ソードアート・オンライン~竜殺しの騎士~   作:nozomu7

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竜使いと竜騎士
竜使いの少女


 自らの腕の前で虚空に散っていく青い光を、少女はしばし呆然とした表情で眺め――そして、絶叫を上げた。

 

「ピナぁぁあああ!!」

 

 愛する子竜の名を呼ぶものの、返事が帰ってくることはない。なぜなら、彼女のパートナーであるテイムモンスター《ピナ》は、そのHPを全損させたからだ。

 

 2024年2月23日。アインクラッド第35層《迷いの森》。

 

 北部に広がる森林地帯なのであるが、その名前の通り、立ち並ぶ森は碁盤目状に数百のエリアに分割され、1つのエリアに1分いると東西南北の連結がランダムに変更されてしまうという仕組みをしている。

 

 そもそもの発端は、ここにいるときに彼女――シリカが自身のパーティーメンバーと口論になってしまったことであった。

 

 シリカはSAOでも珍しい女性プレイヤーであるばかりか、その中でも年齢制限(レイティング)を無視してデスゲーム開始当初12歳という年齢でありながら、《はじまりの街》を飛び出しフィールドに出ているプレイヤーである。

 

 その上に、優れた容姿を兼ね備え、武器であるダガーの扱いも《攻略組》にはまだ少し及ばないものの、中層プレイヤーの中ではトップクラス。そんな彼女がアインクラッドでは極めて珍しくモンスター《フェザーリドラ》をテイムする、というイベントに成功したことで、《竜使い》《ビーストテイマー》などという二つ名までつけられた。

 

 だが、最近組んでいたパーティーメンバーの1人……ロザリアという女性プレイヤーが、こんなことを言い始めたのだ。

 

『あら、あなたには回復結晶(ヒーリングクリスタル)なんていらないんじゃないの?』

 

 自分の使い魔に《アインクラッド》では貴重な回復能力があることは事実であったのだが、その言い方には頭にくるものがあった。

 

 そのまま口論に突入した彼女は最後に一方的にパーティーを解除、1人で《迷いの森》の中を歩き進んだのである。

 

 しかし、《迷いの森》の特性上なかなか主街区に戻ることが叶わず、1人と1匹で歩き続け疲労困憊でいるところを、最終的に《ドランクエイプ》というMob3匹に囲まれたのだった。

 

 最も、このMobは以前にも戦ったことがあった。

 

 その時の相手は1匹だったのであるが、それでも大した苦労もせずに倒すことができたので、その時は今回も大丈夫だろう、と思っていたのだ。実際に、敵の攻撃を軽く躱しながら、彼女はすれ違いざまに短剣初級刺突スキル《ラピッド・バイト》を決める。

 

 だが、そのまま追撃を仕掛けようとした時、他の《ドランクエイプ》がスイッチしてしまった。標的との間に塞がったMobの姿を見て、シリカはやむを得ず攻撃対象を変える。

 

 するとその時、視界の隅で驚くべきことが起こった。

 

 そのHPカーソルを減少させた《ドランクエイプ》が、手にひょうたんを持ったかと思おうと、そのHPが回復し始めたのだ。

 

(嘘……回復スキル持ち!?)

 

 前回は、そんなものを使わせる暇もなく屠ったので、そんなことは初めて知った。

 

 だが、焦るシリカに敵は待ってくれない。そのまま立て続けに棍棒を振り下ろし、シリカはその攻撃を躱す。彼女は徐々に疲弊していき、最終的に一瞬の隙を突かれて強力な一撃を喰らってしまった。

 

 視界の隅に移る自分のHPゲージが、レッドゾーンにまで下がる。

 

 しかし、《ドランクエイプ》たちはそのまま、シリカに向けて徐々に迫ってくる。その距離が自分の寿命なのだと、彼女は感じていた。

 

 だが……ここでも予想外のことが発生した。

 

 敵の棍棒が、シリカにとどめを刺さんと振り上げられたときに、ピナが敵に向かって突撃したのだ。

 

 まるで、シリカの盾となるように。

 

 シリカを直撃するはずだったはずの棍棒は、小さな子竜を叩き落とすだけに留まる。しかし、それでもピナにとっては十分すぎるダメージだ。

 

「ピナ……! ピナ、しっかりして!」

「きゅる……」

 

 涙ながらに訴えかけるシリカの願いはこの世界において届くことはなかった。HPバーが空になり、そしてピナはポリゴン片となって光と共にその姿を四散させてしまう。

 

 後に残されたのは、ピナのものであろう、鮮やかな水色の一片の羽根だけ。思わず、彼女は全てを忘れてそれを抱きしめる。

 

「お願いだよ……あたしを独りにしないでよ、ピナ……」

 

 しかし、こうしている間にも敵が迫る。しかし、振り返ったシリカはそこから起き上がろうともしなかった。虚無感だけがその心を占め、死に対する恐怖すらなく、もはやこのまま愛獣と共にこの命を散らしても構わないとさえ、感じていた。

 

 再び棍棒が、無防備なシリカに向けて振り上げられる。

 

 残り僅かな彼女の命を、完全に刈り取ろうとする。

 

 その直前だった。

 

 一筋の閃光が、《ドランクエイプ》を引き裂いた。その直後、立て続けに斬撃が続き、破砕音と共にあれほどシリカを追い詰めていた猿型モンスターたちは、青いポリゴン片となって散っていく。

 

 その光景を、シリカはただ呆然と見つめていた。

 

 思わぬ救いに、どうしたらよいのかも分からないまま、彼女はしばらく呆けていたが、青い光が暗闇に解けていく中で、その中心に湾刀(タルワール)を持った1人の少年がいることに気が付く。

 

「……間に合わなくて、ごめんな。君の友達を、助けることができなかった」

 

 どうやら、先ほどの瞬間を目撃したらしい。

 

「……いえ、あたしが、バカだったんです……。ありがとうございます、助けてくれて……」

 

 暗い気持ちを引きずりながらも、何とか命の恩人にそう返事を返した彼女であったが、それ以上の言葉は出てこなかった。その場から動き出す気にもなれず、シリカはしゃがみこんだまま、少年を見る。

 

 改めてその姿を見てみると、やはりというか、年上の少年だった。自分よりも2か3は年上であろうか。青を基調とした服装・防具を身につけている。彼はシリカを見ると少しその眉を伏せたが、再び乾いたような表情で話しかけてきた。

 

「……その羽根」

 

 その言葉に、はっとしてシリカは自分の手元を見る。そこに残されている羽根をタップすると、ウインドウが表示された。

 

 《ピナの心》。

 

 その名前に、目に涙が浮かんでくる。

 

「もしかすると、そのアイテムって名称に『心』がついているんじゃないか?」

 

 シリカには意味の分からない問いかけに、彼女は分からないまま首を縦に振った。すでに視界は、仮想の涙で滲んでいる。

 

 しかし、思わぬ言葉を少年は放った。

 

「落ち着いて。《心アイテム》っていうんだけれど、それがあれば『蘇生』ができるかもしれない」

「え……?」

 

 蘇生。

 

 その言葉に、思わずシリカはずっと伏せていたその顔を上げた。すると、少年は地面に座り込んでいるシリカに視線を合わせるようにしゃがみ込み、真剣な表情で彼女に顔を向かい合せている。

 

「47層の南に、《思い出の丘》というフィールドがある。使い魔の主人がその頂上に行くと花が咲き、その花が蘇生アイテムらしいんだ」

「47層……」

 

 その数字を呟いたあと、シリカは自分の視界の隅に映る数字を見た。そこには『Lv44』という文字がはっきりと見える。

 

 現在、所謂《安全マージン》は『その層の数字+10』ということになっている。したがって、47層に行くためには最低でもLv57である必要があるのだ。

 

「情報だけでも、嬉しいです。今は無理でも、頑張ってレベル上げすれば……」

「いや、使い魔の蘇生が可能なのは3日間だけなんだ。それを過ぎると《心アイテム》は《形見》に代わって、蘇生はできなくなる」

「そんな……」

 

 3日間では、どうやっても無理――

 

 すると、少年は立ち上がり、シリカに手を差し伸べてこう言った。

 

「だから、俺と一緒に行こう」

「え……?」

 

 再び予想外の言葉をかけられ声を詰まらせるシリカの目の前で、少年はウインドウを操作すると、幾つかのアイテムを転送してきた。

 

 そのどれもが、中層プレイヤーのシリカが聞いたこともないものであり、今使っている装備よりもはるかに優秀な性能を持っているアイテムだ。

 

「この装備で、明日一気にレベル上げを強行する。それで、想定外の事態も考えて明後日の午前中には出発だ。Mobが出たら、基本的に俺が対処すればいい」

 

 どんどん話を進めている少年。彼は、最後にこう尋ねた。

 

「ついてくる気はある?」

 

 すると、その言葉に対するシリカの返答は、承諾でも拒否でもなく、純粋な疑問だった。

 

「どうして……そこまでしてくれるんですか?」

 

 実を言うと、彼女はわずかに警戒心も抱いていた。彼女に対して下心を持って接する男性プレイヤーは、これまで何人もいたのだ。年の離れた男性プレイヤーから結婚を申し込まれたことさえある。

 

 だから、男性という相手に対して不信感はぬぐえなかった。

 

 第一、この行動には相手のメリットが見えない。

 

 彼が同じレベルの中層プレイヤーであるというのであれば、47層に行こうとすることはないだろう。しかし、先ほどの口調からすれば、この少年はシリカよりもはるかに高いレベルのはずだ。だが、それならば彼女に協力する理由にはならない。彼女と行動したところで、強力なアイテムが手に入るわけでも、経験値稼ぎが良くなるわけでもないからだ。

 

 しかし、少年は取り繕う様子もなくこう言った。

 

「俺には、俺の目的がある。君の護衛でそれが達成できるから、ってところだ」

 

 目的、というその言葉だけ、それまで柔らかな表情を浮かべていた彼の言葉が冷たくなった気がするが、そこに嘘はないようにシリカは感じた。

 

「えっと……シリカです。よろしくお願いします」

「ユウだ。しばらくの間、よろしくな」

 

 2人はパーティーを組むと、ユウを先頭にして主街区まで歩き出した。

 

 

 

 

 

 第35層主街区《ミーシェ》は白壁に赤い屋根が立ち並ぶ放牧的な農村といった街であり、中層プレイヤーが主に利用している。

 

 人の多いその中を、2人は歩いていた。

 

「……じゃあ、ユウさんはソロで活動しているんですね。すごいです」

「基本、だけどな。高難易度のクエストだとかは、さすがに他の奴とパーティー組んでいるよ」

 

 シリカの言葉に、ユウは何でもないかのように言った。しかし実際には、ソロで行動しているプレイヤーはその危険度の高さから少ないため、彼の実力はかなりのものであることが考えられる。

 

 初めこそシリカは警戒していたものの、ユウの優しい態度とその柔らかな笑顔に接しているうちに、いつしか彼に対する警戒心はなくなっていた。

 

 すると、そこに後ろから声がかかった。

 

「お、シリカちゃん発見!」

 

 振り返ると、2人組の男性プレイヤーがいた。

 

「随分遅かったんだね。心配したよ」

「今度パーティー組もうよ。好きな所連れてってあげるからさ!」

 

 その言葉に、シリカは戸惑ったような表情になる。

 

 《ビーストテイマー》として知名度の高いアイドルであるシリカを、パーティーに加えたがる男性プレイヤーは多い。誘いを受けたのは今までに数えきれない。しかし、彼女はいつまで経っても慣れなかった。

 

「あの、お話はありがたいんですけど……しばらく、この人とパーティーを組むことにしたので」

 

 彼女はユウの腕を掴むと、誘いをやんわりと断った。すると、彼らの視線の先はその隣にいるユウへと変わる。

 

 だが、ユウは平然と言い放つ。 

 

「悪いが、そういう訳だから今度にしてやってくれないか」

 

 それだけ言うと、今度はユウがシリカの腕を掴んで連れていく。その後ろ姿を、断られた男性プレイヤー2人が分かりやすい嫉妬心に満ちた視線で睨みつけるが、ユウはそれを感じながらもそのまま立ち去った。

 

「すみません、迷惑かけちゃって……」

「いいって。この世界は男女比が偏っているからな。可愛い子を放っておかないのは、普通なことなのさ」

 

 今までにも、ああいうナンパを見たこと多いし、と彼は言う。しかし、シリカの言葉は否定的だった。

 

「可愛いなんて……マスコット代わりにされているだけですよ、きっと。それなのに《竜使いシリカ》なんて呼ばれて……いい気になって……」

 

 彼女がピナをテイムしたのは、本当に偶然だった。第8層の森の中で出会った《フェザーリドラ》が、敵意を見せることなくシリカに近寄ってきたのだ。それに対し、シリカはたまたま手持ちにあったナッツを放ったところ、好物だったらしく、小竜がそれを平らげると同時に、テイムイベントが発生し、彼女は《アインクラッド》では極めて珍しい……というか、現状唯一の、レアモンスターを連れた《ビーストテイマー》となったのである。

 

 《ビーストテイマー》、それもレアモンスターである《フェザーリドラ》という話題性だけでなく、その可憐な容姿に魅入られる男性プレイヤーは多く、彼女は一躍有名な中層プレイヤーとなった。パーティーやギルドへの引く手も数多となったが……そんな環境に遭って慢心した結果、このデスゲームにおいて唯一、といって差し支えない親友を失う羽目になってしまう。

 

 自分の肩にも頭にも、あの子竜が乗っている感覚がないもの寂しさに、シリカの心はまるで大きな空洞が空いたかのようであった。

 

 再び声を小さくさせていく彼女に対して、ユウは一度立ち止まると振り返った。

 

「……そうだな。何かを手に入れるためには、普通は大きな代償を伴う。それが先払いであれ、後でつけを払わされるようなことであれ、な……。幸福ってやつは、大抵努力をした上でさらに運をつかみ取らなければ手に入らないが、不幸というものは、仮に何もしなくてもむこうからやってきてしまうものだから」

 

 そう語る彼の目は、どこまでも真剣で、深く、そして悲愴さえ感じられる。シリカは、その眼光に思わず1歩、後ずさりした。

 

 そのように語るこの少年は……一体、どれほどの『不幸』を経験してきたのだろうか。

 

 まだ13歳のシリカにさえ、そう考えずにはいられないほどの危うさが、今の彼にはあった。

 

「ユウさん……」

 

 彼にかける言葉が見当たらず、彼女はそのプレイヤーネームを呼ぶことしかできなかった。

 

「とりあえず、今日はこの街の宿に泊まろう。結構遅いからな」

 

 その言葉に、シリカの表情が明るくなる。今までずっと子竜と共にいた彼女にとって、1人きりでいるのは何より寂しかったからだ。自分を気遣ってくれる人が側にいるというだけで、今の彼女にとってはありがたいものだった。

 

「ここ、チーズケーキが結構イケるんですよ!」

「そうなんだ。じゃあ、試してみないとな」

 

 そうやって、少しだけ明るい空気が戻りかけた時に、再び声をかけられた。

 

「あら、シリカじゃない。」

 

 振り向いてみると、そこにいたのは真っ赤な髪を派手にカールさせた、槍使いの女性プレイヤー。

 

「……どうも、ロザリアさん」

「へぇーえ、森から脱出できたんだ。よかったわね」

 

 彼女は後ろに男を数名連れていた。その中から歩み出ると、シリカをあざ笑うかのような視線と口調で話す。

 

「あら? あのトカゲ、どうしちゃったの?」

 

 その一言で、シリカの表情が凍り付いた。

 

 確かに一目見れば分かることではある。使い魔はアイテムストレージへ格納することはできず、主人の傍に付いているのが常なのだから。

 

「あらぁ、もしかしてぇ……?」

 

 使い魔がいなくなる理由など、1つしか存在しない。しかし、ロザリアはそれが分かっているはずでありながら、それでもじわりじわりと、目の前の少女に尋ね続けた。

 

「そこまでにしておけよ、オバさん」

 

 すると、ユウがその間に割って入る。

 

「お、おば……」

「黙ってろよ、ババア。見れば分かることをわざわざ相手に聞くなんて、テメエの頭は飾りなのか? 知っての通り、俺たちは《思い出の丘》に行く。それだけ聞けば、満足だろ」

 

 ユウは強い眼光で相手を睨みつけながらそれだけ言うと、シリカの手を取って歩き出す。

 

 シリカが部屋を取っている宿の一階にあるレストラン。シリカとユウは、その一角にある席に向い合せで腰かけた。

 

「……なんで、あんな意地悪言うのかな……」

「人間なんて、その程度だ」

 

 ユウは、ロザリアと出会う前の優しげな態度を捨てて、吐き捨てるように言った。

 

「人間にも、確かに道徳心というものはあるだろう。だけど、それと同じように、あるいはそれ以上に汚い心というものは存在する。自分の私利私欲のために、弱者を虐げ強者に媚び取り入ろうとする……結局、人間なんてものはその程度なのさ。何人かの集団が、何の法律もない場所に放り出されたとき、その中からは必ず『外道』に走る人間が現れる」

 

 冷淡に、彼は言い捨てる。

 

「俺はデスゲーム初日から、オレンジプレイヤーとレッドプレイヤーが現れることを、覚悟していた」

 

 このゲームでは、プレイヤーカーソルは基本的にグリーンだ。しかし、グリーンカーソルのプレイヤーへ、攻撃をはじめとした犯罪行為を行った場合、そのカーソルはオレンジへと変化する。このためオレンジプレイヤーと言えば、基本的に犯罪者をこの世界では意味するのだ。

 

 そして、その中でもプレイヤーキル……つまり殺人を積極的に行うプレイヤーは、レッドプレイヤーと呼ばれていた。

 

「そんな……殺人なんて……」

「否定したくなる気持ちは、分からなくもない。しかし、実際にレッドギルドによる被害は発生しているんだ。手段は直接的・間接的を問わず、アイテム強奪のためにプレイヤーキルを行うレッドプレイヤー……中には、殺し自体を快楽とするプレイヤーすら」

 

 そこまで言葉を続けたユウは、はっとなって目の前の少女の顔を見た。その怯えるような視線に、ユウは慌てて言う。

 

「え、えっと……すまん」

「いえ……私のために言ってくれているんですよね? だから、大丈夫です」

 

 シリカにそうは言われたものの、ユウは額に手を当てた。

 

「(まったく……いい加減にしっかりしろ、俺)」

「……どうしたんですか?」

 

 思わずぶつぶくと小声で独り言を言ってしまうユウに、シリカが不思議そうな様子でその顔をのぞきこんだ。

 

「いや、なんでもないよ」

 

 ユウは顔を近づけてきた彼女に掌を向けて止めるようなしぐさをすると、再び前の話に戻る。

 

「とにかく、実際にオレンジプレイヤーやレッドプレイヤーによる被害というものは、決して少なくないんだ。それを、忘れないでほしい。絶対に、君は無事でいてもらいたいから」

 

 そう話すユウは、本気でシリカの命を心配していることが分かる、そんな表情をしていた。

 

 まっすぐに見つめられ、シリカは顔が熱くなる。

 

 思い返してみれば、このデスゲームに閉じ込められてから約1年と3か月半、ここまで直接人から心配されるような言葉をかけられたことは、なかった気がした。

 

 《はじまりの街》に引きこもっていた最初のころは、他のプレイヤーとの関わりなどほとんどなかった。そして、徐々に《アインクラッド》が攻略されて行くにつれて《はじまりの街》から出て行く人も多くなり、そしてシリカもその仲間入りをしたのだ。

 

 だが、思っていたよりも順調にそのレベルとスキルが上昇していく中、出会う男性プレイヤーたちはそのほとんどがシリカをマスコットのように取り扱ってきた。

 

 しかし、目の前の少年からは、そんな下心など微塵も感じさせる様子がなかった。純粋に、自分の身を案じてくれている。そう理解しただけで、シリカはその頬が赤く染まるのを止めることができない。

 

 だが、その反面。彼の内心は見えないままだった。

 

 自分を本気で心配してくれることは疑いようがないのであるが、何と言えばよいものか、自分を見てくれている気がしないのだ。

 

 彼のアバターの視線がきちんと自分自身に向けられていることは、相手の目を見れば分かる。しかし、その表情から読み取れるものが、腑に落ちないのである。

 

 例えて言うのであれば、もっとこう……親しい人物に向けるべきものである気がしていた。そして、それを向けている相手は、シリカというプレイヤーではないことも。

 

 ユウは、シリカという少女を通じて、そこに何か別の人物を重ねている。

 

 シリカは自分の顔も心も熱くなっているその反面、心のどこかで冷え切った、ちくりとした痛みさえ感じられる『何か』の正体について、いつのまにか自分が考えている以上に思い悩んでいることに気がついた。


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