ソードアート・オンライン~竜殺しの騎士~   作:nozomu7

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竜の騎士

 数分後。

 

 ユウ本人を除く、その場にいた全員が唖然としていた。

 

「ば、バカな……」

 

《タイタンズハンド》の誰かが、呟いた。

 

 最も、それは無理もないことだ。なぜならこの少年、ユウは7人を相手取っているにも関わらず……片っ端から敵の武器を叩き落としていった(・・・・・・・・・)のだから。

 

 システム外スキル《武器落とし(ディスアーム)》。

 

 方法論はベータテストの時代から研究されており、ある程度のやり方は認知されているのだが……その成功の大半は偶然、と呼ぶものであった。

 

 少なくとも、武器の異なる7人相手にできるような人間なんて……。

 

(……まさか)

 

 1人、いた。

 

 そのことに気が付いたロザリアの顔が、青くなっていく。その目の前で、ユウは敵に囲まれているにもかかわらず平然とメニューウインドウを呼び出し、操作を始めた。

 

 腰に下げられた湾刀(タルワール)は背中の両手剣(ツーハンデッドソード)へとその姿を変え、そして手につけている防具が、青に金の竜の紋様がついたものへと変化する。

 

「両手剣に、竜のガントレット……まさか」

 

 誰かが、呟いた。

 

「こ、こいつ《竜騎士》だ! あの攻略組の!」

「その名前、恥ずかしいからやめてくれると助かるんだけど」

 

 出てきたその言葉に、ユウは苦笑いしながら両手剣を軽く振った。しかし、その背後にいたシリカは驚愕に思わず目を大きく見開く。

 

 ――《竜騎士》。

 

 このSAOでは、ゲーマーの(さが)なのかどうかは分からないが、時間が経つにつれて知名度の高いプレイヤーに『二つ名』がつくのが恒例となっていた。

 

 例えば、ビーターであるキリトは《黒の剣士》。

 

 精鋭ギルド《血盟騎士団》の副団長アスナは《閃光》。

 

 シリカ自身、極めてレアな《ビーストテイマー》であるため《竜使い》という呼び名がつけられている。

 

 そして、《竜騎士》という名前は《黒の剣士》や《閃光》と並んで有名な攻略組のソロプレイヤーであった。そして、その象徴こそが青い服装に身を包む彼の両腕に光る、金の竜の紋様が入った青いガントレット《ドラゴンアーム》。

 

 今年の始めに攻略された第50層には、フロアボスクリア後にある場所で出現する《隠しクエスト》があったらしい。

 

 50層としては強すぎるドラゴン型Mobと戦わされるそのクエストでは、しかも条件として1人でないとクエストを受けることができない。

 

 幸いだったのは、ドラゴンの動きが比較的遅かったことと、戦闘エリア内で結晶が無効化されていなかったことだろう。そのため、多くの人間が果敢に挑戦したものの、高いパワーと防御力を兼ね備えたドラゴンを倒すことはなかなかできず、AGIを全開にしたダッシュや転移結晶による脱出が繰り返された。

 

 しかし、ついに1人のプレイヤーがその竜を倒し、そのドロップ品として得た装備が《ドラゴンアーム》。

 

 《アインクラッド》の間で衝撃が走ったのは、そのガントレットの効果であった。なんと、一定以上の要求STR値を持つ武器を使用した場合に限り、その武器のスキル熟練度が通常の倍のスピードで上昇するという、ゲームバランスが崩壊しかねない力を持っていた。

 

 さらに、そのプレイヤーが好んで使用するシステム外スキルが《ディスアーム》。これによって、攻略が滞るような高難易度の《迷宮区》でさえ次々と部屋を踏破し、浮遊城攻略に大きく貢献してきたのだ。

 

 そんなトッププレイヤー《竜騎士》が、目の前に立っている。否、自分は数日前から行動を共にしていた。その事実に、シリカはただ衝撃に立ち尽くしていた。

 

「さてと」

 

 ユウは、武器を手から落としたまま立ち尽くしている彼らに向かって、1つのアイテムを差し出した。

 

「これは、俺の依頼人が全財産を注ぎ込んで用意した《回廊結晶》だ。行き先には第1層の《黒鉄宮》にある牢獄が指定されている」

 

 最後は、ただ冷淡な声で告げる。

 

「大人しくこれを使って俺から逃げるのか、それともこの場で俺と戦い続けるか。好きな方を選ぶんだな」

 

 コリドー・オープン、と使用コマンドを口にすると、牢獄へとつながる入り口が発生する。そして、その横でユウは両手剣を鞘から引き抜く。

 

「さて、選べよ。逃げられるなどとは、思わないことだな」

 

 ユウは、剣を構えた状態で彼らに言い放つ。

 

「俺は、犯罪者相手には容赦しないんだよ。相応の『覚悟』だってある。甘い考えを持っていると、自分の身が危ないぞ」

 

 殺気。

 

 人を殺したことがない人間が出せないはずの、ユウの気迫に男たちだけでなく、後ろにいるシリカすらも圧倒された。

 

 それは、それほどまでに強い感情――激情を、常にその心の中に秘めてきたことによるものか。

 

 男たちは、慌てて転がり込むように光る入口へと入っていく。しかし、ロザリアだけはそれをつまらなさそうに見つめていた。

 

「ふん、使えない男たちね。アタシのカーソルはまだグリーンだってこと、忘れちゃったの?」

 

 彼女の声には、余裕があった。

 

 彼女の言うとおり、囮役であるロザリアのカーソルはグリーンのままだ。したがって、ユウが彼女に対して何かすれば、その時点でオレンジプレイヤーとなってしまう。

 

 さらに、ユウは男性プレイヤーでロザリアは女性プレイヤー。下手に腕を掴んだりすれば《ハラスメント防止コード》が発動し、ユウの方が牢獄送りになるなどと言うマヌケなことになりかねない。

 

「アタシに攻撃すれば、今度はアンタがオレンジになるよ」

 

 粘つくような、嫌らしい笑みで彼女はそう話す。しかしその次の瞬間には、一筋の閃光と共にその余裕が覆された。

 

 ユウが《アバランシュ》を発動し、その片腕を切り落としたのだ。

 

「な、なん……!?」

 

 頭上のカーソルをオレンジに変えながらも、目の前の少年の表情は変わらない。純粋とまで呼べるほどの、冷淡な『怒り』。それだけが、彼の表情からは読み取れた。

 

「HPがゼロになると死ぬ……それは逆に言えば、HPがゼロにならなければ死なないということを意味している」

 

 そう言いながら、ユウは槍使いの首を掴むと、一度宙に浮かせた後に頭から石橋の上へと叩き付けた。あくまでも中層プレイヤーであるロザリアと、攻略組の中でもSTRを重視してステータスを上げているユウでは、その力の差は歴然だったのだ。

 

「安心しろよ。俺は人を殺したくはないからな……死んだ方がマシだと思えるようになるまで、どんなことでもやってやる」

 

 原始的な音が、のどかな花園に連続する。次第にロザリアの声に懇願の声と悲鳴が混じっていくが、それでもユウは止めようとはしなかった。

 

 その光景に、シリカは再び立ち尽くしていた。戸惑っていたのだ。

 

 2日前に出会ったこの少年が、今までに見せていた優しさと、たった今目の前で繰り広げられている野蛮な暴力が、あまりにも食い違っているから。

 

 そして……今ユウの瞳から放たれている光が、あまりにも寂しそうで危ういものだったから。

 

「……こんなもんか」

 

 悲鳴すらも次第に上げなくなったロザリアを見るとと、ユウは未だその入り口を保っていた《回廊結晶》の光の渦の中に、適当な調子で彼女を放り込む。すると、ようやくその入り口が消失した。

 

「これで、依頼も終わりか」

 

 ユウは、ふう、と一息つくと、シリカに顔を向けずに話しかける。

 

「すまんな、こんな後味の悪いものを見せて。とりあえず、主街区まで到着したら、もうパーティーを解散させよう」

 

 それだけ言うと、ユウは返事も聞かずに歩き出す。シリカは、それでもその後をついて行った。

 

 《圏内》(正式名称《アンチ犯罪(クリミナル)コード有効圏内》)の手前であることを示す【INNER AREA】の表示がある手前まで来ると、ユウはそのまま手前の道を曲がる。

 

 現在カーソルをオレンジに染めているユウは、《圏内》に入ることができない。その前には、カルマ回復クエストを受けて、そのカーソルをグリーンに戻さなければならないのだ。

 

 その場所には小さな滝が存在し、そしてその近くに老人の姿をしたクエストNPCがいた。

 

 彼の近くまで歩み寄ったユウであったが、その少し手前で立ち止まる。

 

「主街区はもう目と鼻の先にあったと思うけど」

 

 彼は振り返ると、そこに立っているシリカを睨みつける。

 

「これは俺が選択したことだ。俺が自分で決めたこと。だから、君がここに来る理由はないだろ?」

 

 しかし、険しいその表情とは別に、その声には懇願するような響きが宿っていた。

 

 自分にわざわざ付き合う必要はない。もう君は、安全な世界へ戻ってくれ、と。

 

 ユウは、自分のことが腹立たしかった。

 

 目の前の少女に会った時に、自分の妹たちを思い出してしまったことが。目の前の少女を守ると決めた時、わずかに安心感すら覚えてしまったことが。

 

 この少女を――彼女たちの代替物、自己満足のための身代わりの人形にしてしまったことが。

 

 だから、断ち切る。

 

 アインクラッドトッププレイヤー《ユウ》と中層プレイヤー《シリカ》の関係は、あくまでも命を助けた者と助けられた者。そして、自らの依頼のために利用した者と利用された者。

 

 それだけにして、終わらせたかった。

 

 だから。なのに。

 

 ――どうして、自分は《タイタンズハント》の連中と対峙した時、あんなにも怒りを覚えていたのだろうか。

 

 あの時の怒りは、以前にオレンジプレイヤーと遭遇した時のそれとは全く異なっていた。

 

 それは、ずっと自分が妹に対して感じているものと同じなように思えて。だけど、決定的な『何か』が異なっているようにも感じられて。

 

 どのように名づければよいのか、分からない。そんな感覚。そんな感情。

 

 それを持て余しながら、ユウはシリカが自分のクエストに一生懸命に付き合ってくれるのを止めることができなかった。

 

 

 

 

 

 2024年2月26日。

 

 カルマ回復クエストは、聞いていた通り非常に面倒な代物(アイテム収集系)であったが、それでもシリカの頑張りも手伝って、この日の夜明け前には終わらせることができた。

 

 しかし、まだ13歳であるシリカに徹夜はかなりつらかったようで、現在はクエストNPCのすぐそばで、クエストを始める前に蘇らせた愛竜のピナと共に眠っている。主街区までは道なりにまっすぐ行けばMobは湧出(ポップ)しないものの、ここは《圏外》であるので、ユウは護衛を兼ねて、彼女の側にいることにした。

 

 穏やかな表情でかすかな寝息を立てているあどけない少女を見つめながら、鞘に納まった両手剣を抱きしめるように抱えるユウ。

 

 彼の方も徹夜には慣れていないものの、それでも警戒のために半分覚醒・半分夢心地の状態で周囲をうかがっていた。しかし、時間の経過と共に眠気が増していき、いつしか船を漕ぎ始めた。

 

 ぽつ、ぽつ、と水滴が顔に垂れてきたことで、シリカが目を覚ます。

 

(……雨?)

 

 おかしいな、と彼女は未だ起きない自分の頭をゆっくりと動かした。

 

 アインクラッドでは、原則的に気候というものは変動しない。基本的には層全体、時にはフィールド別ごとに統一されているので、昨日まで乾いていた荒野が、翌日になって雨で潤う、などといったことは存在しないのだ。

 

 例外はと言えば、クリスマスの夜にほとんどの層で雪が降ること程度のものであろう。

 

 少なくとも、花園、という言葉がふさわしいこの層で、天気が崩れて雨が降るとは考えにくい――と、意識の覚醒と共にそこまで考えて、彼女は気が付いた。

 

 これは、雨ではない。

 

 雫は、木にもたれかかりながらも彼女を覗き込むように頭を垂れて眠り込んでいる、少年の目元から流れ落ちていた。

 

「ユウさん……?」

 

 シリカはそっと体を起こし、彼の手をそっと掴む。すると、突然力強く握り返された。

 

「藍子……! 木綿季……!」

 

 誰かの名前を、涙を流しながら寝ている少年が呟く。ユウキ、という後者の名前は分からないが、アイコ、という前者の名前は間違いなく女性名だ。

 

 誰なのだろうか。

 

 しかしその涙が、ユウの彼女たちに対する思いの強さを表しているように感じられ、シリカはちくり、と自分の心にトゲが刺さった気がした。

 

「誰、なんですか……?」

 

 そこまで口にして、彼女は気が付いた。

 

 自分がもう、この少年に対する想いを自分自身で肯定していたことに。

 

 初めは、恩人でしかなかった。そして、彼から下心を感じないことで、安心感を感じた。

 

 それからは、徐々に信頼が高まっていった。気がついた時には、もう引き返せないほどに。

 

 もはや今の彼女にとって、《ビーストテイマー》や《竜使い》などといった、今までに付けられてきた華々しい二つ名でさえ空虚なものでしかなかった。なぜなら、中層プレイヤーの《竜使い》シリカでは、トッププレイヤー《竜騎士》ユウの隣に立つことはできないから……。

 

(嫌だ)

 

 シリカは、邪魔な《ハラスメント防止コード》の警告を解除すると、自分からも彼の手をぎゅっと強く握りしめる。

 

 この少年は、放っておけないのだ。

 

 シリカは眠っていた間、夢を見ていた。昨日と一昨日の夢だ。

 

 青い輝きを放ちながら消えていく光の欠片の中に立つ、青い服の少年の姿。

 

 自らの過ちにより消えてしまった、小さな親友の羽根を握りしめてなく自分に、優しく声をかけてくれた。

 

『俺と一緒に行こう』

 

 今までにも、他の人からも幾度となくかけられてきた言葉。それまでは、うんざりするような台詞だった。しかし、彼が放ったその言葉だけ、別の響きを持っていた。

 

 ああ。もう自分は、どうにかなってしまったのかもしれない、とシリカは思う。

 

 ゲームが始まってから、年上の男の人に声をかけられることなんて、数えきれないくらいあったのに。にも拘わらず、この人だけはこのわずか数日で『特別』になってしまっていた。

 

 ガードが緩い、と思っても、頬が緩むのを抑えきれない。

 

 側にいるときはいつもそんな感じだったから、先ほどの少年の寝言は、いきなり、冷たい棘が刺さったような感じだ。

 

 小さな棘。冷たい感覚。

 

 もう分かっている。

 

 自分は『何か』の代替物。だけど、それを突き止めるまでは別れることはできない。

 

 そして――突き止めたところで、諦めたくもない。

 

 

 

 

 

「俺には、3つ年下の妹が、2人いる」

 

 ユウの目が覚めてから朝一で尋ねてきた質問に、ユウは朝食のサンドイッチを適当に腹の中に収めた後で話し始めた。

 

 尋ねたのはシリカであるにも関わらず「俺が勝手に話したいから話すだけだからな」と前置きした上で。

 

「双子だから出産が大変でな……帝王切開になった。だけど、その時に使用された血液製剤に問題があった」

「問題、ですか」

「ああ」

 

 そこで一度言葉を区切り、サンドイッチの残りを飲み干した後で、再び口を開く。

 

「血液製剤が、ウイルスに汚染されていた。それも、治療法が確立されていない上に、薬がなかなか効かないようなウイルスだ」

「えっ……!」

「母親と、妹2人がまず感染した。だけど、感染に気が付かないまま通常生活に戻ったから、父親もその中で感染した。唯一、俺だけは幸運にも感染を免れた」

 

 それから先は、苦難の日々だ。

 

「病気に対する偏見があるから、周囲の人にそのことは隠して生活した。だけど、血液を媒介して感染するといけないから、そのことに関しては徹底的に気をつける必要があったんだ。小学生に入学したその瞬間から、あいつらは怪我をしないように、極力学校での運動を控えるようにした」

 

 感染経路の徹底した排除。しかし、ある時キャリアであることが、どこからか漏れた。

 

「すると、周りの奴らは妹たちを汚物扱いさ」

「そんな……」

「前にも言っただろう? 『人間なんて、結局はその程度だ』、とな」

 

 シリカは、3日前にユウが言った言葉を思い出した。

 

「そして、それからしばらくして……下の妹がついに発症した。それに続くように、上の妹もその1か月半ほど後に発症。両親も発症した」

 

 それから、ユウ――紺野裕也は、家族を救うことに全てを費やした。

 

 夜遅くまで多くの本を読みあさり、インターネットで情報を集め、治療に協力してくれそうなNPOなどの団体を探し続けた。

 

 しかし、両親はそのまま逝ってしまった。立て続けに、後を追うように……。

 

 その直後のことだ。あるクォーターの姉弟……HIVに対する免疫を持った彼らから、自分の妹2人に骨髄移植の話が持ち上がったのは。

 

 幼い彼女たちに対する骨髄移植には困難があったものの、それでもなんとか実行に移された。

 

 結果はまさかの成功。横浜港北総合病院の中だけでなく、世界中の医療関係者の間でニュースになったそうだ。

 

「《ナーヴギア》とSAOのセットは、その退院祝いも兼ねて3人で購入する予定だったんだ。だけど、1つしか手に入らなくてな……。それで、妹たちに使わせようとしたら、2人は強情に『お兄ちゃんが使って』って、譲らなかったんだよ」

 

 HIVとAIDSという重要な言葉抜きでシリカに語り尽くした彼は、最後にそう言って笑った。

 

「だから、シリカを見た時、妹のことを思い出してしまったんだ」

「……そうだったんですね」

 

 シリカは、ようやく彼の心に一歩近づくことができた気がした。だけど、これではまだ表面的な情報をなぞっただけに過ぎないのも、また事実だった。

 

 ユウが見ているものを、シリカも同じ高さで見たかった。

 

「でも、話してもらえて、少し安心しました」

「安心?」

「だって、今までのユウさんは、私を見ているときも、どこか別の遠い場所を見ている気がしましたから。でも、お話の後に、ようやくここに戻ってきた気がしたんです」

 

 彼女がふと感じ取ったことを言うと、ユウは思わず目を丸くした。

 

 無理もないだろう。なぜなら彼自身も、シリカを通じて妹のことばかり考えていたからだ。

 

(自分よりも年下の、自分の妹と同じか1つ年上かの女の子に、気持ちが筒抜けになるとは……)

 

 そう考え、ユウは思わず苦笑いをした。

 

「じゃあ、こんなところで話は終わりかな。もう、行くよ。さすがに、5日間も前線から離れていたからね。急いで、遅れを取り戻さないと」

「あ……はい。えっと……」

 

 シリカは何かを逡巡していたが、ピナに軽く頭を小突かれてから、決意に満ちた目で言い放った。

 

「絶対に……追いつきますから」

「え……?」

「いつか、ユウさんのいるところに、絶対に追いつきますから……だから、次はもっと上の層で会いましょう!」

 

 シリカはそれだけ言い切ると、ピナを携えてその場を後にした。

 

 転移門前広場の場所にまでつくと、シリカは一度第8層主街区《フリーベン》にまで飛ぶ。自分が拠点としていた部屋に着くと、荷物をまとめてそこを売り払い、自分が慣れ親しんできたその場所を後にした。

 

 これから先は、大変な毎日になる。

 

 当然のことだ。なぜなら、目標は自分と違ってデスゲーム開始直後から必死で剣を振ってきた《攻略組》なのだから。

 

 今までは、単なる雲の上にいるような存在だった。そして、その中でもトッププレイヤーとして名をはせているユウの実力を、確かに彼女は見た。自分とはかけ離れすぎているほどであることも、分かっていた。

 

 だけど、諦めるという選択肢は、今の彼女にはなかった。

 

 最前線にいる人もまた、いや、最前線にいるからこそ。

 

 命を失うことを、何よりも恐れていた。大切な人と会えないことに、苦しんでいた。それでも、虚ろなこの世界で必死に生きていた。

 

 自分たちと、その点においては何一つ変わらなかった。

 

 1つ1つ、確実にレベルを上げていかなければ――と考えたその時、メッセージが届いた。

 

『情報屋のアルゴにメッセージを送っておいた。第49層主街区《ミュージェン》の、転移門広場にある喫茶店に行けば、そこにやって来るはずだ。頑張れよ ユウ』

 

 その文章を見て、彼女は思わずため息をつく。

 

「行動が早すぎますよ……」

 

 どうやら、自分はどうあっても彼には全くかなわないらしい、などと考えながら、シリカは転移門の前で立ち止まった。

 

「行こう、ピナ」

 

 きゅるる、と自分の愛竜が鳴いたのを聞いてシリカは笑みを深めると、行き先を口に出す。

 

「転移《ミュージェン》」

 

 青い光と共に、1人の少女と1匹の子竜の姿が《フローリア》の花園から消えた。


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