ソードアート・オンライン~竜殺しの騎士~   作:nozomu7

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愛と所有欲、そして少女

「ろ、《録音結晶》……」

 

 シュミットは、呆然と呟いた。彼の前には、2人のプレイヤーが立っている。

 

 1人は男性。そして、もう1人は女性。

 

 プレイヤーネームは、《カインズ》と《ヨルコ》――死んだはずの2人だ。しかし、その手に持っているアイテムを見て、カインズは安堵するように膝をつく。

 

 ここは第19層《十字の丘》。

 

 主街区《ラーベルグ》は街のどこも扉を閉め、NPCすら歩いていないゴーストタウンのような風景をしているが、そこはかつて《黄金林檎》のギルドホームがあった場所だ。そして、そこから数分歩いた場所にあるこのフィールドに、グリセルダの墓は存在した。

 

 グリセルダの墓までシュミットが来たのは、懺悔のためだった。

 

《圏内殺人》という常識外れの事態にすっかり恐怖に陥ってしまったシュミットは、最後の手段として、グリセルダの墓の前で懺悔をしていたのだ。しかし、そこに現れたのが、かつてグリセルダが纏っていたローブを身に着けているカインズとヨルコであった。

 

 しかも、その手には光を放つ《録音結晶》が握られており、シュミットの自白が全て証拠に残っていることを表していた。

 

「そう……だったのか……お前等、そこまでグリセルダのことを……」

 

 かつてのギルメンにして、つい最近起こった圏内殺人事件で殺害されたと目される二人が目の前に立つ理由を悟ったシュミットは、座ったままの状態で脱力した。

 

 シュミットは、グリセルダが死ぬ前日、差出人不明の謎のメモを受け取った。しかし、それに従って、グリセルダの宿を調べ、回廊結晶の位置をセーブをしてギルド共通ストレージに入れたところ、報酬として、シュミットには指輪の売却金額の半分が支払われたのだ。彼が青竜連合へ入団できたのは、それによって装備の基準を越えたためであった。

 

 その時、刃が空気を切り裂く音がした。

 

 小型刺突武器専用のスキル《アーマーピアース》。相手の防具の隙間をぬって切り裂くことが出来る、小型武器ならではのスキルだ。

 

 それが、攻略組にいるシュミットと、彼と以前同じギルドにいた2人のプレイヤーの《索敵》スキルをかいくぐる《隠蔽》スキルを持って、放たれたのだった。

 

「これは……」

 

 シュミットは、体の自由がきかなくなってその場に倒れる。視界の隅にある自分のHPゲージを確認すると、その縁が緑色に光っていた。《麻痺(パラライズ)》状態だ。

 

「ワーン、ダウーン」

 

 かん高い、子供のような声が聞こえた。何とか振り返ると、そこには頭陀袋のようなマスクを頭に被った、上から下まで全ての装備が黒づくめの男が、シュミットの横にしゃがみこんでいる。

 

 さらにもう1人、全身に襤褸切れのようなものを垂れ下げた男が、ヨルコたちに向けて刺剣(エストック)の先端を向けていた。フードの下からは髑髏のマスクが見えており、その奥にはメーキャップアイテムで染められた赤い瞳が妖しく光っている。

 

「Wow……確かにこいつはでっかい獲物だ。聖竜連合の幹部様じゃないか」

 

 シュミットの視界を阻む霧の向こうから、さらに3人目の影が現れた。黒いポンチョに、目深に伏せられたフード。その黒い手袋に白で描かれた、笑う棺桶。そして何より、右手に握られている中華包丁の如き肉厚の大型ダガー。

 

 シュミットは……いや、今やSAOにいる人間の多くが、その剣と使用者の名前を知っていた。

 

 《友切包丁(メイトチョッパー)》。

 

 キリトの持つ第50層のLAボーナスである魔剣クラスの片手剣《エリュシデータ》をも上回るレア度を持つ。モンスタードロップにも関わらず、現時点で最高の鍛冶屋がつくった最高の武器すら軽がる抜く、モンスタードロップの――正真正銘の、《魔剣》だ。

 

 所有者のプレイヤーネームは《Poh(プー)》。

 

 SAO史上最悪の殺人(レッド)ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》のリーダーだった。

 

「さて、どうやって遊んだものかね?」

 

 Pohの声に、元《黄金林檎》のメンバー全員に恐怖が襲う。

 

 張りのある艶やかな美声に、やや異質なイントネーションを潜めた話し方。にも拘らず、話しているその内容は、恐怖しか感じないものであった。

 

 すると、その言葉を聞いたジョニー・ブラックが、陽気とも呼べる甲高い声を上げる。

 

「あれ! あれやろうよ、ヘッド! 殺し合って残った奴だけ助けてやるぜゲーム!」

「ンなこと言って、お前この間結局生き残った奴も殺しただろうがよ」

「あー! 今それ言っちゃ、ゲームにならないっすよ、ヘッド!」

 

 まるで、それこそテレビゲームでも楽しんでいるかのような調子で話を続ける2人。その言葉を聞いて恐怖に固まる彼らを見て、剣先を突きつけているザザは、楽しそうに口元を歪めた。

 

 地面に横たわりながらそれを見たシュミットは、その表情を強張らせる。

 

「さて、取り掛かるとするか……」

 

 Pohが、その肉厚の刃を振り上げる。いかに《攻略組》でも上位の《青竜連合》のタンクを務めるシュミットであろうと、その武器の威力は十分すぎるはずだ。

 

 彼の――レッドプレイヤーの性格からして、おそらく簡単には殺さないだろう。むしろシュミットが、自分のHPの減っていく様子に恐怖を感じているその様子を楽しそうに眺めながら、じっくりと料理するつもりのはずだ。

 

 だが、その1撃目が放たれようとするとき、音がした。

 

 思わずPohが刃を止め、その音が鳴り響く闇の向こうに視線を向ける。

 

 やがて、そこから2頭の馬がやってきた。

 

 片方はスムーズに馬を停止させたが、もう片方の剣士は停止した時に思わず背中から落ちてしまう。その様子を横目に見つつ、颯爽と馬から降りたプレイヤーは、馬を街の方へと返しながら、黒い姿の男たちを睨みつけた。

 

「ギリギリセーフってところだな。さて、援軍がかけつけるまで、あまり時間はないぞ? もっとも、ここでやるんだったら俺たちが相手になるけどな」

 

 ユウが背中の両手剣を引き抜きながら言うと、キリトもそれに続いた。

 

「攻略組30人を相手にするつもりはあるか?」

 

 すると、Pohが2人に指を鳴らして合図をした。すると、3人が一斉にその武器を収める。その様子を見たヨルコは緊張していた力が抜けたのか、思わずその場にしゃがみこんだ。

 

「行くぞ」

 

 3人はゆっくりと歩き出し、その様子を2人は武器を構えながら慎重に見ていた。そして、その姿が完全に霧の中へと隠れると、ユウは《索敵》でそのまま立ち去っていくことを確認した後で、キリトと共に剣を収める。

 

「さてと……また会えて嬉しいよ、ヨルコさん」

「全部終わったら、きちんとお詫びに伺うつもりだったんです……と言っても、信じてもらえないでしょうけど」

 

 彼女の言葉に、2人は笑顔で答えた。すると、ようやく《麻痺》から脱したシュミットが、体を起こして尋ねる。

 

「キリト……助けてくれた礼は言うが、なんでわかったんだ? あの3人がここで襲ってくることが」

「俺じゃない。本当に分かっていたのは、ユウだよ」

 

 キリトが隣にいる親友を指さすと、彼はいつもの穏やかな表情に変えて答えた。

 

「俺はただ、考えただけだ。人の醜さというものをな」

「……どういうことだ?」

「悪いが、その前に確認だ。あの武器は、2人がグリムロックに頼んで創らせたものでいいんだな?」

 

 ユウの質問に、わずかに3人が黙ったが、ヨルコとカインズが頷いた。

 

「だが、それは正しくない。いや、半分正しくて半分間違っているというべきか」

「どういうことですか?」

「質問を質問で返すようで心苦しいんだが、その依頼を受けた時、グリムロックはためらったんだろう?」

 

 それは当然のことだ。グリムロックにとっては、亡き妻の過去を蒸し返すようなものなのだから。

 

 しかし、懸命に頼んだら、彼はやっと武器を作ってくれたのだという。それを聞いたが、しかしキリトはその言葉を否定した。

 

「残念だけど、アンタたちの計画に反対したのは、グリセルダさんのためじゃない」

「え?」

「《圏内PK》なんていう派手な事件を演出し、大勢の注目を集めてしまったら、いずれ本当のことがばれると思ったからなんだ」

 

 

 

 

 

『まずは、この《圏内事件》の一連の流れを、もう一度確認するぞ』

 

 喫茶店でユウは、そんな言葉で話を切り出した。

 

『まず、この事件の一番最初のきっかけが、《指輪事件》にあることは間違いないだろう。敏捷値(AGI)+20の超レアアイテムがドロップしたことをきっかけに、「ギルドで使用する派」と「資金源にする派」で対立。結局、多数決で「資金源にする派」が押し切った……』

 

 彼は、一連の流れを簡単に要約しながら言う。

 

『しかし、売りに出かけたリーダーのグリセルダさんは戻ってこず、その後死亡が確認された』

 

 そして、そのことをきっかけにギルドは解散となった。そして、舞台は《圏内事件》へと移る。

 

『《指輪事件》の犯人をあぶりだすために、ヨルコさんとカインズはある時、《圏内》で殺人事件がおきたかのように見せかける演出を考え付いた。そしてそれに必要な武器の鍛冶を、《黄金林檎》の元メンバーであったグリムロックに依頼し、そして実行した』

 

 これが、彼らの知っている限りの情報だ。

 

『だが、ここで1つの疑問を俺たちは見落としていたんだ』

『見落としていたって……何を?』

 

 アスナの疑問に、ユウは答える。

 

『指輪だよ。グリセルダさん、カインズ、ヨルコさんの3人が命を落としたということにばかり、俺たちは目が行っていた。しかし、今回の事件のきっかけはそれだったんだから、俺たちは指輪の行方を考えるべきだったんだ』

『……まさか』

 

 その言葉に反応したのは、やはりキリトだった。話についていけない彼女に、彼は言う。

 

『どういうこと、キリト君!?』

『アスナ、考えてみるんだ。SAOにおけるシステム上の《結婚》における最大のメリットがあるじゃないか』

 

 キリトの問いかけに、アスナも気が付いた。悪夢のような答えを。

 

『……アイテムストレージの共通化? そんな……じゃあ、指輪は奪われていなかったってこと?』

『いや、違うな。「奪われた」と言うべきだ。グリムロックは、自分のアイテム欄(ストレージ)にある自分の指輪を奪ったんだ』

 

 ――そう。

 

 SAOにおけるシステム上の《結婚》では、夫婦のアイテム欄は完全に共有となる。ちなみに、容量は単純に2人分の和になるのだ。

 

 そして、この疑問こそが最大のポイント。

 

『もしも、夫婦の片方だけが死んでしまった時、共有されていたアイテムはどうなるのか……もしも、生き残った方が、全て独り占めできるとしたら』

『指輪も、自分のストレージに納まる、と。そういうことか……』

 

 それなら、納得できる。

 

 2人がそう話を締めくくろうとした時、しかしそこでユウが口をはさんだ。

 

『いや、話はここで終わりじゃないかもしれない』

『……どういうこと?』

『どうしても指輪が欲しいというならば、他にもやりようがあったはずだ。それに、考えてみろ。グリムロックとグリセルダは、一応夫婦だったんだぞ? それが、その程度のいざこざで殺すとかいう話になるのは、さすがに突飛すぎると俺は思う。ヨルコさんの話を聞く限り、グリセルダさんとグリムロックさんが、金のために殺すほど希薄な関係だったとは思えないから』

 

 そこで、さらに恐ろしい答えを、ユウは口にした。

 

『ここから先は、かなり俺の勝手な想像も入るが……《指輪事件》なんてものは、タイミング良く起こった、ただのカモフラージュだったんだよ。グリムロックさんにとっては、指輪よりも「グリセルダさんを殺すこと」そのものが、真の目的だったんだ』

 

 

 

 

 

「グリムロックが……あいつが、あのメモの差出人、そして、グリセルダを殺したのか!?」

 

 シュミットは驚きで声を上げる。

 

「いや、直接手を汚しはしなかっただろう。多分、殺人の実行役は、汚れ仕事専門のレッドに依頼したんだ」

 

 キリトがユウの説明に捕捉すると、ユウも頷いて続けた。

 

「この計画では、シュミットが最後にこの場所で懺悔することが、最初から組み込まれていたはずだ。だとすれば、レッドに依頼することもそう難しくはない……全てを闇に葬り去るために」

「そうか……! だから、ここに殺人ギルドの連中が」

 

 恐らく、グリセルダ殺害の依頼をしたときパイプを持ったのだろう。

 

「そんな……」

 

 思わず倒れそうになるヨルコを、隣にいたカインズが支える。すると、ユウたちの後ろから、アスナが声をかけた。

 

「いたわよ」

 

 その場にいた全員が、一斉にその方向へ振り返る。

 

 そこには、アスナの手でレイピアを後ろから突きつけられて歩く、グリムロックの姿があった。

 

「詳しいことは、本人に聞こう」

 

 かなりの長身で、裾の長い革製の服を着込み、つばの広い帽子を被っている。銀縁眼鏡をかけたその容貌は、どこかやつれているようにも見える。

 

 しかし、本人は笑みすら浮かべて言った。

 

「やあ、久しぶりだね、みんな」

「あなたは……あなたは、本当に……」

 

 ヨルコは呟くと、目から涙をこぼしながら叫ぶ。

 

「なんでなの、グリムロック! なんでグリセルダさんを……奥さんを殺す必要があったの!?」

 

 その問いかけに、グリムロックは静かに答えた。

 

「私は殺さなければならなかった。彼女が、まだ私の妻でいる間に。……彼女は、現実世界でも私の妻だった」

 

 その言葉にその場にいた全員に衝撃が走る。ユウも、可能性の一つとして予想はしていたものの、本人の口からはっきりと伝えられると、動揺を隠せなかった。

 

「一切の不満のない理想的な妻だった……。可愛らしく、従順で、ただ一度の夫婦喧嘩すらもしたことがなかった。だが……共にこの世界に囚われたのち、彼女は変わってしまった」

 

 彼の瞳はサングラスに隠れていたが、どこまでも暗く虚ろな様子だけは伝わってきた。

 

「強要されたデスゲームに怯え、恐れ、竦んだのは私だけだった……! 彼女は現実世界にいたときよりも、遥かに生きいきとし、充実した様子で……私は認めざるを得なかった。私の愛したユウコは消えてしまったのだと。ならば! ……ならばいっそ、合法的殺人が可能なこの世界にいるあいだにユウコを! 永遠の思い出のなかに封じてしまいたいと願った私を、誰が責められるだろう?」

 

 開き直り、はっきりと自分のねじれた感情を口にするグリムロック。そんな彼に、キリトが訊いた。

 

「あんたは……そんな理由で、奥さんを殺したのか」

「君にもいずれ分かるよ、探偵君。愛情を手に入れ、それが失われようとした時にはね」

 

 卑劣な笑みを浮かべながらそう言い放つ彼に、キリトは思わず竦んだ。だが。

 

 

 

「――戯言はそれで終わりか? だったら、とっとと《黒鉄宮》に入れてもらった方がいいな」

 

 

 

 全員が、その言葉を発したユウに振り返る。

 

 その言葉には、表情には、一切の温度が感じられなかった。

 

 グリムロックだけでなく、ヨルコやカインズ、そしてキリトとアスナでさえ、その場に縫い止められたように、動くことができなくなる。

 

「いい年して、愛情の意味も分からないのかよ、オッサン。アンタがグリセルダさんに捧げてきたものは、所詮この程度のものだったってことだろ」

 

 冷徹に、彼は話す。

 

「何も知らねえ馬鹿に、一つだけ教えてやる。……本当の愛情ってもんはな、その程度で揺らぎはしねえ。相手が何をしようと、どう変わってしまおうと、相手のあるがままを見て、その子が毎日笑顔でいられるっていう、ただそのことだけを考える」

 

 その言葉には、何も知らない人にも、不思議と重みを与えた。

 

「あんたが彼女に抱いていたのは、絶対に愛情なんかじゃない。ただの、醜い所有欲だ!」

 

 ユウの言葉に思わず狼狽したグリムロックに、アスナはさらに言った。

 

「そうよ。違うというなら、今すぐその手袋を脱いで見せなさい。あなたはもう、その左手にあった指輪を外してしまっているのでしょう?」

 

 その言葉が、どうやらとどめとなったらしい。

 

 グリムロックは、その場に崩れ落ちた。そこに、《黄金林檎》のメンバーが集まる。

 

「……皆さん。この男の処遇は、私達に任せてもらえませんか?」

「俺は構わないが、どうする?」

 

 ユウが低い声でそう言うと、2人も頷いた。

 

 シュミットとカインズは、うなだれるグリムロックを抱えながら歩き去って行った。そして、ヨルコも3人に向かって丁寧にお辞儀をした後に、その後に続いて街の方へと消えていく。

 

 3人はその後姿が見えなくなるまで、立っていた。そして、彼らの下へ朝日が降り注ぐ。

 

「あーあ。結局、徹夜かよ」

「ああ……それでも、随分と前線を離れちゃったからな。今の層は、今週の内に攻略しておきたいよな」

 

 すると、そこでアスナがメニューウィンドウを開きながら、こんなことを言う。

 

「そうよね……でも、ユウ君は、その前にやることがあるようだけど」

 

 やること? とユウが訊きかえす前に、音が聞こえてきた。それも、複数。

 

(……プレイヤー? っていうか、どうしてアスナは分かっているような口ぶりなんだ?)

 

 朝焼けに染まっていく森の中、そこから複数のプレイヤーが姿を現す。少なくとも、前にいる連中のことはユウも良く知っていた。

 

「クライン……つーか、《風林火山》じゃねえか。どうして、こんなところに」

「ったくよお! 聞いたら、おめえらが危ない事件追っているっていうからよ」

「アルゴのやつか……」

 

 ユウがため息交じりに呟くと、クラインは予想外のことを言った。ちげえな、と。

 

(《鼠》じゃない……? 誰だ?)

 

 すると、《風林火山》だけだとばかり思っていたその後ろから、背の低いプレイヤーが姿を現した。

 

 その少女には、見覚えがあった。

 

 いや、見覚えがあるどころの話ではない。可能な限り、顔を合わせたくないとばかり思っていた。

 

「お久しぶりですね、ユウさん」

 

 ――どうして、君がここにいるんだ。

 

 ユウは、言葉にならない声を発した。

 

 ユウにとって、その少女は、ここにいてはならなかった。たとえ、ここが19層というはるかに下位の層であっても、つい先ほど解決されるまで《アインクラッド》で起こっていた事件のことを考えるならば。

 

「もう……心配したんですよ? 《圏内》で殺人事件があって、その調査に《閃光》と《黒の剣士》、そして《竜騎士》が動いているって、噂になっていたんですから……」

 

 しかし、目の前の少女はそんなことを気に留める様子もなく、ユウを非難するようでいて、とても心配している様子をうかがわせた。

 

「……どうして来た」

 

 ユウは、自分でも驚くほど低い声で、ほとんど唸るようにそう言葉を吐いた。

 

「どうしてここにいるんだ、シリカ!」

 

 普段の彼からは、想像もつかない叫び声を上げるユウ。他の面々は驚くような表情を見せるが、その中で唯一、この年下の少女だけが、その怒鳴り声を聞いても平然としていた。

 

「言ったじゃないですか。心配した、って」

 

 かつてのように、自分の愛竜ピナを頭に乗せた状態のまま、彼女は話す。

 

 その表情は、どこまでも純粋で。

 

 だからこそ、ユウは自分の視線をその顔から逸らしてしまった。

 

「……それだけじゃ、理由にはならない。君は中層プレイヤーであって、そして自分で言うのもなんだが、俺は《攻略組》の中でもそれなりの実力を持っていると自負している。第一、君はまだ前線の安全マージンまでかなり足りないはずだ。あれから、どれだけ全力で頑張っても」

「はい。その通りですよ。実際、まだLv52ってところですから」

 

 今の最前線は第59層。したがって、安全マージンはLv69だ。確かに、安全マージンには遠く届かない。

 

 しかし……わずか1か月半前までLv45だったのだ。つまり、あれから7もレベルを上げたことになる。中層プレイヤーは《攻略組》よりも、狩りをするフィールドの情報が豊富なので、頑張ればできなくはないと言っても良いが……それまでずっと中層にいたことを考えると、かなりの急成長と言っても良かった。

 

「だったら、なおさらだ……どうして来た」

 

 ユウは、もはや彼女に剣先を向けるのではないかと思うほどの剣幕だった。そこに、アスナが口を挟む。

 

「ちょっと待ちなさいよ、ユウ君。この子に、どうしてそこまでムキになるのよ」

「そ、そうだぞ。落ち着けよ、ユウ。お前らしくもないぜ」

 

 キリトが彼女の言葉に続くが、ユウの表情は硬いままだった。


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