ソードアート・オンライン~竜殺しの騎士~   作:nozomu7

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転移結晶

 翌日、彼ら3人は前日にキリトとアスナの2人が事件直前までいたレストランで、ヨルコと対面した。6人掛けのテーブルで、キリトとユウ、そしてアスナが片方に座り、そしてその向かいにヨルコが1人で腰かけた。

 

「ねえ、ヨルコさん。グリムロックっていう名前に、聞き覚えはある?」

「えっ?」

 

 アスナの質問に、俯いていたヨルコがその顔をぴくりと上げる。

 

「……はい。昔、私とカインズが所属していたギルドのメンバーです」

 

 予想通りの答えではあった。

 

 あの武器についている《貫通継続ダメージ》という効果は、明らかな対プレイヤー仕様の武器である。したがって、グリムロックがこの事件に加担している、あるいは犯人そのものである可能性は非常に高いのではないか。

 

「実は昨日、あの武器を鑑定して見たら、制作者はそのグリムロックさんだったんだ」

「あ……」

 

 彼女は目を見開くと、口を両手で覆った。

 

「何か、心当たりがあるんですね?」

 

 ユウが尋ねると、ヨルコは目を閉じた。

 

「……はい、あります。昨日お話しできなくてすみませんでした。あまり、思い出したくない話だったし……でも、お話します。そのせいで、私達のギルドは消滅したんですから……」

 

 彼女は語り始めた。自分とカインズがかつて共にいた、ギルドのことを。

 

 ギルドの名前は《黄金林檎》。構成人数はわずか8人で、決して大きなギルドではなかったそうだ。

 

 事の発端は、半年ほど前。たまたま倒したレアモンスターが、敏捷値(AGI)を20も上げる指輪をドロップした。

 

 しかし、その結果『ギルドのメンバーで指輪を使用する』という考えの人と、『指輪を売って儲けを分配する』という考えの人で、ギルドの仲は二分されてしまった。だが、最終的には多数決で決めることとなり、結果は5対3で売却するということで決着がついた。

 

 そして、前線の競売屋に委託するために、リーダーのグリセルダが一泊する予定で出かけて行った。だが……彼女は帰ってこなかった。

 

 《生命の碑》にある彼女の名前が二重線で消されていた……すなわち、彼女が命を落としていたことを知ったのは、しばらく後になってからのことだった。

 

「どうして死んでしまったのか、いまだにわかりません……」

「……そんなレアアイテムを抱えて、《圏外》に出るとは思えないな」

「ああ。考えられるのは、《睡眠PK》、あるいは《ポータルPK》」

 

 キリトに続いて、ユウが2つのPKの手口を口にする。

 

《睡眠PK》というのは、眠っているプレイヤーに《決闘(デュエル)》を申し込み、相手の手を動かして《全損決着モード》でOKボタンを押させ、無防備な相手を一方的に攻撃してそのHPを全損させるというものだ。

 

 そして、《ポータルPK》というのは《回廊結晶》を利用したものだ。特定の相手を殺す場合に用いられる手口であり、特定の相手を出口が限定されている場所に飛ばして追い込んで殺したり、また、高難易度のフィールドやダンジョンに飛ばして殺す方法である。

 

「半年前なら、両方ともまだ手口が広まる直前だわ。宿代を惜しんで、パブリックスペースで寝る人もそれなりに居た頃だしね」

「だが、疑問が残るな」

 

 ユウが言った。

 

「ギルドリーダーを務めるような人間が、レアアイテムを持ったままパブリックスペースで寝泊まりするような、軽率な行動をとるとは思えない。ポータルPKの可能性が高いが、あれは高価な《回廊結晶》を使用する以上、特定の標的を暗殺するための手口だ」

「つまり、犯人はリーダーさんが持つ指輪のことを知っていたプレイヤー。つまり……」

「《黄金林檎》の、残り7人の誰か……」

 

 ヨルコは、キリトの考えの先を言った。

 

 恐らくは、ギルドの中でも同じ考えに至ったのであろう。そのような状況になってしまえば、メンバー同士の間で不信感が広がっていき、ギルドが解散するのにそう時間がかからなかったに違いない。

 

「犯人の可能性があるのは、指輪売却に反対した3人の誰か、ということか」

 

 今までの流れからして、そう考えるのが自然であろう。

 

「売却される前にグリセルダさんを殺して、指輪を奪おうとしたってこと?」

「恐らく。グリムロックさんというのは?」

「……彼は、グリセルダさんの旦那さんでした。グリセルダさんは、強くて、美人で、頭も良くて……私はすごく憧れてました。グリムロックさんは、いつもニコニコしている、とても優しい鍛冶屋さんで……二人とも、とってもお似合いの夫婦でした」

 

 殺害されたグリセルダとグリムロックが夫婦(システム上の、あるいは現実でもそうなのかは分からないが)だったのであれば、今回の事件の動機はおおよそ察しがつくものになる。

 

「ヨルコさん、指輪売却に反対した人3人……今までの話の流れから考えて、カインズさんがその中の1人なんでしょうけど、他2名の名前を教えてもらえますか?」

 

 ユウが尋ねると、ヨルコは少し体を強張らせてから頷いた。

 

「私と……シュミットというタンクです。今は《攻略組》の《聖竜連合》に所属していると聞きました」

「そういえば、ボス攻略の時に何回か聞いたことがあるな」

 

《聖竜連合》――通称、DDA(Divine Dragon Alliance)。元は、ディアベルの遺志を継ごうとしたリンドが立ち上げた《ドラゴンナイツ・ブリゲード》を前身とする巨大ギルドだ。

 

「ディフェンダー隊のリーダーだったな。ランス使いの」

「シュミットを知っているのですか?」

 

 彼女が驚いたようにユウの言葉に反応した。

 

「まあ、《聖竜連合》の連中とは、ボス攻略の時に顔を合わせる程度だけどな」

「シュミットに会わせてもらうことは、できないでしょうか? 彼はまだ、今回の事件のことを知らないかも……だとしたら、彼も、もしかしたら……カインズのように……」

 

 ヨルコの言葉に、ユウは頷いた。

 

 指輪事件が発端となっているのならば、売却反対意見を出した、ヨルコとシュミットの二人が犯人の標的になる可能性は高い。それに、シュミットも《黄金林檎》の元メンバーである以上、このことを知らせなければならないだろう。

 

「《聖竜連合》には知り合いがいるから、私から掛け合ってみるわ」

「だったらまずは、ヨルコさんを宿屋に送らないと」

 

 彼女を宿屋に送った後、彼らは3人で歩く。その途中、アスナが話を切り出した。

 

「君たちは、圏内殺人について、どう考えている?」

「主に3つだな」

 

 キリトが即答した。

 

 1つ目は、正当な《全損決着モード》の《決闘》によるもの。2つ目は、既知のスキルやアイテムの組み合わせによる、システム的な抜け道。そして3つ目は、まだ誰も知らない、《圏内》でのダメージを可能とする未知のスキルやアイテムによるもの。

 

「まあ、3つ目はあり得ないんじゃないか? このゲーム的に」

「このゲーム的にって、どういうこと?」

 

 ユウの言葉にアスナが疑問を呈すると、彼は真剣な表情で答えた。

 

「認めるのは癪だけどよ、この《ソードアート・オンライン》というゲームは、基本的に公平さ(フェアネス)を貫いている。だから、一度『《圏内》では《決闘》以外の方法でHPが減ることはない』と決めてしまっている以上、それを否定するようなスキルあるいはアイテムが存在するとは考えにくい」

「ああ」

 

 キリトが同意すると、アスナは「……へえ」と感心したように唸った。

 

 

 

 

 

 やはり、落ち着かないんだろうな、とユウは考えた。

 

 視線の先にいるシュミットという男は、先ほどから足の裏で床を鳴らしながら考え込んでいる。

 

「グリムロックの武器で、カインズが殺されたというのは本当なのか?」

 

 ようやく口を開いて出てきた言葉は、ヨルコへの質問だった。その言葉に、ヨルコは一度目を閉じると言った。

 

「本当よ」

 

 シュミットは思わず、椅子から立ち上がって声を大きくした。

 

「何で今更カインズが殺されるんだ!? あいつが……あいつが、指輪を奪ったのか? グリセルダを殺したのは、あいつだったのか……」

 

 全身に冷や汗をかきながら取り乱すシュミット。だが、ヨルコはその答えられない質問に対し、受け止めるように一度瞳を閉じ、また開いた。

 

「グリムロックは、売却に反対した三人を全員殺すつもりなのか? 俺やお前も狙われているのか……?」

 

 その点に関しては分からないとしか言いようがないが、しかし今までの流れからそのような考えが浮かぶのは無理のないことであった。

 

 その点に関しては、未だ分からない。武器の制作者がグリムロックなのは間違いないが、実行犯が同一である確証は無いのだ。だが、イタチがそれを説明するまでもなく、ヨルコが口を開いた。

 

「まだ、グリムロックがカインズを殺したと決まったわけじゃないわ。彼に槍を作ってもらった他のメンバーの仕業かもしれないし、もしかしたら……グリセルダさん自身の復讐なのかもしれない」

 

 えっ!? と4人が驚いてヨルコを見る。彼女の声はどこまでも平べったいように感じられて、ユウは少し寒気がするような思いがした。

 

「だって、《圏内》で人を殺すなんて、幽霊でもない限り不可能だわ」

 

 彼女は、明らかに正気を失った表情で立ち上がった。

 

「私……昨夜(ゆうべ)、寝ないで考えた……」

 

 そこから、豹変したように彼女は立ち上がり叫ぶ。

 

「結局のところ! グリセルダさんを殺したのは、メンバー全員でもあるのよ! あの指輪がドロップした時、投票なんかしないで……グリセルダさんの指示に従えば良かったんだわ!」

 

 そのままふらふらと、今にも倒れてしまいそうな様子で彼女は窓辺まで後ずさると、そのまま窓の縁のところに腰掛けた。

 

「ただ一人……グリムロックさんだけは、グリセルダさんに任せると言った。だから、あの人には私達全員に復讐して、グリセルダさんの仇を討つ権利があるのよ……!」

 

 荒げた語調を元に戻して、再び生気を失ったような顔で、今にも消え入りそうな声でヨルコはそう言った。対し、今度はシュミットの鎧が彼の体の震えに合わせて、カタカタと音を立てる。

 

「冗談じゃない……冗談じゃないぞ! 今更……半年も経ってから、何を今更!」

 

 彼は、思わず立ち上がって言う。

 

「お前はそれで良いのかよ、ヨルコ!? こんな訳の分からない方法で、殺されて良いのか!」

 

 語気を荒げ、ヨルコに詰め寄るシュミット。

 

 これ以上は無理か、一先ず今日のところはこれで解散にして、彼らには帰ってもらった方が――とユウが考えたところで、思わぬ展開があった。

 

 鈍い音。それも、何かが突き刺さったような音だ。

 

 ヨルコの目が大きく見開かれ、そしてその体がぐらりとよろめく。そして、窓枠に手をついて4人に背中を見せる格好となった時、風にめくれ上がる彼女の長い髪の向こう側、その背中に突き刺さっているものがあった。そこからは、赤い光――被ダメージ時に発生するライトエフェクトがきらめきを放っている。

 

 ユウとキリトが、同時に窓辺に駆け寄った。

 

「ヨルコさん!」

 

 キリトの叫び声が夕暮れの街に響くその下で、床に横たわる彼女の体が青い光と共にポリゴン片となって四散した。後には、凶器となったダガーだけが、乾いた音を立てて床に落ちる。

 

(……また、だと!?)

 

 ユウは、再び驚愕に目を見開く。

 

 キリトと2人で同時に《索敵》を使用すると、窓の外に広がる家々の中の1つ、その屋根に黒いマント姿のプレイヤーがいることに気が付いた。状況からして、ダガーを投げた人物に間違いない。

 

 しかし、そのマントの人物はこちらのことをうかがっていたが、身を翻して走り出した。

 

「2人とも、あとは頼む!」

 

 キリトはそう言うと、思いっきりその窓から跳んだ。

 

「だめよ!」

「あのバカ!」

 

 アスナの制止の声を聞かずに飛び出したキリトにユウは思わず毒づくが、彼の敏捷値(AGI)ではとても共に追いかけることはできない。

 

「全く……無事に帰って来やがれ」

 

 ユウは憂いを帯びた表情でそれだけ呟くと、下に降りることにした。まずは、ヨルコの背中に刺さっていたダガーを回収しようと思ったのだ。

 

 しかし、実際に現物を手に取って見てみると、それには1つの特徴があった。

 

(また、《貫通継続ダメージ》付きか?)

 

 そのダガーには、あの槍と同じように逆棘がついていた。やはり、グリムロックに依頼して作らせたもので間違いないだろう。

 

 しばらくして、キリトが戻ってきた。

 

「まったく……無茶しないでよ!」

 

 と、まずキリトはアスナからお叱りの言葉を受けた。

 

 結局、犯人は《転移結晶》を使用して逃げてしまったらしい。証拠品は1つ増えたものの、犠牲者も1人増えた。そして、事件の解明に進展があったとは思えない。しかも、どこに転移するのかは、ちょうど街の鐘が鳴ったために聞き損ねたという。

 

「(そんなことまで計算済みかよ)……くそっ」

 

 ユウは小さく呟くが、するとそれと同じタイミングで、シュミットが再び震えだした。

 

「あのローブはグリセルダのものだ……あれは、グリセルダの幽霊だ! 俺達全員に復讐に来たんだ!」

 

 グリセルダさんと同じローブ……とユウは小声でつぶやいた。

 

 ユウは正直言って、この世に幽霊というものが存在するとは思っていない(天国のことはそれなりに信じてはいるが)のであるが、そこには引っ掛かりを覚えた。

 

(つまり、やはりこれは《黄金林檎》のメンバーによるもので確定だな)

 

 そう考えると、ユウはシュミットに向き直る。

 

「シュミット、このSAOにおいて、システム的に不可能であることは、何があっても起こりうるはずがない。そもそも……」

 

 しかし、そこまで話しかけたユウは、そこで考え直した。

 

(だったら……いや、まさか)

 

 急に黙り込んでしまったユウを怪訝な表情でアスナはちらりと見たが、彼女はシュミットに《青竜連合》の本部まで送り届けることを申し出た。

 

 そして、彼が本部の中へ入っていくのを見届けた後、ユウは1つの提案をする。

 

「なあ、これから第1層の《生命の碑》まで、被害者の名前を確認しに行かないか?」

 

 その提案に、キリトとアスナは顔を見合わせた。

 

 第1層主街区《はじまりの街》の中央広場には、《黒鉄宮(こくてつきゅう)》と呼ばれる大きな宮殿がある。その中には、システム的な犯罪(主に《ハラスメント防止コード》への抵触)を犯した者を閉じ込めておく《監獄エリア》も存在するが、その他に《蘇生者の間》なる部屋も存在する。

 

 元々は、つまりSAOがデスゲームになる前は、ゲームで死亡するとここで蘇生して1からスタートとなるはずだった部屋だ。今の《蘇生者の間》には、金属製の巨大な碑《生命の碑》があり、そこにログインしている1万のプレイヤー名が書かれている。そして、死亡すると名前に横線が引かれ、同時に死亡原因が表示されるのだ。

 

「確かに……プレイヤー名の横に書かれている死亡原因を見れば、本当に《圏内》でPKされたのかが分かるかもしれないわ」

 

 アスナが感心した様子で言うが、ユウはその次に意外な言葉を放った。

 

「俺が確認したいことは、死亡原因じゃないけどな」

「え?」

「ユウ、それってひょっとして……」

 

 キリトが言いかけると、ユウはその通り、と言わんばかりの表情で頷いた。

 

「ああ。そもそも、被害者……カインズとヨルコさんは、本当に死んでいるのかどうかを確認するんだよ。まずは、そこから疑問に思ったんだ」

「どういうこと!?」

 

 アスナが声を高くする。

 

 2人が目の前でそのアバターと共に命を散らしていく瞬間は、確かにユウも目撃したはずだ。にも拘らず、ユウはそのこと自体に疑惑を抱いていた。

 

「だって、俺たちが見たのは、あくまでも『彼らのアバターが青白い光を放って消える瞬間』だろう? 彼らのHPまで、きちんと確認したわけじゃない」

 

 己の目で全てをきちんと見るまでは、そのことを分かった気になるのは危険だぞ、と言って、ユウは歩き始めた。キリトとアスナは、その後に続いて歩く。

 

「俺も、全て分かったわけじゃない。というか、ほとんど分かってない。ただ、疑っているだけなんだ。俺たちが見たものを」

「わたし達が見たものを……疑っている?」

 

 アスナがユウの言葉を繰り返すと、彼は再び頷いた。

 

「つまり、えっと……ちょっと待ってくれ。もう少しで分かりそうだ」

 

 彼は立ち止まると、自分のメニューウィンドウを開き、その中から古びたレザーグローブと短槍……は持っていなかったので、ヨルコの背に刺さっていた、逆棘のついたダガーを取り出した。

 

 そして、適当な調子でダガーを右手で握ると、古い手袋をはめた自分の左手の甲に振り下ろす。

 

「きゃ!」

 

 アスナが悲鳴を上げて止めようとしたが、それを予期していたユウは彼女の手を躱してそのまま突き刺し、自分のメニューウィンドウを5秒ほど凝視した。

 

「……手口が分かった」

「「ええっ!?」」

 

 キリトとアスナの2人が、驚きの表情でユウの顔を見る。

 

「ど、どういうことなのよ? 早く教えなさい!」

「焦るなって。まあ、見ていれば分かるよ」

 

 アスナが強い口調で問い詰めたが、ユウは軽い調子でそう言いながら、ダガーが刺さったままの左手を掲げた。

 

「そろそろ、だな」

 

 え? とユウの呟くような言葉にアスナが声を上げた時だった。

 

 ユウのはめていた古いレザーグローブが、光を放って消えたのだ。

 

「な……!」

 

 その光景に、アスナは思わず驚きの声を上げる。

 

「もう解ったと思うけど、種明かしと行こうか」

 

 

 

 

 

「この《圏内事件》――便宜上そう呼ばせてもらうが――のトリックで重要なのは、他の人間に見てもらうことが重要だったんだ」

「ちょっと待って。トリックじゃなくて、背景まで分かったっていうの!?」

 

 3人が喫茶店に入った後。

 

 ユウが語りだすと、すぐにアスナが声を上げた。

 

「いや、その辺りは多少推測も交じっている。だから、正確なところは本人に聞いてみよう……。じゃあ、先に《圏内事件》のトリックについて話すぞ」

 

 といっても、話すことは少ない。単純だからだ。

 

「カインズの場合はフルプレートの鎧、ヨルコさんは厚手のローブ……両者に共通していたのは、分厚い装備品であることと、《貫通継続ダメージ》つきのものであるということだ」

 

 これが、今回の狂言殺人において非常に重要な点であるのだ。

 

「カインズの場合を例に話そう。カインズの場合は恐らく、あのロープと槍の演出を自ら、あるいはヨルコさんと2人で用意したのだろう。そして、自分自身の首にローブをかけたら槍を自らの体に突き刺し、広場に身を投げる」

 

 すると、槍は広場に吊り下げられた体に刺さっているかのように見える。だが……実際に削られているのは、彼のHPではない。

 

 彼が装備している、鎧の耐久値なのだ。

 

「あとは、鎧の耐久値が全損するタイミングで、忍ばせておいた《転移結晶》を起動するだけ」

「そうすれば、発生するのは《死亡エフェクト》に限りなく近い《物品破壊エフェクト》が、《転移》の青いライトエフェクトを誤魔化してくれる……というわけか」

 

 ユウはキリトの言葉に頷きながら、改めてその手口に驚嘆した。

 

 この世界では、システム上に規定されていないことはできないし、システム上で禁止されていることもできない。そのため、現実世界に限りなく近いものでありながら、取ることができる選択は少しずつ異なってくる。

 

 現実世界でできないことがこの世界では可能でありながら、その逆もまたあり得るのだ。

 

 しかし、この世界のルールにきちんと乗っ取った上で、大衆を欺いたその手際の良さ。この単純でありながらも、人々の心理を突いた巧妙なトリックに驚いた。

 

「じゃあ、この《圏内事件》は自作自演……その目的は、《指輪事件》でグリセルダさんを殺した犯人を、あぶり出すため……」

 

 アスナが呟くように言うと、キリトも頷いた。

 

「ヨルコさんとカインズは、犯人を見つけるために幻の復讐者を創り上げたんだ」

 

 しかし、2人が納得している中で、ユウだけは釈然としない表情をしていた。

 

(何でだ……? どうして、俺は納得できていない……いや)

 

 コップの中のお茶を一口口に入れると、ユウは目を閉じて深い思考に入り込んだ。

 

(グリセルダさんの死には、もっと《指輪事件》以上の何かが隠されてるような……)

 

 ユウは、羊皮紙アイテムに自らまとめた《黄金林檎》のメンバーの名前と特徴を、もう一度見直す。そこで、1人の名前が目に入った時、ふと思い立った。

 

(……まさか)


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