ソードアート・オンライン~竜殺しの騎士~   作:nozomu7

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集う剣士たち

 語尾に特徴的な鼻音が付くその声に、ユウとキリトは後ろを振り向く。すると、そこには1人の女性プレイヤーがいた。

 

(……誰だ? まるで鼠みたいなペイントだが)

 

 その時、ふとホルンカの街で無料配布していたガイドブックを思い出した。アインクラッド第1層について、様々な情報が載った《エリア別攻略本》だ。その表紙には、丸い耳と左右3本ずつの《鼠マーク》が入っていたはずである。

 

(……つまり、彼女がアインクラッド初の情報屋《鼠のアルゴ》というわけか)

 

 詳細な地形から出現モンスター、ドロップアイテム、クエスト解説まで網羅されているという優れものの編集者が彼女だということだ。表紙下部にでかでかと書かれている『大丈夫。アルゴの攻略本だよ』という惹句もあながち間違いではないな、とユウはそれを初めて読んだとき、1人納得したことを覚えていた。

 

「……すぐにでも死にそうなのに、死なナイ。どう見てもネトゲ素人なのに、技は恐ろしく切れル。一体、何者なのかネ」

 

 全身布と革を着込んでいるプレイヤーであるため、恐らくステ振りは敏捷力(AGI)型だろう、とユウは見当をつける。武器も小型のクローと投げ針であるが、情報屋としては最低限のレベリングさえできれば良いのかもしれない。

 

 ちなみに、SAOにおいてはステータスは主に筋力(STR)生命力(VIT)巧緻性(DEX)、敏捷力の4つに分かれており、それらの数値は武器や装備のステータス補正効果と合わせて各自で割り振るという形になる。

 

 デスゲームと化したこの世界においては、大半の人間がVITに多めに振っている。例外もいるがDEXを少な目にして、その上で、STRを中心に上げて一撃の攻撃力を高めたり、敵の攻撃を受け止めることを重視するか、あるいは、AGIで攻撃速度で相手の優位に立ったり、敵の攻撃をかわすことに専念するか、の2種類に大きく分かれる。これらは扱う武器によっても別れてくる。

 

 ちなみに、キリトもユウもSTRよりのステ振りであった。

 

「知っているのか。あのフェンサーのこと」

 

 キリトは聞くが、しかしすぐに彼は顔をしかめた。アルゴが、その片手をパーにして開いたからだ。

 

「安くしとくヨ。500コル」

 

 左右の頬に3本線の髭のペイントをつけているアルゴは、そう言ってにんまりと笑う。すると、キリトも仏頂面で断っていた。

 

 すると彼女はユウの方を見る。

 

「で、彼はキー坊の友人かイ? そんな情報はなかったはずだけどナ」

「……出会ったのは正式サービス初日の《はじまりの街》だが、デスゲーム宣告後に別れてな。つい先日ここに来て、さっきようやく再会したところだ。ユウってんだ。よろしくな!」

「アルゴだヨ。欲しい情報があったら、買いに来てくれヨ」

 

 アルゴとユウはフレンド登録を済ませる。すると、キリトは彼女が話しかけてきた本来の目的を察しているようで、話を切り出した。

 

「で? 今日もまた、本業の取引じゃなくて、いつもの代理交渉か?」

 

 すると、今度はアルゴが渋顔になり、ちらりと左右を見渡すと、キリトの背中を指先で押しながら近くの路地へと移動させていった。どうやら、情報屋としてはあまり客との取引の現場を人に見られたくないようだ。

 

 ユウは特に興味はなかったし、《隠蔽(ハイディング)》スキルをまだ習得していなかったので野次馬根性を出そうとは思わなかった。今持っているスキルは《片手剣》と《軽金属装備》、そして《索敵》である。もう少したてばスキルスロットが3つから4つに増えるはずなので、その時には《隠蔽》を習得するつもりでもいるが……。

 

 ユウはそんなことを考えていたが、クエストの報酬を受け取るために必要なアイテムを今日そろえたことに気が付き、とりあえずそのNPCの下に行くことに決めた。

 

「すみませーん」

 

 ユウが話しかけ、そしてアイテムを渡す。すると、クエストが完了して報酬としての経験値とコルが目の前に表示され、ユウは満足げに頷いた。

 

 外の適当なベンチに腰を掛け、例の黒パンを取り出した。その時に、1つ前の村で受けることのできる《逆襲の牝牛》というクエストの報酬である小さな素焼きのツボを一緒に取り出す。その蓋を押すとポップアップ・メニューが浮かび上がり、《使用》を選択して指先に現れたほのかな光をパンにつけた。

 

 すると、黒パンの片側が白く染まる。ゴッテリと盛られたクリームと一緒にパンにかぶりつくと、ユウの口の中いっぱいに甘さとヨーグルトのような爽やかな酸味の混ざった味が広がった。例のクエストを初めてクリアしてこのクリームをもらってからというものの、ユウはこの味が気に入っており、1日1回はこのクリームパンを食べている。

 

 食事を終えると、ユウはふう、とため息をついた。

 

「デスゲーム開始から1か月。ようやく、百分の一をクリアできることになるのかどうか……ってわけか」

 

 もちろん、絶対にクリアしなくてはならない。しかし、この世界におけるフロアボス戦というものは未だ誰しもが経験したことのないものなのだ――一部の例外を除いて。

 

 つまり、その例外というのがキリトのようなベータテスターである。

 

 だが最近、貴重な戦力となる彼らを敵対視するような声も多くなっている。この1か月で2000人もの死者が出た理由は、彼らにあるというのだ。曰く、ベータテスターたちは新米者のために、その持っている情報や道具、コルを公開、分配し、全てのプレイヤーが『平等に』なるべきである、と。

 

 馬鹿馬鹿しい、とその考えをユウは吐き捨てた。

 

 そもそも、この世界でHPがゼロになると死亡するのは、全てのプレイヤーにおいて同じ。それが告知されたのも同時刻。

 

 したがって、死にたくなければそのまま《はじまりの街》に引きこもってさえいればいいのだ。そして優秀なベータテスターたちにアインクラッドの攻略を全て丸投げにしてしまえば良い。つまり、アインクラッドの攻略に参加すると決めた時点で、その人物は自分が死ぬ可能性を発生させているということに他ならない。

 

 付け加えれば、そのようなことをしたところで戦力を減らすだけ。プレイヤーとモンスターが全て同じレベルで同じステータスであるならば、確かに人海戦術は有効だろう。しかし、このようなレベル制のゲームにおいては、全体の統制などの点も考えると少数精鋭の方が好ましいとユウは思う。

 

 だから、はっきり言って彼らの言い分は滑稽な理想論にしか見えない。

 

 そこまで思考を巡らせたとき、街の中央にそびえるひときわ大きな風車塔から、午後4時を知らせる時鐘が鳴り響いた。ユウはここから目的地である噴水広場までかかる時間を思い出し、慌てて駆け出した。

 

 

 

 

 

 45人。それが、噴水広場に集ったプレイヤーの総数であった。

 

 このSAOでは最大6人のパーティーを8つまで束ねてレイドを作ることができる。したがって、できれば最大数の48人であることが望ましい。できれば3人どこかから連れてきたいところであるが、しかしまだレベリングが追い付かないプレイヤーや、あるいはボス攻略に尻込みしているプレイヤーを強引に連れてくるわけにもいかないだろう。

 

 そこで再びあった友人に、ユウは声をかける。

 

「キリト」

「おう、ユウも来たか」

 

 そうやって挨拶をかわすが、するとキリトの後ろにいたフーデッドケープ姿のレイピア使いが呟いた。

 

「……こんなに、たくさん……」

 

 その言葉にキリトもユウも、思わず彼女のほうを振り向く。

 

「たくさん……? この人数が?」

「ええ。だって……初めてこの層のボスモンスターに挑戦するために集まったんでしょう? 全滅する可能性もあるはずなのに……」

 

 その少女の言葉に、男2人はなるほどな、と納得した。そして、再び攻略のために集った有志たちの顔を確認していく。これまでの日々で幾度か目にした者も少なくない。互いに名前を知っているプレイヤーは4人ほどだろうか。そして、残りのすべてのプレイヤーを見渡してみても、どうやらここにいる女性プレイヤーは友人の隣に立っている彼女以外にいなさそうだ、とユウは思った。もっとも、目深にかぶっているフードのせいで見た目からは女性プレイヤーであると思われはされまい。実際、ユウも間近で見たにもかかわらず、あの時注意を少し払って見なければ女であることに気が付かなかっただろうから。

 

 彼女の言う通り、全滅する可能性もある以上、ここにいる全員が決死の覚悟をもって臨んでいるというのはあながち間違いでもない。しかし……

 

「いや、どうかな……」

 

 キリトは、そう言った。

 

 つまり、『自己犠牲精神の発露』というよりは、『遅れるのが不安だから』来ている人も多いのではないか、というのが彼の意見だった。

 

 その言葉の意味が通じているかを確かめるように、キリトは素顔を一向に表わそうとしない彼女を見つめたが、しかしユウと揃って次の言葉に驚かされた。

 

「……それって、学年10位から落ちたくないとか、偏差値70キープしたいとか、そういうモチベーション?」

 

 2人はしばし絶句する。

 

 その驚きが過ぎると、キリトがしばし考え微妙な角度で頷いた。

 

「うん……まあ、たぶん……そうなのかも」

「ああ……」

 

 すると、2人の言葉に、フードから除く形の良い唇がほんの少し綻んだ。ふ、ふ……という声が聞こえる辺り、笑っているのだろうか、とユウは思う。ほぼ完全に顔を隠した女性が、フードの下で笑っているというその何とも言えないミスマッチに、ユウは困惑する。

 

 その時、パンパン、と手を叩く音と共に、よく通る叫び声が広場に流れた。

 

「はーい! それじゃ、5分遅れだけどそろそろ始めさせてもらいます!」

 

 長身の各所に金属武具を煌めかせる片手剣使い(ソードマン)が、広場中央にある噴水の淵にワンジャンプで飛び乗る。どうやら、彼はそれなりにレベルの高いプレイヤーのようだ。加えて、なぜこんなやつがVRMMOをと思わずにはいられないようなイケメンでもあったため、その驚きで少しざわめきが起こった。

 

 さらに付け加えるならば、NPCの店では売っていない(つまりモンスタードロップを狙うしかない)髪染めアイテムによってその頭は鮮やかな青に染められていた。

 

「今日は俺の呼びかけに応じてくれてありがとう! 知っている人もいると思うけれど、改めて自己紹介しておくな! 俺は《ディアベル》、職業は気持ち的に《騎士(ナイト)》やってます!」

 

 その冗談に、噴水近くの一団がどっと沸いた。このSAOにおいては、システム上に『職業(ジョブ)』という項目やステータスは存在しない。もちろん、武器生産系のスキルを持っている人を《鍛冶師》と呼ぶことは多いが、そのようないわゆる『職業名』がつけられるのは生産系のスキルの専門家だけだ。

 

 もっとも、彼はブロンズ系の装備に加えて、片手用直剣に加えて背中にはカイトシールドを背負っているので、そういった意味では《騎士》に見えないこともなかった。

 

 彼が演説を始める。

 

 その言葉によると、彼のパーティーは全20階建ての迷宮区の内、ついに最上階へと続く階段を発見した。つまり、明日か明後日の内には、第一層のボス部屋に辿り着けるということであった。

 

 ユウは、レベル的には既にソロで迷宮区の15階あたりまで進んでも問題ないのだが、安全策を取ってまだ12階程度までしか入っていない。かなり余裕を見て進めているとはいえ、明日は少々深入りすることも考えるか、と彼は考える。

 

「ここまで1か月もかかったけど……それでも、俺たちは、示さなきゃならない。ボスを倒し、第二層に到達して、このデスゲームそのものもいつかきっとクリアできるんだってことを、《はじまりの街》で、待っているみんなに伝えなきゃならない。それが、今この場所にいる俺たちトッププレイヤーの義務なんだ。そうだろ、みんな!」

 

 喝さいが起こるのを聞いて、ユウは彼のリーダーシップに感心する。彼も他のメンバーに倣って拍手をしようとしたところで――しかしそれは低く流れた声に阻まれた。

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん」

 

 小柄ながらがっちりとした体格をした、サボテンのようにとがった髪型をした片手剣使い。その男は、騎士様の美声とは正反対のだみ声で唸った。

 

「そん前に、これだけは言わせてもらわんと、仲間ごっこはでけへんな」

 

 そんな闖入者に対しても、ディアベルは余裕あふれる笑顔で対処する。

 

「こいつっていうのは何かな? まあなんにせよ、意見は大歓迎さ。でも、発言するなら、一応名前は名乗ってもらいたいな」

「……フン。ワイは《キバオウ》ってもんや」

 

 その男は全員の前に出ると、なかなかに勇猛なキャラネームを名乗った。

 

 しかし続けて言ったことは、なんというか、ユウの予想通りであった。すなわち、1か月で2000人が死んでいったのは、情報を独り占めにしたベータテスターのせいである――等々という戯言だ。

 

 ユウはちらりと友人である元ベータテスターを見る。すると、キリトは深刻そうな顔をしながらその話を聞いていた。 

 

「こん中にもちょっとはおるはずやで、ベータ上がりっちゅうことを隠して、ボス攻略の仲間に入れてもらお考えてる子狡い奴らが。そいつらに土下座さして、ため込んだ金やアイテムをこん作戦のために軒並み吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして命は預けられんし預かれんと、わいはそう言うとるんや!」

 

 しかし、先の2000人の中にベータテスターがいないという保証はどこにもないはずである。だが、彼はそのようなことを一切考慮していない様子であった。

 

 キバオウの噛みつくような糾弾が途切れても、やはり声を上げようとする者はいなかった。キリトにしても、奥歯を噛みしめ、息を殺していた。

 

 それが、その2人の行動が、はっきり言ってユウには我慢ならなかった。

 

 これでは、妹達を好き勝手に先入観と偏見で差別をしてきた大人たちと何一つ変わらない。それが頭に来た彼は、思わず身を乗り出して大声で叫ぼうとする。

 

「おい……!」

「発言、いいか」

 

 しかし偶然にも、彼の言葉を豊かな張りのあるバリトンが遮った。夕暮れの広場に響き渡るその声の主は、人垣の左端辺りから出てくる身長190センチほどの巨体の持ち主であるようだ。

 

 頭を完全にスキンヘッドにし、肌はチョコレート色をしている。顔の彫も深いので、日本人離れしているその容姿の持ち主はひょっとすると本当に人種から違うのかもしれなかった。本来巨大な武器のはずの、背中に背負っている両手用戦斧(ツーハンドバトルアックス)が軽く、小さく見える。

 

 彼は噴水の側まで進み出ると、周囲に軽く頭を下げた後キバオウに向き直った。

 

「俺の名前はエギルだ。キバオウさん、あんたの言いたいことはつまり、元ベータテスターが面倒を見なかったからビギナーがたくさん死んだ。その責任を取って謝罪・賠償しろ、ということだな?」

「そ……そうや」

 

 一瞬その迫力に押されたキバオウであったが、しかしすぐに取り直したようにエギルを睨みつける。

 

「あいつらが見捨てへんかったら、死なずに済んだ2000人や! しかも、ただの2000ちゃうで、ほとんど全部が、他のMMOじゃトップ張ってたベテランやったんだぞ!」

 

 しかし、その叫びを聞いてもキリトは叫び出したい衝動を抑えるように、必死に歯を食いしばっていた。

 

 賢明な判断だろう、とユウは考える。

 

 もしも彼が元ベータテスターの1人として意見を述べれば、それにはやはりキバオウ――いや、彼を始めとして複数のプレイヤーが間違いなく噛みつくだろう。そして、それをきっかけとして魔女狩りのような事態を引き起こしかねないのだ。

 

 そして、そのような状況になった時、危惧するべきことがある。なぜなら、このSAOにおいてはプレイヤー同士の戦闘があり得るからだ。厳密には、他プレイヤーからの攻撃を受けない《アンチクリミナルコード有効圏内》――通称《圏内》を除くフィールド限定であるが、《はじまりの街》に引きこもっている人はともかく攻略に参加するような人間の場合、《圏外》においてプレイヤーアタックを受ける可能性がある。

 

 しかし、エギルはキバオウの叫びに対して論理的に反論した。

 

 まず彼が見せたのは、例の情報屋アルゴが無料配布しているガイドブックだ。そして、その本は彼がたどり着いた新しい村や町では、必ず道具屋に置いてあったのだという。

 

 つまり、ボス攻略に参加するようなプレイヤーが移動した先には、既に情報があった――普通に情報収集をして編集をしたのでは、普通は間に合わない。したがって、そのガイドブックの作成に際して情報を提供したのは元ベータテスター以外にあり得ないということだ。

 

 つまり、情報はあったにも関わらず、たくさんのプレイヤーが死んだ。ならば、多くの死者が出た理由は、彼ら自身がこのSAOにおいて他のMMOと同じ感覚で引き際を見誤ったことであると考えるのが妥当である。

 

「だが今は、その責任を追及している場合じゃないだろ。俺たち自身がそうなるかどうか。それがこの会議で左右されると、俺は思っているんだがな」

 

 頼りがいのある大人だな、というのがエギルに対するユウが抱いた感想であった。ディアベルが先頭に立って人々を導くキャプテンであるならば、エギルはその人々を見守り、間違いは間違いであると正しく指摘してその乱れを正してくれる、頼れる監督といったところであろうか。


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