ソードアート・オンライン~竜殺しの騎士~   作:nozomu7

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花園の中の悪意

「はあ……」

 

 宿でユウと別れて自分の部屋に入ったシリカは、下着姿のままベッドに寝転がった。

 

(もっとお話ししたいなんて言ったら、笑われちゃうかな……)

 

 そんなことを、考えてみる。

 

 ユウという少年は、なんというか、最初の印象通り優しい人であった。しかし、結局あの後いくら言葉を交わしたところで、彼の内心は少しも見えないままであった。

 

 その中身が見えないのに、信頼はできる。

 

 そして、信頼はできるのに、その中身はまったくの不透明だ。

 

 そんな相手は、少なくとも今までシリカは見たことがなかった。彼女に声をかけてくれる人の大半は、何かしらの下心が明け透けて見えるような男たちであったからだ。

 

 ――彼のことを、もっと知りたい。

 

 そうすれば、きっと……。

 

 そんな考えが、頭に思い浮かぶ。

 

 世界初の本格的VRMMORPG。その刺激的な広告に、シリカ――本名、綾野珪子は心を奪われた。12歳の少女が親にゲームをおねだりするのは普通の光景かもしれないが、何しろ値段が10万円以上する上に、SAOが定めている13歳という年齢制限(レイティング)を無視したものだ。

 

 しかし、彼女の両親はそのわがままを叶えてくれた。それが、デスゲームへの入り口になるとも知らずに……。

 

 そのような経緯でこの世界に参加することになったシリカであったが、ピナを失ってから、ようやく自分の慢心に気が付いた。

 

 だがあの少年は、そのレベルが(恐らくは)自分よりもはるかに上であるにも関わらず、《迷いの森》を突破するときにも、まるで油断というものが感じられなかった。常に、辺りを警戒している様子もあった。

 

 これが、自分たち中層プレイヤーと上位プレイヤーとの間にある差なのだろうか……。

 

 そこまで考えを巡らした時、ノックの音がした。

 

「シリカ、今起きてる?」

「ゆ、ユウさん!?」

「明日の38層でのレベル上げと、明後日に行く47層の説明をしてなかったからさ」

「は、はい!」

 

 突然の少年の訪問に対してシリカは慌ててドアに駆け寄り……そして、ドアノブに手をかけようとしたところで、今の自分の格好に気が付いた。

 

(あ、危なかった……)

 

 彼女は急いでメニューウィンドウを開くと、自分が持っている中でも一番気に入っているシャツとミニスカートを慌てて装備する。そして、そっと部屋の扉を開けた。

 

「……お、お待たせしました」

 

 ユウは部屋に入ると、部屋の隅にあったテーブルを中央まで運んでくる。そして、メニューウインドウを開くと、そこから何かのアイテムをオブジェクト化させた。

 

「ユウさん、そのアイテムは何ですか?」

「《ミラージュ・スフィア》っていうやつなんだけど、まあ、見た方が早いな」

 

 ユウがその上にある青いボタンを押すと、青白い光が発生すると共に部屋が暗くなった。そして、元の光を失ったその部屋の中に、1つだけ光る球体が出現する。

 

 このアイテムは、現在マッピングがなされている《アインクラッド》の道を全て映し出してくれるものなのだ。

 

「綺麗……!」

 

 青い光に映し出される、浮遊城の階層。その幻想的な光景に、シリカが感嘆する。

 

「47層はここだ。先に言っておくけど、別名《フラワーガーデン》とか呼ばれているくらいだから、ものすごく華やかだぞ。こっちが主街区《フローリア》。で、《思い出の丘》まで行くには、まずここを通って」

 

 彼女の様子を見て楽しげに話し始めたユウであったが、突然言葉を止めた。その様子を見て、シリカが首を傾げる。

 

「ユウさん?」

 

 すると、ユウは扉に突進して勢いよく開く。

 

「誰だ!」

 

 しかし、オレンジ色の灯りに照らされた廊下には誰もいなかった。その暗闇の奥から、何者かが立ち去る足音が聞こえてくるのみ。

 

「何……ですか?」

「盗み聞きされてやがった……」

 

 ユウは、暗闇の奥を睨みつけ《索敵》を発動するが、すでにそこからは何も浮かび上がらなかった。恐らく、全速力で逃げられたので、範囲外に出てしまったのだろう。

 

「盗み聞きって……でも、ドア越しの音は、ノックをしなければ」

「《聞き耳(ストレイニング)》スキルを上げていれば可能だ。もっとも、この世界を生き残るのに不要なスキルだから、取得している奴なんてほとんどいないけどな」

「なんで、立ち聞きなんか……」

 

 シリカが不安そうに声を上げると、ユウは黙ってその頭に手を置いた。

 

「大丈夫」

 

 その声は、注意しないと気付かないくらい少しだけ震えを含んでいたが、それをユウは飲み込んでから言った。

 

「大丈夫だから……とりあえず、今日はもう寝よう。部屋の扉だけは、しっかり閉めて」

 

 それだけ言うと、ユウは《ミラージュ・スフィア》をアイテム欄(ストレージ)に収納し、黙って部屋を出て行ってしまった。

 

「ユウさん……」

 

 彼が消えていった扉を見つめながら、シリカは呟く。

 

 大丈夫。

 

 そうは言われたが、シリカはあの少年のことが心配だった。

 

 最初こそ、ピナを蘇生するため、と割り切ってパーティーを組んだ相手であったが、今はそれ以上の信頼を彼に寄せていた。しかし、まだ数時間の間柄ではあるが、そうして近くでユウを見ていると、どことなく不安になっている自分がいる。

 

 ようやく13歳になった自分であるが、それでも分かってしまうくらいには、今のユウはどこか儚げだった。昼間にはあんなに頼もしい剣士であるのに、時折、それこそ彼が自分を通して誰かを見ているとき、危うさを感じさせるのだ。

 

 言ってみれば、常に不安につきまとわれているかのような。

 

 今日はあまりよく眠れないかもしれないな、とシリカは考えながら床に就いた。

 

 

 

 

 

 2024年2月25日。

 

 前日にレベル上げを強行したが、実際のところはシリカの安全を考え第38層で経験値効率の良いクエストを受けつつ、パーティーメンバーであるユウがアイテムを全て収集したり、あるいはMobを瀕死状態に追い込んでからラストアタックをシリカに譲る、などといった形を取ったため、思っている以上に安全にできたと言えるだろう。

 

 しかし、その中でシリカは1つだけ疑問を感じていた。

 

(……うーん)

 

 その視線の先にあるのは、ユウが持つ武器、湾刀(タルワール)だ。

 

 もはや、この少年の実力に関してシリカは疑っていなかった。しかし、彼の戦闘スタイルを見ていると、曲刀のようなスピード主体の武器よりも、もっと重量のある武器……両手斧や両手剣のほうが似合っているような気がするのだ。

 

 湾刀も、それなりの重さを持つ武器であると言えばそうなのだが……シリカは、何かの違和感を拭えなかった。

 

「じゃあ、《フローリア》に行こうか」

「はい」

 

 第35層の転移門広場で、ユウとシリカは注目を浴びていた。

 

 中層プレイヤーたちのアイドルであるシリカが、男を1人だけ連れているのであるから、無理もない。ユウは、先ほどから周囲の男たちに嫉妬のこもった視線をぶつけられているが、本人は涼しい顔で無視していた。

 

「「転移《フローリア》」」

 

 青い光にアバターが包まれ、そして次の瞬間には、彼らは花で彩られた転移門広場に立っていた。

 

「わあ、夢の国みたい……」

 

 シリカが感嘆の声を漏らす。

 

 この層は《フラワーガーデン》という呼び名の通り、常春の気候をしていて層全体が花で彩られているのだ。その光景にシリカは嬉しそうに花畑へと駆け寄るが、そこで気が付いた。

 

「(あれ? ここって……)」

 

 見渡す限り、花畑にいるのは2人組の男女、カップルばかり。つまり、ここは《アインクラッド》でも有数のデートスポットであり、恋人たちのメッカなのだ。

 

 そして、自分たちも男と女の2人組ということを思い出すと、シリカの顔がみるみる赤くなっていく。

 

「おい、シリカ? どうした、顔が真っ赤だぞ」

「す、すみません! お待たせしました!」

 

 彼女のアバターがゆでダコのようになっているのを見たユウが声をかけると、シリカは慌ててスカートを直しながら立ち上がる。

 

「じゃあ、行こうか。暗くなる前に、主街区まで戻っておかないと、面倒くさいことになる」

 

 SAOにおいては、昼と夜ではMobの出現が異なったりする。また、暗くなれば視界も悪くなる。レベルを上げていれば十分に安全であるが、この層はLv45のシリカにとって、安全マージンまで12も必要な場所だ。

 

 ユウのその言葉と共に、2人は目的に向かって歩き出した。

 

 使い魔蘇生用アイテムが存在するダンジョン《思い出の丘》は47層南部に広がる草原に1本道だけが走るという単純な構造をしている。

 

 道に迷う可能性は皆無でマップも必要ないが、代わりに他のフィールドに比べ、ポップするのは、この層でも強力で醜悪なモンスターが多い。そのために、この層は主街区には女性が多くても、フィールドに出ている人間は少なかったりする。

 

 そんなフィールドを2人で歩いて行く。

 

「昨日も言ったけど、植物型のMobが多いから、警戒は怠らないようにな」

 

 植物型のMobの中には、木や草、花に擬態しているときは《索敵》に引っかからない種類も多い。そのため、一番気をつけるべきなのが、背後から奇襲されることと包囲されることだ。

 

 しかし、ユウがそう言った次の瞬間、シリカの足が触手のように動くつるに捕まった。

 

「え? いやぁぁあああ!?」

 

 空中で逆さ吊りの状態にされ、スカートを抑えながら悲鳴を上げるシリカ。その下で、人食い花のようなMobが、その口を大きく開ける。

 

「た、助けて! 見ないで助けてー!」

「いや、それは……」

 

 スカートが落ちそうになる恥ずかしさと、Mobに捕まった恐怖で混乱状態に陥る中、ユウは額に手を当てて大きくため息を吐き出す。

 

「シリカ、それすごく弱いから! 俺は下向いてるからとりあえず落ち着いて!」

「こんのっ……!いい加減に、しろぉ!」

 

 なんとかつるを切り裂くと、そのまま突進系のソードスキルを発動し、シリカはどうにか敵を倒した。

 

「……見ました?」

「見てないからっ!」

 

 開始当初からそんな一幕があったものの、それ以降彼らは 順調に進んで行った。

 

(うーん……)

 

 しかし、シリカはいつまでたってもユウが湾刀を振るう姿に違和感を覚えていた。そして、その違和感の正体もだいぶ分かってきた。

 

 実力やステータスと、使用するスキルに違いがありすぎるのだ。はっきり言ってしまえば、初級スキルばかり使っているのである。

 

 確かに、彼のステータスや装備から考えれば、初級スキルだけでも十分に敵を倒すことはできる。しかし、敵が1匹だけの場合なら、中級スキルを使えばソードスキル1回で倒すこともできる敵もいたのに、いつまでたってもそれをやらないのだ。

 

 つまり、湾刀という武器に慣れてきた頃合い、という印象があるのだった。

 

(途中で、武器を変えたとか?)

 

 SAOにおいては、一度スキルスロットからスキルを外してしまうと熟練度がゼロに戻ってしまうため、武器変更は容易に行うことができない。そのため、《曲刀》の熟練度をかなり上げなければ入手できない《刀》は別として、主要武器の変更をするプレイヤーはほとんどいない。

 

 だが、それ以外の理由が思いつかない。この少年は、何かとちぐはぐで、どこまでも奇妙だった。

 

「……ついたぞ。あの台座から、蘇生アイテムが得られるはずだ」

「え? は、はい!」

 

 考え事をしているうちに、どうやら目的地までたどり着いてしまったらしい。

 

 2人の正面、その道の先に見えた台座を見て、シリカは笑顔でそこへ駆け寄っていく。

 

 すると、台座の上が輝き始めた。ビーストテイマーのシリカに反応し、台座の中央から若芽が生えると、それがみるみる成長していく。伸びたその茎の先に蕾が生まれ、そしてそれが、白い花弁を広げた。

 

「手に取ってみて」

 

 ユウの言葉に押され、シリカはそっと大事そうに花を摘む。すると、目の前にウインドウが鈴のような音と共に現れた。

 

 アイテム名は、《プネウマの花》。

 

「これで、ピナが生き返るんですね……」

「ああ、もう大丈夫」

 

 大丈夫。

 

 その言葉に、シリカは胸がいっぱいになった。

 

「でも、このフィールドは危険なモンスターも多いから、蘇生するのは主街区に戻ってからにしよう。ピナのためにも、そのほうがいい」

「……はい」

 

 少し残念そうなシリカであったが、しかしついに使い魔蘇生用アイテムを手に入れた彼女は、その帰り道は終始笑顔であった。

 

 行きがけにほとんどのMobを倒していったお陰で、戦闘も非常に少なく、ついに主街区の門が石橋の先に姿を現す。思わず足を速めかけたシリカであったが、突然ユウがその肩を掴み、強い力で引き寄せた。

 

「え? きゃっ」

 

 警告音と共に、《ハラスメント防止コード》によってシリカとユウの前に警告の文章が現れる。しかし、ユウはそれを気にせずに大声を放った。

 

「こそこそしているんじゃねえ。さっさと出て来いよ、素人共」

 

 今までの柔和な声とは程遠い、凄みを含んだ低い声。突然のユウの豹変ぶりに、シリカは思わず後ずさりながら身を縮こませた。

 

「ゆ、ユウさん……?」

 

 怯えたような表情で少年の顔を見上げるシリカであったが、その答えはすぐに判明した。石橋を渡り切った場所の脇に立つ木の影から、シリカにとって見覚えのあるプレイヤーが姿を現したのだ。

 

「ろ、ロザリアさん?」

 

 驚いて目を丸くするシリカ。

 

 彼女が驚くのも当然のことだ。なぜなら、ロザリアは、つい先日までシリカと同じパーティーに所属して、三十五層を中心に活動していたのだ。攻略済みとはいえ、未だ中層プレイヤーには危険の多いこの層に来るはずがない……。

 

 しかし、現に彼女は目の前に立っている。

 

「あたしのハイディングを見破るなんて、中々高い索敵スキルね、剣士さん。その様子だと、首尾よくプネウマの花もゲットできたみたいね。おめでとう……じゃ、早速花を渡してもらおうか」

 

 ロザリアの高い声が、突然低くなる。突然の理不尽な要求に、絶句したのはシリカだ。

 

「な、何を言ってるんですか!?」

「そうはいかないな、ロザリアさん……いや、ここでは、オレンジギルド《タイタンズハンド》のリーダー、と言っておこう」

「へぇ……」

 

 鋭い眼光と共に言い放ったユウのその言葉に、ロザリアは動揺もせず、感心したように目を細めた。1人だけ、シリカは混乱の中に取り残される。

 

「オ、オレンジって……でも、ロザリアさんのカーソルは、グリーンですよ!?」

「囮だよ。グリーンのやつが獲物を見繕い、情報を集める。そして、オレンジプレイヤーが集まる場所におびき寄せるんだ。ある程度獲物の懐を太らせつつ、自分への信頼を高めたところでな」

「じゃあ、この2週間一緒のパーティーにいたのは……」

「そうよぉ……戦力を確認して、冒険でお金が貯まるのを待ってたの」

 

 舌なめずりして話すロザリア。その視線を受けたシリカは、怯えた表情を浮かべ思わず一歩後ずさった。

 

「一番楽しみな獲物だったあんたが抜けちゃうから、どうしようかと思ってたら、なんかレアアイテムを取りに行くって言うじゃない? でも、そこまで分かっててその子に付き合うなんて……馬鹿? それとも本当に身体でたらしこまれちゃったの?」

「はっ!」

 

 しかし、ロザリアの言葉をユウは挑発で返した。

 

「そんな下品な発想しかできないなんて、所詮はオレンジギルドの三流女ってわけか? 違うさ。そもそも、俺の目的の1つはお前らだよ」

 

 その言葉に、ロザリアは眉をひそめる。

 

「俺は、数日前に依頼を受けた。依頼人は《シルバーフラグス》というギルドのリーダー……あんたには、聞き覚えがあるはずだ」

「……ああ、あの貧乏な連中ね」

 

 冷たくなっていくユウの声色に対して、ロザリアは無関心な口調だった。

 

「メンバー4人を殺され、生き残ったリーダーの男は最前線のゲートで一日中仇討ちをしてくれるプレイヤーを探していた。その依頼は、お前達《タイタンズハンド》を『牢獄へ送って』くれ、というものだったんだ。……本当は、敵を討ちたくてたまらなかったはずだろうにな」

 

 ユウはそこで言葉を切ると、腰から湾刀を引き抜いた。

 

「まあ、お前らのような馬鹿どもに、その気持ちは到底理解できないだろうがな」

 

 武器を握ったユウに睨みつけられても、ロザリアは嘲笑する態度を崩さなかった。

 

「分かんないわよ。マジになっちゃって馬鹿みたい。ここで人を殺したところで、本当にそいつが死ぬ証拠なんて無いし。それより、自分達の心配をした方が良いんじゃない?」

 

 そう言い終えると同時に、ロザリアが指を鳴らす。すると、それを合図に並木の影から次々とプレイヤーが現れた。7人。全員が、頭上に浮かんでいるカーソルをオレンジに染めている。

 

 だが、ユウは不敵の笑みで言った。

 

「その程度の人数でいいのか? まあ、こっちの仕事が楽になるからいいけどな。シリカ、転移結晶を用意して下がってろ」

「ユウさん!? 敵が多すぎます!」

「いいから、下がってて……」

 

 そこで一度言葉を区切ったユウは、表情を変えた。彼が纏う雰囲気が、さらに変化する。隣にいるシリカさえぞっとするような、殺意の滲み出るものだった。

 

「こいつらは、俺が片づける」

 

 その様子に、シリカはそれ以上何も言えなくなってしまう。ユウは湾刀を引き抜くと、ゆっくりと彼らに歩み寄って行った。

 

「死ねや!」

 

 男たちが、一斉にソードスキルを発動してユウに斬りかかる。ユウは、湾刀の先を地面に向けたまま、そこから一切動かなかった。

 

 一方的な攻撃が、ユウの体を切り刻む。その様子を見て、ロザリアは満足そうな表情で笑った。

 

「ユウさん……」

 

 助けないと。

 

 そう思ったシリカだったが、右手を腰に差さっているダガーの柄に手を伸ばしたところで、それ以上の動きをやめてしまう。

 

 自分が、あの中に飛び込んだところでどうなる? 一方的に男たちに攻撃された挙句、今度こそ自分のHPを全損して、2つの世界から永久退場するしかない。

 

 シリカには、あの数の男たちを相手する力はない。いや、ロザリア1人を相手取っても、勝てる自信はない。例えステータスでは上回っていたとしても、人を斬ることをためらわないオレンジプレイヤーと、人に剣を向ける覚悟のない自分では、勝負にならない。

 

 どうにかしたいのに、どうにもならない。

 

 左手の中には、青く透き通った転移結晶がある。しかし、ユウを見捨てて、これを使って主街区まで飛ぶ選択肢はない。しかし、あの中に飛び込んでいく勇気もない。

 

 シリカは何も動けないまま、目の前の光景を見つめることしかできない。そんな自分が、嫌でたまらなかった。

 

 目の前の少年が、ただ何もせずに斬られているのを見せつけられる。

 

 しかし、そんな悪夢のような時間は、すぐに終わった。

 

 

 

「――この程度か? なら、今度は俺から行かせてもらうぞ」

 

 

 

 今まで言葉を発さずに、黙って攻撃を受けていたユウが、期待外れだ、といわんばかりにそう言い放った。

 

「なに……ッ」

「期待外れだ、と言っているんだ。俺のHPバーに気付かないくらい、お前らは無能の集まりなのか?」

 

 彼の言葉で、その場にいた全員がはっとする。

 

 あれだけ攻撃を喰らったはずのユウのHPバーは、攻撃を受ける前とまるで変わらなかった。つまり、HPが全快の状態だったのだ。

 

「俺のレベルは76、HPの総量は14020。そして、《バトルヒーリング》スキルによる自動回復が、10秒あたり600ある。……だが、お前ら7人のダメージは、10秒あたり380がせいぜいだ。つまり、差し引きで俺のHPの増減は10秒につきプラス220」

 

 つまり、何時間攻撃しようが、この7人はユウを倒すことができない。その事実に、その場にいた全員が絶句した。

 

「そんなのありかよ……」

「ありなんだよ」

 

 ユウは、誰かが呟いたその言葉をあっさりと切り捨てた。

 

「むしろ、この程度の理不尽など、現実世界に比べればたかが知れているだろう。その気になれば、自分の努力次第で経験値などいくらでも稼ぐことはできる。最も、無茶なやり方は死のリスクを大きく伴うがな」

 

 冷淡に、彼は言い放つ。

 

「さて……この辺りが、お前らの年貢の納め時だよ」

 

 ユウは湾刀を構えて手近な1人に突進した。相手はその刀で防御の姿勢を取る。すると、ユウは相手をその間合いに取ったところで、いきなり体を回転させた。

 

 防御のタイミングを完全に外されたその男は、その行動に目を見張る。そしてその次の瞬間、ユウの体術スキル《閃打》によって、敵の武器が宙を舞った。


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