ソードアート・オンライン~竜殺しの騎士~   作:nozomu7

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圏内事件
圏内殺人?


 2024年3月6日。第56層《パニ》。

 

 会議場は、荒れていた。

 

 その中央に立っている少女は、トップクラスの実力を持つギルド《血盟騎士団》の副団長、アスナである。彼女は、今回のフィールドボス攻略において指揮を受け持つことになっていたのだ。

 

 しかし、その作戦内容が、以下のようなものだった。

 

 フィールドボスを、その手前の村の中にまでおびき寄せる。そして、ボスが村の人々を殺している間に攻撃するのだ。

 

「しかし、彼らは……」

「生きている、とでも?」

 

 懸念の言葉を、アスナは鋭い声で突き刺す。デスゲーム開始から1年と4か月。しかし、始めの頃と比べるとその様子は様変わりしていた。

 

 その結果、その剣技の速度と正確さを示す《閃光》と共に並んでついた渾名が《攻略の鬼》である。

 

「あれは単なるオブジェクトです。譬え殺されようと、またリポップするのだから」

 

 攻略の合理性を盾に、感情論の一切を封じ込める。それもまた、アスナの特徴だった。しかし、実際に作戦の安全性と効率を考えると、それ以上の案を出すことは困難であるのも事実なのだ。

 

「俺は、反対だ」

 

 しかし、そこに1つの声が割り込んだ。

 

 金の竜の模様が鮮やかなガントレットが特徴である、両手剣の剣士。その防具とクエスト達成の偉業から《竜騎士》と称せられるプレイヤー、ユウである。

 

「今回の作戦は、私、血盟騎士団副団長のアスナが指揮を取ることになっています。私の言う事には従ってもらいます」

「権力を盾に人にいう事を聞かせようとする、三流の指揮官で今回はフィールドボスの攻略ってことか?」

 

 ユウが、明らかな挑発の言葉を返すと、さらに会議場の空気が張り詰めたものになる。しかも続けて、《黒の剣士》キリトが反対の立場に加わったことで、さらに状況は悪化。

 

 結局、それ以上アスナに反論を返すプレイヤーは現れなかったが、今回の会議が今後の攻略方針にしこりを残す結果となってしまった。

 

「全く、見ているこっちの方がヒヤヒヤさせられたぜ」

 

 会議が終わった後にそう言ったのは、ギルド《風林火山》のリーダーを務める刀使い、クラインだ。ゲーム開始直後のころから相変わらず、赤いバンダナを頭に巻いている。その後ろには、エギルもいた。

 

「また、ユウとキリトがKob(《血盟騎士団》の略称)の副団長さんともめたな。お前らと副団長さんと、どうしていつもああなんだ?」

「……きっと、気が合わないんだろうな」

 

 キリトは、この世界における最初のボス戦の後に、彼女に言った言葉を思い出した。

 

『君は強くなれる。だから、いつか、誰か信頼できる人にギルドに誘われたら、断るなよ』

 

 そう言った後に、彼は第2層へと上がっていったのだ。

 

「ああは言ったけど、まさかトップギルドの副団長で《攻略の鬼》になるとはな」

「全くだ。しかし、ユウもあそこまで挑発するような言葉にする必要はなかったんじゃないか?」

「……すまん」

 

 短く答えた後に、ユウは彼らに背を向けて言った。

 

「だけど、それでもアスナの奴があの作戦を貫くと言うなら、こちらも相応の意志というものを見せてやるつもりだ。たとえそれによって、アスナと、いや、《血盟騎士団》そのものと対立することになろうが、知ったことじゃない。積極的に対立するつもりはないが、かといってこちらもそう簡単に意見を曲げるつもりもない」

 

 そう言うと、ユウは歩き始めた。

 

(ああ……イライラしてるな、俺。少し気分転換でもするか)

 

 ユウは、自分の心の状態を冷静に見つめ直す。

 

 彼は、普通の人と比べても正義感が強い傾向にあった。その上、自分の言いたいことは臆せずにはっきりと発言するタイプでもあるため、周囲の人間と多少の衝突があることは、現実世界にいたときから時々あったことだ。

 

 しかし、同時に情報を冷静に分析することにもたけているこの少年は、相手の考えもしっかりと聞き、必要以上に対立を深めないようにする技術も持っていたはずだった。しかし、冷静さを欠いた今回の行動は、やはり普段の行動からは外れたものであった。少なくとも《ビーター》に大声で非難を浴びせるような人間に対しても、あそこまで露骨な挑発をしたことはなく、心のうちに留めていたはずだ。

 

 ストレスが溜まっているんだろうなあ、とユウはまるで他人事のように考える。だが、それを解消する手立ては見つからない。

 

 現実世界にいるときは、妹と共に遊ぶゲームがその1つであった。しかし、今は妹と会うこともできず、そしてゲームにしても、常に気楽に楽しめるようなものではない。

 

 ユウは熟練度を上げる目的も兼ねて、気分転換に湾刀(タルワール)で雑魚Mobの討伐系クエストを受けることにした。もとは小回りの利かない《両手剣》の補助として取り入れ始めた《曲刀》スキルだが、現在の熟練度はおよそ800、ボス戦でなければ、通常の攻略においても十分に使用できるレベルに達している。

 

 余談であるが、彼が好んで使用するシステム外スキル《ディスアーム》は、両手剣よりも先に湾刀での習得が先であったりする。

 

 そんな風に湾刀を振り回し、片っ端から敵Mobを剣の錆……もとい、青いポリゴン片へと変えて散らしていくユウであったが、それすらも次第に気が乗らなくなって、再び56層主街区へと戻ってきてしまった。

 

「……まったく、どうにもならないな」

 

 とりあえず、鍛冶屋に行って武器のメンテナンスでもやろう、とユウはその日の攻略を切り上げた。

 

 

 

 

 

 2024年4月11日。

 

 もめにもめた《黒の剣士》キリト及び《竜騎士》ユウと、トップギルド《血盟騎士団》副団長《閃光》のアスナの間で騒動があった56層フィールドボス攻略会議から、1か月以上が過ぎていた。その間に、最前線は第59層まで進み、その主街区《ダナク》を拠点に、彼らは攻略を継続していた。

 

「消えろ!」

 

 ユウが目の前のMobに対して、両手剣奥義技《カラミティ・ディザスター》を放つ。6連撃最後の、敵の背後に回り込んでからの唐竹割りを放つと、敵のMobのHPは次々と減少していき……しかし、1割ほどを残して生き残った。

 

 すると、大技ゆえの長い技後硬直(ポストモーション)によって動けないユウに、敵の両手斧ソードスキル《ランパー・ジャック》が炸裂する。

 

 両手斧特有の重い攻撃に彼のHPが減少していくが、軽金属装備に包まれているユウは序盤の攻撃を耐えきった後に、乱暴に敵の武器を弾いてソードスキルを中止させた。

 

 ちっ、と舌打ちを鳴らした後に、ユウは敵に体術スキル単発水平蹴り《水月》を食らわせる。ようやく敵Mobは青い光となって消え散り、しかしユウはその場に大剣を突き立てて停止した。

 

「くそ……」

 

 ユウは、ポーチからPotを取り出すと、中の苦い液体を飲み干す。このカテキン入りレモンジュースとでも言うべき味には、1年半経過した今でもなれないものだ。

 

 最近になって、彼は自分の技量が落ちているのを感じていた。いや、正確には、自分の精神状態が安定していないのだ。ゆえに、先ほどのようなミスを時折発生させ、そのたびに自分のステータスの高さでごり押しをしているのである。

 

(このままでは、危ないか……?)

 

 しかし、システム外スキル《ディスアーム》に頼った攻略では効率が悪い上に、ボス戦では結局使い物にならない。それに、初見のMobが相手の場合は、相手の手足や武器の大きさなどを考慮したリーチがうまくつかめないために、《ディスアーム》の成功率は低くなるという弱点も併せ持っている。どちらかといえば、対人戦闘において真価を発揮するような技なのだ。

 

「やっぱり、このぐちゃぐちゃした気持ちを解決するのが最優先かなあ……」

 

 ユウが、このデスゲームに閉じ込められてから約1年半。5月には、妹2人にとって13歳の誕生日がある。

 

 そんなことを考え、そしてこのデスゲームが始まった時にはまだ11歳だった……そのことを考えて、再びいてもたってもいられなくなってしまった。

 

「お、ユウじゃねえか」

「誰!? ……って、クラインか」

 

 思わず、ビクっと反応をしてしまったが、その声の主はよく知っている野武士面の刀使いであった。

 

「ユウの字よ、こんなことを言うのはお節介かもしれんが、さっきのは、ちょっと無理が過ぎるんじゃねえのか?」

「……分かってるさ。つーか、見ていたのかよ」

 

 どうやら、クラインはその後ろにいる《風林火山》の仲間と共に、ユウの戦闘の様子を見ていたらしい。

 

「なんだかさ……このデスゲームに閉じ込めてから、もう1年半。それだけ立つというのに、未だに最前線は59層……つまり、6割に届かず、といったところだ。このペースだと、100層までたどり着くころには、どのくらいかかるんだろう、って思っちまってな」

「それでお前、焦ってたのか」

「そりゃそうだろ。現実世界(向こう)には、家族も、友人も、全ておいてきちまっているんだぜ? まあ、この世界で得られたものは確かにあるけどさ」

 

 ユウは、いつもよりも流暢にペラペラと話している。

 

「だけど、やっぱり会えないのが寂しいんだよ。焦るさ。一刻も早く、妹のいる家に帰りたいってな」

「そりゃ、誰だってそう思っていることじゃねえか。家族や友人、中には恋人を現実世界に置いてきちまっている奴だっているだろ。けどよ、ユウ、そんなこと言っても、今の現状には変わりがないだろ?」

「ああ……分かってるさ。下手なことをして命を落とすくらいなら、攻略がゆっくりになってしまっても、慎重に進めた方が良い。だけど……」

 

 そんなことを言ったユウに対して、クラインは少し安心したように笑った。 

 

「……どうしたんだよ。笑顔がキモいぞ、クライン」

「ひでえな!? ……まあ、ユウの字よ。たまには、そうやって俺たちに抱え込んでいること、話してくれよ。去年のキリトみたいに、1人で抱え込むんじゃねえぞ、絶対にな」

「……分かった」

 

 ユウはそれだけ言うと、クラインにマップデータを渡してそこから先の攻略を続けてもらい、一度主街区まで戻る。

 

 鍛冶屋で武器のメンテナンスをして、その後はポーションなどの必要なものを購入していく。

 

(さてと、今日の予定は終わったことだし……たまには、気分転換にいつもより良い食事でもしようかな?)

 

 57層の主街区《マーテン》ならば、大規模な街であるからいろいろな店がそろっている。プレイヤーだけでなく観光客も多い場所であり、様々なプレイヤーやNPCが出している店を見て回るだけでも楽しめる場所だ。

 

 しかし、ユウは気分転換をすることはできなかった。いや、正確にはするどころではなくなったというべきか。

 

 

 

 ――きゃぁぁあああああ!

 

 

 

 悲鳴。

 

 女性の声に、ユウはすぐさま駆け出した。声の場所からして、そこまで遠くはないはずだ、と考えながら、ユウはその場所に辿り着く。そこで、悲鳴の原因であろう光景が目に飛び込んできた。

 

 その場所、広場の北側にある教会から、1人のフルプレートのプレイヤーが、ロープでつりさげられている。

 

 ロープで首をくくられている状態であり、そしてその胸には1本の槍が突き刺さっていた。

 

「(ありえん……!)」

 

 ユウは、小さく言葉を漏らした。

 

 システム上あり得ないことが起こっている。なぜなら、主街区であるここは《圏内》のはずなのだ。

 

「早く抜け!」

 

 いつの間にか広場にいたキリトが叫んだ。その横には、なぜかアスナも一緒にいる。

 

 その声に反応した宙づりの男は、2人のいる方をちらりと見たが、すぐに自分の胸に突き刺さった槍を両手でつかんだ。しかし、それでも槍は少しも動かない。

 

「君は下で受け止めて!」

 

 アスナはキリトにそう言うと、教会の中に入っていく。その一方で、キリトは男の下に向かって走って行く。

 

(くそ、間に合わん!)

 

 ユウはすぐに男のいる場所に突進しながら、予備の湾刀をその手に呼び出した。そして、走った勢いのままその武器をロープめがけて、思い切り投げつける。

 

 その時、苦しそうにもがいていた男が静まった。がっくりと全身の力を抜いたのだ。そして、次の瞬間そのアバターを構成する光がぶれる。

 

 破砕音。そして、光に包まれた男の全身が、四散して消え失せた。

 

 男を吊るしていたロープが残されて宙を漂い、そして突き刺さっていた槍が仮想の重力に従って落下すると、地面に突き刺さる。

 

 再び、女性の悲鳴が夕焼けで赤く染まる街に響き渡った。

 

「皆、《決闘(デュエル)》のウィナー表示を探せ!」

 

 キリトの声に、その場に集まっていたプレイヤーたちが一斉に視線を周囲へと巡らせる。《圏内》――正式名称、《アンチ犯罪(クリミナル)コード有効圏内》である街中において、HPが全損することがあるとすれば、それは《全損決着モード》による《決闘》での敗北、それ以外にあり得ないからだ。

 

 しかし、いくら周囲に視線を巡らせても、そのような表示は見当たらなかった。《決闘》をすれば、必ず誰にでも見える高い場所に勝者と敗者の名前が表示されるはずなのに……。そして、ついにそのシステムウインドウが表示し続ける30秒が経過してしまう。

 

「中には誰もいないわ」

 

 教会のベランダから姿を現したアスナが言う。

 

 2人は、一度教会の中に入った。

 

 その中には、この殺人で使われたのであろう、教会の柱にロープがつけられていた。それを見ながら、彼らは話す。

 

「普通に考えれば、《決闘》の相手が被害者の胸に槍を突き刺して、ロープを首にひっかけて窓から突き落とした……ということになるのかしら」

 

 しかし、《決闘》のウィナー表示はどこにも存在しなかった。

 

「だけど、《圏内》において《決闘》以外の方法でHPが減ることはあり得ないはずだよな……どちらにしろ、情報が足りていない今は、少しでも手がかりを探っていくしかない」

 

 ユウは、自分の手に握られている短槍を見ながら言う。

 

「とにかく、この事件を解決することが最優先、だな。万が一、何らかの手段で《圏内》においてPKが可能であるのだとしたら、フィールドだけでなく、街の中にいても危険という事になる」

「前線を離れることになっちゃうけど、仕方ない、か」

「ああ」

 

 すると、アスナは2人の方へ歩み寄って、右手を差し出してきた。

 

「なら、解決までちゃんと協力してもらうわよ。言っておくけど、昼寝の時間はありませんから」

 

 昼寝? とユウが首を傾げるその横で、キリトがその手を握り返す。

 

「……してたのはそっちの方だろ」

 

 呆れたようにキリトが言うと、アスナは顔を強張らせて小さく叫んだあと、思い切りその手を握り返した。

 

 AGI重視のステータスでありながらも、《閃光》のSTR値はキリトにとっても痛かったらしく、キリトはその痛みに思わず声を上げていた。

 

 

 

 

 

 3人は教会の中から出てくると、キリトが最初に野次馬の集団へ言葉をかけた。

 

「すまない。さっきの一件を最初から見ていた人、いたら話を聞かせてほしい!」

 

 その声に再び野次馬たちがもぞもぞと話始めるが、すると、その中から1人の女性が前に出てきた。濃紺色の、先にゆるくウェーブがかかった髪の毛を背中まで伸ばした人で、その腰には片手剣が刺さっていた。

 

 目の前で立ち止まった女性に、アスナが遠慮がちに声をかける。

 

「ごめんね、怖い思いをしたばっかりなのに。あなた、お名前は?」

「あの、私、ヨルコっていいます」

「……もしかして、最初の悲鳴も、君が?」

 

 キリトが尋ねると、ヨルコは瞳に涙を浮かべながら答えた。

 

「は、はい……私、さっき殺された人と一緒にご飯食べに来ていたんです……。名前はカインズっていって、昔同じギルドにいたことがあって、でも広場ではぐれっちゃって……」

 

 涙を流しながら、それでも彼女は話してくれた。

 

「それで周りを見渡していたら、いきなりこの教会の窓から、彼が……!」

 

 そこまで話すと、口を抑えて嗚咽を漏らしながら泣き出してしまった。アスナが彼女に寄り添いながら、しかしそれでも、できるだけ優しくユウが尋ねる。

 

「その時、誰か見なかったか? はっきりとは分からなくてもいいから」

「一瞬なんですが……カインズの後ろに、誰か、立っていたような気がしました」

「その人影に、見覚えはあった?」

 

 アスナの問いに、彼女は首を横に振って否定した。

 

 結局、それ以上に分かったことはなかった。しかし、被害者のことを知っている目撃者がいるだけでも心強いと考え、今日のところはこれ以上彼女から根掘り葉掘り聞くことはやめた。

 

 1人では不安だという彼女を宿の入り口まで3人で送り届けると、そのまま歩く。

 

「今回の奴が本当に殺しだとすれば……その手掛かりはやっぱり槍ってことになるよな。ロープは確認したけれど、どこにでもあるNPCの店売りだったし」

 

 ユウがそう言うと、アスナが首肯した。

 

「となれば、鑑定スキルが必要ね。私の友達で、武器屋やってる子が持ってるけど、今は一番忙しい時間帯だし……」

「じゃあ、俺たちの知り合いの、雑貨屋にでも頼むか」

 

 キリトがそう言うと、雑貨屋をやっている知り合いなんていたんだ、というような表情をアスナがした。そのため、ユウが少し呆れた様子で言う。

 

「おいおい、アスナも良く知っている奴だぜ?」

「私も……知っている?」

 

 その言葉に疑問符を浮かべる彼女であったが、2人に案内されるがままに彼女も第50層《アルゲード》へと移動した。

 

 

 

 

 

 《アルゲード》は、キリトとユウがホームとしている街である。

 

 街はかなり雑然とした作りで迷路にように入り組んでいるばかりか、怪しげな店も多く、キリトもユウも、街の全容を把握できていない。そのためプレイヤーが迷って帰ってこなかった……などという噂が絶えなかったりする。

 

 印象としては中華系の下町に似ていて、ユウがこの街をホームにしている理由も、ここに並んでいる商店街が、自分が住んでいる横浜にある中華街を彷彿とさせるものだったから、というものである。

 

 その一角にある扉の前に着くと、3人の目の前で浮かない顔をした槍使いの男が出てきた。

 

「毎度! また頼むよ兄ちゃん」

 

 店主の言葉に手を振って、そのプレイヤーは去っていった。

 

「相変わらず、阿漕な商売しているようだな」

 

 呆れたようにキリトが声をかけると、店主であるエギルが振り返った。

 

「よお、キリトにユウじゃねえか。なに、安く仕入れて安く提供するのがウチのモットーなんでね」

「後半は疑わしいもんだけどな」

「何人聞きの悪いことを……って」

 

 エギルはユウの軽口にこちらも軽い調子で答えようとしたが、その後ろにいた少女を見るとその太い腕でキリトとユウの2人をカウンターの中へと引きずり込んだ。

 

「ど、どうしたお前ら。普段ソロで活動しているお前らが、しかもアスナと一緒に行動しているとはどういうことだ?」

 

 エギルが色々とパニックになっているようだが、アスナはそんな彼らを苦笑い……というか、少し怒っているような調子で見ていた。

 

 エギルが落ち着いたところで、彼らは話を切り出した。

 

「《圏内》でHPがゼロに?」

 

 彼が驚くのも無理はない。しかも、《決闘》のウィナー表示は発見できず、そして直前までヨルコと一緒にいたのであれば、《睡眠PK》という可能性も考えられない。

 

 この槍が現状唯一の手掛かりであることを話すと、エギルは《鑑定》スキルを使用してくれた。

 

「……プレイヤーメイドだ」

「っ! 誰ですか? 作成者は?」

 

 アスナがすぐに聞く。

 

「《グリムロック》。聞いたことのない名前だな」

 

 彼が知らないという事は、少なくとも《アインクラッド》で多くの人に名が知られているような刀匠ではない。固有名は《ギルティソーン》……『罪の茨』という意味だ。

 

「罪の茨、か」

 

 誰もが黙り込みその意味深げな固有名について考えを巡らせる中で、キリトはエギルから返されたそれを見つめると、よし、と呟いて自らの右手に狙いを定めた。

 

「なっ」

「ひっ」

 

 ユウが驚きの声を上げ、アスナが小さな悲鳴ともとれる言葉を発しながら、慌てて彼の腕を掴んで止めに入った。

 

 結局、グリムロックなる鍛冶師のことについては、翌日、ヨルコに尋ねるということでその日は解散となった。


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