の前に立っていたシリカの体を抱きしめていた。
《圏内》であるため、ダメージの心配はなかった。強く強く、絶対に離れないように抱きしめる。
「シリカ……」
ユウが、ようやく言葉を口にした。その声は、震えていた。
「今日、1人殺してきた」
しっかりと抱きしめている状態のため、彼女の表情は見えない。しかし、彼女の動きが止まったのを感じた。
「そりゃあ、今までにもケンカしたことくらいならあったさ。オレンジやレッドの奴らと剣を交えたことも、一度や二度じゃなかった。でも……HPを全損させたのは、初めてだった」
ユウの独白を、シリカは黙って聞いていた。
「初めて、人を殺した」
両目から、涙が流れるのが止まらなかった。
「俺はさ、たいていの人よりは、命の重みってものを考えている人間だと……自分のことを、そう思っていた。だから、何よりもオレンジやレッドの連中を毛嫌いしていた。でも、違うってことに、今日気が付いた」
一度歯を強く噛みしめ、ユウは続けた。
「そう、違ったんだ。俺はただ、怖かっただけだった。隣に立っている人が、光となって消えていくその事実が、怖かっただけだ。だから、せめて自分とあまり関わっていない人を、その身代わりにしようとしていただけだった。誰かが死ななくてはならないなら、自分の知らないやつにしてほしい。罪のない人を殺すような『悪い奴』であってほしい……俺が抱いていた想いは、そんな、ただの醜いわがままだった」
それだけ言うと、ユウはそのまま体を振るわせて涙を流し続けた。
シリカは、しばらく黙って、されるがままに抱きしめられていたが、しばらくすると、少年の背中に自分の手を回して、少しだけ力をこめて、しかし優しく抱擁した。
「……少しだけ、安心しました」
その言葉に、ユウは驚いた。
「安心、だって……?」
「はい。だって……どんなことがあっても、ユウさんは私の中で《竜騎士》のユウさんでしたから。『圏内事件』のことがあっても、その後はどこかまた、中層プレイヤーとトッププレイヤーっていう、その関係に戻ってしまった気がしたんです」
今の彼女のステータスは、あと少しで《攻略組》に参加できるほどになっている。実際、ボス戦以外でフルパーティーならば、最前線での狩場に同行しても良いくらいには近づいている。
しかし、それでも彼女はユウに追いついている気がしなかった。《竜騎士》や《黒の剣士》は、《攻略組》という枠よりもさらに一つ上の段階にいるプレイヤーであるからだ。
「不謹慎なのでしょうけど……今回のことで、また一歩ユウさんに近づけた気がします」
「そうか……」
2人は抱擁を解くと、どちらともなく笑い合った。
人が大勢死んだばかりだというのに、彼らは不謹慎なのかもしれない。だが、1組の少年少女が互いに寄り添い、支え合っていく光景がそこにあった。
史上最悪のプレイヤー同士の戦闘である《笑う棺桶》討伐戦は、大量の死者を出しながらも、なんとか終了した。
リーダーであるPohは逃走し行方不明となったが、それ以外のメンバーはザザやジョニー・ブラックなどの幹部も含め、レインを除き全員が拘束され、あるいは……死亡した。
このことによって、《笑う棺桶》は事実上壊滅したこととなる。
そして、新メンバーである槍使いレインは、『表面上は』行方不明という扱いになっていた。
そのレインは……
「……ここか」
69層に存在する、ある場所にやってきた。
これはソロでないと受けることができないタイプのクエストである。報酬に新たなインゴットの情報が教えられると聞いてやってきのだ。
ちなみに、インゴットをどうするのかといえば、ユウの友人である鍛冶屋、リズベッドを紹介してもらうこととなっていた。
「お兄さん、何かお困りですか」
クエストNPCの容姿はさまざまであるが、今回のNPCは若い青年の姿だった。明らかに鍛冶師のものであることが分かる小屋の外で、座り込んでいる彼にレインは言葉をかける。
「話だけでも、聞いてくれませんか」
「はい」
彼は、事の始まりから話し始めた。
彼は小さな鍛冶専門のギルドに所属していたのだが、その場所に別の地域にいた巨大鍛冶ギルドが勢力を拡大してきたらしい。
巨大ギルドは、集まっている鍛冶師の腕も確かに良かったが、純粋な武器の品質ならば、青年のギルドの方が一枚上手だった。
しかし、巨大ギルドは大きな鉱山を持っており、武器の値段は雲泥の差であった。そのため、最初は初心者を中心にそちらへと客が流れ始め、ついには青年のギルドが誇る凄腕の鍛冶師が、様々な嫌がらせにあって退職させられたらしい。
(この世界も、結構世知辛いんだなあ……)
レインは妙なところでリアリティがあるところに呆れ半分で感心していた。
話の筋だけを聞くとインゴットを目的とした収集系クエストのようだが、実際のところ、これは
そのことを聞いて、レインは嫌そうな表情をした。
「武器を手に入れたいのに、戦うのかよ……」
現在使っている槍はそこそこ性能の良いものではあるのだが、つい最近まで使用していた魔槍《アポーステート》と比べるとやはり雲泥の差があった。
自らの武器の性能に少々不安を抱きながらも、レインは目的地に着くと武器を目の前のイノシシ型Mobに向けて構えた。どうやら、この周辺にいるのは動物型の敵ばかりであるようだ。
「さっさと、終わらせるか!」
始めに突進しながら《ソニック・チャージ》を放つ。しかし、今までの調子と比べると、どうにも思うように敵のHPが減少していなかった。
「ちっ」
軽く舌打ちすると、敵が突進してくる。スキル後硬直で動けないため、回避を諦め、槍を横にして敵の角を受け止めた。
「くそ……」
それでも、何度か通常攻撃を繰り返し、敵の大振りの攻撃を躱したところで中級技《リヴォーヴ・アーツ》を喰らわせると、敵は青い光と共に無数のポリゴン片へとその姿を変えて四散した。
「やっぱり、俺には新しい武器が必要だな……」
自分にとって、あの魔槍は思っていたよりもその価値が高かったようだった。
しかし、それでも最後の敵までなんとか倒し、無事にクエストが終了する。
「ありがとうございました。これでまた、鍛冶をすることができます」
青年は、お礼に肩当てをその場で作ってくれると、情報通り新しいインゴットのことを教えてくれた。
レインはクエストが終わると、ユウに向けてメッセージを飛ばす。
『例のクエストが、さっき終わった。明日は、よろしく頼む レイン』
打ち終わると、1分とかからずに返事が来た。
『了解。リズベットなら、いい武器を作ってくれると思う。今日、本人に話を通しておいた。
お前の前線デビュー、期待しているぜ ユウ』
その文面を読んで、レインは少し笑った。
「前線デビュー、か」
あのデスゲームに囚われた日、自分は何をする気にもなれなかった。初めの1か月は、ただ《はじまりの街》の宿屋に引きこもって生活していた。そして第1層ボス突破の通知が届いてようやく、自分で武器を持って街の外へと飛び出すようになったのだ。
しかし、ユウに聞けば、彼は自分とはまるで違っていた。はっきりと、ここからの生還を目標に定め、あの悪夢が始まったその日のうちに行動に移していた。元ベータテスターに会っていたからだ、とは聞いていたが、ただ単に会ったというだけでは、その違いが出るとは思えない。
ユウは、いざというときの覚悟が段違いだったのだ。だから、あの時も、そして今になっても、自分は彼にとうてい敵わないのだった。
(だけど……)
いつかは、それでも追いつきたい。
単純な好奇心で行動するのが、自分だった。
今の好奇心の対象は、ユウがいる場所だ。
彼が見ているものは、一体何なのだろうか……そのことに思いをはせながら、レインは軽い足取りで宿屋へと戻った。